「一般健診」

一般健診に今回は、初めての病院に行ってみて、驚いた。
番号札など、なかった。最初から最後まで看護師がついてくれて「潮田さん」と名前を呼んで案内してくれた。看護師、検査技師、医師ともに、誰もみな納得が行く、非常に丁寧な説明をしてくれた。看護師は、常に明るく積極的に話しかけてくれる。最後に案内された部屋はロビーのような解放感のある部屋で、医師の説明を待つ間、お茶まで入れてもらった。熱いおしぼり付で。最後は、そこに事務の人が来てくれて、私はそこに座ったまま支払いを済ませたのである。
何かの間違いでは?と、思うほど、病院の対応に感動した。ついでのことながら、施設は清潔できれいだった。病院に一般健診に行って感動するとは、思いもよらなかった。改めて、人を感動させるのは、人を大事にする姿勢だと思った。
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by rev_ushioda | 2007-06-13 15:39 | Comments(2)

「Sさん召天」

Sさんの信仰は天国でした。
洗礼式の時の証しで次のように言っています。「病院に入院すると、神さまを知らない人たちの健康への不安、生活への不安、死の恐怖、様々な不安を知り、自分自身の心の平安、天国への希望、みんなに祈られているという安心を思い、自分自身でも気づかなかった神様の存在を知ることができ洗礼を決意しました。」(写真は洗礼式後の祝会にて)

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by rev_ushioda | 2007-06-09 23:37 | Comments(0)

「風邪」

1週間、風邪のためにエネルギーを奪われた。
たかが風邪、されど風邪。1年に少なくとも2回は、風邪をひき、その都度、2日くらい寝込み、回復には1~2週間はかかる。風邪をひいて、その体力の奪われかたをみると、簡単に風邪と言うが、これは結構、重病だと思う。
毎年のパターンからすると、次は、確実に11月にやってくる。数日寝込んだ後、体力的にも気力的にも冴えない気分を1か月は引きづる「大病」になる。クリスマスや年末を控えた休めない時期だけに、そのことを思うと、さすがに気がめいる。今のところ、対策は腹巻きで防衛し、東海道を歩いて基礎体力作り・・・
そんなことを言っていたら、今度は、妻が風邪でダウンしてしまった。
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by rev_ushioda | 2007-06-05 14:59 | Comments(4)

「目指す地に」

礼拝の説教は、個人的なことは触れない。
しかし、困難と、健康が脅かされる仲間がいるとき、それを知らないような説教はできない。

以下、2007年4月22日の説教である。
(ヨハネによる福音書6:16-21 による一つの黙想)

同じ内容を伝えるにしても、ここでは、だいぶ簡潔に伝えている。
すると、伝えたいことが強調されている、ということです。
ここで、聖書は何を伝えたいのかと言うと、
湖の上を渡る主イエスを迎えるならば、目ざす地に着くということです。

湖が荒れ始めたのです。
この「荒れる」という言葉は、起き上がって来た、という意味です。
波が起き上がって、行く手を阻むのです。

私は、西丹沢を歩いたことがある。
雨の中、ひと山越えたところに妻を待たせ、一人で歩き始めた。
1時間くらい歩いたところにあった看板に「熊に注意」。
どのようにしたらいいのか途方に暮れた。
熊と鉢合わせし、大怪我をした、死んだ、というニュースが頭をよぎる。
生きた心地がしないとは、こういうことか。
妻はこの先にいるから、戻るわけにもいかない。
音を出せばいいことは知っているのに、
音を出せば熊に気づかれると思い、反対に、そっと歩くのです。
こうして、おそるおそる歩いて行くと、行く手で「ガサッ」。
「出たっ」・・・様子をうかがうこと数分、それは雨垂れの音だった。
雨だれの音さえ恐ろしい。

湖が荒れる。波が起き上がって行く手を阻まれるとは、そういうものです。

その時に「私だ」と呼びかける声があった、そこに、神がおられるという意味です。
その主イエスを迎えようとしたら、風はまだ止まないにもかかわらず、目的地に着いたのです。
風があっても、その風は、一瞬にして無力になったのです。

主イエスを我が神として迎える者になろう。
あなたは、確かに目指す地に着くのです。
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by rev_ushioda | 2007-04-23 09:25 | Comments(0)

1ヶ月ぶりに、東海道2日目を歩くことができた。前回同様、2時間。今回は前回の続きで、国道15号(第一京浜国道)を新橋から品川まで。妻と私の健康状態、気力を掛け合わせて歩くので、距離、時間とも、まあ、こんなものか。

