人気ブログランキング |

「訪問」

きょう、先週お誕生日を迎えた母のところに、礼拝後、教会の皆さんが母を訪問してくれた。ハッピーバースデーを歌うと、母も満面の笑み。一人一人に声をかけ、冴えているところを披露。皆さん、逆に励まされてしまった。
そして、聖餐式をすることができた。
自宅介護3年目の昨年、百歳の誕生日には自宅を訪問してくれた皆さん、施設に移って1年目、今度は施設に訪ねてくれて、このような皆さんの気遣いにうれしい、感謝な日であった。

f0086426_19424837.jpg

by rev_ushioda | 2019-06-30 20:40 | Comments(0)

「母101歳」

きょう、母が101歳の誕生日を迎えた。
施設に入所して1年近くになる。認知はなく、耳が遠いので会話に苦労するが、聞こえないわけではない。よくわかるので、食事の味がいまひとつと言い続けていて、それだけが残念なことだが、何でも持って行って食べることはでき、おやつなどはおいしくいただく。
先日、教会の写真がほしいと言うから、大きく引き伸ばして持って行ったら、教会に行きたいなあ、と。信仰の事は心もとないが、洗礼は受けている。すべて主にゆだね、写真は、壁に貼った。

f0086426_21220505.jpg

by rev_ushioda | 2019-06-26 21:29 | Comments(0)

「4年前」

4年前の年賀状に載せた写真。曾孫たちに囲まれて、母97歳。
この年の9月に、母は急に体を動かせなくなり、一気に要介護認定4となった。それから3年の自宅介護、今は、特養に居て、体こそ自分で動かせないが、頭は冴えて、あと3か月で101歳を迎えようとする今もなお、元気?である。
身に着けているものが気になって、写真を見入った。この頃は、自分で着たいものを着ていた。この年の9月から、身に着ける物から、おトイレまで、何もかもすべて、家族にしてもらわなければならなくなった。自分でしていたことが、ある日、突然、自分でできなくなる。そして人の手にお世話になる日が来るのだ。この写真から、そんなことを思った。

心に留めなければ。
今、自分は68歳。

f0086426_09472615.jpg

by rev_ushioda | 2019-03-09 09:47 | Comments(0)

「結果オーライか」

母の特養入所のことでずっと心にかかっていたのは、もし母が、こんな所に入れられた、子どもに見捨てられた、とさびしい思いを持ったらどうしよう、ということであった。今週、3日間、外泊で帰宅させるつもりでいた。それで今日、そのことを確認した。
「そろそろ、少し、家にかえろうか、ね。」
「う~ん・・・」(あれ?喜ぶんじゃなかったの?)
「車が高いんじゃないの?」(うん?そこなの?)
「まあね、片道5000円」
「帰んなくていいよ。」
そんな会話だった。どうやら、優しいスタッフがいる施設の生活がすっかり気に入ったようだ。今まで悩んできたことがうそのような展開となった。
これでよかったんだ。何か、ここまで引きずっていた荷物が解かれたような気がした。家には介護ベッドを自費で置いたままにしている。いらなくなりそうだ。

― 自宅介護の、あの模索しながらの3年間が、急に、何か急に遠い日々に感じた。

― 家に戻らないんだ、と思ったら、何か、さびしい気になった。おそらく息子にしかわからない、何という不思議な感覚だろう。

ところで、9月18日、百歳のお祝いがあった。
受け取っているこの書面は、何と、内閣総理大臣からだ。コメントを控えよう。母は、誰から贈られたにしても、本当にうれしそうだった。


f0086426_22053212.jpg

f0086426_22095165.jpg



by rev_ushioda | 2018-09-18 23:08 | Comments(0)

「母、特養入所」

今日、母は特養に入所した。

今までと同じショート先であるし、本人にそのようにシステムとか契約とかが変わったことは何も伝えていない。
契約上は特養入所というように大きく変わったが、月に6日は外泊ができるので、外泊を活用して、母には、今までのショートの延長のように思えるように今後、「外泊」というカードを、上手く使っていきたいと思っている。

先週、私たちの休暇のために病院にお泊りしたときは、メモ用紙に何日から何日までと自分でメモを書いていたが、私たちが大きな決断をした今回、今度は何日になるの?とは、きかれなかった。幸いにと言うべきか。逆に、きかれなかったことが妙に心を痛めるのも事実である。

しかし、外泊カードを上手く使おう、そう考えたら、気持ちが少し楽になったことは確かだ。

と、ここまで書いたが、主のいないベッドを見たら、そこに立ちつくし、
ショートステイと何も変わらないと自分を説得しようとすることがうそっぽくみえてきて、
大事なものを失ったのではないかという恐れ、悲しみ、後悔 …の感情があることを知った。
これでよかったのだと周りは言っても、決して納得できない思いを引きずっている。



by rev_ushioda | 2018-08-07 16:36 | Comments(0)

「特養 審査通過」

ロクさんは、あと少しで百歳です。健康に問題はありません。

ところで、特養のことはずっと悩んでいましたが、申し込んでから審査に1年はかかるというので手続きしました。その時になってからでは遅いから。
でも、何と1ヶ月も経たないのに審査が通り、今、施設の空き待ちになっています。空きが出れば、生活の中心は施設に移ります。外泊は月に6日だけだそうです。
サンルームで庭を見ながら日なたぼっこを楽しんでいるロクさんに、今後の生活の変化をどのように伝えたらいいか、6日だけの外泊をどのように使ったらいいか、大いに悩むところです。
ショートに行けば熱が出るとかで、夜中でも家に戻すよう電話が入るから、ショートサービスが使えなくなった以上、仕方ないとはいえ、頭は冴えているロクさんにはきついかも、ね。月に6日だけの外泊をうまく使って、何となく施設利用が増えたかな、という感じで移行出来ればいいけど・・

