タグ:随想 ( 305 ) タグの人気記事

「私の原風景」

昔、家の周りには畑があり、その周りを雑木林、松林が、ぐるりと取り囲んでいた。夏は、その林からヒグラシの声が右から左からの大合唱で聞こえた。この写真は、教会からの帰り道で撮った。昔のイメージを思い起こさせるような気がした。
f0086426_1792668.jpg

小学校低学年の頃、家では小犬を飼っていた。やんちゃで、とてもかわいい黒い犬だった。田舎道を30分くらいかけて学校に行くときは、しばらく後をついてきて、あるところまで来ると、自分で戻っていくのだった。
しかし、その日、いなくなった。子どもの足で周辺を探し回り、そして、見つけた。「肥溜め」(屎尿をためておく設備)の中に浮かんでいた。おなかを大きく膨らませて… ショックだった。「僕を送ってくれた帰りに落ちたんだ。僕のせいだ。」と自分を責めた。肥溜めから、一生懸命に掬い上げた。肥溜めだから、それは臭かった。その匂いの中で、涙が止まらなかった。
やはり教会の帰り道で、今はごみ溜めになっている「肥溜め」を見つけた。今もまだ、こんなのが残っているのかと、悲しい思い出がよみがえる。
f0086426_17101488.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2015-01-29 17:25 | Comments(2)

雨上がりの家の庭先。雲の合間から差し込んだ太陽の光を受けて、ドウダンツツジの枝先に雨粒が光る。きれいなので思わずパチリ。携帯カメラなので、限界あり。
f0086426_1647591.jpg

もう一枚は、賛美の会の風景。イースター礼拝で発表の歌を練習中。他教会の人も参加していて、地元の参加者を励ましている。よい指導者が与えられて、もう一つの可能性を秘めた活動である。
f0086426_16474079.jpg

何でもない、今日の風景だ。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2015-01-28 16:49 | Comments(0)

「免許更新」

今日、運転免許証更新に行ってきた。
それにしても、すごい人だ。あっちに並び、こっちに並びと、ようやく終えたが、最後の講習は「優良運転者」として30分だけの講習を受けた。次は5年後だ。
ところで、写真は精度が高まったのか、以前のような指名手配用の写真ではなくなった。被写体の出来はともかく、写真の精度としては、まあまあ満足できる範囲であった。

これは、免許証からのコピーである。
f0086426_23221343.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2015-01-19 23:19 | Comments(2)

「私は、国境に立つ」

横浜市には、かつて(明治26年までの1000年間)武蔵国と相模国の2つの国の国境線が通っていた。私の家がある瀬谷区は、相模国であった。道を隔てた東側(旭区)は、武蔵の国であった。少し北から下ってみると、マリアンナ医科大学病院の前の道から三ツ境駅を通って、私の家の前を通って隼高校横に抜ける道が、まさに国境であった。私の家の前に1000年間、国境線が通っていたのだ!

『わが街探訪再発見 武相国境』というサイトには、こう書かれていた。
「国境は、国や村の境であると同時に、水を分ける境でもありました。大部分の生活が農業によって支えられていたこの時代、水は人々にとって「命」と同じくらい大切なものでした。当時はその川がどこの海に流れ込むかで、どこの水かが決まっていたので、東京湾へ注ぐ日野川・笹下川・大岡川などの流域が武蔵国、相模湾へ注ぐ芹谷川・馬洗川・平戸永谷川などの流域が相模国と、分水嶺が「武相国境」となったのです。」

なるほど、近所(旭区)に帷子川の水源があるが、横浜方面(東京湾)に流れ、一方、瀬谷区側には阿久和川や和泉川が流れているが、いくつかの川に合流しながら、こちらは境川(武蔵と相模の境、という意味)となって相模湾に流れ込む。私の家は、その中間、まさに分水嶺にあるのだった。そうだったのか。確かに私の家は丹沢や富士山を見渡せる尾根道にあるのは知っていたが、少し大きな地図を見ると、ここは、北は多摩のほうにまで至る「多摩丘陵」だとあった。私は国境に立つ。64年にして、自分の立つ場所を知った、目から鱗の新しい発見である。

