「死も来た半島?」

下北半島・・・この半島は今や「核燃半島」とも称すべきものになりつつある(現地ではこのように言っている)。・・・ある人はついに「死も来た」半島だと。
私は「原発とキリスト教」という本を読みながら、地方、とりわけ過疎地の原発から送られてくる電気を都会が享受しているというところに、心が痛くなった。私たちが普通に生活している背後に、「死も来た」と言わなければならない、しかしそこに住み続けなければならない地方の、過疎地の人々があったのだ。
聖書は言う。「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
辺境の土地に住む人々にイエス・キリストの光が射し込んだと言っている。しかし日本では、そこに住む人たちが「死も来た」と言うのか。原発の、死の光だったのか。都会の私たちが、その原発の光を享受しているのか。
心を強く打たれた思いがした。私が属する9条の会では、自然エネルギーへの転換を訴えてチラシを配布しているが、また一つ、言いえぬ強い動機を与えられた。

友よ泣かないのか  森田童子

友よ
ぼくたちは 輝く陽射しを
目ざすべきでは なかったのか
風よ 泣かないのか
時よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
君も一緒に だめになるなら
ぼくも だめになっていいと思ったのです
夜よ 泣かないのか
故郷よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
ぼくたちの限りなく 悲しみに
近い朝明けの空は
終わりに 泣かないのか
荒野よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために

友よ
ぼくたちは 輝く陽射しを
めざすべきでは なかったのか
風よ 泣かないのか
故郷よ 泣かないのか
友よ 泣かないのか
新しい 朝のために



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by rev_ushioda | 2011-11-21 22:32 | Comments(0)

「被災地訪問」

ようやく、多賀城のH姉を訪問できた。座間にいた時、洗礼を受け、その後、ご主人をなくされ、郷里の多賀城に帰られた方である。

震災後、連絡がとれずにいたところ、T牧師が宮城に行かれると聞いて、住所を渡し、ぜひ探してほしいと願いを託した。津波で被災、妹さんの家に避難していたために連絡がとれなかったのだが、たまたま家の片づけにきていた彼女に会うことができたとT牧師から聞いて、まずは安心した。以後、携帯電話を通じて連絡がとれるようになり、また、教会の仲間たちが再三訪問してくださり、中会からも義捐金を手渡すことができた。そういうことの後の訪問であった。

もう、30年も前に神奈川から送り出し、10年ほど前に一度、私の家族でお訪ねして泊めてもらったこともある彼女の家は、建物の形はあるものの人の高さ以上の波をかぶり、ここに戻ってきて住み続けるには、かなりの迷いがあると思われる状況であった。近所を見回すと、そういう家が、新築の家であっても何軒もある。今、仮住まいされているアパートから見えるご実家も、地震で壁が崩れ落ちている。
「こっちの川から、そして、まさかと思ったのは、向こうのあの林を越えて、水が来たんです」。見ると、その向こうは石油コンビナート。林の向こうにあるタンクは、次々、爆発したそうである。

私が聞いたのは、話としてである。実際、この場にいた方々は、生きた心地がしなかったであろう・・・

止まらない話であったが、帰る時間もある。「(神奈川で亡くなった)主人のお墓を、10年近く前に建てたんですよ」と言われる、お墓に案内してもらった。その途中、海岸沿いを通ってもらった。ニュースを通して見て来た、家の「土台」が、そこかしこにあった。「土台」の隣に、流されずに残った家があるが、よく見ると損傷がひどい。夏草がはえ、ただのただっ広い空き地かと思うと、「ここも、あそこも、ずっと、家があったんですよ、ずっと、ずっと・・・」 「あそこに海は見えなかったのに、今は、見えるんです」 「しばらく、この道は、私は通れませんでした」。車の中は、じっと外を見つめるしかない私たちの中で、彼女が説明する言葉だけが続く。良く見ると、草原のあちらこちらに、めちゃくちゃに壊れた車が置き去りにされたままになっている。その向こうには、「瓦礫」が1ヵ所に集められた「山」が見える。7ヶ月前まで人の住処であった所は、今、草に覆われ、家などなかったかのように、災害など何事もなかったかのように静まり返っていた。

朝6時出発、帰宅は24時半であった。日帰りにはきつい行程であった。疲れた。いや、まざまざと見せつけられた被災地の現実による精神的疲れのほうが、大きかったか。災害は、物が失われることではない。そこに生きた人間の日々の生活が、また、家族が、仕事が、希望が、そして命が、失われることだ。歴史は、「2011年、東日本大震災」と記録するだろう。しかし、そこには語っても語りつくせない、溢れる人間の言葉があった。

お墓は、津波に襲われた海岸を眼下に見下ろす高台にあった。墓石を見ると、「いこいのみぎわに伴われる」という言葉が刻み込まれていた。「みぎわ」とは、水際、水のほとりである。「主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い/魂を生き返らせてくださる」という聖書からの言葉であった。被災地の海岸線に立って、天の「みぎわ」を深く想起した。
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by rev_ushioda | 2011-10-18 10:35 | Comments(0)

