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「和泉川散策」

やっと、風邪が良くなってきた感じがし始めたので(何と、2週間も引きづってしまった)、今日は、休日を利用して、妻と二人で和泉川散策をしてみようと思い立った。前にも一度、二ツ橋からいずみ野まで歩いている。あれは、東海道に旅立つ前だったかな。
今日は、和泉川に沿って、いずみ中央までと思って出かけたが、何となく調子もいいので、もう少し先まで行くことにし、結果、飯田牧場辺りまでの、ゆっくり4時間コースとなった。和泉川の起点は、今回は、宮沢である。

途中、いずみ野で、カラスの大営巣地?(何百~千羽ほどが木という木に、高圧線の電線に群れ、そしてそれが一斉に空を飛び交い…)があって驚いたり、遊水地に大量のこいのぼりを上げてお祭りをしている横を通ったり(どうも政治団体主催のようだった)、何よりも、川沿いの花の美しさにみとれたり、田園地帯で深呼吸したり。楽しい散策であった。→ 地図

あとから聞いた話によると、この日、一部同じコースに重なって、さらに先まで、S夫妻も歩いていたとのこと。以前、鎌倉でもぱったり出会ったご夫妻である。行く先々、よく重なりますねえ、と。

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by rev_ushioda | 2011-05-03 21:00 | Comments(0)

「津波に注意」

今日から3日間、鈴鹿峠から滋賀県に入る予定だった。楽しみに予定していたが、しかし、東北関東大地震の後である。さすがに休暇どころではない。その分は義捐金にまわし、今日は、たまった疲れをとるために、鎌倉辺りを散策することにした。
カトリック雪ノ下教会から、材木座海岸を経て逗子方向に3.5キロの海沿いの道をぶらぶらと歩く。しかし、至るところにある「津波に注意」の看板を見ると、今まではそれほど気にも留めていなかった看板であるが、さすがに、落ち着かない。その時にはどこに逃げたらいいのかと、遠くの丘を見ながら、あそこまで、短時間で走って間に合うのだろうかとか、あの津波の映像が頭をよぎる。
それにしても、少年野球の子どもたちが浜辺で練習している。犬を連れて散歩する人もいる。日常の光景がそこにあった。その時はその時、とでもいうかのように。地元の人は、逃げようがないからね。海に生きた人々は、海の災害に遭っても、海を離れず。三陸の猟師さんたちの思いだったが、これからも、そうなのだろうか。

そういえば、原発の恩恵を受けた地元の人々も、事故があったからと言って、原発は二度と来るなとは言わない。「ただただ、残念です」と。

そこに生きる人は、そこに生きるしかないものを背負っている。私たちは、何をどう言ったらよいのだろうか。

ルートはこちら

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by rev_ushioda | 2011-03-28 20:18 | Comments(0)

「鎌倉散歩」

ちょっと息抜きに、鎌倉の源氏山に行って来た。例によって「私の散歩道」100選にある、その一つのコースである。そしてもう1冊の雑誌、「鎌倉を歩こう」を手に、午後になってから、出かけた。
鎌倉は、どこに行っても、神社仏閣である。当然、今回も「佐助稲荷神社」「銭洗弁財天」という有名所を巡るコースとなる。古都がこのような宗教施設に囲まれていたことに思いをしながら、1時間半の散策の後、小町通りの人ごみのなかに、ちょっと引っ込んだところにひっそりと佇む和風レストランを発見、お汁粉と抹茶が、何ともおいしかった。



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by rev_ushioda | 2011-02-08 00:20 | Comments(0)

「散歩道」

これは、私の家の近く、緑園から弥生台まで1駅間、1.5時間の「散歩道」である。

石垣山は、「私の散歩道」(朝日新聞)に紹介された散歩コースである。出発駅と到着駅とでは鉄道の路線が違うし、山越えでもあり、「散歩」というよりは軽いハイキングではないかと思う行程であった。しかし、同じ「私の散歩道」に紹介されていたものではあっても、こちらは確かに散歩道と言えるコースである。

