「枝おろし」

気分転換には効果てきめんだった。枝おろし作業のことである。
我が家には2階の屋根に届く大きな木、樫、タイサンボク、ヒマラヤスギ、ヒバなどが8、9本ある。この枝下ろしが毎年、問題である。植木屋さんに頼むと、年間13~4万円もかかる。今まではそうするしかなかった。
少し前に工具を購入したことを書いたが、この調子がすこぶる良い。電気ノコギリで枝おろしする。非常に具合がいい。木の上で、片手を伸ばした先の細い枝、太い枝、とにかく片手で切り落とせる。そして、落とした枝はシュレッダーで粉砕していく。結構太めの枝でも、この機械は、葉が付いたままの枝をばきばきとチップにしていく、この気分の良さ。そうだ、気分転換だ。最近、月曜日の午前中は、木に上り、枝をおろしては粉砕して、スカッとしている。最初体全体が痛かったのが、2週目からは痛くなくなった。体を動かすので、運動不足にも効果がありそうだ。
持つべきは、工具だった。ノコギリでギ~コギ~コとやっていたら日が暮れる。枝の処理をもたもたやっていたら、夜になる。翌朝はごみ置き場は枝の山。紙を貼られて置いて行かれ、あたふたするのが関の山。しかし、今は一瞬の処理でチップになり、庭にばらまかれている。

before / after
手前は枝おろし前、奥が枝おろし後の木。
f0086426_10231819.jpg

(後の写真は、後日掲載)
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-11-12 18:00 | Comments(0)

「大島の災害」

台風26号のための土砂災害で、伊豆大島、元町で甚大な被害が出た。10月16日のことであった。2週間が経つ。
教会員の一人が大島元町出身であるが、その後、お父さまと、妹さん2家族が住んでおられることが分かった。お話を聞いて行くと、津波の心配はあった。しかし、山からの土砂災害は考えていなかったと。ご実家は、もし今のところに引っ越してなければ、流されていたところにあったそうである。その家に住んでおられるお父さまは、無事ではあったが、災害直後に心筋梗塞になられ、一時、周りの人はもう、なくなったと思ったそうだが、幸い一命はとりとめ、以後、病院のお世話になっている。
一人の妹さんのお宅は、窓を開けたら土砂が家の周りを流れているので必死で二階に逃げたが、結局、床下まで土砂で埋まった。土砂は家族でかき出したが、あの時の怖さが焼き付いて、今になって自律神経に変調があるらしいとのこと。
もう一人の妹さんの家は特に被害はなかったが、しかし危険区域に指定されたため、今後、引っ越しをせざるを得ないとのことだ。
支援も、ボランティアとか、東日本大震災の時のような盛り上がりがない。後から聞いた話では、支援物資も、必要としている人のところには届いていなかった、とか。島の人は、良くも悪くも、人に迷惑をかけてはいけないという思いが強いらしく、愚痴は何も言わないそうだ。ぐっと感情をおしこめている、と。
知り合いがいなければ、災害の実情はなかなか分からない。いや、本当は現地に立たなければ何も分からないことは、東北に何度か行って、感じたことである。

今、クリスマスに向けて何かプレゼントができないか、考えている。
FNNニュース

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-10-31 07:17 | Comments(0)

「植木の処理」

母親が電動のこぎりを買ってくれと言ってきた。家の周りのことが気になって仕方ないらしい。
母親は、95歳である。昨年、心不全で2度入院したが、その後は元気である。ただ、耳が聞こえないからと、それまで休まなかった教会の礼拝には行かなくなった。病院通いはするが、体は動く。家絵の周りの低木の手入れを盛んにしている。もちろん、電動のこぎりはとうてい無理で、危ないからダメだと言った。

ところで、我が家には屋根まで届く大きな木が何本かある。処理に困っていたが、もっと早く買っておけばよかったという優れ物に出合った。一つは、落としたその枝を軽々と粉砕してチップ状にしてくれるシュレッダー(粉砕機)。取り扱いが簡単で、音も静かというところがいい。25ミリは問題なくクリア。こんな太い枝でもいいの?という感覚。今までは枝を束ねてごみに出していたが、チップにしたものは、土の上にばらまいておけばよい。
もう一つは、先ほどの電動のこぎり。自分用に買ってみた。上のシュレッダーと同じく、ネットでは評価(口コミ)が出ているから、失敗しないためにまずそれを見て、この手のものでは一番高かったが購入。他社にはないAフレーム付。ザリガニみたいな形だが、これもまた、非常に使い勝手がいい。

