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「信仰街道の一里塚」

私事ですが、要介護4の母を自宅で介護して1年。四六時中、食事、排せつ、痛みなどへの対応があり、デイサービス、ショートステイ、ヘルパーや訪問看護、入浴などの日程調整や依頼、準備などに追われているうちに、だいぶ手馴れて来たとはいえ、こんなにも自分の思考や行動が狭くなるものかと驚いています。
しかし、そのように一点に集中せざるを得ないことは別に介護に限らず、たとえば仕事にしても同じことが言えます。1週間、同じことを繰り返し、意識をそこに集中しているうちに、おそらく同じように思考や行動が狭くなるのです。
私はこれではいけないと思い、「点」が「線」になるように、島崎藤村の『夜明け前』とか司馬遼太郎の『国盗り物語』、その他、今、趣味で歩いている街道に関する本の助けを借りました。実際、介護があるので街道に立つことは出来なくても、読書によって、視野が縦横に広がるのを感じました。この感覚は大事だと思いました。地上の街道には、京とか江戸とか目的地がありますから、それを、自分の信仰の目的地に重ねることが出来るのです。一緒に神の都を目指す信仰街道を旅しませんかと人に勧める口実を得ることも出来るのです。「街道」というスケールに自分を乗せることは、私にとって視野を広げるのに益することであり、楽しいことでした。
今年最初の「牧会のはなし」に、「なまけもの」という動物の絵と共に、私は次のように書きました。―この世の時間に支配されず、礼拝の時間くらいは確保するなまけものになって「ぶらさがり見る」と何が見えて来るのでしょうか。―
礼拝は、神の国に続く信仰街道の、一里塚なのです。ここに足を止め、ずっと先が見えると、苦しい今も目的地に包み込まれた今に見えてくるから不思議であり、愉快なことです。

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by rev_ushioda | 2016-09-15 12:20 | Comments(0)

「美術館で思ったこと」

某大学後援会の親睦旅行で、箱根に行った。参加者8人で小回りが利く、というわけで、小田原城、地球博物館、「えれんなごっそ」で昼食、石垣山城(車中見学)、ポーラ美術館、ラリック美術館という豪華コースとなった。
ポーラ美術館、ラリック美術館は、よく夫婦で箱根に行くが、気になりつつも、それぞれ1800円、1500円と高いので、毎回、「まあ、いいか」と横目で見るばかりだった。今回、親睦旅行の勢いで入館。いい機会だった。
ポーラ美術館は、まず、建物が山間の斜面に建てられていて、だから緑に包まれており、その透明感あふれるエントランスは、建築的にも実にすばらしい。さっそく一回り見学して出てきたら、それは第一展示室で、まだ第5展示室まであるという。その広さに驚いた。建物周辺には林の中に散策コースがある。美術作品で飽和状態になった頭を休めるのにいいと思ったが、さすがにその時間がなく、残念だった。行かれなかったところに後ろ髪をひかれるようだ。
次のラリック美術館はガラス工芸品の展示で、二つの美美術館だけで、見慣れないものを観た私のあたまは、あふれかえった。
さて、ゴッホの絵を観た後の車中で、「子どもってなぜ、すぐに絵を描けるんだろうね」という話になった。一人の人が言った。「大人は結果から考えるからで、子どもは結果を考えず、直感で描くんじゃない?」  なるほど、娘が昔、描いた絵はゴッホの絵と似ていて、結果から描いたとは思えない。今も、額に入れてとってあるが、既成概念を壊すゴッホの絵には、結果ではなく、その「直感」があるのだろうと思った。。
ところで、絵には皆、立派な額縁がつけられている。美術館は額縁ごと購入したそうだ。しかしその絵の作者は、その絵がその額縁に収められることに、果たして納得しているのだろうかという疑問がわいた。もしかしたら、絵の作者の意図に反した額に入れていないだろうか。それによって絵の価値を下げていることはないだろうか。絵を観ながら、絵そのものの値打ちが分からない者だから、そんなことばかり思っていた。

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by rev_ushioda | 2016-09-11 23:20 | Comments(0)