近代的な緑園都市のマンション群を抜けると、そこは昔ながらの林、民家、小路が続き、そこから振り返る緑園の近代都市の様は、何とも言えない。大変気に入っている道である。家の近くでもあるし、押し寄せる住宅地の中に、かつてののんびりした田舎の風景を残していること、そして、景色がいい。

近くの人なら、ぜひ、お勧めしたい散歩道である。

(次のビデオ中、「天神の森から和泉川へ」と書いてあるが、川の名前は、「阿久和川」の間違いである)


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by rev_ushioda | 2011-01-04 20:16 | Comments(0)

「石垣山 一夜城へ」

正月の休みを利用して、小田原の石垣山、一夜城祉に行った。例によって旧街道に行きたいのだが、今はちょうど鈴鹿峠にさしかかっていて、冬は雪がよく降ると聞いているため、冬にそちらに行くのは断念。近辺を散策することにした。
小田急線入生田まで行き、そこから早川にかかる「太閤橋」を渡る。道は舗装されて立派なのに、「この先、通行止め」と書いてあるが、朝日新聞「私の散歩道」に紹介されていて、そこにもそのように書いてあるので、心配せず、車の来ない車道を進む。
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一夜城は、豊臣秀吉が小田原城を攻めたとき、一夜にして築き、敵方をあっと言わせたという城だが、実際は3ヶ月ほどかかった築城だったと言う。それにしても石積みの後を見ると、しっかりしたものであったことが想像でき (現在は、関東大震災で崩落した状態)、見せ掛けの城かと思っていた私は、こんな山の上によくもこんな大工事ができたものだと感心した。それだけではなく、秀吉はここに100日ほどいた間に、天皇の勅使を招いたり、千利休などによる茶会も開いたりしている。権力を誇示するためだと書いてあった。
小田原の町と海を一望の下に置いて、秀吉がなぜここに城を築いたかを考えていると、なるほど、良くも悪くも天下人になるには、立つ場所、そして発想の仕方、行動力と気合いの入れ方が違うんだと思った。

いわく 「石垣山は、本来 『笠懸山』と呼ばれていましたが、天正18年(1590)豊臣秀吉が小田原北条氏を水陸15万の大群を率いて包囲し、その本陣として総石垣の城を築いたことから「石垣山」と呼ばれるようになりました。
この城が、世に石垣山一夜城または太閤一夜城と呼ばれるのは、秀吉が築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけ、一夜のうちに周囲の樹木を伐採し、それを見た小田原城中の将兵が驚き志気を失ったためと言われています。しかし、実際にはのべ4万人が動員され、天正18年4月から6月まで約80日間が費やされました。
秀吉は、この城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えたりしました。
この城は、関東で最初に造られた総石垣の城で、石積みは近江の穴太衆による野面積みといい、長期戦に備えた本格的な総構えであったといわれ、度重なる大地震にも耐え、今日まで当時の面影が大変よく残されています。この地は国立公園区域および国指定史跡に指定されています。 」
(下記ビデオ中に案内板の説明を写したが、画面では画質が粗くて読めないので、やむなく、ここに転載)
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石垣山の全貌は、こちらのブログに写真をふんだんに使って詳しく紹介されている。→ 「Love 城! Go名所旧跡」

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by rev_ushioda | 2011-01-03 22:57 | Comments(0)

「湘南平の桜」

イースターが終わって、月曜日は雨、それで猛烈に中会の関係の仕事をこなし、予報が晴れの火曜日を空けて、湘南平の桜を見に行こうと思った。例によって、朝日新聞「私の散歩道」に載っていたコースの一つだ。そこに、「桜のトンネル」とあった。晴れ-雨-晴れ-雨の繰り返しのお天気と、桜の咲く時期と、そしてお休みがとれる日とを重ねて、チャンスをねらっていた日がやってきた。
桜もそうだが、湘南平から高麗山、大磯に抜けるコースもまた、楽しみだった。湘南平までの登り道は、桜を楽しみ、高麗山までの道は原生林のような山の中、そして急坂を降る。絶好の気分転換になった。

