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忙しい時期であったが、母がショートに行っている合間を縫って無理にねじ込んだ旅行であった。

結婚40年を機に、ぜひ、行きたかった場所が、伊豆の雲見である。新婚旅行で訪れた土地である。泊まった民宿はどこか、今は思い出せないが、烏帽子山という海に突き出た山があって、その急階段で撮った写真があった。同じ場所でもう一度撮っておきたかった。男ってそういうことで感傷的になると笑われながら、41年を越えて、やっと実現した。それが下の写真。急な長い階段を上りながら、同じ場所を探したが、足元がおぼつかず、今回はついに上まで上るのをあきらめ、途中で撮った写真である。

同じ場所であるのに、しかし、あの時の若い二人はいなかった… 

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右手前の山が烏帽子山。下に見える集落が雲見。
階段のいかに急なことかは、この写真を見れば想像できるはず。
ちなみに、頂上からの景色はこんな感じだ(下)。今回はこの景色が見れず、非常に残念だった。
https://youtu.be/tm26JlkzyOE



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by rev_ushioda | 2017-07-25 23:51 | Comments(2)

「孫の成長」

5年生と1年生の孫が二人、この連休にパパと一緒に自転車で来ると言う。孫は相模原市在住で、家は淵野辺駅の近くだ。大丈夫かなという心配もあったが、いい冒険だと思って待っていたら、ゆっくり目の3時間で無事到着。お昼を食べ、しばらくして、パパに誘われた上の子は、また、自転車で帰ると言う。しばらくして、写真が送信されてきた。バッティングセンターでバットを振っている。余裕だ。ずいぶん成長したものだと思った。下の子は、別に車で来た娘が、自転車ごと車に乗せて帰って行った。

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by rev_ushioda | 2017-05-03 16:37 | Comments(0)

「体調不良の中で」

ずっと記載がなかった… 何か超多忙で。
そうこうするうちに、久しぶりの(数年ぶりの)風邪でダウン。何と、妻と一緒に寝込むことになってしまい、そして妻の方が重症化して、夜中にトイレに行ったまま、下痢による脱水症状で意識を失い、救急車を呼ぶことになった。幸い、点滴で帰宅することができたが、10日近く食事もできず、昨日あたりからようやく動き出したところだ。妻、今年で70歳を迎える。母99歳を迎えるが、要介護4、自宅で全面介護もやがて2年となる。病院の帰り道、「無理がある。施設に入れる時ではないか」と娘から言われ、そんなことできるかと少々口論にもなって、暗い気持ちになった。妹からも同じようなことを言われていて、「娘なのにそんなこと言うか』と言ったが、月2回とはいえ、埼玉からの通いも、つらいのだろう。しかし頭が冴えている母をここで施設に預けるようなことになったら、絶対、後悔するに決まっている。介護保険も点数いっぱいまで利用しているが、それでもこのような話になれば、これが介護家庭の直面する悩みなのかと、以前からの課題ではあったが、妻の不調をきっかけにして一気に炎上した形だ。その娘も今週はインフルでダウン。皆が不調の中、介護を受ければ自分で食事もできる母は、一人、元気?である。

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by rev_ushioda | 2017-04-06 10:33 | Comments(0)

「信仰街道の一里塚」

私事ですが、要介護4の母を自宅で介護して1年。四六時中、食事、排せつ、痛みなどへの対応があり、デイサービス、ショートステイ、ヘルパーや訪問看護、入浴などの日程調整や依頼、準備などに追われているうちに、だいぶ手馴れて来たとはいえ、こんなにも自分の思考や行動が狭くなるものかと驚いています。
しかし、そのように一点に集中せざるを得ないことは別に介護に限らず、たとえば仕事にしても同じことが言えます。1週間、同じことを繰り返し、意識をそこに集中しているうちに、おそらく同じように思考や行動が狭くなるのです。
私はこれではいけないと思い、「点」が「線」になるように、島崎藤村の『夜明け前』とか司馬遼太郎の『国盗り物語』、その他、今、趣味で歩いている街道に関する本の助けを借りました。実際、介護があるので街道に立つことは出来なくても、読書によって、視野が縦横に広がるのを感じました。この感覚は大事だと思いました。地上の街道には、京とか江戸とか目的地がありますから、それを、自分の信仰の目的地に重ねることが出来るのです。一緒に神の都を目指す信仰街道を旅しませんかと人に勧める口実を得ることも出来るのです。「街道」というスケールに自分を乗せることは、私にとって視野を広げるのに益することであり、楽しいことでした。
今年最初の「牧会のはなし」に、「なまけもの」という動物の絵と共に、私は次のように書きました。―この世の時間に支配されず、礼拝の時間くらいは確保するなまけものになって「ぶらさがり見る」と何が見えて来るのでしょうか。―
礼拝は、神の国に続く信仰街道の、一里塚なのです。ここに足を止め、ずっと先が見えると、苦しい今も目的地に包み込まれた今に見えてくるから不思議であり、愉快なことです。

