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「携帯電話が通じる」

ありがたいなあ、秀子さんがアメリカに持っていった、
いつもの携帯電話が、いつものように普通にダイアルして使えるよ!!
メールも普通。日本にいるのと同じだ。
さすがに発信音だけは「あ、国際だ」と感じさせる音だった。
でも、あとからよくよく調べると、日本でいつも携帯に電話する料金と(これはいつもの携帯への料金、かけた人が払う)、海外で「着信した」料金と(これは音声だと1分150円、メール着信100円だって! 受けた人が払う料金だ)この二つが、2重に請求されるらしい。
家族は、かけた人も受けた人も同じだから、家族の場合、2重に払うことになる。便利だけど、高い。
時差は14時間半。礼拝が始まる朝10時30分だと、バーミングハムにいる秀子さんは、土曜日の夕方8時だ。地球は、まわっているなあ…
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by rev_ushioda | 2006-06-18 07:28 | Comments(0)

「犬も歩けば」

今週の一日旅行の下見に、大磯に行った。
車を駐車場に止め、澤田美喜記念館まで、今回は歩いてみた。
大磯の町並みを改めて知った。
出発地→目的地では、見えないものがある。
結構、有名な人にゆかりのある土地である。
島崎藤村の墓がある。
伊藤博文の邸宅、吉田茂(元首相)の邸宅など、点在している。
町並みも、いかにも大磯、という感じだ(どういう感じが大磯かは別として)。

ところで、「新杵」という店があった!
実は、潮田という姓は、横浜の「新杵」という、今はないが、餅菓子屋の姓である。
父がその潮田家に名前だけ養子で入ったが、その家も店も、今は絶え、詳細はわからないままになっている。
しかし、その店が、大磯にあったのだ。え~、という思いで、店の人に聞けば、元々、東京の「杵屋」ののれんわけで、明治時代、その弟子たちが横浜、大磯にそれぞれ出店したのだそうだ。
横浜(潮田家)は、店も家も絶えた。しかし、大磯の方は、その後、堅実に店を守り、明治から今日まで、続いていたのだ。

犬も歩けば棒に当たる。

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by rev_ushioda | 2006-05-29 20:28 | Comments(0)

去年は、連休を利用して、境川サイクリングロードで、江ノ島までのサイクリングに挑戦。
風が強くて、途中(藤沢橋)で挫折。
秀子さんと一緒だったから…という理由でなく、風が、強かったのだ。

そしてこの連休は、再度、しかし今度は徒歩で、挑戦。江ノ島まで完歩した。
…が、どこから歩いたかが問題。
藤沢からだった… (^_^;

藤沢からの道は、去年、自転車で走った、それまでの風景とはガラッと変わって、田園地帯から、松が目立って、海に近いという風景になり、川幅も広がり、そこにボートが係留してあり、それらを見ながら、楽しく歩くことができた。

江ノ島の近くに、カトリック片瀬教会があった。
お寺のような外観の、純和風建築。大きな灯篭が庭に何基もあり、中に入ってみると、和風の礼拝堂は、落ち着く。200人は集まるような、大きな教会だった。思わぬ休息の空間と、時をいただいた。

江ノ島はちょうど干潮で、海が地続きになり、島まで砂浜を歩いて渡ることができたのには感動した。駅も、橋の上も、ものすごい人、車。しかし、ゆったりと川べりを歩いて、くつろぎの一日であった。

海岸に、羽を痛めて飛ぶことが出来ないカラスがいて、ピョン、ピョン、人の中を歩き回っていた。それが、妙に、記憶から消えない。
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by rev_ushioda | 2006-05-04 23:44 | Comments(0)

「何があっても」

結婚式が終わった後、会場で親族代表として挨拶した。
良き友人たちに囲まれて、彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。
「何があっても」。かなり意識して言った一言であった。

英幸君は、腫瘍がまた、いつ出来るかわからない。
今回は、幸いにも良性であったが、次は悪性にもなる可能性があるそうだ。
2月の手術の時、彼のお父さんが、かおりに言った
「あなたが出会った人がこの人で、申し訳ない」。
そんなことはない。かおりは最高の人と出会ったのだ。
彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。その通りなのだ。
良き友人に囲まれて、何があっても、彼等は乗り越えていかれる。

これを書いていて、初めて、涙が出てきた…
何の涙だろう。

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by rev_ushioda | 2006-03-23 16:46 | Comments(0)

「娘の結婚式」

はからずも、桜の開花日。
はからずも、王ジャパン、野球で世界優勝の日。
その日に、娘は嫁いでいった。

いつもは、私は司式者の立場である。
親の立場は初めてで、何をしていいのか…うろうろ。
それでも、会場が大学で、いわゆる結婚式場ではないので、準備から後片付けまで、する事も多く、見れば娘も、友人たちスタッフと同様のネームプレートを下げ、走り回っていた。そこに「嫁」と書いてあった。

そうこうしているうちに、時間になって、ヘアーメイクと着替えのために、準備室に入っていった。
何か一言、言いたい思いがあって、しばらくして行ってみたら、まだ準備ができていない。
まだか、と思っているうちに開始時間になってしまった。テレビドラマのようには行かない、か…

その間も、友人たちは走り回っていた。
娘は、本当に良い友人たちに恵まれたと思う。前日も、3人が我が家に泊まり、徹夜で準備してくれた。しかも、在学中の大学の仲間だと聞いて驚いた。卒業して2年たつのに、学年が離れていても、こうして一生懸命やってくれる友人がいる。一番、感動と感謝を覚えた事は、そのことだった。

そして、ついでに昨日は私たち夫婦の30年目の結婚記念日。娘の結婚式に臨む親の思いと、
自分たちの30年前のあの日の回顧とが重なり、何と言ったらいいか、…言葉が見つからないが、とても良い一日だった。

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by rev_ushioda | 2006-03-22 22:49 | Comments(0)

「腰痛だって」

夕べ、急に、腰が痛くなって、立てなくなった。
何だ? 何が起こったの?とにかく何とかベッドに。
明日、病院に行かなければ・・
どうしたのだろう?悪い病気かも知れない。不安が広がる。
公開勉強会キャンセルの電話を入れる。

今日になって病院に行ってみると、先生は、少し触診して、血液検査もせずに、「腰痛ですね。筋肉を柔らかくする薬を出しておきましょう」
「内臓の病気ではないですか?」
「いえ、大丈夫です。長引くようでしたら、整形に行ってください」
なお痛みはあるものの、内臓ではないと聞いて、ほっとした。
腰痛ならばと、休みついでにそのまま大船の「十字式」に。
「そんなところ」と言って「ばかにして」いたところに、ついに、行くはめになった。
それにしても、腰が痛いから病院に行ったのに「腰痛です」と。
腰痛は、わかっているのだ・・

最近、体の変調が多いこともあるが、そういう体の変調に敏感になっている自分がいることも確か。55才を迎えようとする節目。人は、簡単に不安になるものだ。
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by rev_ushioda | 2005-10-18 23:32 | Comments(0)