「署名についての考え方」

教会で署名集めをすることに関して、私たちは注意深く対応しています。

まず、どんな署名でも、基本的に週報では案内しません。つまり立場や考え方はキリスト者と言っても人によって違うので、教会として一つの意見に集約するような署名活動は原則、しない、という立場をもっています。教会は様々な意見が自由に交換できる場でなければなりません。署名に参加する人もいて、しない人、出来ない人もいて、それでいいのです。

では、どのように署名の依頼を案内するかというと、
①署名集めを希望している人は、まず牧師に話します。
②牧師の了解のもと、礼拝の報告で司式者が署名を集めたい人がいることを紹介します。
③署名を集めたい人はその趣旨を短く話し、個人的にお願いしたい、旨を伝えます。
④礼拝後、関心のある人は、その人のところに行って、署名します。

署名を要する問題には、自然保護や、教育、平和に関すること、命や人権、LGBTに関わることなど、多岐にわたります。何も知らなかったようなことも、あるかも知れません。そういう場合は、不用意に署名できないのはもっともなことです。起こっているその一つ一つの出来事を信仰の事柄だととらえる(注)人は、署名するでしょうし、政治的なことだとする人、よくわからない人は、署名したくないでしょう。閉鎖的な集団、組織は、規格化された思考になるよう人をマインドコントロールし、結果、誰も皆、規格化した行動をとります。私たちは、お互いの立場、考え方を尊重します。教会として一つになるのは、信仰告白だけですから、その他のどんな考え方も否定しないで、耳を傾けつつ、自分の意見も述べます。意見を述べるからといって、しかし誰をも強制しません。注意しなければならないのは、自分自身が絶対的になって人を支配し、あるいは閉鎖的になって、他の人の意見や考え方を感情的に否定してしまうことでしょう。

注:「信仰の事柄」
「主なるキリストに治められる契約共同体は、神が創造の業において、人々のために意図した基本的な人間の尊厳を否定する政治的、経済的、文化的、人種的抑圧状況に反対し抵抗し、変革を求めていくのである。」(カンバーランド長老教会信仰告白6:30)


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by rev_ushioda | 2018-07-21 20:05 | Comments(0)