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「結果オーライか」

母の特養入所のことでずっと心にかかっていたのは、もし母が、こんな所に入れられた、子どもに見捨てられた、とさびしい思いを持ったらどうしよう、ということであった。今週、3日間、外泊で帰宅させるつもりでいた。それで今日、そのことを確認した。
「そろそろ、少し、家にかえろうか、ね。」
「う~ん・・・」(あれ?喜ぶんじゃなかったの?)
「車が高いんじゃないの?」(うん?そこなの?)
「まあね、片道5000円」
「帰んなくていいよ。」
そんな会話だった。どうやら、優しいスタッフがいる施設の生活がすっかり気に入ったようだ。今まで悩んできたことがうそのような展開となった。
これでよかったんだ。何か、ここまで引きずっていた荷物が解かれたような気がした。家には介護ベッドを自費で置いたままにしている。いらなくなりそうだ。

― 自宅介護の、あの模索しながらの3年間が、急に、何か急に遠い日々に感じた。

― 家に戻らないんだ、と思ったら、何か、さびしい気になった。おそらく息子にしかわからない、何という不思議な感覚だろう。

ところで、9月18日、百歳のお祝いがあった。
受け取っているこの書面は、何と、内閣総理大臣からだ。コメントを控えよう。母は、誰から贈られたにしても、本当にうれしそうだった。


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by rev_ushioda | 2018-09-18 23:08 | Comments(0)

「母、特養入所」

今日、母は特養に入所した。

今までと同じショート先であるし、本人にそのようにシステムとか契約とかが変わったことは何も伝えていない。
契約上は特養入所というように大きく変わったが、月に6日は外泊ができるので、外泊を活用して、母には、今までのショートの延長のように思えるように今後、「外泊」というカードを、上手く使っていきたいと思っている。

先週、私たちの休暇のために病院にお泊りしたときは、メモ用紙に何日から何日までと自分でメモを書いていたが、私たちが大きな決断をした今回、今度は何日になるの?とは、きかれなかった。幸いにと言うべきか。逆に、きかれなかったことが妙に心を痛めるのも事実である。

しかし、外泊カードを上手く使おう、そう考えたら、気持ちが少し楽になったことは確かだ。

と、ここまで書いたが、主のいないベッドを見たら、そこに立ちつくし、
ショートステイと何も変わらないと自分を説得しようとすることがうそっぽくみえてきて、
大事なものを失ったのではないかという恐れ、悲しみ、後悔 …の感情があることを知った。
これでよかったのだと周りは言っても、決して納得できない思いを引きずっている。



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by rev_ushioda | 2018-08-07 16:36 | Comments(0)

「特養 審査通過」

ロクさんは、あと少しで百歳です。健康に問題はありません。

ところで、特養のことはずっと悩んでいましたが、申し込んでから審査に1年はかかるというので手続きしました。その時になってからでは遅いから。
でも、何と1ヶ月も経たないのに審査が通り、今、施設の空き待ちになっています。空きが出れば、生活の中心は施設に移ります。外泊は月に6日だけだそうです。
サンルームで庭を見ながら日なたぼっこを楽しんでいるロクさんに、今後の生活の変化をどのように伝えたらいいか、6日だけの外泊をどのように使ったらいいか、大いに悩むところです。
ショートに行けば熱が出るとかで、夜中でも家に戻すよう電話が入るから、ショートサービスが使えなくなった以上、仕方ないとはいえ、頭は冴えているロクさんにはきついかも、ね。月に6日だけの外泊をうまく使って、何となく施設利用が増えたかな、という感じで移行出来ればいいけど・・

(ラインの家族通信から)



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by rev_ushioda | 2018-05-27 07:17 | Comments(0)

「特養申込み」

母は今、とても元気である。・・・と言っても、眠っていることがほとんどで、全面的な介護の日々であるが、サンルームで外を眺め、気持ちがいい、と繰り返していた。

2週間ほど前、ショート先から、熱が出たといって帰された。

去年11月には、夜中に、反応がないといってきたので、さすがに朝まで様子をみてほしいと対応、しばらくショートは控えていたが、もう大丈夫と思って再開した途端、一日で、熱が出たというのだ。帰宅翌日には何でもなかったかのように普通に朝食を食べているのに。

いずれにしても、たとえば電話が夜中などであった場合にはとても対応できないと思い、前回に続き、再び、ショートステイ利用はすべてキャンセルした。それは、今後もショートは利用できないことを意味する。しかしそうなると私たちの生活への影響が大きすぎることになる。考えたすえ、ここで、ついに特養の申し込みを、決心した。それでも迷いながら申込用紙を投函した。

