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「今年の歩き始め」

新年も8日経って、おめでとうでもないが、そういうあいさつで今年の牧師会が開催された。説教の演習と、午後はテキストの学び。私たちの牧師会は結構、学びの質が高いと思っている。最近、神学校で教える者、教団関係の雑誌などに執筆する者などが多く、私など、年齢だけは高くなっても、そういう仲間たちについて行くのに、もう大変である。もちろん、合間に交わりがあって、4時間。今年もそれぞれ遣わされた場でよく主にお仕え出来ればと思う。
帰りは、自宅まで2時間50分、歩いて帰宅。さすがに歩き続けるのは疲れ、2時間が限度か。例の中山道では、休み休みなので、けっこう歩けるのだが…
というわけで、今日は、クタクタにつかれた。いや、午前中の質の高さについていくことではなく…

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by rev_ushioda | 2019-01-08 22:06 | Comments(1)

「干支」

亥(い)」年の人はイノシシのように猪突猛進型の人だとか、「子(ね)」年の人はネズミのように蓄え心に長じてケチンボだとか言われます。この「干支(えと)」は、もともと生命の循環を意味する十干(じっかん)と、十二支(じゅうにし)とを組み合わせた、60年で一周する数え方であり、「干支」はその十干十二支という日の数え方に、あれこれ因縁が付けられて迷信化したものです。それで1872年(明治5年)に、政府がそれまでの太陰暦から太陽暦に切り替えた理由の一つは、事の善しあしは別にして紹介すると、迷信との悪縁を断つということでした。すなわち「日の善悪…妄誕無稽ニ属シ、人知ノ用達ヲ妨ゲルモノ」(太政官「改暦布告」)と言われています。
まして、今日、キリスト教徒、キリスト者がそのような迷信に惑わされていてはならないと思います。神が創造された「日」「月」「年」は、すべて良いのです。「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」(創世記1:31) その年に生まれたから、そういう人間になる、ということはないのです。
いつの間にかハロウインが定着し、クリスマスが過ぎれば、初詣、節分、バレンタインデー、ひな祭り、などと続きます。結婚式はキリスト教、子どもが生まれれば神道でお宮参り、葬儀は仏教と、日本人は分別なく何でも採り入れますが、聖書には、こう書かれています。「ところで、あなたがたはかつて、神を知らずに、もともと神でない神々に奴隷として仕えていました。しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています。あなたがたのために苦労したのは、無駄になったのではなかったかと、あなたがたのことが心配です。」(ガラテヤ4:8~11)年賀状に干支を描くという「遊び心」までは良いにしても、自分が採り入れているその理由、意味を、キリスト教徒は、しっかり信仰によって説明できるようでありたいと思います。


by rev_ushioda | 2019-01-03 12:50 | Comments(0)

「1年を振り返って」

1年を振り返って思うことは以下のようなことだ。

1.母が特養に入所したこと
2.来年度の教会勤務をパート体制にしたこと
3.外部講演がおおかったこと
4.ツイッターを始めたこと

3年前、母が倒れ、あれほどてんやわんや大騒ぎしたことも、その後の3年間、自宅介護で不自由な生活を送ってきたことも、何か遠い昔のように感じる。過ぎてみると、思い出すのに難しいくらい、大変なことは忘れている。今、誰もいない部屋を見ると、次第に思い出されてくるが、シモの処理、ベッドから車いすへの移動、あれ、どうやってたっけ… という感じである。特養入所も、あれだけ悩んだのは、最近のであった。今は、自宅にいた時よりも生き生きしている母であるが、しかし、空っぽになった部屋は物悲しく迫ってくる。
写真は、特養で100歳を祝ってもらった時のもの(9月)。区、市、県、国からのお祝いを受け取り、うれしそうであった。

教会との契約をさらに2年延長した。今後の事は引き継ぎ人がいないこと、経済的にはもう少し先にならないと、引き継げないという事情もあり、延長は、やむを得ない。いろいろ考えて、来年度から、勤務形態としてはパート体制をとることにした。教会の事に関しては、大切な決断をこれからも続けることになるだろう。最大の課題は、後継者が見いだせるかどうかである。

外部講演が多かった。社会福祉法人の依頼で3回、傾聴ボランティアに1回、ケアマネさんのための講演に1回。加えて、地元の9条を守る市民団体の依頼で平和講演が1回あり、そこで地元宗教者との出会いもうれしかった。
それぞれに新しい出会いをいただき、今後の交流の発展に期待したいと思う。

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by rev_ushioda | 2018-12-31 10:26 | Comments(0)