「半世紀の感覚」

「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」 ゴシック">48年前の遠方、である。私が初めて教会行った時に、その教会付属幼児園の教師として、その方は仕事をされていた。1年間、教会学校教師会でご一緒した。と言っても、こちらは大学生。教会に初めて行って半年目のことだ。当然、洗礼を受ける前である。信仰を知らない者に教師になってほしいと言われた、当時、T牧師の、良くも悪しくもその度胸はたいしたものである。私はと言えば、いいんですか?とは言ったものの、若気の至り。キリスト者でもないのに教会学校の教師面していた、にきびだらけの大学生であった.
その友は、今も、当時出会ったなつかしい方々の一人として記憶に留めていたのであるが、ある日、友人が自分の教会に、昔、その教会で幼児園教師をしていた人がいる。会いたいと言っている、会いますか? と言うのだ。不思議な巡り合わせと言うが、そういうわけで、48年という遠方から、その方が現れた。当時のことで話は盛り上がるが、目の前には、私よりも10歳年上の、初老のご婦人がいた(昔のままの「お姉さん」というはずは、…ないよね)。当j時、大学生だった私も、今年は牧師定年(規定上の定年)の年である。半世紀という時間の隔たりに、不思議な感覚をおぼえた。




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by rev_ushioda | 2016-08-08 18:31 | Comments(0)

「終活しよう」

前回、会員籍のある教会で葬式をする、という話をしましたが、死んでからでは、どのようにしてほしいか家族にその希望を伝えられません。今、生きているうちに自分の死の備えをしたいと思います。そのことを最近では「終活」と言うようになりました。しかし、身辺整理、遺産分割のことも大事ですが、そもそも葬儀をどうするかということが、私たちキリスト者にとって一番大事な「終活」になります。葬儀はいらないとか、小さな家族葬がいいとか、自然葬がいいという方もいますが、いずれにしても、葬りは必要なのです。そして、葬儀は自分が信仰に生きた証しの時なのです。


1.何よりも大事なのは、キリスト教で葬儀をすることです。その意志と、連絡先を書いておくことです。稀に、本人の信仰ではなく、ご家族の意向で他宗教に従って葬儀をしてしまうことが起こります。牧師が、ご家族に向かってこの方はキリスト者でしたから…と、どう言っても、しょせん第三者ですから、受け付けてもらえません。信仰者の最期の締めくくりが他宗教になってしまうことほど、残念なことはありません。キリスト教で葬儀をすると、その指示を書いておくことが大事です。


2.自分の信仰を証するような一文をしたためておくことも、大事なことです。洗礼の時の証しから始まって、日々の信仰生活を証しする文は、家族に対して、場合よっては葬儀の列席者に、大きな影響を与えるに違いありません。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」ヨハネ12:24


3.自分が養われ、励まされてきた賛美歌を、いくつか選んでおきます。葬儀では必ず賛美歌を歌います。讃美歌、聖歌などから、愛唱賛美歌を書き出しておきましょう。


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by rev_ushioda | 2016-07-06 13:14 | 生き方 | Comments(0)

「信仰告白に生きる」

 絵画や映画を見ると、意図して、事実に即して描こうとしていない(・・・)ことに気づきます。典型的なのがダヴィンチの『最後の晩餐』。当時、ユダヤではあのような部屋やテーブルで食事をしなかったくらい、承知の上で描いています。レンブラントは『十字架を立てる』絵の中に十字架を立てている自分を描き込んでいます。聖書に関係した絵のほとんどは黒人は黒人のイエスを、日本人は日本人のイエスを、というように自分の国の顔立ちで人物いています映画、直近の『エクソダス』ではモーセ手に杖ではなく、剣を持たせ『復活』は、ローマの司令官の目で(すなわち監督の目で)見た創作です。音楽となれば、私たちのイメージ聖書でいないだけに、まったく独創的な世界が広がっています。小説言わずもがな私たちは、すぐに、これは事実に即している、いや違うと、評論家のようになって話をするのですが、芸術の世界では、そういうことはおかまいなしに事実を正確に描こうとなく・・聖書を読んだ者実存的な受け止め方、彼らの信仰告白をその絵に、映画に、音楽に、小説に、伝えているのです。

 私たちは言葉で教会的な信仰告白を告白するのは言うまでもありませんが、しかし、私たちの、聖書を読んだ者としての実存的信仰告白はどうなのだろうと考えます。絵が描けたら、私はイエス・キリストにこのように従うのだという絵を描きたいし、映画だったらそのように舞台に立ちたいし、音だったらその音の世界に生き、小説ならその主人公として生きたいのです。そこにおいては、他の人と違う生き方があります。その告白を実存的に生きる仕方は人によって違う。そのような人の信仰告白に、だれも異をとなえることはできない、そういう告白的な生き方を、私たちは、持っているだろうか。教科書的な信仰告白をただ繰り返すだけの生き方を、主イエスはのぞんではいないでしょう。また、何かの基準(ファリサイ的基準)に、あっている、あっていないと他人の信仰をそのように見る評価的な生き方は、なおさら、主イエスは望んではいないでしょう。イエス・キリストにぶつかっていく実存的な信仰、その人の、その人らしい告白をこそ求めておられるに違いないと、私は信じています。そこにおいては皆違っていい。私たち泉教会は、その違った信仰告白が一つにされ、神の国を形成する仲間です。




