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「介護で初めてのこと」

9月以降、介護を必要とするようになった母のことは、事業所(ケアマネージャー)への相談から始まって、役所への介護申請、1か月でさらに介護度が進行したので、再申請をした。その間、介護機器の契約、搬入、不要になったものの撤去、ヘルパー契約、訪問入浴契約、訪問看護契約、かかりつけの医師との連絡、往診、さらには日常的な下の世話、今日は誰が来る日だなど、私自身はフレンドシップあさひの運営委員をしていたが、実際はこんなに大変なのだと初めてのように介護の大変さを認識している。そういうわけで、なかなか自分のペースが確保できないまま、推移している状況である。
先週からヘルパーに入っていただき、きのうは、初めての訪問入浴であった。介護度だけでなく、認知度も若干進んでいるような感じで、母自身もたぶん何が起こっているか、認識するのが難しくなりつつある。入浴の感想を聞いたが、「頭が…」 言葉が続かない。1か月半ぶりのお風呂だったので、気持ちよかっただろうと家族は思ってはいたが、何か、気になることがあったのだろう。言葉もまた、急に衰えているようだ。

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by rev_ushioda | 2015-10-21 06:31 | Comments(0)

「97歳の母のこと」

先週の水曜日、救急車を呼んだ。医師から言われたのは、過呼吸。原因は不安ということで、安定剤投与の結果、1時間で落ち着きを取り戻し、深夜1時に帰宅。
その時、医師が言われた。「これも認知です。」 「自分でできると思っていることが、体のほうではできなくなっている。そのできるということと、できないことのギャップが不安を引き起こし、過呼吸になった。」
ナルホド、自分でできる、やりたいという思いは人一倍強い母である。今年前半は、庭の草むしりなど、こなしていた。6月には、立ったまま草が刈れる鋏を通販で買った。一度はその鋏で庭の草刈りをしたのである。もうできないのだから無理をすることはないと言っていたのだが、その後、外に出ることができなくなった。家の中でも杖をついてでないと歩けなくなった。最近では、杖もだめで、シルバー用ショッピングカートという、両手をそこにゆだねられる手押しカートで、ゆっくり移動している。トイレ、お風呂も介助が必要になった。それが当たり前と言えば当たり前なのに、できる、したいという意識がある。そういうギャップが不安となり、過呼吸になったというのだ。
年齢相応に自分の手から放していくものがある。しかし、人にゆだねることができないことも認知の状態ですよ、過呼吸になるのですよと聞き、何か信仰に通じる話だと思った。握りしめていたものを、徐々に開放していく。そして、できなくなったことをうらめしく思わず、自分でやろうとせず、人に指示もせず、すべて主にゆだねていく。それが成熟した信仰者だ。
その時が来ているのに、あれをやりたいとか、あなたはこうすべきだと指示、判断するとか、何とかしようとせず、そこで過呼吸を起こさず(苛立たず)、むしろ、自分自身の次の段階の方にこそ目を向ける作業が、私たちには必要になるのだ。
「あなたたちの息子、娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」(使徒言行録2章17節)
夢は、若者の特権ではなく、老人の特権である。言ってみれば、天の国を夢見て「はしゃぎまわる」。夢見る高齢者、これが聖霊の働きなのである。そして預言、福音宣教は、次の世代によって力強くなされ、教会を通して神の支配する領域(天の国)が拡大して行く。預言は次の世代に委ね、老人には老人の、夢を語る特権と使命があるのだ。私も含め、70代、80代あたりからこの特権と使命にシフトし、信仰において過呼吸になりませんようにと祈りつつ。

母の体力の落ち方は、この数か月で大きい。この1週間で、さらに顕著になった。先日も、そして今日も、教会の仲間たちが来てくれた。とてもうれしいと、言っていた。

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by rev_ushioda | 2015-09-08 20:21 | Comments(0)