大磯にある澤田美喜記念館収蔵のキリシタン信仰画が、「16世紀末の安土桃山期のもので作品である可能性が高いことがわかった」と先週、メディアが報じました。和紙に書かれた巻物で、キリストの生涯の15場面が墨で描かれ、ラテン語の祈りの言葉の原音がそのまま、ひらがなで書かれているそうです。
私が感銘を受けたのは、「御出生以来千五百九十二年 はうろ」という記載です。御出生とは、イエス・キリスト御降誕のことで、いわゆるAD(主の年)1592年のことです。キリスト教は日本に1549年に伝来、豊臣秀吉は1587年にバテレン(神父・宣教師)追放令を出しましたので、その5年後の作品ということになります。秀吉がバテレン追放令を出し、やがて江戸時代のキリシタンの大弾圧の時代に入るのですが、その時代も、潜伏キリシタンとして、彼らは信仰を受け継いでいきました。中山道を歩いていると、山奥にもかかわらず、ここで彼らの遺物が見つかったとか、この寺にマリア観音があるとか、今でこそ記念されています。しかし、権力者が思うがままに政治を行う中、キリシタンたちは命がけで、「御出生以来」つまり「主の年(AD)」で歴史を数えていたことに感銘を覚えました。いかに権力をもっても、人間は歴史の支配者ではない、とキリシタンたちは証ししていたのです。
平成の次は何になるのだろうと、うかれていてはいけません。それ(元号)は、この世の支配者の歴史の数え方なのです。私たちキリスト者は、主の年で歴史を数えます。昔も今も、そこに一本、筋を通し、時の権力を相対化するのがキリスト者の在り方なのです。危険も顧みずそのような信仰画を残し、祈りの言葉を記録したのは、すべて、礼拝のためでした。礼拝という筋を通し、主の年を1年、また1年と刻んで行く。キリスト者の殉教の血が証しするバトンは、今、私たちの手に委ねられています。次の信仰者の手に確かに渡すために。


by rev_ushioda | 2018-11-21 16:44 | Comments(0)

「大磯でコンサート」

大磯でコンサート、というチラシを見てすぐに申し込んだその日が来た。ステパノ学園のホールが会場であったが、初めて入って、その景色にすばらしさに感嘆。ホールの景色なんてあまり言わないが、写真のように正面に木陰があり、その隙間、眼下に見えるのは湘南の海、正面は逗子、左手に江の島が見える。この景色を見ながら声楽、ピアノ、パイプオルガン、ギターなどを聞く、最上のひとときだった。

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by rev_ushioda | 2018-10-08 20:24 | Comments(0)

「後援会ツアー」

今年は勝沼に「ブドウ狩りとワイナリー・美術館の旅」で、秋の味覚を存分に楽しめる旅であった。
参加者は今年は6人と少ないながら、車中、楽しく会話をつづけ、道路も休日の割には驚くほどすいていたこともあって、あっという間に甲府盆地に。一面のブドウ畑の中を車を走らせ、目的地「ツチと実」という、名前だけ見てもこだわりのある農園に到着。季節外れの31度という気温であったが、甲府盆地に広がるブドウ園はさわやかであった。
この農園は時間制限なく巨峰食べ放題ということで、また、魚のつかみ取り、塩焼きを楽しめ、バーベキューもでき、ピザを焼くこともでき、一日、ゆったり過ごす家族連れが多かった。ところで、さあ、たべるぞ、という最初の勢いはすぐにへし折られ、ひと房を食べるだけで精一杯ということに気づくのに、それほど時間は必要なかった。家でひと房なんて食べたことがない私たちは、元を取ることもできなかったが、しかし、ブドウの味覚を十分楽しむことができた。ちなみに、私自身はブドウ狩りは初めてで、ブドウの木の幹が意外に太いことに驚き(写真)、棚の低さに身をかがめながら歩くことに閉口し、ひとふさ丸ごと食べる醍醐味に感激し、ブドウ園を後にした。
山梨県立美術館はミレーの絵を収集、展示しているところで知られている、ということに私は知らなかったが、光と闇を描き出す絵の素晴らしさよりも、巨額の県費でこれだけのミレーの絵をそろえた山梨県の度量の大きさに感動した(見方が違うか…)
美術館の前にある店の、ほうとうが、これがまたおいしかったこと。山梨県は、ほうとうでしょ。そして、そのあとマンズワインの工場により、ワインの試飲を楽しみ、ほんのりと顔を赤らめて、帰路についた。
昨年は横須賀の軍港めぐりであったが、今回は、まさに味覚の旅。一貫性がないと言えばその通りで、この容量の深さが、私たち、後援会の良さでもあると、ワインで気持ち良くなった頭で考えていた。

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by rev_ushioda | 2018-09-25 23:23 | Comments(0)

昨日、地元の地区センターで、平和を願う市民団体主催の「悲惨な歴史(戦争)を繰り返させないよう祈念講演会」が開かれ、宗教者の声を聞きたいということで、私にも声をかけていただき、講演者として参加しました。ほかに金光教横浜西教会教会長 山田信二先生が講演され、今回、神道、キリスト教、二つの宗教の教師の講演を聞く会となりました。金光教の山田先生のお話は興味深いものであり、どの宗教も、その信仰するところを越えて平和というテーマの下、一致できることを実感出来て、大変、有意義に感じました。その会場には、また、浄土真宗大谷派遊林寺の副住職、三島さんがおられて、今回は講演者ではありませんでしたが、主催者から紹介いただきました。

