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「欠席連絡」

たんぽぽの
咲く丘の見ゆ
一里塚

旧東海道を歩くと、一里塚がある。そこは、旅人にとって目標への距離を測るバロメーターであるし、同時に休憩、休養の場所でもあった。心に遠く目標を見つめつつ、疲れやすい体は、休めなければならない。目標遠く、思うようにいかない旅路を受け止めなければならないことも、あったのではないか。
今日、有志の牧師たちの勉強会があった。「たんぽぽ会」と名づけられている。休んでいるばかりいる私なのに、あきらめず毎回、声をかけてくれる貴重な研修の場なので、できるだけ行きたいと思っているが、今日は、何か体が動かず、欠席した(このところずっと休んでいたので、今日も、と言ったほうが正確である)。きっと、たくさんの話に花が咲いているだろう。そう思って送った、欠席メールである。

たんぽぽの/咲く丘の見ゆ/一里塚
(たんぽぽ会では、話が盛り上がっている様子が、手に取るようにわかる。今日は疲れて休んでいるが、ちゃんと仲間には加わっていますからね。いつか、そこにきっと行けるでしょう。)

後日談。あとから聞いた話だと、敬愛する仲間たちは、潮田は今日、たんぽぽの咲いている所に行っているのだと思った由。 ;´д`)  あわてて、釈義をつけることにした。

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by rev_ushioda | 2009-03-16 23:22 | Comments(0)

最近、ブログ村からの訪問が多いようです。有難うございます。「歩く旅」がランキング1位ということで、のぞいてくださる方が多くなったと思います。
ところで、私はいつも歩き回っているわけではありません。本当のところは、どうしてもデスクワークや、人とのお話の場が多くなり、歩くことが極端に少なすぎると感じたので、歩き始めたのです。最初は、近所の川沿いの道や、雑誌や新聞で紹介されている散歩道などを歩くようになって、やがて、東海道を西に向かって歩いてみたいという思いになったのです。
東海道を西、京都に向かって歩き始めると、いろいろなことを考えます。特に、目指すということは大事なことだ、ということです。途中ですべったり、転んだりするのですが(病気とか、失敗とか)、でも、目標があるという感覚、実感は、とても大事なことです。
これは、私が牧師だから思うのですが、「信仰の生活」に似ているなあと思うのです。私たちは、天国への旅人なんだと。人生、悪いことが起こらなくなるなんていうことはない。起こるべくして起こることは、起こる。しかし、天国への旅人。目標を持っているから、そういう課題や、困難の中でも、それと向き合いながら歩き続けることが出来るのです。京都に向かう歩み。それは、私にとって、キリストを信じる生活に似ているのです。
しかし、当然ながら、絶対、違う点もあります。キリストは私たちのところにおいでになった。それがクリスマスです。私たちが行く前にキリストがもう、私たちのところに来てくださったと言うのです。これは、私たちが自分勝手に持つ目標とは、全然、違う方向を指し示しています。向こうから、道がつけられたのです。ですから、私たちは、その道を行くのです。その道には、愛を産み出す忍耐もあります。平和を生み出す祈りもあります。喜びを産み出す労苦もあります。しかし、目標をもって、自分らしく歩いています。
京都に至ったらどうするか。次は、中仙道で、江戸を目指す、かな??? とにかく、近くてすぐ手が届くものではダメなんです。でも、絶対届かないものでもダメなんです。旧街道を歩きながら、私はまた、キリストを信じる道を歩いています。一緒に歩く人はいませんか? 東海道を、そして、よければキリスト教の道を。
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by rev_ushioda | 2009-01-26 11:20 | Comments(0)

「走らまいか」

歩いている時は見逃してしまったが、あとから大林様のホームページを見て、遠州にいる実感と、言葉の意味が大変面白いので、借用させていただいた。いわく。

逆川に架かる同心橋を渡ると 「ゆっくり走らまいか遠州路」 懐かしいフレ-ズの立て看板が目についた。私の故郷三河でも同じ使い方をするので、ごく普通のことだが他国者には全く逆に聞こえるらしい。「やらまいか」「行かまいか」は一緒にやろう、一緒に行きましょうのことだが、浜松勤務の頃は他所から転勤してきた人たちに、おかしいと良く冷やかされた。太郎冠者でもあるまいに、いまどき『やるまいぞ、やるまいぞ』なんて言葉を使うわけもない。「ア段」で「ない」に繋げば否定だが、何も考えずそのまゝ「まい」へ繋げば事足りる。仲間うちで「やりましょう」「行こうよ」では他人行儀である。何にでも使えて、何より初対面であっても忽ちにして打ち解けること必定。この地ではこの便利な言葉を試してみることをお奨めする。 

書の達人とお見受けしたこの先輩も、また東海道を歩かれた方である。
「読者の皆さん、旧東海道、私たちと歩かまいか」

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by rev_ushioda | 2009-01-08 21:33 | Comments(0)

東海道ウオーカーは、ついに、記念すべき東海道ど真ん中の「袋井」宿に到達した!

