「柚子の収穫」

教会の柚子が豊作である。
大掃除の日、庭に出て枝降ろしと共に収穫した。ぶどうは今年も相変わらずだめだったが、柚子のほうは(毎年たくさん取れるが、特に)今年は多いように思う。果物が生るというのは、人はそれによって喜びに誘われているような気がする。

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by rev_ushioda | 2010-12-06 13:36 | Comments(0)

「1週間前の日曜日

一週間前、妻は、ブラジルの教会の皆さんと一緒だった(写真)。
入植された1世の皆さんが天国に旅立たれ、1世の皆さんがいなくなるだけでなく若い人は町に出るので、これからますます人が少なくなる村で、語弊があるかも知れないが、ある意味では「成長しない」教会の現実を経験させてもらった。
こういう現実は、どういう立場で見るかで、印象がずいぶん違うのではないかと、妻は言っていた。町の、大きな教会から見ると、どうなのだろう。私たちはかつて富士宮市の田舎に峰山伝道所を持っていたが、そこで長く牧会された牧師から見ると、どうなのだろう。立場によって人は評価する。評価とは、難しいと思った。外部からは、評価などできないのだろう、とも。そこに共に居る人たちの心が、第一のものさしである。そして同じ意味で、教会の宣教が、もう一つのものさしである。
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by rev_ushioda | 2010-12-05 23:38 | Comments(0)

クリスマスには、もう一つの物語がある。ヘロデが、ベツレヘムの幼児を殺したという話だ。
ヘロデは「人を送り、…ベツレヘムとその周辺にいた2歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」。
王の命令を受けたのは、ヘロデの使者であった。王の命令といえ、よくこのような無惨なことを同胞に対して行えるものだと思う。しかし、一定の状況下では、人間から人間性が奪われるようである。この虐殺事件もそうであるし、軍隊では上官の命令が最優先されるが、そこに異常な事態を引き起こす。いわゆる、「集団ヒステリー」である。

『戦争と罪責』 (野田正彰著、岩波書店) という本がある。精神科医である著者は、戦争における虐殺行為は洋の東西を問わず起こっているが(第二次世界大戦やベトナム戦争など)、欧米ではそれに関わった兵隊たちの10%が精神的なダメージを受けているのに対して、日本軍においてはそのようなことはほとんど起きていないということに注目、聞き取り調査をした。その結果、日本の軍隊には悲しむ心、「共感力」といったものの欠如があったのではないかという結論を得る。だから、殺されてゆく者たちへの感覚が乏しかったのだと。
そして、日本人に感情鈍麻あるいは感情麻痺の傾向を引き起こすのは感情を抑圧しようとする日本の社会構造自体に問題があるのではないかと鋭く分析をしてゆくのである。そして過去を知り、豊かな感情表現を交えて語り合い交流するの中に、感じる心を取り戻してゆくように、と提言している。

ヘロデの使者の中にあったものは、そのまま、私たちのものでもあるということ。そうだとすれば、共感力の欠乏、感情の欠落が、やがて神の子イエス・キリストを、(信仰を!) 簡単に不要としてしまうのである。
私は、共感力の訓練? 気持ちの聴き方に重きを置いた「コイノニア会」を教会で、また、13年間、そのテーマの公開勉強会を、地域の公的施設で行なっている。何かのお役に立てばと願いつつ。

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by rev_ushioda | 2010-12-04 11:34 | Comments(0)

「勉強会の感想」

私は、13年間、「気持ちの聴き方」という公開勉強会を続けてきたが、今回、参加者の感想を載せてみたいと思う。

Aさん:
毎回、温かいお茶を頂き、少しほっと一息ついた後の講座開始。静かな雰囲気の中でニーバーの祈りを皆で賛唱し、私にとっては初めての経験ばかりでした。
未熟ながら子育て支援で色々な相談を受けながら自分自身のもやもやした気持ちや同僚との考え方の違いに気づき、この講座の参加を勧めてもらいました。話す側も聞く側もいろいろな考え方や感情があって当然だということに10回を通して強く感じました。また、会話記録やロールプレイといった実践においては日常の自分の会話、話の聴き方の特徴また性格的なものまでが手に取るように気がつくことばかりでした。聞き手はついつい良い言葉や助言を言うことに力をそそぎがちになりますが、相手はそれを求めているのではないなあ。と勉強させられました。
「気づき」。これは聞き手側がいかに必要なものか。まずは相手の話を聴きながら、自分の心の揺れ、感情に素直に耳を傾けることが必要なのではないかと漠然としていますが、この講座で感じました。

Bさん:
「心を聴く」の講座では、相手の心に寄り添い話を聴くことの大切さをいろいろな角度から指摘があり、話し合い、ロールプレイの活動では、問いかけに対して自分の問題として受け止めながら自己反省できました。
話を聴く時は、相手の土俵の中に入って聴くことと度々話がありましたが、私の場合は相手から発せられる10パーセントの言葉のみ聞き取り、いかに自分が相手の身になって聴いていないかということに気付かされました。
「あなた、それは、どうなった。それからどうした。」と話の事柄を分析し、診断をし、「それは、こうでしょう。こうしたら。」と自分の考えで提案、説教、解決、尋問を繰り返し自己満足していたように思います。友人に「あなたは、人の話を聞かないよ。」と言われたことがありましたが、学んだ今はその意味が少し理解できたように思います。
自分が話す場合も「どんなことがあり、どうしたか。そしてどう実行したいか。」と自分の思いや感じ方を自分の言葉で表現する事を省くことが多かったように思います。
講座で先生から「今は、どんな感じですか。」と聞かれたとき私は、開始時刻に遅れた理由と途中で出会った知人のことを順序良く報告していました。再度、「今は、どんな気持ちですか。」と聴かれた時も「話したのになぜ。」と疑問が残り、聴かれたことは起きた出来事ではないとうことに気づいていませんでした。この両サイドからのコミュニケーションの仕方を今後意識して心がけてみたいと思います。そのことにより、相手の言葉の裏に流れる思いや感じ方が話の言葉だけでなく表情や話しぶりや態度と合わせて少しずつ聴き取れるのではないかと信じています。
この講座では、毎回楽しい雰囲気の中、たくさんの収穫を得ることができ、嬉しく思っています。そして、この学んだことを毎日の生活の中で生かせるようになりたいと願っています。長い期間にわたっていろいろと示唆をいただきましてありがとうございました。

次回、2011年5月16日開講。1回2時間、全10回(全5,000円)

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by rev_ushioda | 2010-12-01 17:43 | Comments(0)