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「遠江(遠州)」

静岡県西部を「遠江」と呼ぶそうだ。地図を見ていたら、そう書いてあったので、「とおえ」って何だろうと思って調べてみた。
ウイキぺディアによると、「遠江国(とおとうみのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つで、東海道に位置する。現在の静岡県の大井川の西部に当たる。かつて、大井川の河口は現在より東だったため、現在の志太郡大井川町も大井川の右岸で、・・・遠州(えんしゅう)とも呼ばれ」とある。
「遠江」は、「とおとうみ」と読むのか・・・ 遠江(とおとうみ)は、近江(おうみ)に対する言い方だそうだ。やはり、京都が中心だ。静岡県全部が駿河国と思っていたが、そうではなかったのだと、今頃になって知った。
すると、東海道もそろそろ駿河国を抜けて、遠江国に入ろうという辺りに来たわけだ。「江戸」を出発したのが、思えば1年半前。武蔵国、相模国、伊豆国、駿河国を渡って来て、そして、遠江国となるわけだ。距離としては、そろそろ50里(200キロ)になる。

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by rev_ushioda | 2008-08-07 08:15 | Comments(0)

私たちのような者のことを「東海道ウオーカー」と言うのだそうだ。東海道の旧道を巡る人が多いので、こういう言葉も生まれるのだろう。
さて、起点が静岡ともなると、なかなか大変だ。今回は、横浜から各駅停車で行ってみることにした。横浜ー静岡間、熱海乗り換えで3時間。結論としては、これだと最初から疲れてスタートとなるので、これはやめよう、ということになった。ちなみに、帰りは、初めて新幹線(ひかり)を使ってみた。45分だった。新幹線など慣れていない私たちであるので、切符の買い方からして分らなかったが、これからは、新幹線のお世話になりそうだ。ということは、これから先、交通費を考えると、年に1、2度??? やはり、京都までは、一生かかってしまいそうである。
またまた、前置きが長くなった。今回は、清水(江尻)から静岡(府中)が一日目。そこで安いシティホテルに泊。二日目は、静岡(府中)から丸子(まりこ)を経て、岡部までというコース。

今回の目玉であり、楽しみは、その、安いホテルであった。部屋はどうということはなかったが、その庭である。徳川慶喜さんが、20年間、そこに住んだという屋敷跡。現在は高級料亭と、ホテルの庭になっている。静岡駅の駅前なのに、うっそうと茂る木々に包まれた大きな池があり、歩道ができていて、なかなか趣のある、確かに歴史を感じる庭園であった。
もう一つの目玉は、写真の場所、丸子から岡部の間にある「宇津の谷峠」越えである。峠の手前は旧東海道の町並みをよく残しているところだ。(旅する者は趣があると言っているだけだが、そこに住む人は改築もできず、さぞかし不便だろう、写真はお羽織屋の前)。そして峠は、昼なお暗いとは箱根であったが、まさにそのような、地元の人と「東海道ウオーカー」しか歩かない、という山道であった。変化に富んでいて、面白かった。
ところで、静岡から峠を越えて岡部に行く途中、安倍川がある。安倍川餅は、ここで生まれた。安倍川上流で金が取れたのを祝って、金の粉の代わりに黄な粉を持ちにまぶして徳川家康に献上したのが始まりといわれているそうだ。(黄な粉は、金の意味だったんだ・・・)。そして、丸子は、とろろ汁で有名。私たちは、どちらも時間的に合わず、通過しただけであった。この辺りの写真は、他の人のブログに委ねよう。ここ
宇津の谷峠に向かって、国道1号と共に山間の道を辿って行ったが、この峠は昔から交通の要衝で、明治にトンネルが掘られて以来、大正のトンネル、昭和のトンネル、平成のトンネル、というように峠の下にはいくつものトンネルが掘られている。国道沿いは、山間とは言え、やはり暑さが厳しい。そう言えば去年、夏は、歩くのやめようと言ったじゃない、いや、そんなことはないと、汗びっしょりになれば何か言いたくなる、東海道ウオーカーであった。
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by rev_ushioda | 2008-08-05 22:39 | Comments(0)

