「ここに桜が」

春になり花が咲いて、ああ、ここに桜があったのだったと思い出す。または気づく。
桜としては今までずっとそこにあったのに、1年のほとんどは、ほかの木に埋もれているように私たちには見え、しかし、時至ると一気にその存在をアピールする。
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by rev_ushioda | 2018-03-30 23:14 | Comments(0)

「按手礼説教」

私の神学校卒業の証書にこう書かれています。
「願わくは貴君の生くる限り主の召命にこたえて 教理と生活とを兼備し 敬虔なる献身と救霊の業に励みつつ 神の栄光をあらわされん事を祈る」
私の思いや感じ方が初めにあったのではなく、「主の召命」が初めにあった、それにこたえるのだと。
パウロは、自分の体験を繰り返し語るうちに、主の召しは、ダマスコでアナニヤに出会った時ではなかった。ダマスコに向かう路上、あの光の中であった、と言うようになりました。さらに時間が下ると、神は「わたしを母の胎内にあるときから選び分け」ておられた、と変わります。さらには「天地創造の前に」選ばれたのだと言っています。自分自身の召命の日がいつなのか、その深さを語っているのです。事実の受け止め方が、時間の流れとともに、どんどん深まって行くのです。彼の生涯は、初めからあった恵みの、その意味に目を開かれる祈りの道であった、そのように理解するのです。
私は、初め、神からの「召命」をどうして確認できるのだろうかと思っていましたが、属する教会の牧師の推薦を受け、神学校の入学試験に合格、中会会議の承認を受けて中会神学生になり、その神学校を卒業でき、中会会議で伝道師に任職され、最初の教会に派遣され、その後、教職者の任職式(按手礼)を迎えました。この節目節目を越えて初めて、ああ、本当に神からの「召命」だったのだ、と思ったものです。
しかし、ずっと後になって、気づいたことがあります。私の家、生まれた家は、武蔵国と相模国の二つの国の国境線だったと。そうだったのか。私は「国境の人」だ。牧師、伝道者として、「あなたに神の国は近づいた」と、まさに生まれた日から神の国の「国境の人」だったのだということに気づきました。
さらにある時、知りました。私に洗礼を授けた牧師の、父君は、戦時中(76年前)、殉教した7人の牧師の一人でありました。私は殉教者の信仰上の孫ということになります。私は、40年前に神学校を卒業し、献身の道を志したと思っていました。しかし、生まれた日(67年前)を越えて、主の召しは76年前にまでさかのぼっていったのです。そのようなバトンが、殉教者から手渡されていたのです。「向こうから」バトンを渡す者を選んでいて、ついに私は、そのバトンを受け取った、ということなのです。
召しは、私たちが知らない、思いがけないところから神によって始められていたのです。牧師、伝道師の苦悩、いえ、それにも勝る喜びの中で、召命の日はさかのぼり、そして召しの確信は深まり続け、私たちの思いをはるかに超えて、必ず、その意味を知るに違いありません。
きょう、牧師になる人にお渡しする按手証の文面は、こうです。 ― 「あなたは、カンバーランド長老キリスト教会日本中会の按手によって牧師のつとめに任じられました。日本中会は、感謝をもってあなたが教職者按手を受けた者であることを証します。あなたは、おびただしい証人の群れに囲まれています。とこしえの御腕があなたの働きを支えます。それゆえ、召命の日より誠実に訓練を受けた初めの愛から生涯 離れることなく、このつとめのため、主イエス・キリストにあって健闘されるよう祈ります。」
天地創造の前に神の子にするようお定めになった「とこしえの御腕」が、今、教職者、伝道師のそれぞれの任職をうける三人を包み、その働きを支えるのです。

(教職者按手・伝道師任職式説教)


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by rev_ushioda | 2018-03-26 14:32 | Comments(0)