しかし、入所が決まれば、家には月に限られた日数しか戻れないことを意味する。今は元気な母に、特養を選択したことは、まだ伝えられない。申し込みはしたが、承認は、1年も2年も先になればいい、という思いが混在している。特養を選択したことは正解で、頑張らないことが大事だと言ってくれる人がいる。分かっているのだ・・・私も、人にはそのように言ってきたはずだ。しかし、気持ちが落ちないのである。介護の本当の苦労は、割り切ることができない、このところにあると思う。

6月26日、100歳。


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by rev_ushioda | 2018-05-14 17:19 | Comments(0)

「妻、古稀の祝い」

60歳で還暦を迎えた後、70歳で古稀、77歳で喜寿。これから次々と節目を越えていくことになるが、ひと足早く、妻が古稀を迎えることになった。
「人生七十古来稀」なるほど、古来稀な人がわが伴侶かと思うが、さて、どのように祝ったらいいのか。考えたあげく、古来稀な仕方が分からず、結局、旅行ということになった。しかし、今までとは違う、70年に一度の部屋を取ろうということで、今までの4倍くらいの値段の「露天つき和洋室」というところに、行ってきた。じゃらんで探してみても、部屋に露天風呂がついているだけでは面白みがなく、あきらめかけていたところ、ベランダがあり、庭があり、開放感があって露天、かつ庭に面して室内風呂もあるという、ここに決めた。(和洋室というのはベッドがないと体中痛くなるので、洋室は欠かせないため) 場所は湯河原。ゆっくりすごせそうだ… 客室露天っていいなあ、でも、お風呂から出たら、妻は、もうベッドで眠っていた… やはり、古来稀な人である。
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by rev_ushioda | 2017-11-07 10:36 | Comments(0)

忙しい時期であったが、母がショートに行っている合間を縫って無理にねじ込んだ旅行であった。

結婚40年を機に、ぜひ、行きたかった場所が、伊豆の雲見である。新婚旅行で訪れた土地である。泊まった民宿はどこか、今は思い出せないが、烏帽子山という海に突き出た山があって、その急階段で撮った写真があった。同じ場所でもう一度撮っておきたかった。男ってそういうことで感傷的になると笑われながら、41年を越えて、やっと実現した。それが下の写真。急な長い階段を上りながら、同じ場所を探したが、足元がおぼつかず、今回はついに上まで上るのをあきらめ、途中で撮った写真である。

同じ場所であるのに、しかし、あの時の若い二人はいなかった… 

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右手前の山が烏帽子山。下に見える集落が雲見。
階段のいかに急なことかは、この写真を見れば想像できるはず。
ちなみに、頂上からの景色はこんな感じだ(下)。今回はこの景色が見れず、非常に残念だった。
https://youtu.be/tm26JlkzyOE

宿へのコメント
40年前、新婚旅行で雲見に行きました。40年経ち、同じ場所で写真を撮りたいと思い立って、今回はこちらに宿をとらせていただきました。夕食に驚きました。シティホテルに泊まればこの値段ではB&Bなのに、値段以上の豪華な夕食にびっくりでした。露天岩風呂があったことでこちらの宿を選びました。いいお風呂でした。(外なので、風呂場に落ち葉掬いを置くといいですね。)露天以外にも二つある内風呂を家族で貸切りにしてもらえるというのも、よかったです。 他のお客さんを身近に感じたり、トイレが共同で、部屋にない民宿は私たちは慣れていませんでしたが、それでもそれなりに民宿を楽しむことが出来ました。宿を出ると、風情のある川が流れていました。よかったです。




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by rev_ushioda | 2017-07-25 23:51 | Comments(3)

「孫の成長」

5年生と1年生の孫が二人、この連休にパパと一緒に自転車で来ると言う。孫は相模原市在住で、家は淵野辺駅の近くだ。大丈夫かなという心配もあったが、いい冒険だと思って待っていたら、ゆっくり目の3時間で無事到着。お昼を食べ、しばらくして、パパに誘われた上の子は、また、自転車で帰ると言う。しばらくして、写真が送信されてきた。バッティングセンターでバットを振っている。余裕だ。ずいぶん成長したものだと思った。下の子は、別に車で来た娘が、自転車ごと車に乗せて帰って行った。

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by rev_ushioda | 2017-05-03 16:37 | Comments(0)