3ヶ月ぶりに実現した東海道ウオーク。今回は、前回リタイアした蒲原からの再挑戦となった。万が一のことを考えて、健康保険証を携帯。この日のためには歩く訓練!? も、したわけだ。こうして準備して来て、日曜日の午後から月曜日にかけて何も予定がない日を見つけたのが、今回である(なかなか、そういう時がない…)。
さて、今回の「プラン」は、日曜日の夕方、沼津まで行き、一泊。ホテルは、ネットで検索するが、今回も沼津駅前のビジネスホテルに特別に安い食事抜きプランを探し当てた。そこで、沼津にいる友人のHさんと会って、3人で楽しい夕食を共に。そして次の日、蒲原まで電車で移動、9時から歩き始めるという具合だ。遠くなると、時間、経費、健康管理などいろいろ工夫が必要だが、こうして友人に会えるのも楽しみの一つである。前置きが長くなった。
今回、最大の楽しみは、由比(ゆい)から興津(おきつ)にかけての道のりであった。桜えびが名産という地域で、旧東海道の中でも、ここの町並みは昔の面影を十分残している。その独特の景色に進んでは振り返り、進んでは振り返りの道行きであった。さらに、ちょっとした峠越えがあり、その景色が東海道随一と言う。そこに行ってみたいという人が多い絶景の地に、私も立った。眼下に駿河湾、そして押し出す山と海とのわずかの隙間を東海道在来線、東名高速道路、国道1号がへばりつく。(写真1、2) 遠くに沼津、その向こうの山の後ろに富士山…が見えるはずだったが、それは雲の中からかすかに姿を見せていただけであった。さて、この場所に立ち、ここが、がけ崩れでつぶれたら3つの大動脈が寸断され、大変なことになるだろうな、と思った。日本も、いろいろな意味で、結構、危ういところを行っている…ここに立ってみて、物理的な面だけでないことまで思いを馳せた。英知を働かせているのだろうが、その人間の英知なんて、つぶれるのは、一瞬だろう。
海を見下ろす峠越えの道は、ずっとみかん畑である。ところが、これが臭い。収穫されずに落ちたみかん、ビワが、道路で腐っている。今の時期、これはけっこうきつかった。遠くで見る景色と、実際、そこに立ってみた感覚は、ずいぶん、違うのだ。…と、いろいろ考えながら、今回は健康に異常なく、夫婦で5時間の会話を楽しみながら歩いた。ついに東海道三分の一近くになる165キロ突破、われわれは清水に至る!最後の写真は、おまけ。ようやく野次さん、喜多さんに追いついたところ。
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by rev_ushioda | 2008-07-07 18:50 | Comments(4)

「見えていた富士山が」

腰痛騒動でうっかりしていたが、今まで「江戸」からずっと旧東海道を歩いて来て、富士山は常に正面右側だった。ちなみに、左側に見える場所は2個所だけで、「左富士」の名勝地と言われるほどだ。ところが前回は原から蒲原まで歩いて、気づいたら、富士山は後ろにあった。これから先は、富士山の名勝地という場所があっても、それは後ろである。
富士山を目標にして歩いていたら、それは、あっけなく後ろに移ってしまった。何だ、富士山はそれほど大きな山ではなかったんだ・・・ もう一つ。目標を失って、初めて、自分の知らない地域、国に入り込んだという感覚。
そこで、私の頭の中は動く。新しく生きるというのは、自分が知っているものを見つめて安心している世界から、いったん不安の中に落とされて、初めて、新しい世界に入ることができるのだということ。意外と、安心している目標などというものは簡単に通り過ぎてしまうようなものでしかない。それで安心しているようでは、新しい世界に入ることはできない。主イエスに従うということ、神の国もまた、然りと。

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by rev_ushioda | 2008-04-11 07:59 | Comments(0)

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今回、原から蒲原までのウオークであったが(2日間で23キロ)、初日は雨、しかし幸運にも2日目は快晴であった。写真は1日目、原からの道も、鉄道も、まっすぐで、踏切から原方向を見ると、向こうの方が煙っている。

さて、富士の裾野を歩いて実感したのは、治水のこと。富士山の裾野は、どこも治水に苦労しているということ、それで多くの個人、共同体が、治水事業に取り組んでいるということだった。何と東海道 吉原宿は、度重なる水害で、2度も宿場の場所を北上させたということであった。淡々とした道であったが、私はこの道を歩きながら、次の話に大いに感動した。
度重なる水害から村民を救済するため、原宿の増田平四郎(1807~1892)は、大排水路を完成させたのは1869(明治2年)の春。平四郎は、代官所への工事許可を願い出ること12回、勘定奉行への訴え6度に及んで、ようやく慶応元年(1867)に着工の運びとなった。それは計画の発案から27年目。事業は身延山久遠寺から多額の資金援助を得るなど、沼から海岸まで全長505m、幅7mの大規模な掘割を建設した。ところが、、、、何と、、、、その年の8月の 高波で跡片もなく壊された。平四郎の大計画は頓挫したが、彼の願いと夢は、後の人々に、受け継がれている。参考
「岳南排水路組合」という標識を見つけたが、今も、治水には苦労しているのだろう。この増田平四郎の挫折、落胆ぶりは想像するに余りある。しかし、「彼の願いと夢は後の人 々に受け継がれている」という一文に、私たちのミッションはどうなのかと、問われた思いがした。

f0086426_21271639.jpgこの日は、4月でこの地を離れるY先生宅に泊まらせていただくことにしていた。東海道を歩いて、出迎えられたのは、戸塚以来、これで2度目。連れて行ってもらった近くのお好み焼き屋さんの味は、おいしかった!Y先生夫妻とは、深夜まで話し込んだ。