スマホがよくわからない妻に、メールが来た。知り合いの人だ。しかし、文面がどうもおかしいというので、見ると、その人が普段、使わない言葉だし、コンビニで何々を購入する手続きをしてほしい、と。おかしい。本人に確認したら、アドレスを乗っ取られた、とのことであった。
そういえば、私のPCに入るメールを開いたら、ラクテンの、よく見るあの画面。ああ、いつものだと思ってみていくと、購入確認ということで、買ったことがない商品が書かれている。解約などはここでという、いつもと同じパターンになっている。買ってない商品だし、変だと思って、とりあえず、解約しておこうかと(あさはかだった)、ボタンを押した瞬間、ウイルスセキュリティが、いい仕事をしてくれたので、はっと目覚めた。その会社のホームページに行ってみると、会社を装う偽りのメールが横行している、云々とのこと。
何を信じたらいいのか、最初から疑う時代である。本人に会っても、あなた、本物ですか? などということにならなければいいが。しかしこれが(笑)で済まされないのは、牧師駆け出しの頃、交通費を貸してください。これこれの事情で… というまことしやかな話に乗って1万円を差し出したことがあった。うそだった。高い授業料であったが、最初から、人を疑う目を持たされてしまった。

ちなみに、これを書いている私は、本物です。あなたはこれを信じますか?


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by rev_ushioda | 2018-03-23 10:21 | Comments(0)

以下、皆さま、よろしければぜひ、ご協力ください。
私は、 「横浜最後の大自然を大自然のままで!ホタル飛び交う豊かな生態系を破壊する「上郷開発計画」の中止を横浜市長へ求めます!」というキャンペーンに賛同しました。 一緒にこのキャンペーンを応援していただけませんか。



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by rev_ushioda | 2018-03-20 18:06 | Comments(0)

泉教会の特徴がすぐに分かるのは、玄関先にのぼり旗が立っていることです。まず、このような教会はないのではないでしょうか。のぼり旗は日本の文化だと思い立ち、何年か前のイースターの「祭」から実行に移しました。

教会には、どこもその教会だけの特徴があり、それをいかに活用するかで、信仰生活が豊かになるのです。泉教会には、小さな教会ですが、ほかの教会にはない特徴があります。どこに行っても自分のスタイルを変えないのも良いかも知れませんが、所属する教会の特徴を生かした信仰生活の歩み方をするとき、信仰が思わぬ形で動き始めることにも気づいておきたいと思います。

1.NPO法人心を聴く市民ネットワーク

このNPO法人とのかかわり、学びのチャンスは、泉教会の最大の特徴と言えるでしょう。この法人によって、教会は開拓当初から社会との接点をつけています。さらに、神を理解するのと同じに大事なのは、目の前の人間を理解することであり、教会は、その必要に応えています。


2.テアトルフォンテ礼拝、同聖書会(聖書おもしろ読み)

私たちの教会の施設は狭いですが、公的施設を用いることで、教会に空間的、宣教的視野を開いています。参加することで自らを豊かにするだけでなく、伝道のチャンスにすることが出来るのです。


3.キリスト教ほっとライン(電話メッセージ)、ライフライン(テレビ放送への広告)

同じく、これも教会に空間的、宣教的視野を開くだけでなく、これは電話やテレビという方法を用いて、教会のメッセージをそこにアクセスする人に直接伝えることが出来るものです。


4.バイブルカフェ、賛美の会、英会話

教会周辺の家々と教会とをゆるやかにつなぐプログラムです。


5.信徒クロス礼拝

礼拝における他教会との交換プログラムです。教会が自ら置かれた時と場所を意識するための新たな試みです。


6.子どもと共にまもる礼拝

礼拝の初めに、子どもの礼拝部分を置いています。主イエスの周りにはいつもこのように子どもたちがいたことでしょう。子どもから大人は神の国を学びます。


7.聖書のリレー読み

聖書の言葉をリレー読みする。その言葉をもって、語りあう。祈り合う。聖書をリレー読みすることで共同体としての会話と、祈りに導かれます。何と刺激的なことでしょうか。


8.説教の当日配布

説教の原稿が当日、配布されますから、礼拝説教を文字で何度も振り返ることが出来ます。


9.メール版週報

もし礼拝を休んでも、その週の数日後には携帯やパソコンに週報が配信されますから、何があったのか、予定はどうなのかが分かります。

上記の8項目、13の内容は、泉教会固有のものです。内容には今後のことも含まれていますが、現在、皆さんはいくつ活用しているでしょうか。せっかく泉教会にいるのですから、泉教会を十倍、楽しんでください。



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by rev_ushioda | 2018-03-19 18:27 | Comments(0)

「季節は移りゆく」

福寿草が咲いたと思ったら、梅が満開。そのうち梅の花びらが散り、同じ日に桜の木を見上げたらつぼみが膨らんでいた。

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by rev_ushioda | 2018-03-13 10:39 | Comments(0)