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今日は、久々に中会委員会が何もない日曜日だ。「龍馬伝」楽しみだなあなどと考えながら、教会からの帰り道を歩いている。自宅まで、約1時間の道のりだ。

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この写真は、途中のキャベツ畑である。田園風景が広がって、その遠くに丘陵が連なっている、私の好きな場所である。

歩いていて思い出した。そう言えば、先日、Kさんが挨拶に来られたのだった。京都三条大橋に着きましたと。
歩いてみませんか、とお勧めした方である。健脚の上、一人で歩かれたので、時間の調整など自由にでき、とうの昔に先を越されていたが、ついに京都に到着され、お嬢さんに出迎えてもらった由。
そうか、そうか、とうかがっていたら、何とか神社にお礼参りしてきました、と。(ガクッ)  クリスチャンではないからね^^:
都は都でも、神の都を目指しましょうとは言ったが、さてさて、「信仰の街道」を歩いてくれる道連れを探すのはなかなか…

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by rev_ushioda | 2010-05-16 15:19 | Comments(0)

去年の8月以来の東海道。ついにまた来た、なつかしい場所である。愛知なんて何も知らない土地なのに、前回の旅の終点になった場所が、こうして、なつかしい場所になる。不思議なものだ。

1日目 赤坂宿~藤川宿



朝6時に家を出て、赤坂に着いたのは11時。しかし、妻の調子が、いまひとつ良くない(花粉症?風邪?)。そこでまず、とりあえず葛根湯を買った。その薬屋は、駅を出るとすぐ、たまたま見つけたのだが、通り過ぎてしまうくらい、まったく薬屋とは思えない小さな… というか、田舎の駄菓子屋みたいな店であった (下のビデオに写っているが、見ただけでこれだと言い当てた人はスゴイ)。この日は、妻の様子を看ながら歩くことにしたが、結局、藤川までの10キロほどを進むことができた。
赤坂から藤川までの間には、江戸時代から残る家々が多かった。いかにも街道という雰囲気を残した道を歩くのは、楽しい。
宿泊は、2泊とも岡崎にあるホテルだが、これはウイークリーマンションで、その一部がホテルになっている。→ ここ 初めての宿泊形態となったが、出入り自由、チェックアウトも鍵をポストに入れておくだけ。しかも自炊設備が整い(今回は使わなかったが)、風呂場は乾燥室になる。おまけに各部屋ごとにセコムが入っている。何と言っても二人で2泊しても1万円の安さがいい。このように、いろいろ経験できるのも街道歩きの楽しみである。
もう一つ。今回は、「ゴリラ」と「9000円ビデオ」の二つを持参した。ゴリラのほうは、道案内だけでなく、食事ができる場所を探したりするのに便利だった。カメラは写りは粗っぽいが、とりあえず、記録用にはなりそうだ。下の映像参照。

2日目 藤川宿~岡崎宿

天気予報では低気圧の接近により、あいにくの天気になりそうである。朝、早い時間なら、まだ何とかなりそうらしいので、始発を利用して、昨日の場所に移動。すでに雨が降り始めていたが、まだ振ったりやんだりなので、5時40分、歩き始めた。
やがて、岡崎。ここは城下町なので、道が曲がりくねっている(「二十七曲がり」と言う)。案の定、道に迷ってしまった。疲れても、降り始めた雨のため、休めない。ようやく、何とかと言うホテルを見つけて、ロビーで休ませてもらったり、別のホテルでお茶を飲んだりしているうちに、岡崎城に着く。雨も激しくなってきたので、この日はゆっくり、お城見学となった。10時、今日はここまで。それでも4時間くらいは歩いた。「1時間4キロ」と言われているが、私たちは2~3キロくらいか。この日は9キロ止まり。
その後、ホテルに向かい、妻は不調なので夕食で外出したほかは、ぐっすり寝てしまった。

3日目 岡崎宿~池鯉鮒(知立)宿

今日はお天気は良くなるはずだったが、前日と同様、朝一番に出発したときは、まだ雨が降っていた。が、やがて急速に晴れてきて、すばらしいお天気だ。ビデオにもあるように、二人とも体力も回復している。今日も4時間、10キロを歩き、10時15分に知立に到着。ここで余力を残し、今回の行程は終わり。

帰宅は、東名で5時間。往復にかかる時間が、とにかく遠くなったことが、街道歩きの気持ちを萎えさせる。これから先、しばらくは、往復にかかる時間に「覚悟」が必要だ。もう一つ、費用の覚悟である。2泊3日、交通費入れて2人分で最低35,000円…