ドーン、ドーン、ドーン(花火の音)
…ん?

お正月を過ぎた5~7日、私たちは休暇をいただいて、5ヶ月ぶりに旧東海道に出発した。直前まで、例によって風邪をひいたり、プライベートな問題があったりで気をもんだが、無事、出発。今回は、初めての2泊3日、また、二人の電車代が高くなったので、初めての車での往復を試みた。

起点は、去年の夏に汗だくで到達して以来ストップしたままになっていた岡部、終点は袋井である。この袋井は浜松手前にあり、江戸から27番目、京からも27番目、つまり、「東海道どまん中」の宿場である。ついに半分の地点に到達したのだ。(距離的には、あと2里、8キロほど行かなくては中間点250キロに届かないのだが)。何と「東海道中間地点 仲道寺」とか、「東海道どまん中東小学校」とか、いたるところに書いてある(写真)。立派な表札がかかっているので、え~と思って、よく見たら、隣には「袋井市東小学校」と、ちゃんとした校名があった。なかなかユーモアに富んだ市である。お寺のほうの名前は、どうやら本当にどまん中の意味で「仲道寺」らしい。距離的には、袋井市に入ったばかりで中間点はまだ先なのに、名物というのは、どうやら自分で作るのだ。
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少し話を戻すと、今回のコースには、大井川があった。もちろんここは国道に架かる橋(80年前の鉄橋)沿いの歩道を渡ったのだが、渡り終えるまで15分、1キロである。さすが大井川。その手間に川越遺跡や、当時の建物などが残されていて、興味深かった。で、川を渡るのに、この方にお世話になった(であろう…昔は)
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大井川を渡ると、「遠江(とおとうみ)の国」である。「駿河の国」を抜けたのだ。今でこそ静岡県であるが、昔は、二つの国であった。「近江(おおみ)」に対して、「遠江(とおとうみ)」。遠州という名前の入った会社、鉄道を目にするようになった。また、新しい未知の国に入ったのだ。
川を越えたところから続く小夜中山峠の厳しかったこと。箱根越えに匹敵する難所だった。足元から、山の向こうまで、どこもかしこも、お茶畑であった。
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面白いことに今までいくつかの峠は、川を越えたところにある。箱根も、さった峠も、宇津の谷峠も、小夜中山峠も、皆、川越のあとにある。そして、歌人の歌碑がいくつもある。峠のいうのは、歌が生まれやすいのか。峠越えの苦しさ、寂しさの中で、古来、人は都を想い、愛する人を想うようだ。
もう一つ。1日目15キロ、2日目20キロであったが、両日とも残り2キロがどうしても歩けず、リタイアした(電車、バス利用)。まあ、無理せず、人生、残り2キロは人に助けてもらうことを考えると、気楽になれるし、視野も広がるのである。完璧は、立派と言う評価をもらえるが、それはいかにも窮屈ではないだろうか。助けはいつでも、どこでも、あるものだのだ。
峠越えの途中に「すべらず地蔵」というのがあった。冗談に言った。「秀子さんがすべらないようにお願いしまあす!」。直後、彼女が「あ、折れちゃった」と言う。彼女が手に持っていた、杖にしていた木の枝が、折れた。あまりの妙なタイミングに、二人で苦笑しながら、峠を越えた。

藤枝で泊まった宿から、小高い丘の上にあったためか、富士山が見えた。横浜から見る富士山より、距離ははるかに遠くなっているが、よく見えた。
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電車の案内図。右が豊橋、左が熱海になっている。 東京、横浜の名前がないと、気持ち的に安定感がない。
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by rev_ushioda | 2009-01-07 22:16 | Comments(2)

「こんなことができる」

こんなことができることがわかった。

http://www.storyz.jp/view/_4029048fa553807637/

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by rev_ushioda | 2008-10-19 23:33 | Comments(2)

「なぜ東海道?」

「やぜ、東海道を歩くの?」と聞かれる。色々と答えてきたが、今回は、こう答えておきたい。妻との時間と、ペースの共有であると。
何よりも、一緒に歩くことで確保される、貴重な時間の共有がある。歩く以外、何もしないわけだから、家にいては話せないようなことも色々なことを話すことができる。
そして、もう一つ、ペースの共有がある。牧師がこんなことを言っていてはいけないが(そしてまったく関係ない話であるが)、妻は「いのしし」で、私は「うさぎ」。言い当てて妙だが、人は夫婦であってもペースが違う。もちろん歩く速さもあるが、性格もまったく違うし、その時々の体調も何もかも、ペースが違う。一緒に歩くというのは、そのペースを共有するわけである。
そういうわけで、ぼちぼちと野次さん、喜多さんの道行きである。なかなか次の出発ができないので、こんなことでも書いておこうかと。

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by rev_ushioda | 2008-10-03 20:58 | Comments(0)