そして、話はそれで終わらない。私は牧師として、「神の国は近づいた」と伝える者である。神の国の支配があなたにあるのだ、と伝える。私の前にいる人に、神の国の国境線を拡げる者なのだ。私は、国境の人なのだ。


下は、明治14年の古地図。よく見ると、国境の両脇に谷が迫るが、国境を越えてはいない。分水嶺に国境線が引かれたのがわかる。
f0086426_12344615.jpg


この写真は、家の2階から見た西側の景色。大山まで遮るものがない。分水嶺から見る相模の国である。
f0086426_11212767.jpg

次の写真は、その反対側、相模の国側から東をみたところ。分水嶺(国境の稜線)が壁のように立ちはだかり、そこに住宅が建っているのがよくわかる。
f0086426_16144783.jpg


以下のサイトがわかりやすい。私の家は、瀬谷区と旭区の境である。
http://www.geocities.jp/kk810558/busou1.htm

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ
[PR]
by rev_ushioda | 2015-01-16 12:06 | Comments(0)

「囲いから出よう」

『ねずみくんのひみつ』という絵本があります。はなくそをほじるねずみくんを見た、ねずみのねみちゃんは、あひるに会って言います。ねずみくんが「はなをほじってた。」あひるは豚に会って、ねずみくんが「花をほったんだって。」豚は馬に、ねずみくんが「歯を折って寝てるんだって。」馬は象に、ねずみくんが「はねて、とんでるんだって。」と言うのです。
こういうことだから、こういう伝達を、面白おかしくゲームにもするくらいです。私たちは、聞いたことを、おそらく自分の経験や理解の仕方という枠の中で聞き、また、自分の言葉に変換して理解したり人に伝えたりしているに違いないのです。言葉を聞いて、勝手な解釈をするという、そういう聞き方があるのです。勝手な解釈というのは、健全な方向に進むことは稀です。『ねずみくんのひみつ』くらいならまだいいのですが、人間には防衛機制が働きますから、私たちのフィルターを通って変換された言葉は、不健全なほうに進みやすいのです。
創世記3章の「蛇の誘惑」などは、まさにそういう不健全な伝達を言っているところです。まず、聖書の言葉、神の言葉は、私の中で健全に受け止めているでしょうか。それとも「ねずみくんがはねてとんでる」ようなものに、なり下がっていないでしょうか。
元旦礼拝で、私たちは、良い羊飼いによって「囲い」から連れ出される者だと聞きました。主イエスに導き出され、自分の勝手な理解、勝手な言葉、人を混乱に招き入れる言葉から解き放たれる者に、私たちはなりたいと思うのです。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2015-01-04 22:10 | Comments(0)