問題は、木の枝を落とすには登らなければならない木があるわけで、今日は久しぶりに時間が空いたので一日その作業をしたが、しかし2本目までで体が動かなくなり、リタイア。足腰手足全部が、くたくたになった。例年、植木屋さんに頼んでいるが、日頃、運動不足の私には、やはり全部 自分でするには限界がある。それでもたまにこうした作業をするのは、健康的に(精神的に?)良いものだ。

(後日談 : 数日間、筋肉痛に悩まされる結果になった。)

f0086426_21181555.jpg

f0086426_6295356.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-10-28 21:10 | Comments(0)

「ぶどうの収穫」

教会の庭には、ぶどう、みかん、ゆずの木がある。
実がなる木があるというのは、楽しみがあっていい。ぶどうは、植えてもう5年くらい前になるだろうか、実がなるようにはなったものの、収穫はいまひとつである。日照の問題もあるが、手入れの問題もある。とても、房での収穫はできない。たべられそうな一粒一粒を集めるのである。それでも今年は、この数年の中では一番多く採れた(写真はその一部)。こうなってくると、来年が楽しみになってくる。来年は、1回分くらいの聖餐式には使えるようになるだろうか。

f0086426_2034819.jpg


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-12 20:43 | Comments(0)

「鳩のひな」

庭先の夏みかんの木に登って、みかんを取っていたら、そこに鳩の巣があった。いきなり目の前に現われた私を警戒して鳴いているようだが、ぎー、ぎーとかわいい声を出している。後ろに気配を感じて屋根を見ると、そこにいつからいたのか親鳥がいて、どうしていいかわからないような感じで行ったり来たりしている。「大丈夫だよ、いじめないから」。
巣の真上にも、みかんがある。熟して落ちたら巣を直撃しそうだ。その真上のみかんだけは、とりあえず取って、今年は周辺にある10個くらいは、そのままにしておこうと思う。
それにしても、そこは、わが家のまさに玄関先。天敵のカラスから卵を守るためには、人間のそばが一番良かったのだろうか。
f0086426_16142964.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-04-12 16:12 | Comments(2)

「引地川の桜」

94歳の母をお花見に連れて行った。希望したのが10年以上前に一度行った引地川だったので、そこに行くことにした。
護岸工事がされ、川床もずいぶん下がり、以前は確か川面に枝が届くような感じの記憶であるが、川面ははるか下になっていた。それでも川に向って垂れ下がる枝ぶりは、これが桜だ、と思う。最近、横浜市の桜は、枝が無造作に切られ、見るも無残な状態である。近くの希望ヶ丘小学校の桜など、これが教育現場ですることかというような、まったく情けない、無残な枝の切り方である。これが桜だよ、と子どもにどうして教えることができるだろうか・・・
川沿いの桜はどこもそうだろうとは思うが、引地川の桜もまた、見事である。川の両側を往復しながらゆっくり散歩できるようになっているのがよい。


f0086426_17213551.jpg
f0086426_1721509.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-04-09 17:06 | Comments(0)

「ツナミの小形而上学」

いつの間にか手元にある本。

「原発を終わらせる」石橋勝彦著、岩波新書
「日本の大転換」中沢真一、集英社新書
「原発が許されない理由」小出裕章著、東邦出版
「原発と憲法9条」小出裕章著、遊 社
「ツナミの小形而上学」ジャン・ピエール・デュピュイ著、岩波書店
「原発とキリスト教」新教出版社

ツナミの小形而上学」は、現代社会の暴力や悪の問題についての哲学的な考察で、原書は2011年ではなく2005年に、スマトラ沖地震を受けて出版されたものである。私には難しく、ほとんどわからない本だったので、読むというより、斜めにページを繰るしかなかった。しかし、心がひかれるテーマを追いかけていたので、印象に残っている。
人は、未来の破局にどう向き合ったらよいのか、というテーマである。本文は、とにかくわからなかったが、23ページにわたって書かれている「解説」が助けてくれた。それによると、著者の関心事は、

「確実な破局」を、いかにして避けるかというより、むしろ、「確実な破局」を「非現実」の領域に押しやって、目の前の現実に身を委ねてきた道をそのまま進もうとする世界の趨勢を、どのような意識転換によって変えられるのかである。

それで気づいたのは、本文に次のように書かれていたことだ。

「(スマトラ沖)地震の発生とツナミの高い蓋然性について、タイの当局がきわめて早い段階から可能性を認識しながら、自国の観光業を壊滅させないために、わざと警報を発しなかった」

自然災害といえども、社会的なもろさのために引き起こされるのだという指摘。東日本大震災の悲劇の多くは、企業間の癒着、安全神話がそれである。多くの生徒を失った学校だけでなく他の学校の多くも、ツナミを想定していなかったという、非現実思考。今回の災禍は自然災害なのかという問いが発せられている。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-02-13 11:27 | Comments(0)