キリスト者の「終活」

よく聞く言葉で「婚活」「就活」があります。ところで、総務省統計局のデータによれば、高齢者の人口に対する割合は増加し続けて、20年後には日本の人口の約3の1を占めるようになるということです。私自身も含めて、これは教会にとって大きな課題と言えます。そこで今、高齢者の間では、子どもへ大きな負担はかけられないといって、迷惑をかけずに人生を終わるための準備が流行っています。自分の葬儀や墓を準備したり、様々な生前整理、そういったことを“終活”と言うそうです。
確かに自分の人生の閉じ方は大事ですが、しかし、ただ迷惑をかけないようにするだけの、自分の始末の仕方だけのいわゆる「終活」であったとしたら、私たちキリスト者の考えることとしては、いかにも寂しいではありませんか。
「終活」というなら、私たちは、神さまからこの手に託された信仰の遺産、特に礼拝の遺産を次の世代に残すことを真剣に考えたいと思うのです。旧約聖書を読めば、「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と書いてあります。代が替わっても、同じ礼拝が続いたのです。私が手にしたこの礼拝の生活というバトンを、次の走者に手渡すことなしに、自分だけ“さっさと”この世を去ってはいけないと思うのです。特にバトンを渡すのは、家族です。それは子どもでしょうか、孫でしょうか。まず、それが考えられます。しかし、場合によっては配偶者であってもいいし、逆に、親であってもいいのです。いずれにしても、私が去った後の礼拝の椅子に、必ず誰かに座ってもらうことを私たちのこの後の「終活」、祈りの道作りとしたいのです。
私たちは世の中の人と同じになって、子どもたちには迷惑をかけたくないと自分の始末のことだけを考えていてはいけません。子どもや孫に信仰、特に礼拝生活というすぐれた遺産を残すことをこそ、真剣に、具体的に考えていきたいのです。

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by rev_ushioda | 2015-06-04 22:56 | Comments(0)

私たちの家の前に娘一家が7年間ほどいたが、昨日、相模原に引っ越して行った。今日、夜になっても我が家の食卓は、静かだ。ビミョウな感覚・・・
96歳の母は寂しがり、持病の発作があった時の時の対応に不安も感じているが、(これは警備会社に対応済み)、彼は青葉教会で招聘されているし、教会の近くに越すのが、将来的に良いことなのは間違いない。

今日は、聖書会の後、今度の日曜日のガレージセールのための値付け作業をした。広さの関係でバザーができないので、ガレージセールとし、それをイースターに合わせて「お祭」にしたのである。
今日は値付けだけだったが、当日は朝からお赤飯を炊き、バザー準備もし、洗礼の面接も礼拝前にし、賛美の会の皆さんが歌ってくれるので6~7人が早く来るというし、午後は祝会もあるという、綱渡り状態。さらに、多くの人が参加すると言ってくださっているので妻が試算したら34~5人の予想で、てんやわんやの状態になるのは必至。久しぶりのにぎやかな、うれしい礼拝を、今後の弾みにしたいと願っている。

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by rev_ushioda | 2015-04-02 19:40 | Comments(0)

「自分へのお祝い」

64歳の誕生日を迎えた。
自分へのお祝いで、箱根宮ノ下の富士屋ホテルを前日に予約。クラシックな高級感のあるホテルだが、ただしB&Bで、安く、しかしいいホテルをという技を使った。この技は私のホテル宿泊術で、いい部屋で、いいお風呂に入って、朝ゆっくり食事ができる、というもの。(富士屋ホテルに関しては、「いいお風呂」は期待できない)

というわけで今回、狙いを定めたのが、日ごろ気になっていた富士屋ホテルだった。さすがにこのホテルで、いくら安いといっても、じゃらんのポイントを使っても二人で2万円を超えたが^^; (いつもは1万5千円以内)、そこは誕生祝いの“ごあいきょう”ということで。
正月が過ぎ、宿泊者が少なくなったこのころというのも、よし。有形文化財の中での一泊は、思う存分、堪能できた。40分の館内ツアーがあったのにはさすが文化財と感心。建物に限らず、ロビーも歴史を感じさせる古さと優雅さがあって、庭の散策もできた。春、秋だったらなおよかったが、いずれにしても、64歳、おめでとう(^^)/  ?

以下、写真はホテルのHPより、上より明治24年築の本館、部屋の内部、館内ツアー。
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by rev_ushioda | 2015-01-07 21:25 | Comments(0)

「早々と誕生日」

12月25日、忙しさがひとまず過ぎた今日、二人でサンマルクにて夕食を決めた。ちょうど誕生日割引があったので、早々と2週間前の誕生祝いもかねて。表を見ていたら、ちら~と一筋二筋、雪が落ちていた。

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by rev_ushioda | 2014-12-25 22:03 | Comments(0)

少年サムエルは、エリ先生から呼ばれたと思って、行って、言いました。「お呼びになったので参りました。」すると「わたしは呼んでいない。」そういうことが3回繰り返されました。そしてついにエリ先生は、サムエルを呼んだのは神であると悟り、戻って神の言葉に聞くようにと、サムエルに言うのです。