「干支に思う」

主イエスは、弟子たちに「わたしを何者だと言うのか。」とお尋ねになったことがあります(マルコ8章29節)。主イエスがこの質問をなさった場所はフィリポ・カイサリヤという所でした。この地名からも想像できるように、カイザルを神とも救い主とも崇めるところで有名でした。また、所狭しと異教の神々が奉られている所でした。主イエスはあえて弟子たちをそういう場所に連れて行き、「わたしを何者だと言うのか。」と質問なさったのです。
日本は、わざわざそういうところに行かないでも、私たちの周りには至る所に神々が奉られていて、また、カイザルならぬ今の政権の支配はいよいよ人の心にまで入り込もうとしています。そういう場所で、今、主イエスは言われるのでしょう。「わたしを何者だと言うのか。」
ところで、干支(えと)という習慣が日本にあります。年賀状となると、この干支で溢れかえるわけです。干支とは、古代中国の暦の組み合わせから来たもので、十干・十二支といいます。(十干とは、10区分の記号で、等級区別を表します。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸がそれです。また、十二支とは、木星が12年で天を一周することから天を12区分した記号で、年・月・方角・時間を表します。すなわち、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。)
干支(えと)は、これら「十二支」と「十干」を組み合わせたもので、60を周期とする数詞であり、暦を始めとして、時間、方位などに用いられます。ところが、これを実在の動物や架空の動物を当て字で用いるようになり、現在では縁起を担いだり、霊験あらたかなものとして、吉凶を占う材料になっているのです。
キリスト者は、そのような文化、風習の中で、どういう態度をとったらよいでしょうか。「わたしを何者だと言うのか。」と言われる主イエスそっちのけで、干支という「縁起」に振り回されてはいけないと思います。あの占星術の学者たちは、黄金、乳香、没薬を主イエスにささげて別の道に旅立ちました。献げたものは占いの道具だったと言う人もいます。そうでなかったとしても、占いによって運命、縁起をかつぐ干支からは「別の道を通って」行きたい。
来年は、干支ではヒツジだとか。「あなたがたがヒツジと言って拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。」というような機転が利くといいですね。使徒言行録17章23節参照。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
[PR]
by rev_ushioda | 2014-12-28 22:15 | Comments(0)

「神のための舞台に」

「している」ことが、自分のためか、人のため、さらに言えば神のためであるかどうか。大切な分かれ道であると思います。
9月にコンサート案内のチラシを7,000枚配り、今回もクリスマス案内のチラシを7,000枚配りました(5,000枚新聞折込み、2,000枚ポスティング)。しかし、これで来られる人は、せいぜい1~2人です。続けて来られる人は、ほとんどいないのです。自分のためを考えているなら、非常にがっかりする結果だと言えるでしょう。
教会と取引があるOA機器会社などの手紙を受け取ると、「益々の御発展(伸展)を祈ります」といった文章に出会います。発展とか伸展というのは、その企業、会社、組織の人数とか売上が大きくなることを言っているわけで、そういうことが成功だとされているのです。
しかし教会は、そういう意味で発展させ、進展させるものかどうかを考えなければなりません。つまり自分の勢力を拡張させることが目的であり、それが成功なのだろうか、ということです。
教会とは何でしょうか。それは、神のため、救いのために奉仕する神の器だということです。神がこのチラシを用いてくださるように、この手を差し出すのです。チラシは、どこに行ったのだろうと思いますが、神のために配られたチラシは、神がお用いになる。ですから、私たちが今年したことは、自分の発展、伸展、満足のためにしたのではなく、ただ、神のみわざが現れるために、しただけです。神は、この手を用い、この教会という器を用いて、その招きと救いを人々に伝えられました。そこに私たちが参加し、神が、人間が人間らしく生きるための扉を開かれたのです。
私たちは、その神のためにチラシを配るだけでなく、祈りも、日々の生活も、自分のために使うのではなく神のために用いていただくこと、これがキリスト者/教会のすることの目標なのです。

「あなたは身ごもって男の子を生む」ルカによる福音書1章30節
「マリアは言った。…お言葉どおり、この身に成りますように。」同38節

私たちも、マリアと同様、神のお働きを宿す「胎」、神のお働きになる舞台(日々の生活)を持ちたいものです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2014-12-20 09:39 | Comments(0)

「滴る汗」

アドベントにまったく関係ないが、NHKに「ラジオ文芸館」という番組がある。
たまたま車の中で聞いたのが、藤沢周平「滴る汗」。もう2か月も前なのに、何か忘れられないので、書き留めておこう。おおまかなあらすじは「私の読書日記」というブログに紹介されている。