YouTube → http://www.youtube.com/user/adoishu?feature=mhw5#p/a/u/1/BmsReIAuV7I
(動画の中で、「高麗山」を 「こうれいさん」と言っているが、間違い。「こまやま」)
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 (↑ 9,000円041.gifのビデオカメラで撮った動画と写真)。
大磯は、旧東海道を3年前通過したときは、夜だったから、昼にもう一度通ってみたかった。希望が叶い、記念写真(2枚目)。
このあと大磯駅前の店でお茶を飲んでいたら、たまたま澤田美喜記念館の泰館長が、お客さんと一緒に入って来られた。もう、6、7回、お会いしている。ご挨拶すると、さっそく、写真を撮ってくださり、隣の写真屋さんに現像を頼み、出来上がった写真をくださった。

聞けば、この日は、現職最後の日だとか。

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by rev_ushioda | 2010-04-07 18:34 | Comments(2)

今日は、小田原散歩。(う~ん、旧東海道は遠くなりにけり、月曜日は、近場でガマン、ガマン)

西海子と書いて「さいかち」と読む。朝日新聞の「私の散歩道」に、この漢字を見て以来、一度、行きたかった。そして今日、いいお天気の休日に、急に「そこ」に行きたくなった。
そこは、その昔、武家屋敷が集まっていた風情のある小路で、かつて、谷崎潤一郎や三好達治など多くの文学者が周辺に居を構え、数々の文学作品を生み出していった、という説明。この小路の辺りから、かつて熱海までトロッコが通り、芥川竜之介の「トロッコ」の舞台となったとか。約400mの桜並木であるが、残念ながら、見ごろには1週間、早かったようだ。ところで、「さいかち」とはマメ科の植物だった。実にサポニンが含まれていて、石鹸の代りとか薬として使われていたらしい。
小路を歩き、国道1号(東海道)に出ると、3年前「通過」して行ったときを思い出し、もう、懐かしい。あの時はどうだった、こうだったと言いながら歩くと、東海道が、私たちの生活のスケールになっている。

目の前にあった構えの立派なお店の、名物「ういろう」を買った。

小田原城は、いたるところで改修工事が行なわれて、復元の精度が高まっているように感じた。

あと1週間で、桜が満開になるだろう。

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by rev_ushioda | 2010-03-22 22:53 | Comments(0)

「ふるさと尾根道緑道」

 足腰に不安と危機感をもつようになってから、出来るだけ毎日歩かなければと、2年くらい前から、とにかく歩く努力をするようになった。すでに手遅れであるが ^^; 。3年前に始めた旧東海道歩きは、遠くなるにしたがっていよいよ遠く、年に数回となった。こうなると、健康には何の効果もないわけで、しかも歩く「努力」は毎日するわけだが、「実際」はまったく思うようにはいかず…
 それでも月曜日は歩こう、というわけで、前回、鶴ヶ峰駅から「帷子川親水緑道」を歩いたが、今日は同じ鶴ヶ峰駅から「ふるさと尾根道緑道」に歩いてみた。
 そこに行くまで、例によって朝日新聞の「わたしの散歩道」を頼りにして出かけたのだが、これがまったくいい加減な地図で、「ゴリラ」を持って行ってよかった… 2キロくらい歩いて、「ふるさと尾根道緑道」の入り口を見つけた。こういう記述があった。「ふるさと尾根道 平成12年度都市景観大賞受賞記念」「ふるさと尾根道は、導水路敷きを中心に整備された鶴ヶ峰駅方面とズーラシアを結ぶ約1.6㎞の緑道(散策路)で、旭区グリーンロードとして多くの区民の方に親しまれています」
 今日は、孫も連れて行ったが、途中に今宿東公園というアスレチックもある森があって、孫は平坦な散歩道よりも、そちらの方を選択。娘と孫をそこに残して私たちはさらに先に進んでみた。