「断念」

火曜日がお休み。数少ないチャンス到来と、月曜日、火曜日で(東海道ウオークに)出かけたい気持ちがあった。これを逃すと、あとはお正月の休みしかない。しかし、この1週間、風邪気味である。断念せざるを得ない。雨が降っているのが、逆に気休めになる。遠くになると、健康に気を遣う。「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」という芭蕉さんの二の舞?になりたくない(旅に病で…は、確か、辞世の句)。私の場合は、「枯野」ではなく「御国」ではあるが。
それにしても、最近は結構歩いて、健康には気を遣ってきたが、秋口に風邪をひきやすい体質?は、変らないようだ。

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by rev_ushioda | 2008-09-22 08:17 | Comments(2)

旧東海道ウオークで、静岡を過ぎると、道の見当がまったくつかなくなる。初めて聞く地名ばかりだ。なので、これから歩く道を調べるのだが、実は、結構それだけでも楽しい。本を読んで道を確認、そこで、歴史にも触れる。ネットの地図では、写真まで表示されるから、山間なのか、家があるのか、どういう地域なのか、行く前から、よくわかる。冒険心をくすぐられる。
ところで、旧東海道は、国道1号線を入ったり出たりしている。地図上にはいくつかの「直線」が引かれているが、まず一番が新幹線で、次に東名高速、東海道線、そして国道1号線だ。そういう直線が延びている。その陰に隠れて、旧東海道が国道を入ったり出たりしているのだ。いや、もともとは、この街道しかなかったのだ。街道は山を避け、谷を避け、くねくねと延びていた。しかし、やがて道も、また、新たに敷かれた鉄道も、どんどん直線化していったのだ。今では、最初の、あの「くねくね道」を見付けるのに、苦労する所も多くなった。
歴史、人の動きは、「真直ぐ」な方に動く。少しでも速い方に、動いてきたのだ。そして、最初の道は、忘れ去られる。くねくね曲がったもの、遅い道(もの)は、忘れ去られていく…
しかし、旧東海道を歩きながら発見するのは、そこに生きた人々であり、そこに生み出された歴史である。直線と、速さの中では、決して見ることのない、生活の営みが、そこに見えてくる。
旅でおせわになっている、岡本永義著『歩いて見て楽しむ 平成東海道五十三次』の最後にある言葉は、次のようになっている。

「東海道が敷設されて400年。人は文明を発展させ、便利な世の中にすることで多くのものを手に入れた。しかし、私はこの旅を終えて気がついた。多くのものを得るということは、同時に多くのものを失うということではあるまいか。旧東海道を歩いていると、実に多くのものが目に飛び込んでくる。古い家並み、一里塚、道端の石仏、道祖神。しかし新幹線に乗る、または自動車で走りすぎると、これらのものは一切視界の外である。さらには、これらの鉄道を通す、自動車用の道路を敷くのは、これら多くのものを押し潰すことによってしか、なしえないのだ。新たなものを得るために、人は便利さを追及した。しかしこれは、多くのものを失った上に成り立っているのである。この旧東海道のひとり旅で、私は様々な知識を得たが、たとえそれらの知識を得ることがなくとも、この一事に気づいただけでも大きな収穫である。私は今後も、文明社会の中を生きていくことになるだろう。これからも発展は続き、便利さは増していくことであろう。私たちは、この便利さによって多くのものを得たとき、同時に多くのものを失っているかも知れないことに、心をめぐらすべきであろう。」

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by rev_ushioda | 2008-09-09 23:01 | Comments(4)

「冷却機能付帽子」

冷却機能付帽子(ハット)というのがあるというので、ためしに買ってみた。うん、なかなかいいかも。写真で、帽子の下に出ている部分で後頭部を冷やす。水分を含んでいるというだけなのに、冷たい感じがする(取り外し自由)。今年の夏は、チラシを配っているが、2時間くらい歩いても、頭がすっきりしている。これは、いいかもね。 
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by rev_ushioda | 2008-08-14 17:08 | Comments(0)

だれが応援してくれているのだろう。ブログランキング「夫婦旅行」の順位が、57サイト中、4~6位あたりにある。旧東海道ウオークのことを誰かに話しても、なかなか共感してもらうことはないのだが、ブログのほうでは、ずいぶん応援してもらっているようだ。夫婦旅行カテゴリーで4~6位の応援をいただいている以上、途中で放り出すわけにもいかない(そのつもりもないが)。あ、今 見たら、3位だ。と言っても、3~6、7位は僅差であるが。ちなみに「生き方」は、・・・709サイト中、通常22~24位のはずだが、今日は17位だ。頑張ってるじゃないか。キリスト教のカテゴリーは、・・・まあ、これはいいか。
話を戻そう。3位とかになると、次はどこまで行ったかなと期待して/興味を持って訪問してくださる方があるということだから、いつまでも同じところにいて、なかなか「出発」できないと、期待はずれで申し訳なくもなる。
・・・とは言っても、次回はうまくいけば秋。多分、1月になるだろう。静岡を越えると、時間的にも、経済的にも余力を蓄えないと。体力的には、今のところ順調であるが。

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by rev_ushioda | 2008-08-11 11:53 | Comments(0)