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by rev_ushioda | 2016-06-14 12:18 | Comments(0)

事業所第三者評価の評価員さんたちの研修(企業研修)に招かれ、傾聴をテーマにお話した。以前、成年後見人さんたち(行政書士会)の研修でもお話したが、こういう機会があるたび、傾聴の研修でなければ絶対、招かれない場であることを思うと、傾聴はどんな分野でも必要性があることをつくづくと思う。必ずお願いすることは、泉教会の牧師であることは必ず紹介してください、ということ。その条件でお引き受けしている。

以下、講演レジュメ。

序.カモレレロ

1.傾聴とは、受容です

  傾聴を疎外するのは、自分の価値観(前提、思い込み)

  自分の価値観を停止して、その時向き合う相手の立場、環境、事実を受け止める
  
  ポイント
  ・うなずき/あいづち
  ・内容の繰り返し
  ・評価しない

2.傾聴とは、共感です
  
  ポイント
  ・感情の反射
  ・感情を開く質問
  ・感情の明確化

  ・反対の意味で、コミュニケーションを阻む遣り取り

3.ワークシート
  修飾語に注目を

4.傾聴には100万円の値打ちがあります

5.事例研究

結.さすがの大岡裁きも


この研修の重点を、今回、4と5に置いた。実践的な内容で貢献できればと思ったが、好評価の声があったと担当者。まずは、ほっとした次第である。慣れない場所で、慣れない講演で(笑) ちょっと疲れたかな。

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by rev_ushioda | 2016-04-23 21:34 | Comments(0)

「牧師会の帰りに」

牧師会が東小金井教会であった。この教会は神学生の時、41年前に1年間研修で通った教会である。
研修が終わって、懐かしい道をいろいろ思いめぐらしながら帰る途中、足(すねのあたり)をつってしまい、座って痛みの去るのを待っていた。そこに、後からA先生が通りかかり、道に倒れている旅人を放っておけないと大変心配して戴いたが、大丈夫だからと先に行っていただいた。そのあと、数分ほどで痛みも去り、無事に帰宅。母の介護のこともあって家から出れないことが多くなり、運動不足がますます進んでいるようなので、最近、ステッパーという足踏み健康器具を買い求め、試しているが、まだ効果が出るには至ってないようだ。

振り返って、「発見される」というのは、うれしいものだと思った。
あの聖書に出てくる、強盗に襲われ道に倒れていた旅人も、きっとそういう気持ちだったであろうと思いめぐらした。

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by rev_ushioda | 2016-04-12 22:19 | Comments(2)

「復活の朝と茶色の朝」

イースターの朝、主イエスは「おはよう」と言われ、希望の朝を指し示されました。では、主イエスが声を響かせている「この世の朝」は、いったいどういうものでしょうか。
「だれかがドアをたたいている。こんな朝早くなんて初めてだ。…外は茶色。」 遂にその朝がやって来た、ゾクゾクっとするところで、その本は終わっています。そこまでたった29ページの『茶色の朝』という小さな本です。この本には、どこにでもありそうな街の淡々とした日常が、制度や法律によって少しずつ茶色に染まっていくという話が書かれています。茶色に染まるというのは、他の色は認めないという法律によって国民が支配されていくことです。
最初の頃、茶色じゃない猫をすべて始末するという「ペット特別措置法」が出された時、主人公の「俺」は違和感を感じ、胸を痛めながらも、何もしなかったのです。「茶色に守られた安心、それも悪くない」と思ったのです。しかし、そのうち気づくと犬、新聞、ラジオ、本… 次々と茶色以外のものは認められなくなり、とうとう昔、茶色ではない犬を飼っていたという理由で友人が逮捕されてしまう。どうして最初の頃に感じた違和感にきちんと向き合って抵抗しなかったのか、と後悔するのですが、すでに遅かった。ついに自分も、その朝を迎えたのです。

この本は、1998年、フランスの統一地方選挙で、排他主義的極右政党が躍進するに至り、危機感を抱いた著者が、出版したものです。そして2002年の大統領選挙で、なんと決戦投票にこの極右政党の党首が最終候補に残るに至り、危機感を持った人々が読んだのがこの本だったのです。
よその国の出来事ではありません。本の中だけの話でもありません。私たちの国で、たとえば「国旗国歌法」で信教の自由の侵害が起こっています。「秘密法」で、知る権利が奪われています。「戦争法」で他国と一緒に戦争が出来る国になりました。さらに、政府は改憲によって緊急事態条項を導入、基本的人権に制限をかけようとしています。…今、日本で、この本の通りの事実が着実に起こっているのです。
「だれかがドアをたたいている。こんな朝早くなんて初めてだ。…外は茶色。」キリスト者としての信仰の自由、そして私たちの持っている人間性が奪われる、その「茶色の朝」が来た時では遅いのです。主イエスが「おはよう」と言われ、新しい希望の朝を創造されたのは、どのような状況であったかをよく知っておきたいと思うのです。