 住宅、マンションが迫っているが、春は、桜がきれいだろう、気持ちの良い尾根道だった。

 この道は、91歳になる母親の生家から近いことは分かっていたが、後から聞いた話では、母が子どもの頃、この道はよく歩いた道だそうだ。今は、家やマンションが立ち並んでいるところは、ずっと畑が広がっていたと。そして90年経って、山道も今は「ふるさと尾根道緑道」とかかっこいい名前がつけられ、そこを、ひ孫が歩いている。
 → 緑道

 「ゴリラ」を手にしたら、カメラを忘れ… 仕方なく携帯で撮れば、この程度… ┐(´~`)┌
わざとボカしたわけではない。
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by rev_ushioda | 2010-02-08 18:26 | Comments(0)

「泉区の観光名所」

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 今、まさに日が沈んだところである。この瞬間を撮るために、15人くらいの人と一緒になって、30分、この場所にいた… 
 お天気の良い日の夕方となると、カメラを手にしたたくさんの人が、ここに集まる。ここは、泉教会のすぐ近くにある、泉区の観光名所と私が呼んでいる場所だ。かつて東京-大阪を結ぶ航空機の夜間飛行のための「航空灯台」があった場所。それだけ高い場所だという意味である。
 私は、ここに集まる車や人も撮ろうとしてさらに1段上の道路に立っているので電線も写っているが、皆さんのいるところからは、もちろん、こんな電線は見えない。目の前には何も遮るものがない、ただ、富士山の眺望だけが開けている。
 教会からすぐ近くなので、来客があると、お天気が良いときには必ずと言ってよいほど、ここに案内する。そして、なぜだか、自分のもののように、うれしい思いでいっぱいになってこの景色をお見せする。これが泉教会がある町の景色なんですよ、と。泉教会の景色、と言うこともある。(写真の日付は間違いで、2月5日である)
 イエスさまのことも、このように紹介するわけだ。「来て、見なさい」と。

  YouTube1 観光名所
  YouTube2 サンセット

こんな場所に教会があったらいいねと、来るたび、幾度話したことだろう。今日、気づいた。まさにこの場所、まん前にある家に「売物件」と看板がかけてあった。ずいぶん前からだそうだ。だけど、50坪… う~ん、少ないか… 
→ 売り物件

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by rev_ushioda | 2010-02-05 22:37 | Comments(4)

「鎌倉」

 今夜は、予報では雪だそうだ。
 しかし、昼なら大丈夫そうだ、鎌倉に行こう、というわけで「私の散歩道」(朝日新聞)でめぼしをつけておいた、「獅子舞」というところに行って来た。
 鎌倉駅から、鎌倉宮に、そしてさらに先に進んで行く。林の間の道を行くと、いかにも鎌倉らしい切り立った崖、切り通しの間を通って、山の上の天園ハイキングコースに登って行く。その途中の道が、「獅子舞」と言う、「お勧めコース」になっていた。道の脇を、清水の小さな流れがあった。その流れは、おそらく隆起した地層のためだろうか、何段もの小さな「滝」を作っていて、その脇を登っていく。雨も木になり、途中で引き返したが、ちょっとした「ハイキング気分」を味わって来た。(予報通り、若宮大路で雨、それが夜には雪になった)

 ところで、まだ車が走っている道でのこと。前から来た車が目の前で止まった。何と、乗っていたのは、教会で賛美の会を指導してくれているS*GI夫妻ではないか。何で、こんなところで?? 後ろから車が来たので、そのまますれ違ったが、驚いたねえ、どこで知った人に会うかわからないものだ、と話しながら先ほどのハイキングコースに登って行った。
 さて、鎌倉からの帰り道、降り出した雨の中をだいぶ走って、渋滞の中でのこと。あれ、前の車… そう、さっきのS*GI夫妻の車であった。こんなに多い車がある中で、まったく別行動なのに、、、 思わず、何で? あり得ない! よほど相性がいいのだろうか。
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by rev_ushioda | 2010-02-01 17:48 | Comments(0)