「つながりに生きる」

娘の学校の山荘が、清里にあります。
行ってみると自然観察指導員の方がいて、ネイチャー・プログラムというのをやってくれました。ゲーム感覚で自然を見つめるプログラムなのですが、これが楽しかった。その一つに「ミクロ探検隊」というのがあります。虫眼鏡を持って、クモの巣を探しましょう、ジャングルのような苔の森を探しましょう、次は妖精の現れそうな場所を・・とグループごとで探していくのです。虫眼鏡で見る森の中は、肉眼で見るのとはまるで違った世界になります。なぜ、そこが妖精の現れそうな場所なのか、あとで他のグループに説明しますから、それなりの理由を考えるのです。私たちは、こうして、「森」と出会った。
そこで改めて気づいたことがあります。森の中は、小さな苔や、虫たちでいっぱいだということ。そしてその小さな苔や虫たちは、倒れた大きな木を分解して、時間をかけて、やがて大地に返しているのです。小さな生物によって、しかし、大きなすごいドラマがそこには展開されていました。そこで体験したことを漢字一文字で表しましょう、という時間が最後にありました。私は「繋」、つなぐ、つながりという字を書きました。どんなに小さな苔も、虫も、ここでは大事な主役を演じている。脇役などない。そしてその小さな主役たちによって、繋りが生まれている。虫と苔と木と森と、そして大地と、空気とさえも繋がりがある。もっと言えば、過去と今と未来が繋がっている。すばらしいことだと思いました。
私たちは分断化された社会に住み、いつのまにか細切れにして、ものを考えています。国と国、人と人が対立して、お互いの繋がりを考えません。今の時だけは大事にしますが将来に繋がる発想ができません。あのネイチャープログラムを通し、私は次の聖書の言葉を心に留めました。「ユダヤ人もギリシャ人もなく・・あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つ」。私が「繋がり」ということを森の中で気づいたように、キリストの眼差しの中で、私たちは繋がりのある関係を発見し大事にすることができるのです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2011-08-13 21:30 | Comments(0)

「畏れるべきを知らず」

いったい、大津波を人間の構造物で防げるのでしょうか。原発は安全だという人間の英知は、自然を越えることができるのでしょうか。
ある年のこと、丹沢でキャンプ中、大雨のため増水した沢に家族も、仲間も押し流されたという痛ましい遭難が起きました。キャンプ用品が手軽に揃うようになったし、車でどこにも行けるという気安さから、いわゆるキャンプ・ブームになっていますが、問題は、自然との付き合い方です。こちらは気軽な感覚になっていますが、自然は昔から何も変わっていないというところに、落とし穴があるのです。町の中にいるようにしてキャンプに行くと、自然の力に驚かされる。こわい目にも遭う。自然とは何か、感覚が麻痺しているのです。町の中であっても、コンクリートに固められた川、下水での急な増水による事故が起こっています。人間は何でも思い通りやってきたのですが、思いのままにならないものがある、ということに気付かなければなりません。つまり、そういうものを正しく畏れる、正しい関係を作るということが大事なのです。
もう一つ、人間が畏れることを知らなくなったものがある。神への畏れです。私たちはキャンプしてはいけないところ、丹沢ではあの中州でしたが、そこにキャンプしているのではないでしょうか。神なしの、神を畏れない生活をしているのです。
丹沢の中州にいた人たちは、「危ない」と何度も注意されていたと聞きます。しかし目の前の楽しさが優先していたように、実は私たちが、そうなのです。「聖書を読まなくたって大丈夫。祈らなくても、教会に行かなくても、大丈夫。関係ない」と言って、自分の生活スタイルを変えないのではないでしょうか。今の自分の生活、つまり中州に張ったテントという生活、神なしの人生を動かさず、神を畏れる人生を作ろうとしないのです。
自然と正しく付き合えばすばらしい体験ができるように、神を正しく畏れ、良い関係を持つ人生に、あなたのテントを少し移動してみませんか。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2011-07-11 12:54 | Comments(0)

「自宅から見る富士山」

電線が邪魔だけれど、自宅から見る富士山3景。
富士山手前の山は、丹沢山系の大山。その手前に見える建物は、綾瀬市の米軍厚木飛行場の宿舎。厚木や海老名は、この建物の向こう側に位置する。この建物からはいくつか起伏を繰り返して最後に下瀬谷の緑が見え、そこから自宅まで何も遮るものがない。
写真とか、カメラには縁のない私も、安っぽいカメラを持ち出してきては思わず撮ってしまう景色である。

  
f0086426_19443898.jpg

  
f0086426_1945234.jpg

  
f0086426_1944529.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2011-01-06 19:42 | Comments(0)