さて、今回の東海道ウオークは、腰の痛みがあったが、せっかくの休暇。無理して出かけた。結局、腰はますます痛くなったので、目標に届かず、蒲原止まり。歩きながら、こんなに駅が待ち遠しかったことはなかった。帰宅早々、病院に。尿管結石の疑い・・・ということで、明日、もう一度行くことになった。
歩くのも、いつもは妻が後ろをついてくるのだが、今回は足が動かない私の超ゆっくりペースにつきあってもらった。あげくは手を引いてもらい、妻の肩に手をかけさせてもらい、・・・という具合。今回は一過性のものだろう、多分。でも、いつか、こうして助けてもらう日がくるのかなあ・・・と、急に弱気になった。

実は今回、吉原で、「江戸」を経って以来、初めて道に迷ってぐるぐる歩き回ってしまった。私の腰の痛み、疲れも限界。ということで、5キロほどのところはバスに乗ってしまった。だからといって、歩き直して完璧に埋めるつもりはない。これこそ、私の東海道論なのである。(というわけで冒頭書いた23キロのうち、歩行距離は23-5=18キロであった)

  わたしは今日まで生きてみました
  時にはだれかの力をかりて
  時にはだれかにしがみついて
  わたしは今日まで生きてみました
  そして今 わたしは思っています
  明日からも
  こうして生きて行くだろうと
              (吉田拓郎)

富士川を渡ったときの動画。手に持っていた紙が、左下にピラピラと p(^^)  蒲原まで行った。その手前の川が富士川。

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by rev_ushioda | 2008-04-01 21:40 | Comments(1)

「また腰痛!?」

夕べ、説教準備中から、腰の痛みに襲われている。背中かと思ったら、どうやら腰のようだ。今日一日、静まる気配がない。これでは、楽しみにしていた明日の東海道ウオークに支障が・・・
困った。私のかかり付け医である「わが家のお医者さん」というパソコンソフトで問診した結果は、該当する病気はないということだが。
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by rev_ushioda | 2008-03-30 15:57 | Comments(0)

「牧会30年」

この3月で、私は最初の任地(座間市、栗原伝道所)に立ってから、満30年になる。30年か・・・感慨深いものがある。栗原伝道所は浜崎牧師が開拓され、2年目を過ぎたところだった。古い借家で伝道していた。はす向かいの肉屋から買ってきてくださった「豚漬け」を、「これおいしいのよ」と、お連れ合いのS姉。神学校を卒業してこれから現場に立とうとする私たち夫婦にお昼を振舞ってくれたその味を、今も忘れない。お子さんがまだ小さく、「おしっこ」と言うとS姉はトイレに連れて行く。「会堂は、だれもいなくなるんです。壁に向かって説教するのです」と。ああ、ここに遣わされるのだと、帰り道、歩道橋の上から古びた借家を振り返った。右も左もわからず飛び出していったその秋、めまいで3日間、床に伏した。疲労だった。次の年の3月、牧師任職。借家は狭いので、近くの幼稚園を会場としてお借りした。説教者の朝山牧師がなかなか到着せず、待つ間、奏楽者にずっとピアノを弾いていてもらった・・・
今回、牧会30年を記念?して、4日間の休暇をいただいた。東海道を2日、その後、娘たちからもらった一泊の温泉旅行に、この機会に行くことにした。東海道は、この時に、ちょうど富士にかかるように調整した。そこで矢野先生のお宅(今度の礼拝で伝道所の幕を引くので、あとは「お宅」になる)に、お世話になることにした。
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by rev_ushioda | 2008-03-29 09:36 | Comments(2)