しかし、次回はいよいよ名古屋に至り、尾張の国に入る。そして一気に伊勢湾を渡る。次回は7月の終わりになる。伊勢湾を渡ったところで、出産のために郷里に帰っている、Y姉を訪問する予定。
 
写真動画は、ここ → STORYZ
ルートは、ここ → ルートラボ

ルートを見ると、旧東海道は、国道1号線を出たり入ったりしている。また写真モードにすると、山間部を通っているのが分かる。地図を拡大/縮小して、東海道がどういうところを通っているのか、イメージできて楽しい。

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by rev_ushioda | 2010-04-28 23:59 | Comments(3)

「年賀状」

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 旧東海道、少しづつでも歩き進めば、
 ついには「京の都」に至るふたり旅。
 三河の国、赤坂宿には去年の夏。
 出発は、今年四月。
 一緒に歩きませんか、
 「神の都」への信仰街道(みち)。

 ゆっくりと

 ゆっくりと、      

 景色でも楽しみつつ


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by rev_ushioda | 2010-01-05 18:44 | Comments(2)

 月曜日に、恒例の、ブログを「本」に残しておく作業をした。それで書き込みは終わらせるつもりだった。
 が、ここで恐れていた風邪のパンチが来た。11月から、ずっと低空飛行だったが、ついに、夕べの年末祈祷会は、欠席。今日も、(木曜日なので)日曜日のことを考えると寝ているわけにはいかないので起きて説教準備をするのだが、すぐベッドに横になり、の繰り返しである。今回は、元旦礼拝がなかったのは、助かった。三が日に主日がある場合、泉教会では元旦礼拝はしていない。その代わりにカトリックのミサに出ようと思っていたが、この分では、不可能だ。

 来週、3日間の休暇で、旧街道歩きのために岡崎のホテルを予約していたが、今、泣く泣くキャンセルした。

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by rev_ushioda | 2009-12-31 11:34 | Comments(3)

「ゴリラが来た」

数年分まとめて、自分へのクリスマスプレゼント、 ゴリラ。もちろん、東海道ウオークのためである。
持ち運びできるナビのことは、ずっと気になっていたが、前回、夏の暑い盛りに道を間違えて一気に疲労度が高まったことから、その辺りから、購入を決めていた。機能やら値段など調べ、ネットなら量販店より1万5千円も安く、4万円台で買えることが分かり、よし、と決めた。手元に届いたのは11月。それからテストしてみた結果、車に使用しても、今までの車載ナビに劣らない機能を発揮することが分かった。ナビは、やはり歩行がメインではないので、地点登録しても「旧東海道」は選んでくれず、大きな道を経由してしまうのが「玉に瑕」である。しかし、これがあれば、今後、道に迷うことはなくなる。o(^o^)o
強力な助っ人が手に入ったので、さっそく1月4-5日のホテルを予約。今回は、岡崎に連泊の予定。赤坂宿から出発、できれば池鯉鮒宿(知立)まで。名古屋に至るのは5月。さらに京都は、再来年5月の予定。旅は道連れ、ゴリラと共に。

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by rev_ushioda | 2009-12-21 22:00 | Comments(0)

「旅のこころ」

毎年、12月に入るとすぐ、牧師会のクリスマスがある。もちろんアドベントには入っているから、準備はしているのであるが、私にとっては、思いをクリスマスの諸行事に向ける大事な「節目」となっている。
さて、そこで、1年間にあったことを振り返りながら一言を言うことになっている。私は、この何年かは、東海道について触れるわけである。「地球の歩き方」なんていう旅行案内があるが、東京から愛知まで歩いてみると、地球も歩けないことはないなあ、なんていう気持ちにもなる。とにかく、京都の帰りは、中山道を思い描いている、そんな話をした。

話したあと、いろいろ考えた。

結婚25年記念に、子どもたちを家に残して夫婦で北海道を旅したのが、始まりだった。それまで、旅行のための2泊3日の休暇をとっただろうか。休むこと自体が、罪悪感につながっていた。思い切って北海道を旅したことがよかった。これからは月に一度、温泉に行こう、という気になった。その気になっただけで、気分が違った。これだ、と思った。