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by rev_ushioda | 2016-09-15 12:20 | Comments(0)

サムエルナイト

教会で一泊する子ども行事は、今回、初めてだった。名づけて「サムエルナイト」。サムエルのように、神の声を聞き分ける子どもになろう、神の言葉をもって悪と戦う騎士になろう、という意味をかけ合わせた命名である。
礼拝の後、さっそく宮沢親水公園に行ったが、和泉川に沿った広大な公園である。本流のそばに写真のような支流があって、きれいな水が流れている。そこでザリガニがたくさん採れる。エサで岩の下からおびき出すのだが、その加減が子どもは分からない。じっと忍耐するのが、小さな子どもにはなかなか出来ない。夢中になったのは、大人だったかも。

ところで、

広場でボール蹴りをしていて、蹴ったつもりが、ひっくり返った。教会に戻って、今度は階段から踏み外した。かくして今回、二度、倒れた。65歳の年齢を強く意識せざるをえなかった。そもそも、そういうことを感じ始めていたので「一泊」というのも「気遅れ」していて、私の提案ではなかった。共に動いてくれる人があってこそ、出来上がるというものだ。それこそ音楽プログラムは無理ということで、早々に他教会の人に応援を求めたのが功を奏し、大盛り上がりとなった。出来ないことが多くなる。その分、人に頼むことが多くなる。それが、良い結果を生む。ということだろう。
階段から落ちた痛みは、当初の打撲痛から、4日経ってみると今度は筋肉痛のような形でその痛みが増してきた。母の介護もあるし、体の弱いところをかばっている結果、筋肉痛になっているのかもしれない。立ったり座ったりがきつい。整形を受診。骨に異常なしということで安心。やはり落ちたときに体をかばった動きをしたための筋肉痛のようだ。
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by rev_ushioda | 2016-08-16 17:18 | キリスト教 | Comments(0)

「再び休養」

母をショートに預け、今回も日曜日午後から月曜日にかけての休養の箱根一泊である。

ホテルは箱根宮の下交差点から小涌園に向かってすぐの所にあり、この道は、昔から、よく通っている。そのたびに右手の蛇骨渓谷が気になっていた。今回、ホテルの写真にある緑あふれる風情に惹かれて、ここに泊まることにした。まさにその通り、渓谷にあるホテル(旅館? 民宿?)であった。目の前に迫る対岸の緑に目を奪われた。下には渓流の音。これぞ箱根! そして、お風呂の広いこと。5部屋しかないホテルなのによく、こんな広いお風呂を作ったと感心した。なみなみとしたお湯につかり、他の人との合い湯にもならず、何ともぜいたくな時間を過ごした。露天の方に行くのに、いったん着替えなければならないのが、残念であったが、そちらは貸し切りになるので、あとから夫婦で利用すればいいだけのこと。
渓谷の片方にへばりつくように建っているので、国道から入った駐車場からはホテルが何も見えず…… (゜o゜) 実は、その下がホテルになっている。駐車場から下に降りていく階段は少し長く(下にはエレベーターが待っているが)足腰の悪い方には、いきなりちょっとつらいかなと思う。また、建物も古い造りだ。お風呂は掃除が行き届いていて清潔だが、脱衣場の造りや、ちょっとした隙間からみえる隅々…は、近代的な高級ホテルのそれに慣れている人には、ついていけないだろう。しかし、これが箱根だと思えば、いわゆる秘湯的な趣があり、ゆっくりお湯を楽しむことが出来た。あとから聞いたところ、脱衣場など、このホテルのオーナーの手作りだという(笑)。 チェックアウト後、渓谷添いの散歩道を歩き(箱根に見つけたもう一つの散歩道だ)、近所で出会ったアンティークの店に立ちよって、まるで博物館みたいだと話し、周辺の散歩も、楽しむことが出来た。
その後、早雲山からロープウエイで大涌谷に立寄ったが、噴火の影響で周辺一帯の樹木は枯れていた。いつもここには来ているので慣れていたが、改めて、ここは火山だと思った。
今回は疲れもあまり感じないで、よい休養の時となった。 以下、ホテル紹介ページ → http://onsen.surugabank.co.jp/hakone/5198.html