「こんなソフト購入」

最近購入したソフト。デジカメ写真をムービー風に仕上げるというもの。このような映像関係のものは興味がなかったが、今年の総会(GA)で記録という担当を引き受けてから、何とはなしに関心があった時に、このあたりが企業努力を認めざるをえないわけだが、おりよく広告メールで飛び込んできたのが、このソフト「デジカメde!!ムービーシアター3」。
サンプルが紹介されているが、ただのデジカメ写真が、簡単に、こんな風に変身を遂げる。
すごい!! こうなると、旅先で写真を撮るのが、楽しみになってくる。ちょっと、いいものとの出会いだった。(値段? まあ、いいじゃないですか・・・)
デジカメde!!ムービーシアター3
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by rev_ushioda | 2008-02-29 09:44 | Comments(2)

大雪の次の日、再び、この日しかないということで、東海道ウォークに出かけることにした。昨日の大雪も、静岡の海岸沿いは雨だったので、現地の道路は大丈夫だ。
新幹線で三島まで、そこから富士箱根鉄道でひと駅乗って、降りたところが旧東海道。そこから歩き始めたのだが、これが単調な道だ。朝食をとってなかったので、途中のパン屋さんで買ったパンを食べながら、歩く。渋滞している車の人と目が合う。しかし、気にしない。旅の恥はかき捨てとは、よく言ったものだ。かき捨てでも、このくらいは、許されるだろう。
途中、30里の一里塚を見つけた。120キロを歩いたということだ。あの箱根の、厳しい山越えをしてきた、その先の道は、とにかく淡々と、ずっと淡々と続いていた。三島からの感想を求められたら、「違う国に来た」という感想を持つ。風景はそれほど変らないのに、箱根を越えたら、意識がまったく変っている。未知の領域に踏み込んだような、自分の場所ではない、という感覚を持った。理由は、箱根を徒歩で越えたからだと思う。あまりに大変だったことが「違う国」感を抱かせている。
さて、沼津を過ぎた辺りは、海岸沿いの千本松原と平行している道なので、ただコンクリートの上を歩くよりは「まあいいか」ということで、旧東海道を離れ、松の中を抜けている道とか、そしてまた、海岸沿いの道に進むことにした。見よ、向こうに富士市の煙突から立ち上る煙が見えるではないか(あれ?写真ではよくわからない)。海は相模湾のように見え、山は丹沢・大山のように見えるが、海の向こうには箱根の山ではなく、富士市の空を汚す煙が見える。明らかにここは駿河湾なのだ。写真は千本浜にて。そういえば、この近くにF姉が住んでいるなあ、今日は休みではないよね…と話しながら。
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「東海道中膝栗毛」は、三島で路銀を盗まれて一文無しの弥次さん・喜多さんは「まだめしもくはず沼津をうちすぎて ひもじき原のしゅくにつきたり」と、情けない歌を詠んでいる。「食わず飲まず」と「沼津」をかけ、「ひもじき腹」と「原の宿」をかける。私たちは、朝は歩きながらパンを食べたが、そろそろ「ひもじき原」に。海岸を歩いていたのでは食事にありつけない。街道に戻ろう。
結局、この日、富士山は見ることができなかった。せっかく裾野にいるのに…見えるのは、大山に似た「愛鷹(あしたか)山」。この山の向こう、雲の中に、富士山がある。その愛鷹山を右に見ながら、三島から原まで11.7キロを歩いた。家を出てから帰宅するまでの歩数は、約8000歩。f0086426_95937.jpg
私は風景写真をほとんど撮らないが、ブログを開けば写真には事欠かない。一つ、わかりやすいブログを紹介しておこう。ここ
いや、こっち がいい。とにかく、こんな記事に溢れている。東海道を歩く人が多いのだ。

次回の予告:3月31日に、原~富士。富士に5時頃着。峰山伝道所に一泊できるかな… 勝手に計画している。Y先生がいるうちにここまで来ようと頑張ってみた。翌日は富士から先へ進んでいこう。

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by rev_ushioda | 2008-02-05 19:04 | Comments(0)

「年賀状」

例によって、成人の日は年賀状を書く日である。と言っても、新年もここまで来ると「あけましておめでとうございます」は言えない。今年は、次のような内容にした。

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いかがお過ごしでしょうか。

この春、私たちは牧師として30年の節目を迎えます/昨年の孫の誕生で、私たちはもう一つの立場でも呼ばれるようになりました/次女は、保育士として就職1年目を頑張っています/健康のためにと思い立ち、時間を見つけては東海道を少しづつ京都を目指して歩き始め(写真)今は三島。遠い目標なのに必ず行き着く希望をもって仲間に語りつつ生み出すドラマは、牧師の仕事に似ています。主にある平和と希望の道を、共に歩みたいと願います。
2008年1月14日

潮田 健治
    秀子

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by rev_ushioda | 2008-01-14 13:09 | Comments(0)