私は、自他共に認める「まじめ」な人間である。今まで何十年も、それはしかし、縛りだった。まじめと言われることが苦しかった。「潮田先生はまじめだから…」。やめてくれ、と心の中で叫んでいた。これからは、その「まじめ」が、いい意味で気持ちの中で動き出すようにしたい。私の気持ちを解きほぐす作業が、17、8年前に始まった(カウンセリングを勉強したとき。40才頃だった)。
こうして、北海道の2泊3日の旅になり、旧東海道への旅になった。2泊3日の休暇を、年3回とる。10年前までは、ありえなかった。そして、思っている。遠くを目指す旅だ。死ぬまでに着ければいい。すべて、縛りを解く大事な作業だ。

今、落ち着いて現実と自由に向き合えるように、ようやくなった、気がする。60才を前にして。

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by rev_ushioda | 2009-12-03 08:34 | Comments(4)

「中山道に思いが至る」

本屋で、「中山道を歩く旅」という本を見つけた。即、購入。
中を見ると ⇒ここで見れる わくわくしてくる。 東海道は2年半かかって、今、豊橋(旧吉田)を過ぎ、岡崎手前である。下の地図を参照。名古屋に至り、伊勢湾を渡れば、何とか先(京都)が見えてくる。こうなると、東海道の帰りは、絶対、中山道だと決めている。と言っても年3回ほどしか東海道には立てないから、再来年(2011年)の5月か8月には、京都に到着するだろうか。さらにその先となると、本当に先の長い話になる。
しかし、遠くを見るというのは、こうも楽しいものかと思う。心も、生活も、余りに身近な効果ばかり期待するから、こうして何年もかかって到達する目標を持つのはいいことだ。信仰こそ、天を目指す旅なのだから、私は、この道行きを、いつも天を目指す道行き、神の国に生きる者の道行きと重ねて考える。

今、いる場所は、「赤阪」。この先、「江戸」までの行程を思う描くと、わくわくするではないか! 天を目指す旅も、起こってくることはさまざまあるだろう。しかし、その都度、神の都に近づくわくわく感で満たされるのである。読者も共に、この道を辿らないか? 東海道… いや、天を目指すキリスト教の道を。

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by rev_ushioda | 2009-09-14 10:40 | Comments(0)

1日目
今回は、まず、取り残していた磐田駅前から浜松宿まで。
とんでもなく暑い日であった。もの好きだねえ、という声がどこからか聞こえてきた気がしたが、(読者のあなた、言わなかった?)
この日は特に見るべきところはないコースだったが、途中に天竜川があった。
この川を渡るためには、パンフレットによると、バスを利用すべしとなっている。別の案内書には「川越の恐怖」「路側帯しかない…肩をかすめるの距離をビュんンビュンと車が飛ばしまくっている。暴れ天竜と言われているが、現在では暴れているのは橋上を走る自動車であった」。
これでは危ないということで、私たちはバスを待ち、40分、バスの遅れでさらに10分待った。しかし、いよいよバスが来ようかというとき、バス待ちの人から聞いた話は、天竜川を渡る1キロ半の橋は、去年、歩いて渡れるように拡幅されました、と… 
他の人のブログを見た。「この天竜川もかなり川幅が広い。橋の長さでは大井川の1026m、約15分には及ばないが、919mもある。水がきれいでたいへん気持が良い。それに、幅が広くて立派な歩道は、とうとう最後まで歩いている人や自転車を見かけることがなかった。大きな美しい天竜川を独り占めである。」
うらやましいと思ったが、しかしバスを待っていた1時間は、暑い日だったので、休んで体力を回復するためにはちょうど良い1時間だった。
写真は、明治時代、天竜川治水のため私財を投じたという、金原明善の生家の前。治水のために上流に植林もして、水害を根源から絶とうとしたという。
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宿泊は、5月に続いて二度目のBENTENKAN。このホテルは、浜名湖に来たら、絶対、お勧めのホテルである。この夜は、ちょうど浜松に来ていたY兄の訪問を受け、しばらく歓談できたことがうれしかった。

