「天声人語2003年3月3日」

以下、原文のまま引用する。

不意に心の底に届く言葉がある。以前はそれほど心に響かなかった言葉が、あるとき生き生きとよみがえる。読者から「フランチェスコの祈り」について便りをいただき、そんな思いを抱いた。便りには「自分はキリスト教徒ではないが、紹介してほしい言葉です」とあった。各種の訳があるが、試訳で紹介を▼「私を平和の道具にしてください。憎しみのあるところには愛を、争いのあるところには赦しを、分裂には一致を、疑いには信仰を、絶望には希望、闇には光、悲しみには喜びをもたらす者にしてください」▼フランチェスコは12世紀末、イタリアのアッシジの裕福な家に生まれ、若いときは放蕩生活を送った。戦争や病に苦しんだ後に目覚め、清貧のうちに信仰生活を送る。アッシジの聖人として知られる彼は、宗派や宗教を越えて敬愛の的になってきた。▼彼をめぐる書が様々あるなか、1冊の絵本が心に残っている。ユニセフのエズラ・ジャック・キーツ賞を受賞した『フランチェスコ』(はらだたけひで作・絵 すえもりブックス)で、聖人の半生をやさしく描き、この「祈り」の境地を簡潔に表現していた▼「フランチェスコの祈り」は続く。「慰められるより慰める者に、理解されるより理解する者に、愛されるより愛する者に……』。読者からの便りは「この祈りの言葉自体が『平和の道具』になるのではないか」と。▼いま、とげとげしい雰囲気が世界を覆っている。そんななかで、ひとときの安らぎを与えてくれ、勇気を与えてくれる言葉かもしれない。



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by rev_ushioda | 2018-08-17 11:19 | Comments(0)