写真は、上から
1.勝、西郷会見の地の碑
(薩摩藩田町邸跡、現田町駅近く)
この会談により、江戸城無血開城が決定したという場所だ。

2.高輪の大木戸跡
(田町-品川間)
歩道の真ん中に、堂々出現する石垣は、江戸の南の玄関口だったそうだ。

3.泉岳寺、四十七士の墓地
大石内蔵之助の墓地(屋根がある場所)に一番近い墓石には「潮田又之丞高教」とあった。
私の姓との関係は、知らない。

残念だったのは、1623年のキリスト者大殉教の場所を発見できなかったこと。時は、徳川家光が将軍に任じられる祝いムードの中、江戸に集まった全国の大名への見せしめとして、神父、信徒50数人もの人々が処刑された場所である。その前年には長崎で55人が処刑されている。故事を記した小さなプレートがあるはずであったが、新しいビルが建ち、工事中の場所もあり、それで撤去されたのか。

カトリック高輪教会ホームページ参照。
http://www.catakanawa.com/body/body02.html

ひっきりなしに車が行き交う第一京浜国道の喧騒の中に、タイムスリップした「江戸」があった。

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by rev_ushioda | 2007-04-11 14:16 | Comments(0)

「あとが続かない」

東海道 ぶらぶら旅、、、しかし、あとがなかなか続かない。
肝心の、日程が取れない。ようやく行ける、と思った今週は、朝から調子が悪く、断念した。
こんなことでは、一生かかっても歩き通せない。
これはゆとりと健康のバロメーターだと思った。
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by rev_ushioda | 2007-04-05 00:59 | Comments(0)

この1ヶ月、首筋が凝る、最近になって頭が痛い・・・
というわけで、病院に行ったら、
首筋の筋肉が張る「緊張型頭痛」ということだった。

そこで、

以前から始めようと思っていながら延び延びになっていた
「東海道を歩く」計画の実行のときが来たと思った。

早速、妻を説得して、一緒に日本橋へ。
ところが、ここが田舎者。東京は見るものが皆、めずらしい。
銀座の歩行者天国のパフォーマンス・・・
途中に教文館もある・・・寄らないわけがない。
ずいぶん時間がかかって、そこにあった道標を見ると

日本橋から2キロ。

これでは、いつになったら京都まで行けるのか。
生きているうちに完成できたらいい、思っている。

写真は、
1.今は高速道路に覆われた日本橋
2.道路元標

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by rev_ushioda | 2007-03-21 17:41 | Comments(0)

「風邪ばかりだと」

毎年、11月頃から、おなかの具合が悪くなる。
風邪であることはもう素人でもわかる。
力が入らないままクリスマス、そして、年を越す。
これが恒例となった。
健康にひとたび不安を抱え込むと、あとは雪だるまになる。
この時期には、外部からの大事な依頼は引き受けられない、という思いになる。
無理したら風邪をこじらすのではないか、と消極的になる。
そして、7日に一度、必ず「説教」を産み出す。
その備えに、支障をきたしてはならない。
弱さを抱える人の不安な気持ちが、本当に、本当にわかる気がする。

1月が過ぎたこのごろ、ようやく、そのような不安から抜け出せそうだ。
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by rev_ushioda | 2007-02-09 12:55 | Comments(0)

「病気や性格や課題」

人は

病気を認めたがらない。
病気という言葉を避ける。
肉体の病気であればだれにでもわかるから
よほどのことがない限り、認めざるをえないだろう。
しかし、精神的なもの
性格的なものになると、
本人も、家族も認めたくない。
病気は、
それを認めないうちに、症状が悪化する。
病気を病気とすること。
課題を課題とすること。
大事なことである。
だからこそ、治療もあるし、向き合い方もある。
そして、もっと大事なのは、
必ずしも治療して、良くなる事ではない。
良くなればそれでよし。
しかし、良くなるとは、何か。
大事なのは、
病気、症状、性格でもいい、
それらの課題、それと向き合うことである。
それを避けているとき、
向き合うということができない。
病気があって、
症状があって、
性格があって、
課題もあって、

そこに、

一人の人が、いる。
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by rev_ushioda | 2007-01-14 05:47 | Comments(0)

「腰痛だって」

夕べ、急に、腰が痛くなって、立てなくなった。
何だ? 何が起こったの?とにかく何とかベッドに。
明日、病院に行かなければ・・
どうしたのだろう?悪い病気かも知れない。不安が広がる。
公開勉強会キャンセルの電話を入れる。

今日になって病院に行ってみると、先生は、少し触診して、血液検査もせずに、「腰痛ですね。筋肉を柔らかくする薬を出しておきましょう」
「内臓の病気ではないですか?」
「いえ、大丈夫です。長引くようでしたら、整形に行ってください」
なお痛みはあるものの、内臓ではないと聞いて、ほっとした。
腰痛ならばと、休みついでにそのまま大船の「十字式」に。
「そんなところ」と言って「ばかにして」いたところに、ついに、行くはめになった。
それにしても、腰が痛いから病院に行ったのに「腰痛です」と。
腰痛は、わかっているのだ・・

最近、体の変調が多いこともあるが、そういう体の変調に敏感になっている自分がいることも確か。55才を迎えようとする節目。人は、簡単に不安になるものだ。
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by rev_ushioda | 2005-10-18 23:32 | Comments(0)