この映像に、心が激しく動く。

http://www.youtube.com/watch?v=zrJje5pTZ0A&NR=1


歌は、Metisの「人間失格」・・・
題名はともかく、3.11以後、何か自分に腹立たしい。何もしなかったわけではないのに、そこで何をしているのか、と自分に向かう思いがある。もっと何かできるのではないか、という思い。
しかし、それはまた、誘惑となることも知っている。私たちが、自分にできるだけのことをした、と思えなければ、被災された方々に向う手は強迫観念にゆがめられた手になってしまうのだ。腹立たしさという思わぬ感情に支配されないで、しっかりと現実を見つめ、出来ることを地道にしていくこと、それをよしとすることが、今、大事なのだろう。

「人間失格」の歌詞は ここ

もう帰らぬ日の青春
何より自分が大切だった
苦しむ友を救う事さえ
できなかった
人間失格。

(中略)

涙を忘れていませんか?
大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?
諦める事に慣れ過ぎてませんか?

泣きたければ 泣けばいい
叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ・・・
君でいいんだよ・・・
全ていいんだよ・・・
きっといいんだよ・・・

明日は明日の風が吹く
(以下略)

聖書では「風」は聖霊。

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by rev_ushioda | 2011-09-26 11:25 | Comments(0)

アウシュビッツといえば、誰も一度は聞いたことがあるでしょう。第二次世界大戦の時、ヒトラー率いるナチスドイツが、罪もないユダヤ人を強制収容し、600万人もの人々を虐殺した場所が、アウシュビッツです。ここで生き残った人はきわめて少数ですが、その一人に、ビクトール・フランクルという人がいます。フランクルの家族は収容所で餓死、または毒ガスで殺されますが、フランクル自身は、強制労働と極度の栄養失調によく耐えてこの収容所から奇跡的に生還したのです。この人は精神医学者でした。それで後に自分の体験を書いた本を出版しました。「強制収容所における一心理学者の体験」という本で、日本では「夜と霧」という題で知られています。そこでこう言っているのです。「助かる見込みがない状況の中では、残りの人生に何か期待できるものを探してみても、絶望しか発見できないだろう。考え方を変えてみよう。私が、残りの人生に何かを期待するのではなくて、残りの人生が、私に何かを期待しているのだ。」

残りの人生が、私に何かを期待しているのだ。それによって、死に向かう苦しみの中でさえ、なお生きる意味を見出すことができる。残りの人生が、私に何かを期待しているのだ。それによって、苦しみと前向きに向き合って、苦しみを背負って生きることもできるようになる。そう言ったのです。

残りの人生が、私に期待している。言い換えましょう。神が、私の残りの人生に期待し、神が、私の残りの人生を必要としているということです。聖書の言葉。「起きよ。光を放て。あなたを照らす光は上り、主の栄光はあなたの上に輝く。」栄光は君に輝く。何か高校野球の歌みたいですが、本当にそうなのです。主なる神は、あなたの残りの人生に光を照らし、あなたの残りの人生を必要とされています。今、どんなに苦しくても、どんなに困難があっても、神はあなたを期待している。今日は、あなたの残りの人生の初めの日なのです。あなたに、神の平和がありますように。

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by rev_ushioda | 2011-09-18 06:26 | Comments(0)

「岩の上に」

「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」 イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。

この聖書個所の説教を準備していたら、こんな記事と出あった。

 →牧師所感

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by rev_ushioda | 2011-08-25 12:59 | Comments(0)

「被災地で花火大会」

東日本大震災で大きな被害を受けた被災地10個所以上で、きのう、花火が打ち上げられたと、ニュースが流れた。プロジェクト名「LIGHT UP NIPPON」。このプロジェクトは、震災後、東京では次々と花火大会の自粛が決定する中で、東京の若者たちが、その花火を被災地を元気にするために役立てられないだろうかという思いから、計画されたものだという。打診を開始したのは、被災1ヵ月後。被災地ではどこも、そんな気分ではないと断わられる中で粘り強く交渉して、実現に至らせた。
本来、花火は、「追悼」の意味があったとテレビで報道されていた。そうだったんだ・・・

被災地、多賀城でも打ち上げられたそうだ。Hさん、花火を見ましたか? 花火を見て涙が出たのは、私は、初めてでしたよ。
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by rev_ushioda | 2011-08-12 09:58 | Comments(0)

今朝の朝日新聞に 「祈りよ再び」と題しての記事があった。
「宮城県気仙沼市に流木の十字架が立っている。津波で全壊した気仙沼第一聖書バプテスト教会の跡地に牧師たちやボランティアが作った。1日、震災後初の礼拝があった。」
2年前に献堂した礼拝堂であるとのこと。記事と一緒に掲載されている写真には、「町」は、跡形もない。もちろん、その礼拝堂も、ない。ただ、教会があった場所に十字架が立てられているだけだ。瓦礫の中から拾い出した木で組んだ十字架と、手前は、ようやく見つけ出した、礼拝堂にあったという十字架。このふたつの十字架が、人々の希望の象徴として立てられた。
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そういえば、関東大震災の時に作られたというのが、聖歌397番である。