2日目
いよいよ先に進むが、前回の最前線、二川(愛知県、いや三河国に入った最初の宿)からの出発である。
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予定ではこの日、豊橋(吉田宿)を越えて、その先の御油宿、赤坂宿まで行かれるのではないかと目論んだが、とんでもない暑さのためか、または道を間違えたショックと疲れのためか、足を引きづることになり、そこにあった駅(飯田線小坂井駅)に飛び込み、あえなく10キロでリタイア。
道の間違いはよくあるが、妻と話しながら歩いているため、地図のチェックをうっかりして、曲がるべきところを直進、はるか先で道を間違えたのに気付いた次第。この修正のために、かなり体力、気力を消耗してしまった。
それでも豊橋市内に入って、何と路面電車を見つけたときには、感動して、シャッターをぱちぱち。市内の道は、車でも通ったが、車の隣を路面電車が走るのには、横浜の40年前を見る思いであった。昔は東京、横浜、名古屋、京都をはじめ、小田原、三島、静岡、岡崎など東海道沿いの多くの町に路面電車が走っていたようだが、今はこの豊橋が東海道沿いに路面電車が残る唯一の町だそうだ。写真は、今も路面電車が走る町、豊橋(吉田宿)。
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この吉田宿を越えた辺りで、足が重くなった。結果は、上に書いたとおりである。
途中、小坂井町に「子だが橋」という橋があった。この先にある菟足(うたり)神社には1000年ほど前には人身御供の習慣があって、春の祭の初日にこの街道を最初に通った若い女性を生贄として捧げていたんだとか。ある年、贄狩りをする人が橋を見ていると、1人の若い女性が通りかかったのであるが、何と祭のために帰ってきたわが子であった。しかし、「子だが仕方なし」と結局、生贄にしてしまった。それからこの橋を「子だが橋」と呼ぶようになったという… 現在、菟足神社では12羽の雀を生け贄として神に捧げているとか。
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そういえば、天竜川治水も、自分の私財を投じた人の話。菟足神社では(何にささげるかは別として)わが子をささげたという献身の話。そういえば、ウイクリフの福田先生は、どうか誰か宣教師を与えてください、と祈る祈りをしていると、ついに自分が召命を受けるような祈りだと言っていたが結局、献身とは、誰か与えてください、ではなく、自分をささげることなのである。
宿は、豊橋駅前の新設のホテル「アークリッシュ」。いつも7~8千円のホテルしか泊まらないが、このホテルは本格派ホテルで、その値段。去年9月にできたそうで、案内された部屋は11階、すばらしい景色である。かつ15階にはワンフロアー全部が図書室兼リラクゼーションフロアーとなっていて、立派なソファーがそこかしこにおいてあり、マッサージ機もある。ドリンクフリー。景色を堪能しながらリッチ気分に感動。

3日目
12時まで滞在OKというホテルに後ろ髪引かれる思いで出発。昨日リタイアした小坂井から歩き始めた。これからの道は、名鉄線沿いなので、比較的近い距離間隔で駅もたくさんある。十分保険のある道だけに、気分が楽。結局、御油(ごゆ)宿を超えて赤坂宿まで、二つの宿を踏破。と言っても、御油、赤坂は、600メートルくらいの松並木を挟んで二つの宿というめずらしい宿場である。(下の写真上が御油、下が御油の松並木)最終日なので、今日は、1時過ぎには、赤坂の無人駅に立っていた。
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実際の歩行コース詳細:
→ ここ

写真動画:
http://www.storyz.jp/view/_3854a7ae34e53fd1

YouTube で 「二川から赤坂」:
http://www.youtube.com/watch?v=Vpy1EyMFeWM

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by rev_ushioda | 2009-08-05 23:29 | Comments(0)

「1時間15分」

旧東海道をてくてく、休暇を全部使って歩いているが、2年前の春に「江戸」を出てから、今、三河(愛知県)に入ったところ。ここまでで実質、24日である。今後、8月に岡崎あたりまで行き、来年1月に名古屋に至る(それでまる3年、日数としては30日になる見通し)。
ところで、今日、教会員の一人が名古屋の教会で婚約式があり、妻と、もう一人の姉妹が教会の祈りを届けに行った。新幹線「のぞみ」では、横浜-名古屋間は1時間15分、横浜を出たら次は名古屋である。車では4時間かかるので、新幹線にしたのだが、たとえ車の4時間であったとしても、人間は便利を享受したらもう二度と後ろには戻れないのだと、改めて知る。もし、その鉄則を破ろうものなら、「もの好き」「暇人」…である。そういえば、IMAGINE に"H" をつけたら「暇人」になると、A牧師が言っていた。「暇人」は、IMAGINE につながる。「余暇」は「余った暇」などではなく、IMAGINE につながる。そこが大事なのだ。

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by rev_ushioda | 2009-07-19 16:21 | Comments(0)

いよいよ愛知県(三河国)に入った! この写真は、愛知県に入ったところ。道路標識は「愛知県豊橋市」となっている。
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ついに三河国だ。神奈川の人間にとって静岡は隣だが、愛知と言ったら、それこそ未知の国である。わくわくする。そういえば、乗った電車のアナウンスで、「…してください」の「だ」にアクセントがあったのが新鮮に聞こえた。静岡に入ったのが去年の1月7日だったから、1年半、静岡県にいたことになる。もっとも、静岡と言っても昔は、伊豆国、駿河国、遠江国の3国だったが。