神が呼んでいてくださるのに、どこかに行って、あるいは誰かのところに行って、そこで「呼ばれた」と思う子どもが出て来ないでしょうか。
そこで「わたしは呼んでいない。」と親切に言ってくれるならいいのです。しかし、現実は果たしてどうかと言えば、子どもの魂を支配して無気力、無責任、怠惰に陥れようと誘惑する者がいるのです。親が、神に呼ばれる声がどういう声かを「幼い日から」知らせていないと、子どもは、どこか、とんでもない所に行って、言うのです。「お呼びになったので参りました。」そこに行ったばかりに、神ならぬものに支配され、現代社会においてはくやしい思いに打ちのめされ、涙することになるだけでなく、人生を台なしにしてしまうことも起こるのではありませんか。
その人の人生を召命する(招く)方の前にしっかり立たなければいけない時に、違う場所に立ってはいけないのです。だから、親は、神に呼ばれる声がどういう声かを「幼い日から」知らせる責任があります。それは、毎週、親子で礼拝に一緒に行く以外にありません。親の都合で行ったり行かなかったりするうちに、子どもは、すでにいろいろな声を聞いているのです。すでに、そこに呼ばれていると思っているのです。そのように成長しているのです。
来週は、成長感謝礼拝です。思い直して、ここから始めましょう。親子で神の言葉を聞くという、礼拝生活を。

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
苦しみの日々が来ないうちに。
「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。
コヘレトの言葉12章1節

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by rev_ushioda | 2014-11-07 20:48 | Comments(0)

「また救急車」

今夜、私が2階にいると、下でドンという音。すぐ、母が台所で倒れた!の声。かかりつけの病院に対応を聞き、さらには提携の病院に対応を聞き、最終的に119番で救急車を要請して、病院に行った。途中でも、病院でも嘔吐していたが、しかし、一番心配だった心不全ではなく、あちこちの検査の結果も重篤な個所は見当たらず、原因が分からないまま、処置もせず、帰宅した。
とにかく2年前に心不全で2度入院しているので、また来たかと思ったが、今回は、心不全ではないとのことで、まずは安心。しかし、心臓が弱っているのは事実で、ニトロを頻繁に使用している。倒れてすぐ、苦しそうだったからニトロを服用させたが、それで改善する程度の一時的な発作だったのかもしれない。すでに96歳。何があってもおかしくない、かな・・

母もであるが、あちらの方(かた)も、こちらの方(かた)も、みこころがなりますように、と祈りつつ今日を閉じよう。

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by rev_ushioda | 2014-09-10 23:59 | Comments(0)

「うしおだ発電所稼働」

我が家も、ついに太陽光発電にした。
稼働して1年は見ないと確かなことは言えないが、設備費のためにこれから15年間は電気代に換算すると月々1万円アップすると思われる。しかしその後は電気代がはるかに安くなるのは間違いない。それよりも何よりも、自家発電により、原発を推進する東電から電気を買わなくて済むというだけでも、気分は晴れやかである。
「うしおだ発電所」の稼働である。
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この二つの写真は、8月8日(曇り)朝8時頃撮ったものである。
上は、左側の太陽光発電量0.8キロワットに対して、家の使用量は0.1キロワット。差引き0.7キロワットを東電に売りつけている(笑)ということを示している。
しかしなぜ家の使用料が(朝8時頃だというのに)0.1キロワットとこんなに低いのかと言うと、下の写真のように、実際は家では1キロワット使っているが、「電池」から、0.9キロワット供給されているからだ。そう、蓄電池併用システムなのである。夜間、安い電気を蓄電池に溜めておいて、昼間にそれを使っているのだ。結果、太陽光発電から0.1キロワットもらうだけで、家の電気は賄えている。曇りの日、太陽光発電が0.8キロワットと低い時でも、東電に0.7キロワット売ることが出来る、というわけだ。
まあ、冬場、太陽光が不足するとこんないうまくは行かないし、蓄電池の能力も半日分くらいだろうから、年間を見ないと、何とも言えないわけであるが。さしあたって、「得」することは、何も考えていない。設備費での支出の方が大きいだろう。しかし、東電から買いたくない、という一点を目的にしている。

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by rev_ushioda | 2014-08-08 10:15 | Comments(0)

「3人目の孫」

娘の3人目の子である。
昨年8月、出血があり自宅で安静にしていたが、結局3か月くらい入院することになった。本人も家族もあと一日、あと一日とおなかにいてくれることを願い、祈り続けたのち、12月に、800グラム、未熟児として産まれてきた。病院の医療技術の進歩によって、今は命は助かる。娘は先に退院したが、病院にお乳を運ぶ毎日を過ごし、そしてこの子は産まれてから3か月後、本来の出産予定日あたりになって、体重も2000グラムを越えて、ようやく退院してきた。
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by rev_ushioda | 2014-03-18 20:04 | Comments(2)