歴史ものである。公儀隠密が身分を隠しながら商売をしているが、あるとき、素性が知られそうになる。そこでとった行動(口封じ)が藪蛇となっていく、という話である。最後は、「それは、あなただ」という強烈なメッセージが伝わってくる。そこで主人公が流す冷や汗が「滴る汗」であるが、それは、間違いなく、聞いている自分に向かってくる。この、どんどん引き込まれていく感覚は、さすが(さすが文学者)と言うしかない。この感覚がどこからきたかというと、読者を「当事者」としてしまう、というところにあるのだろう。
ひるがえって、教会で語られる説教は、どうなのか。どこの誰に語られているのかわからない。知識は増えても、引き込まれることもないまま、礼拝に出ても出なくても何も変わらず。そんなことになってしまってはいけないと、この放送を聞いて、思った。私からも、滴る汗が…^_^;

番組は、YOUTUBE にあった。→ 「滴る汗」

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
[PR]
by rev_ushioda | 2014-12-12 13:55 | Comments(0)

「クリスマスを迎える」

今年は2014年。キリスト起源の数え方です。この数え方以前は、ローマ皇帝を起源とした暦が使われていました。しかし、ディオニシウス・エクシグースという修道士が画期的な暦を発明しました。それが、今私たちが使っているキリスト起源の暦です。彼はこう言っています。
「我々はもはや暦を統治者によっては数えない。なぜなら、彼らは君主ではなく暴君だからである。我々の主イエス・キリストから数え始める。これは我々の希望の始まりだからである」。
こうして「AD、主イエス・キリストの年」という暦が作られたのです。もう一度言うと、この暦は「希望の始まり」なのです。私たちには、そして世界中の人には「希望の始まり」を示す「ものさし」が当てられている、というわけです。
今年も、クリスマスを迎えました。しかし、世界は、あらゆる意味でディオニシウス・エクシグースが言ったように「君主ではなく暴君」に支配されているように見えます。戦争やテロ、権力や言葉による暴力、搾取、傲慢、不公平の結果、憎しみ、不安に満ちています。しかし、このような時こそ、まず私たち自身の内に、「希望の始まり」であるイエス・キリストをお迎えしたいのです。
神は言われます。「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている…それは平和の計画であって,災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」エレミヤ書29章11節

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2014-12-09 14:43 | Comments(0)

妻が、受洗50年を迎えました。他教団で洗礼を受け、やがてカンバーランド長老教会に移り、こちらの方での教会生活がはるかに長くなりました。そして今年、受洗50年の節目を迎えました。
感謝を表したいということで感謝献金を届けるため、40年ぶりに横浜市内にある母教会を訪ねました。小学生から通い始め、高校生で親の大反対を押し切って受洗したその教会には短大を出て就職してからも通い続け、やがてカンバーランド長老教会に籍を移すまで、長くお世話になりました。礼拝堂は当時のままで、今もそこにありました。年月を刻んだ礼拝堂で、牧師夫人と語り合い、50年の信仰が守られたことを報告しながら、感謝献金を手渡してきました。
受洗して50年、この時に際して、一つひとつの節目を迎えることの意味を改めて考えました。10年、20年と、信仰生活の日々を積み重ねる、その節目を越える度、山登りならば「峠」を越える度に、後ろを振り返り、よくここまで登って来たという感動が溢れる。先はまだあるにしても、自分の居場所を確認する。そういう感謝を、献金で表わすことは、意味のあることだと思います。
人生に洗礼のしるしをつけたこと、いえ、神によってつけられたことは、「第二の誕生日」とも言える大事な節目だったのです。そこから自分と周りの見え方が変わったのです。そこから10年、20年、…50年と歩んできたのです。感謝献金を準備し、携え行く道で、神が私にしてくださったことを考えるのです。いえ、してくださらなかったことにも、また、意味があったのだと思うのです。さらに言えば、過去の歩みだけではなく、これからの自分の歩みにも目をやります。
第二の誕生日、洗礼記念日を、心からの感謝をもって、人生の一里塚として行きたいものです。

あなたは今、洗礼を受けてから、何年になるでしょうか?

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2014-11-15 13:27 | Comments(0)