1.遠き国や海の果て 何処(いずこ)に住む民も、見よ
慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり
 (くりかえし)
     慰めもて汝がために 慰めもて我がために
     揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり

2.水は溢れ、火は燃えて 死は手、広げ待つ間にも
  慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり

3.仰ぎ見れば、など恐れん 憂いあらず、罪も消ゆ
  慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり

下にも動画をつけたが、ピアノの曲はこちら 曲を聴きながら、詞を読んでみたい。



聖歌の友社 聖歌撰の解説によると、大阪市立高等商業学校(現・市立大学)の英語講師で 大阪に在住していた作者 J.V.マーティンの言葉が紹介されている。
「 東京大震災の 9月1日(1923年)の夜、多くの罹災者が 芝白金の明治学院の運動場で 夜を迎えました。
九死に一生を得た人々に 蚊帳とロウソクが支給されました。その夜、たまたま東京にいた私は 明治学院に見舞いに来たところ、蚊帳の中で点火されたロウソクの火が 丁度、暗の中の十字架に見えたのです。私は早速ペンを執り、この詩を書き上げ、その後大阪に帰ってこの曲をつけました 」 。

3.11の東日本大震災で、家族、友人、地域の仲間を失い、家をはじめ何もかも生活基盤を流された人々の絶望は、いかばかりであろうか。震災後の原発問題は、人間が作り上げた文明がまさにバベルの塔ではなかったかと警鐘を鳴らしている。風評問題では、人がいかに簡単に不安に陥る者であるかを暴いている。政府の対応のまずさと政治の混乱は、私たちを失望させるに余りある。そういう中で、この賛美を見よ。
「揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり」 何と力強い、慰めに溢れた歌、賛美であろうか。いや、十字架と復活の主への信仰であろうか。

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by rev_ushioda | 2011-05-02 17:29 | Comments(3)

福島原発のために多くの人が献身的に働いているが、まさに放射能との戦いの中で命をかけて、「献身的」に働く方々に、心から感謝である。その中にはクリスチャンもいる。この時のために、という彼らの思いに旧約聖書のエステルを重ねながら、必ず良い結果が出るようにと祈っている。

以下の記事が目に留まったので、ぜひ、共有したい。

「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ-定年前に自ら志願

 福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
 会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
 男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
 東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
 男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。(2011/03/16-05:16)
→ 時事ドットコム ニュース

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by rev_ushioda | 2011-03-22 11:33 | Comments(0)

「ぱっと光が射す」

後藤栖根(からね)という人が書いた「めだかの学校」という本があります。

「終戦直後、茫然自失していた」と言うように、第二次世界大戦後の日本人は誰も皆、その生きる目的をなくし、疲れ果て、一日一日をただ惰性で生きているような有様でした。そんなある日の出来事でした。道端にバラックの果物屋があって、その店先で主人らしい人が木箱から柿を出して積んでいたのです。後藤さんにとって、何年ぶりかで見た、美しい柿の実でした。思わず、足が止まりました。と、その時、一つの柿の実が、ころがり落ちたのです。そこをちょうどジープが通り過ぎ、転がっていた柿の実を、ピシッとつぶしました。柿の実は、無残につぶされましたが、しかし、そのつぶれた実の中に三つ四つの柿の種がつやつやと光っていたのです。それを見て、後藤さんは言います。「私の心の中に、ぱっと光がさした」。

戦後の廃墟の中にたたずみ、虚無感に押し潰されていた後藤さんでしたが、しかし、そのつぶれた柿の実に、形を変えた、新しい「命のかたち」を見たのです。そして「ぱっと光がさした」ことを感じたのです。
聖書で言っていることは、こういうことなんだと思います。柿の実がジープでひかれるように、私たちの人生にも、幾度か、自分の意志ではなく、外から踏みつぶされるようなことがあります。そして無残につぶれ、もうだめだと思う。でも、ここが大事で、私たちには「種」があるのです。
どういう種かというと、復活のキリストです。キリストは、死によって無残にもつぶれたのですが、しかし死を越えて、ちゃんとつややかに光っている。私たちの問題は依然としてあり続けたとしても、キリストの命が、そこにつややかに光っているのです。私たちは、この方によって、つぶれたままではない。神の可能生の中に芽生える。引っ張り出されるのです。あなたも!

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by rev_ushioda | 2011-03-21 09:33 | Comments(0)

「ガソリン」

何と、2時間半、ガソリンを入れるのにさっきからずっと並んでいる。ちょうど「計画停電」が重なってしまったのであきらめて帰ろうかと思ったが、ここでチャンスを逃したら、今度はいつになるか分からないので、並び続けることにした。
それにしても、何台待っているのだろうか。30台、いや40台か。海外では、ガソリンに限らず、日本のこうした整然と待つ姿が、驚きをもって報道されているとか。文句も言わずに並び続けている車列を見ると、そうだろうなと思う。

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by rev_ushioda | 2011-03-17 15:31 | Comments(0)