さて、通常のコース取りをすると、3日目、帰宅の日に鉄道がないところに入り込んでしまい、ではバスなどうかと調べたら、国道沿いなのに何と一日に1本しかない。これは、頭を使わなければならない。考えた結果は、以下のとおり。
1日目、浜松から弁天島(浜名湖)まで。(車は浜松泊。われわれは弁天島泊) 2日目、弁天島から二川まで。これで静岡県を抜けて愛知県に入った。そこから電車で浜松に戻り(2日の距離を30分で戻ったのであった)車を移動して、浜名湖泊。 3日目、東名を使ってふたたび静岡県に戻り、前回の終点、袋井に車を停め、そこからスタートして磐田まで。袋井に電車で戻り、東名で帰宅。
結局、交通の便の悪いところと良いところの行程調整した結果、あとを先に、先を後にすることになった。しかも、磐田から浜松までの区間は次回に回し、とにかく愛知に入ったという、「ウルトラ・シー」となった次第である。

袋井宿-見付宿(磐田):http://chizuz.com/map/map52229.html
東海道の順番とおり書くと、まず、前回の終点、今回の起点となる袋井。ここは「東海道どまん中」として町おこしをしている。どの店にも「東海道どまん中 何々商店」「東海道どまん中 何々小学校」と、札が掛けてある。名物は自分で作り出すもの也。こういうことに気づいたのは今に始まったことではなく、私もあるとき、「教会のある街」というコピーを作ったことがあったなぁ…

見付宿(磐田)から浜松宿は、次回。

浜松宿-舞阪宿:http://chizuz.com/map/map52230.html
今までずっと海岸から遠のいていたが、ここで再び海に接近する。浜名湖である。多分、東海道最南端である。大井川もそうであったが、川を渡るとか、湖を渡るところというのは、かつての宿場らしい雰囲気を今に伝え、にぎやかさを感じる。
そしてここで泊ったBENTENKAN 都市型ホテルでこの料金(ポイント利用で7000円)は、東海道をくだってきて利用したホテルの中で、一番良かった。と言っても6泊目であるが。とにかく浜名湖を眼前にした景色といい、ベランダにテーブルまで置いてある部屋といい、おいてある家具といい、食堂の広さといい、大満足。いや~最高の気分を満喫できた。これで温泉があったら… 弁天島温泉と言うのに温泉がない!?

舞阪宿-新居宿-白須賀宿-二川宿 http://chizuz.com/map/map52231.html
今回の終点、この二川からが愛知県である。今まで1章 江戸から小田原。2章 箱根越え。3章 静岡県内としてきたが、次回から章を改め、第4章としたいと思う。未知の国である。
新居であるが、ここにも関所があった。関所は箱根だけではなかったのだ。しかも、ここの「今切関所」の建物は復元ではなく、当時からのものだそうだ。観光が目的ではないからお金を払って中には入らなかったが、やっぱり昔のままと聞いたら、至る所から昔の人の声が聞こえてくる気がした。歩いている旧東海道そのものが、足元からすでに歴史に生きた多くの人の言葉を語っていたのであるが。
二川までは、畑の中を通る国道をひたすら歩いたのであるが、途中のバス停で時刻を見たら、何と一日1本!!!車はひっきりなしに通るのにすごい道であるが、こういうところでしているのが、(ねずみ取り)。次々捕まっている横を通り過ぎたのであるが、現代の「関所」は、こうして突然、現れるのであった。われわれは、もちろん、何のおとがめもなし。めでたしめでたし。
二川宿には本陣の遺構がそのまま残っていて、中を見学することができた。東海道に残る本陣の遺構は、ここと草津宿だけだそうだ。さっきは観光が目的ではないと書きながら、ここでは三河国に入った記念に? 歴史的遺構を見学。旅先でも殿様が別格扱いされた部屋、トイレなどを見た。道中の駕籠もそうであるが、あんな小さな入れ物に入れられ、旅籠でも場所を決められていた封建制度を維持する殿様って、決して楽なものではないと思った。
旅籠で休憩。「いやあ、疲れたねえ」、私は、さっそく足を洗ってもらった。「さあ、次は秀子さんだよ」(写真)。
このような東海道ウォーカーは、途中の白須賀の統計では、記録に残して行った人だけでも月間600人だということである。(潮見坂の休憩所のおじさん談)

動画はここ → 動画

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by rev_ushioda | 2009-05-27 22:33 | Comments(0)