(ラインの家族通信から)



by rev_ushioda | 2018-05-27 07:17 | Comments(0)

「特養申込み」

母は今、とても元気である。・・・と言っても、眠っていることがほとんどで、全面的な介護の日々であるが、サンルームで外を眺め、気持ちがいい、と繰り返していた。

2週間ほど前、ショート先から、熱が出たといって帰された。

去年11月には、夜中に、反応がないといってきたので、さすがに朝まで様子をみてほしいと対応、しばらくショートは控えていたが、もう大丈夫と思って再開した途端、一日で、熱が出たというのだ。帰宅翌日には何でもなかったかのように普通に朝食を食べているのに。

いずれにしても、たとえば電話が夜中などであった場合にはとても対応できないと思い、前回に続き、再び、ショートステイ利用はすべてキャンセルした。それは、今後もショートは利用できないことを意味する。しかしそうなると私たちの生活への影響が大きすぎることになる。考えたすえ、ここで、ついに特養の申し込みを、決心した。それでも迷いながら申込用紙を投函した。

しかし、入所が決まれば、家には月に限られた日数しか戻れないことを意味する。今は元気な母に、特養を選択したことは、まだ伝えられない。申し込みはしたが、承認は、1年も2年も先になればいい、という思いが混在している。特養を選択したことは正解で、頑張らないことが大事だと言ってくれる人がいる。分かっているのだ・・・私も、人にはそのように言ってきたはずだ。しかし、気持ちが落ちないのである。介護の本当の苦労は、割り切ることができない、このところにあると思う。

6月26日、100歳。


by rev_ushioda | 2018-05-14 17:19 | Comments(0)

「え、ヘルペス?」

歩くと足の裏が痛いので、病院にいったところ、「長く歩きましたか」「いいえ、最近はほとんど歩いていません。」「う~ん… ヘルペスかな… ほら水泡があるでしょ。でもこんなところにできるかなあ。とりあえず、お薬を出します。連休があけたら、また来てください。」
というわけでヘルペスの薬の処方。

これであきらめがついた。

というのは、順序からいうと、まず、今週は中山道に行きたかった。しかし、女性会の印刷が重なり、「え、何でこの週に?」まあ、仕方ないね、ということで、年数回しか取れないチャンスを、今回は主のために…お渡しした。岐阜のホテルをキャンセル。
その代り、B&Bでいいから近くに一泊してゆっくりしようか、と次に予約しておいたのだ。ところが、土曜日にショートに預けた母が、熱がある、酸素濃度もどうこうということで、翌日には戻って来た。ショートに行っている間に中山道を考え、次に近くの一泊と、予定変更してきたが、母が帰ってきたことで、それもキャンセル。

ところが、自分のヘルペス騒ぎとなったわけで、すべてのキャンセルが自分のためだったという「落ち」である。どこにも行かなくてよかった。行ったとしても、足をひきずっていたことだろう。

以下の写真は、私の記録です。見なかったことにしてください… m(__)m

f0086426_17021068.jpg


by rev_ushioda | 2018-05-02 17:18 | Comments(0)

母は今年6月に100歳になる。

要介護4、自宅介護を続けて2年半が過ぎた昨年11月、ショート先で具合が悪くなって、いよいよターミナルと訪問医にも言われて覚悟した。
ショートに出るのをキャンセルして様子を見てきたが、12月になって徐々に回復し、食事も、日向ぼっこもできるようになって、今まで以上に元気になった。2月19日、ショートを再開します、とケアマネさんに伝えた。

ところが、その日から、再び具合が悪くなり、唸ってみたり、認知?というような感じの、自分の状況がつかめない言動をしたり、また元に戻ったりの1週間。婿が来たので、試しに母にきいてみた。「この人、わかる?」「あら、だれかと思えば、… … だれだっけ?」にこにこしながら答えていた。具合が悪いと医師に言っても、数字的に異常が見られたりしない限り、よほどのことがない限りは、ほとんど取り合ってもらえない。それもわかるのだが… 今、やはりショートはキャンセルしますと連絡した。

次第に、その日に向かっている。玄関先にはフクジュソウが咲いている。このあたりで中山道に出て、少し気分転換したいところだが…
f0086426_14460625.jpg


by rev_ushioda | 2018-02-26 14:38 | Comments(0)

「母の容体」

1週間はショート、1週間は家での生活が続いて、99歳の誕生日を迎えた。このまま順調にいくかと思っていたら、11月の半ば、ショート先で意識がはっきりしない、何とかの数字が低いということで夜中に電話があった。迎えに行くわけにもいかず、様子をみてもらうことにして、無事、朝を迎えた。それにしても迷惑も掛かるだろうし、1日早く、帰宅させることにした。
それから2週間を越えても、体調が回復しないままである。ショート先でのことは飲み始めた新しい薬の影響であったらしいことはわかったが、その後、食事をとらず、寝たままの状態で、25日に妹が来たときだけ、いやに元気になり、起きてきて今までのように食べたが、それも1回だけ。こんなに食べなくて大丈夫かと思うほど、食べない。話も元気がなくなった。かすれ声である。食べるのは1日にスプーン一杯くらいのおかゆの類だけである。

きのうの往診のとき、「老衰」とか、「ターミナルですね」と言われた。

確かに、こんなに食べないのでは、あと、もっても1~2週間だろうと思った。

ただ、目が覚めているときは冗談を言う。おかしくなっちゃった、と言いながらも、意識ははっきりしている。


by rev_ushioda | 2017-12-03 22:34 | Comments(0)