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牧師の部屋にようこそ     
  





これは牧師の個人的なブログです。
まず、教会の近くからの景色をご覧ください。これが教会のある場所です。
晴れた日の夕方は、この場所は「観光名所」になります。


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3.教会案内


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# by rev_ushioda | 2019-12-31 23:59 | Comments(0)

「ガレージセール」

教会のガレージセールには、礼拝後の2時間半にもかかわらず30人以上の人が立ち寄っていただいた。おしゃべりしていく人もいて、とても有意義なひとときであった。もちろん教会の仲間も、非日常性を、けっこう楽しんでいたようだ。
準備は数人に大変な思いをさせてしまったと思うが、年に一度のこのことのために、献身的な奉仕をしてくださった。
私は、土曜日に夏みかんの木に登ってみかんを獲り、日曜日は夫婦で朝6時から薪でお赤飯を炊いて、また、あれこれ走り回って…  木に登ったため、腿の筋肉が痛い。今年からイースターと分けて実施するようにして正解だった。

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# by rev_ushioda | 2019-04-14 23:21 | Comments(0)

「雪情報のため断念」

今年の中山道第一回を3月に設定した。
しかし、あいにくの現地の雪情報。それはそれでいいのだが、高速道路の雪、凍結が心配になり、ネットを見ると、やはりスタッドレスは必須とか、結局、今回は断念した。予定した日が雨とかであればあきらめもつくというものだが、こちらは晴れの日が続き、よけいに悔しい。
旧中山道は「イチニチジュウヤマミチ」とも読める。仕方ない。
西から東に向かっているので、次回4月、そして夏、秋に行くことができれば、今年は木曽路(木曽福島)~諏訪湖~和田峠を越えた辺りまで、だろうか。そして、来年は軽井沢を目指す。碓氷峠を越えれば、気候を気にすることなく「江戸」(笑)を目指すことができるだろう。
2007年3月に江戸を発ったので、14年目で江戸帰着という、順調にいけば、残り3年である。

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# by rev_ushioda | 2019-03-14 20:33 | Comments(0)

「4年前」

4年前の年賀状に載せた写真。曾孫たちに囲まれて、母97歳。
この年の9月に、母は急に体を動かせなくなり、一気に要介護認定4となった。それから3年の自宅介護、今は、特養に居て、体こそ自分で動かせないが、頭は冴えて、あと3か月で101歳を迎えようとする今もなお、元気?である。
身に着けているものが気になって、写真を見入った。この頃は、自分で着たいものを着ていた。この年の9月から、身に着ける物から、おトイレまで、何もかもすべて、家族にしてもらわなければならなくなった。自分でしていたことが、ある日、突然、自分でできなくなる。そして人の手にお世話になる日が来るのだ。この写真から、そんなことを思った。

心に留めなければ。
今、自分は68歳。

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# by rev_ushioda | 2019-03-09 09:47 | Comments(0)

「宣教主事」

宣教主事が提案された時、ぜひ、泉教会にも来て、話を聞いてもらいたい。そう思った。また、大変な仕事になるだろうなとも思った。いずれにしても、何か遠くの話で、自分とは関係ないと思っていた。今年になって、やってほしいと打診を受けるまでは。
答えを出すまで、2週間、大いに悩んだ。何をするのか、中会として初めての職務なので、わからない。期待は大きいだけに、時間はどうするのか。それが一番の問題かもしれない。とにかく平安がないまま、ミディアンのモーセのように、祈りの中で自分は口が重いだの、ほかの人を選んでほしいとか、どうのこうのと言っていた。
結果的には引き受けることになって、先の中会会議で承認された。何とも気が重いが、定年を過ぎた牧師に与えられたミッションと思い、引き受けていこう。