実は、泉教会では昨年、20周年記念事業として、以下の計画をあげていました。

「地域に向かって、地域と共に、20年の実績を印象づけられる記念事業を行いたい。たとえば『命』(案)をテーマにした他宗教も巻き込んだ地域フォーラムを実施する。」

しかし、昨年はそのきっかけを得られず、流れてしまっていたのです。それが今年、はからずも市民団体の呼び掛けによって、平和をテーマに、神道、仏教、キリスト教の教師たちが一堂に会し、講演をとおして意見を交わす機会をいただいたのです。こうした機会をつくっていただいた市民団体の方々に、心から感謝しました。そして、せっかくの出会いを無駄にすることなく、ここから、宗教者・信仰者として、平和や命などのテーマで地域に貢献できる道を探って行きたいと、願っています。

参照記事 : 金光教ホームページ8月23日




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by rev_ushioda | 2018-08-21 21:28 | Comments(0)

「天声人語2003年3月3日」

以下、原文のまま引用する。

不意に心の底に届く言葉がある。以前はそれほど心に響かなかった言葉が、あるとき生き生きとよみがえる。読者から「フランチェスコの祈り」について便りをいただき、そんな思いを抱いた。便りには「自分はキリスト教徒ではないが、紹介してほしい言葉です」とあった。各種の訳があるが、試訳で紹介を▼「私を平和の道具にしてください。憎しみのあるところには愛を、争いのあるところには赦しを、分裂には一致を、疑いには信仰を、絶望には希望、闇には光、悲しみには喜びをもたらす者にしてください」▼フランチェスコは12世紀末、イタリアのアッシジの裕福な家に生まれ、若いときは放蕩生活を送った。戦争や病に苦しんだ後に目覚め、清貧のうちに信仰生活を送る。アッシジの聖人として知られる彼は、宗派や宗教を越えて敬愛の的になってきた。▼彼をめぐる書が様々あるなか、1冊の絵本が心に残っている。ユニセフのエズラ・ジャック・キーツ賞を受賞した『フランチェスコ』(はらだたけひで作・絵 すえもりブックス)で、聖人の半生をやさしく描き、この「祈り」の境地を簡潔に表現していた▼「フランチェスコの祈り」は続く。「慰められるより慰める者に、理解されるより理解する者に、愛されるより愛する者に……』。読者からの便りは「この祈りの言葉自体が『平和の道具』になるのではないか」と。▼いま、とげとげしい雰囲気が世界を覆っている。そんななかで、ひとときの安らぎを与えてくれ、勇気を与えてくれる言葉かもしれない。



by rev_ushioda | 2018-08-17 11:19 | Comments(0)

2012年のブログに「殉教者の血が私にも」という記事を書いた。ネットの検索で知った自分の信仰上の血統について気づいたときの衝撃を書いたものだ。

しかし今日、書類を整理していて出てきたのが、「過ぎゆかぬものー私の6・26事件」と題した、『羊群』1991年6月号のコピーである。1991年といえば、ブログに書いた時より20年以上もさかのぼる。コピーをとっておいたにも関わらず、知識として知った、というただそれだけの話で、その時は何も考えなかった、ということである。
20年も経って、検索にかかった記事を見て、自分がどういう人間かということにはじめて気づいたのだ。召命感に一撃をくらい、もう堰を切ったようにしてあちらこちらでそのこと(自分は殉教者の信仰上の孫にあたること)を堰を切ったように話している。しかし、あの時は、あの時点でコピーを取っていながらも、自分に当てはめることをしなかったのだ。知識と、気づきは、このように違うものかと、唖然とする。

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by rev_ushioda | 2018-04-19 21:53 | Comments(1)

きょう、立場地区センターで開催された、「平和な泉区を目指す宗教者と市民の交流の集い」に参加した。まあ、宗教者と言われたら、行くしかないが、このような企画に大いに期待もあったわけで。呼びかけたら、教会からもほかに3人が参加してくれた。
当日は、他の宗教の方としては、金光教 横浜西教会の教会長さんだけで、あとは横浜緑園教会の牧師と、そして私、ほか教会から3人であった。お寺の住職さんは楽しみに予定していたそうであるが、急用ができたとのこと。それでも会場に全部で30人以上は集まっただろうか。「宗教者」も含めて、それぞれの立場と背景の話、また、現在の取り組みを2時間にわたり、語りあった。
つまりは改憲反対の3000万人署名のことで、泉区内で25,000の署名を集めるためにはどうしたらよいか、という話が中心にあったようだが、しかし私としては、他宗教の方とも出会えるこのような集会を企画して戴いて良かったと思った。署名の数を集めることも目標として大事であるが、そういう草の根の関心を集めることが大事なのだ。

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by rev_ushioda | 2018-04-18 23:40 | Comments(0)