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by rev_ushioda | 2016-04-01 12:04 | Comments(0)

38年前の1978年3月、私たちは東京都東久留米市にあった「日本基督神学校」を卒業しました。卒業して10年くらい経ったある年から始めたので、以後30年近く、私たちは毎年、同級会を開催してきました。集まるのは、高本律子姉、大竹海二先生、木内伸嘉先生、熊田雄二先生、池田勇人先生、そして事情により中退した橋本綾子姉と、私、潮田です。神学校時代から、夫婦で親しかったこともありカップルで参加する人も多いので賑やかになります。この同級の友たちと出会うと、思いは東久留米の「日本基督神学校」に戻って行きます。初心と言いますが、この仲間たちと出会う度、初心にいつも引き戻され、今日まで来たのだと、つくづく思います。
やがて、橋本綾子姉はお連れ合いを天に送り、3年前には池田勇人先生が召されました。今回、大竹海二先生がご自身の身体的事情、お連れ合いの要介護のこともあって、やむなく教会を辞され、息子さんのところへ行かれることになったため、定例同級会の時機を早めて3月中に開催しました。

私の手元に卒業式のときに録音したテープが保存されていて、38年経っているのにもかかわらず極めて良い音質が維持されていましたので、今回、40年の節目には2年早かったのですが、大竹先生の送別に際して、それを皆で聞くことにしました。聖書個所はテトスへの手紙1章1節から3節、「神の命令によって」と題して、小畑進先生の説教でした。あの時、東久留米の学び舎からこの言葉で送り出されて38年、この間の波乱の旅路を思いつつ、今、ここで改めてその言葉を聞くことに、一同、どんなに深い感慨を覚えたことか。

テープにはレセプションのときの「卒業生のひとこと」も録音されていたので、聞かないわけにはいかず、あの時の自分の「ひとこと」を聞きました。改めてじっくり自分の言葉を聞いてみると、今もそれほど進歩していないとか、息子の声と同じだとか、話に花が咲いたのは言うまでもありません。

大竹先生ご夫妻とのお別れもありますし、そろそろこうして毎年集まるのは無理かもしれないとの思いを持ちながら、「神ともにいまして」を歌い、手を結んで輪になり、主の祈りを祈って散会しました。

今年の東京基督教大学の卒業式で配布された理事会報告に、今年度をもって退任する者として丸山忠孝先生、大竹海二先生のお名前が並んでいました。私たちにとって、ひとつの時代が過ぎていくのでしょうか。

御手にゆだねて…

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by rev_ushioda | 2016-03-15 12:01 | Comments(0)

映画「小さき声のカノン」を観た。
監督は言っている。
「2011年3.11以後の世界を生きている私たちはかつてない放射能汚染を受けることとなりました。時の経過と共に大きな声に流される人々が多数を占めていく中でこのような母親たちの小さな声がかき消されていこうとしています。今、子どもたちを守ろうとする母親たちの声に耳を傾けていただきたい、とこの映画をつくることにしました。」

映画の中で女性が言っていた。「(親戚を頼って)逃げることはできるのです。でも、逃げることができないのです。」生活の場とは、そういうものだ。生活の場に生きようとする人の言葉が胸に突き刺さる。
また、そこで生きることを決断した人たちは、自分で除染をおこなわなければ、子どもたちの将来を守れないという、国の無能、無策。放射能の安全基準を引き上げて安全だと言うが、その数字は3.11以前は放射線管理区域内レベルとされてきたものだ。また、安全も確保できないのに、学校教育をスタートさせる。避難先の人たちは少数派になりたくないから、安全ではないと知りながら帰郷せざるを得ない。人々にこうした行動をとらせる国の欺瞞に、いまさらながら、腹が立つ。
今回、放射線に特に弱い子どもたちを、「保養させる」という、息の長い活動のあることを知った。志を持って助ける手を差し伸べる民間の力を知って、救われる思いがした。5年がたち、今、何ができるだろうか考えさせられる良い映画(ドキュメンタリー)だった。



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by rev_ushioda | 2016-03-08 19:00 | Comments(0)