宣教主事は、中会から委任された以下の職務を行う。
一 中会と教会・伝道教会・伝道所の宣教のために伝道委員会と協働する。
二 伝道委員会に出席し、必要な助言を行う。
三 中会全体、伝道所、伝道教会の宣教計画の策定に協力する。
四 中会全体、伝道所、伝道教会の伝道の具体的な働きに協力する。
五 教会からの要請に応じて、教会の宣教計画、伝道活動に協力する。
六 伝道所、伝道教会の伝道活動について、伝道委員会へ適宜、報告する。
七 各個教会を越えた複数の教会による宣教協力については、
  伝道委員会の主導の下、宣教主事は伝道委員会に対し助言し、協力する。
八 必要に応じて中会運営委員会に出席し、報告、相談を行う。
九 必要に応じてその他の活動を行う。


# by rev_ushioda | 2019-02-26 18:16 | Comments(0)

今年、心を聴く市民ネットワーク主催の講演会に、安積力也先生をお招きします。敬和学園高等学校(新潟)で教頭、日本聾話学校(東京・町田市)で校長、恵泉女学園中学高等学校(東京・世田谷区)で校長、基督教独立学園高等学校(山形県)で校長を歴任され方です。日本聾話学校時代に、一度、前任の教会でお招きしたことがあり、強烈な印象が忘れられず、今回もお声掛けしたところ、快諾をいただいたのです。
ところで、お父さまは、安積得也と言います。私が大学生の時に知った教育者で、一つの詩が頭から離れずにいたのですが、安積得也と安積力也先生。お名前が、たまたま似ているのかな、ふと思いまして、調べてみたら、やはり「力也」先生のお父さまでありました。
私が覚えていた詩というのは、こういう詩です。「明日」という題です。

「はきだめに えんどう豆咲き
 泥池から蓮の花が育つ
 人皆に 美しき種子(たね)あり
 明日何が咲くか」

このお父さまのほうは、戦前、岡山県や栃木県の県知事を務められ、戦後、感じるところがあって官職を辞し、民間の教育者となられました。よく聞く言葉では「未見の我」という言葉もまた、この人の言葉です。「まだ会ったことのない我」つまり、もう一人の私。人間、だれもの中に、自分の知らない自分が眠っている、という意味です。
今度、心を聴く市民ネットワークでは、講演会に、この方のご子息である力也先生をお招きすることになったわけです。かなりの骨太の教育者で、そうだったのかと思い、感慨ひとしおという思いが致します。


# by rev_ushioda | 2019-02-22 14:43 | Comments(0)

「東京神学大学訪問」

年末に、東京基督教大学(千葉県印西市)の学長を訪ね、今日は、東京神学大学(東京都三鷹市)の学長を訪ねることになった。運営委員会のミッションとしてであるが、学長を訪ねるというのは、一緒に行ったM牧師ではないが、やはり緊張することである。特に、大住学長は人を見抜く力がある(M牧師談)という事前情報もあったが、しかし、穏やかな人柄に魅かれるものがあった。
早めについたのでICUの庭の散歩をして緑の豊かさにほっとし、娘が卒業したルーテル神学大学の庭を通って娘の4年間の生活をふと思って懐かしく思い、緊張とは別に、何か良い時を持つことができたひとときであった。


# by rev_ushioda | 2019-01-18 17:23 | Comments(0)

「今年の歩き始め」

新年も8日経って、おめでとうでもないが、そういうあいさつで今年の牧師会が開催された。説教の演習と、午後はテキストの学び。私たちの牧師会は結構、学びの質が高いと思っている。最近、神学校で教える者、教団関係の雑誌などに執筆する者などが多く、私など、年齢だけは高くなっても、そういう仲間たちについて行くのに、もう大変である。もちろん、合間に交わりがあって、4時間。今年もそれぞれ遣わされた場でよく主にお仕え出来ればと思う。
帰りは、自宅まで2時間50分、歩いて帰宅。さすがに歩き続けるのは疲れ、2時間が限度か。例の中山道では、休み休みなので、けっこう歩けるのだが…
というわけで、今日は、クタクタにつかれた。いや、午前中の質の高さについていくことではなく…