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by rev_ushioda | 2016-08-01 22:09 | Comments(0)

「介護の日々」

1年前には庭で草取りしていた母は、今は要介護4で家族の手がなければ、寝返りもできない。
今の状況を書き留めておこう。

月曜日 ヘルパーさん
火曜日 訪問入浴、訪問看護
水曜日 ヘルパーさん
木曜日 ヘルパーさん
金曜日 訪問看護
土曜日 訪問入浴、月2回 医師の往診

その他、月2回くらい、2拍3日のシュートステイ、月1~2度のデイサービス利用。
しかし、常におむつ交換、排便処理、食事介助があり、痛みへの対処がある。うなるような痛みが出て来ると、薬を飲ませたり、あれこれ対処する。いつ、呼び出しが鳴るか、常に気にする必要がある。そういうわけで、デイサービス、ショートステイ時以外、私たち夫婦はどちらかが在宅している必要があるのだ。

65歳は、規定上の定年の年。実際は5年延長できるが、定年の年になってみると、こうしてはからずも牧師の仕事も思うように動くことができなくなった。



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by rev_ushioda | 2016-05-04 21:33 | Comments(0)

この時期、試験の話が多いが、今日、一つの合格の知らせを受け取った。
「この度、所定の手続きを経て、正教師試験に合格なさいました。第67回教団総会において 3月16日に正教師按手式が行われます…」
日本同盟基督教団理事会からとある。娘婿の牧師試験合格通知である。
思えば、結婚のとき、娘の将来が案じられ、「君は牧師にはならないよね」と訊いた。それから10年目のことになった。はからずも私の規定上の定年退職の年だ。(実際は定年延長していくのだが)
娘が牧師夫人の立場になることを、その喜び以上に苦労と涙を知ればこそ、何よりも案じていたが、すべてがみこころなのだろう。人には断定的に言える言葉も、こういう場合は、「だろう」になってしまう。「アバ、父よ」である。

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by rev_ushioda | 2016-02-26 20:05 | Comments(0)

「ピンポーン」

ピンポーン うんち
ピンポーン カイロが冷たくなったから替えてほしい
ピンポーン 脚が痛いから薬を
ピンポーン また、うんちみたい
ピンポーン ・〇〇取ってほしい
ピンポーン

  ハハ ^^; 今日は呼び出しが多いみたい。1時間おきじゃない?

悪いねえ。

  そんなことないけど。
  朝4時は、ちょっと眠たいかな…

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by rev_ushioda | 2016-01-27 22:32 | Comments(0)

「介護の日々」

つらい言葉三つ。いや、四つ。

97歳になって体が急速に衰え、「要介護4」になったわたしの母に、時々来るひ孫が言って帰る。
「早く、良くなってね。」
良くなる、なんていうことはない。何ともいえず、つらくなる。

最近、体が痛いと毎日のように言う。
往診に来た、かかりつけの医師にかすれ声で母が言った。
「先生、ずいぶん前ですが、先生に言ったこと、覚えてますか?」
「痛い、痛いと言うようになったら、そのまま・・・ という話です。」
「よろしくお願いします。」
・・と。

今日、呼び出しベルが鳴ったので、妹が行ってみると、母いわく、
「鍋の火をつけっぱなしで部屋に来ちゃった、消してもらおうと思って。」
「と思ったけど、夢だったみたい(笑)」
それを聞いて、ぐぐっと、来た。涙が溢れた。

おむつを替えていると、時々、母が言う。
「いつまで、こうしていなければいけないんだろうかね。」
一瞬、言葉が詰まる。
お前、牧師じゃないか、カウンセリングもしているのに・・ 聞こえてくる声に、母の前では、無力な自分しかいない。― 「ずいぶんお世話になったんだから、今、しっかりお礼させてよ。」


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by rev_ushioda | 2015-12-28 23:29 | Comments(1)