「体調不良の中で」

ずっと記載がなかった… 何か超多忙で。
そうこうするうちに、久しぶりの(数年ぶりの)風邪でダウン。何と、妻と一緒に寝込むことになってしまい、そして妻の方が重症化して、夜中にトイレに行ったまま、下痢による脱水症状で意識を失い、救急車を呼ぶことになった。幸い、点滴で帰宅することができたが、10日近く食事もできず、昨日あたりからようやく動き出したところだ。妻、今年で70歳を迎える。母99歳を迎えるが、要介護4、自宅で全面介護もやがて2年となる。病院の帰り道、「無理がある。施設に入れる時ではないか」と娘から言われ、そんなことできるかと少々口論にもなって、暗い気持ちになった。妹からも同じようなことを言われていて、「娘なのにそんなこと言うか』と言ったが、月2回とはいえ、埼玉からの通いも、つらいのだろう。しかし頭が冴えている母をここで施設に預けるようなことになったら、絶対、後悔するに決まっている。介護保険も点数いっぱいまで利用しているが、それでもこのような話になれば、これが介護家庭の直面する悩みなのかと、以前からの課題ではあったが、妻の不調をきっかけにして一気に炎上した形だ。その娘も今週はインフルでダウン。皆が不調の中、介護を受ければ自分で食事もできる母は、一人、元気?である。

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by rev_ushioda | 2017-04-06 10:33 | Comments(0)

「信仰街道の一里塚」

私事ですが、要介護4の母を自宅で介護して1年。四六時中、食事、排せつ、痛みなどへの対応があり、デイサービス、ショートステイ、ヘルパーや訪問看護、入浴などの日程調整や依頼、準備などに追われているうちに、だいぶ手馴れて来たとはいえ、こんなにも自分の思考や行動が狭くなるものかと驚いています。
しかし、そのように一点に集中せざるを得ないことは別に介護に限らず、たとえば仕事にしても同じことが言えます。1週間、同じことを繰り返し、意識をそこに集中しているうちに、おそらく同じように思考や行動が狭くなるのです。
私はこれではいけないと思い、「点」が「線」になるように、島崎藤村の『夜明け前』とか司馬遼太郎の『国盗り物語』、その他、今、趣味で歩いている街道に関する本の助けを借りました。実際、介護があるので街道に立つことは出来なくても、読書によって、視野が縦横に広がるのを感じました。この感覚は大事だと思いました。地上の街道には、京とか江戸とか目的地がありますから、それを、自分の信仰の目的地に重ねることが出来るのです。一緒に神の都を目指す信仰街道を旅しませんかと人に勧める口実を得ることも出来るのです。「街道」というスケールに自分を乗せることは、私にとって視野を広げるのに益することであり、楽しいことでした。
今年最初の「牧会のはなし」に、「なまけもの」という動物の絵と共に、私は次のように書きました。―この世の時間に支配されず、礼拝の時間くらいは確保するなまけものになって「ぶらさがり見る」と何が見えて来るのでしょうか。―
礼拝は、神の国に続く信仰街道の、一里塚なのです。ここに足を止め、ずっと先が見えると、苦しい今も目的地に包み込まれた今に見えてくるから不思議であり、愉快なことです。

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by rev_ushioda | 2016-09-15 12:20 | Comments(0)

サムエルナイト

教会で一泊する子ども行事は、今回、初めてだった。名づけて「サムエルナイト」。サムエルのように、神の声を聞き分ける子どもになろう、神の言葉をもって悪と戦う騎士になろう、という意味をかけ合わせた命名である。
礼拝の後、さっそく宮沢親水公園に行ったが、和泉川に沿った広大な公園である。本流のそばに写真のような支流があって、きれいな水が流れている。そこでザリガニがたくさん採れる。エサで岩の下からおびき出すのだが、その加減が子どもは分からない。じっと忍耐するのが、小さな子どもにはなかなか出来ない。夢中になったのは、大人だったかも。

ところで、

広場でボール蹴りをしていて、蹴ったつもりが、ひっくり返った。教会に戻って、今度は階段から踏み外した。かくして今回、二度、倒れた。65歳の年齢を強く意識せざるをえなかった。そもそも、そういうことを感じ始めていたので「一泊」というのも「気遅れ」していて、私の提案ではなかった。共に動いてくれる人があってこそ、出来上がるというものだ。それこそ音楽プログラムは無理ということで、早々に他教会の人に応援を求めたのが功を奏し、大盛り上がりとなった。出来ないことが多くなる。その分、人に頼むことが多くなる。それが、良い結果を生む。ということだろう。
階段から落ちた痛みは、当初の打撲痛から、4日経ってみると今度は筋肉痛のような形でその痛みが増してきた。母の介護もあるし、体の弱いところをかばっている結果、筋肉痛になっているのかもしれない。立ったり座ったりがきつい。整形を受診。骨に異常なしということで安心。やはり落ちたときに体をかばった動きをしたための筋肉痛のようだ。
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by rev_ushioda | 2016-08-16 17:18 | キリスト教 | Comments(0)