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# by rev_ushioda | 2019-01-08 22:06 | Comments(1)

「干支」

亥(い)」年の人はイノシシのように猪突猛進型の人だとか、「子(ね)」年の人はネズミのように蓄え心に長じてケチンボだとか言われます。この「干支(えと)」は、もともと生命の循環を意味する十干(じっかん)と、十二支(じゅうにし)とを組み合わせた、60年で一周する数え方であり、「干支」はその十干十二支という日の数え方に、あれこれ因縁が付けられて迷信化したものです。それで1872年(明治5年)に、政府がそれまでの太陰暦から太陽暦に切り替えた理由の一つは、事の善しあしは別にして紹介すると、迷信との悪縁を断つということでした。すなわち「日の善悪…妄誕無稽ニ属シ、人知ノ用達ヲ妨ゲルモノ」(太政官「改暦布告」)と言われています。
まして、今日、キリスト教徒、キリスト者がそのような迷信に惑わされていてはならないと思います。神が創造された「日」「月」「年」は、すべて良いのです。「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」(創世記1:31) その年に生まれたから、そういう人間になる、ということはないのです。
いつの間にかハロウインが定着し、クリスマスが過ぎれば、初詣、節分、バレンタインデー、ひな祭り、などと続きます。結婚式はキリスト教、子どもが生まれれば神道でお宮参り、葬儀は仏教と、日本人は分別なく何でも採り入れますが、聖書には、こう書かれています。「ところで、あなたがたはかつて、神を知らずに、もともと神でない神々に奴隷として仕えていました。しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています。あなたがたのために苦労したのは、無駄になったのではなかったかと、あなたがたのことが心配です。」(ガラテヤ4:8~11)年賀状に干支を描くという「遊び心」までは良いにしても、自分が採り入れているその理由、意味を、キリスト教徒は、しっかり信仰によって説明できるようでありたいと思います。


# by rev_ushioda | 2019-01-03 12:50 | Comments(0)

「1年を振り返って」

1年を振り返って思うことは以下のようなことだ。

1.母が特養に入所したこと
2.来年度の教会勤務をパート体制にしたこと
3.外部講演がおおかったこと
4.ツイッターを始めたこと

3年前、母が倒れ、あれほどてんやわんや大騒ぎしたことも、その後の3年間、自宅介護で不自由な生活を送ってきたことも、何か遠い昔のように感じる。過ぎてみると、思い出すのに難しいくらい、大変なことは忘れている。今、誰もいない部屋を見ると、次第に思い出されてくるが、シモの処理、ベッドから車いすへの移動、あれ、どうやってたっけ… という感じである。特養入所も、あれだけ悩んだのは、最近のであった。今は、自宅にいた時よりも生き生きしている母であるが、しかし、空っぽになった部屋は物悲しく迫ってくる。
写真は、特養で100歳を祝ってもらった時のもの(9月)。区、市、県、国からのお祝いを受け取り、うれしそうであった。

教会との契約をさらに2年延長した。今後の事は引き継ぎ人がいないこと、経済的にはもう少し先にならないと、引き継げないという事情もあり、延長は、やむを得ない。いろいろ考えて、来年度から、勤務形態としてはパート体制をとることにした。教会の事に関しては、大切な決断をこれからも続けることになるだろう。最大の課題は、後継者が見いだせるかどうかである。

外部講演が多かった。社会福祉法人の依頼で3回、傾聴ボランティアに1回、ケアマネさんのための講演に1回。加えて、地元の9条を守る市民団体の依頼で平和講演が1回あり、そこで地元宗教者との出会いもうれしかった。
それぞれに新しい出会いをいただき、今後の交流の発展に期待したいと思う。

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# by rev_ushioda | 2018-12-31 10:26 | Comments(0)