「投稿停滞」

記事を投稿した最近の日付を見て、すっかり投稿の回数が減った、ということは、創造性を失っていることに改めて気づいた。いうまでもなく、神経痛のためである。もう3か月になる。あちらの病院、こちらの病院と、すっかり病院通いが日課ともいえないが、週に一度は病院である。痛み止めの薬を飲んで、しばらく調子がいいかとみえた昨日、今までのような走る痛みとは違った、ズーンというような痛みで、足を動かせなくなった。

楽しみにしている「街道」には、しばらく立てそうもない。健康に自信をもてず、記事も停滞気味である。

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by rev_ushioda | 2012-06-22 06:07 | Comments(0)

結局、私の神経痛は収まっていないわけで、
3月27日 内科受診。痛み止めの薬「カンファタニン」と湿布薬を処方
4月27日 ペインクリニック受診。「リリカ」2週間分処方
5月16日 整形外科受診。レントゲン、異常なし。1週間後にMRI検査予約。「リリカ」1週間分処方
という経緯である。薬を飲んでいるときは、痛みが来ないので安心していられるが、薬が切れると、急に不安になる。痛みが来ないようにと、恐る恐るの行動しかできない。予期不安だ。痛みは、気持ちを支配するようである。外部からの依頼を受けていた青山学院大学と和泉短大での二つのチャペル説教をお断りした。
さて、神経痛と共に例によって風邪もひく、歯の治療も再開、胃も張っている感じが抜けず、このところ頻繁に病院通いである。健康がちょっと遠のく感じがする。

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by rev_ushioda | 2012-05-18 06:54 | Comments(5)

「不調の中で」

不調のときは、思考が停止、もしくは鈍くなる。今回、脚の神経痛で気持ちが塞ぎこみ、風邪も重なったことで薬による眠気、こういう状態で思考がかなり鈍くなった。まだ尾を引いている感じで、何ともはがゆい感じがしている。一応、痛みは抑えられているが、原因はどこでも診てもらっていないわけだから、潜在的な不安をかかえたままだ。

積極的に動こうとか、考えようとか、そういう気持ちが沈んでいるというか、考えが出てこないというか、そういう時に私がすることは、ネットで検索した中山道をインターネットで開くことである。これから行こうとする道筋を辿る。まだ見ぬ道を思い描く。ただそれだけなのだが、不思議に気持ちが引き上げられる気がする。
道というのは、不思議だと思う。自分が歩いたことがない道が、ぐんぐん迫ってくる。ああ、そうだ。天に行く道、信仰の道、主イエスの道が、そのように聖書を読む時、ぐんぐん迫ってくるような読み方をしたいものだ。どうしたら、そうなるのだろうか。聖書は読んでいるといくらでも深みに進んで、楽しい。しかし、うかうかすると文字を相手にしてしまう。文学の楽しさになってしまう危険がある。ふと、そうだ、だから神学だ、という気持ちがよぎっていく。聖書を読んでそこで満足して終わらず、「道」が見えてくるようになるのは、その「道」が楽しくて仕方なくなるには、そこに必要なのは、やはり神学なのだ。そうだ、そうだとこの3週間ほどの不調の中で、何とはなしに、ぼやっと思っていることである。

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by rev_ushioda | 2012-05-07 18:56 | Comments(0)

困って周りに相談したら、いろいろ情報を寄せていただいた中に、標題のような科目がある病院が近くにあることがわかった。
その病院のホームページには、以下のように説明されていた。「頭の中は痛みのことでいっぱいになり、心もふさぎ込み…」。 なるほど、この1週間、そのとおりに推移していると思った。本当にふさぎ込む前に ^^; さっそく受診してみよう。

以下、病院の説明文。
ペインクリニックという言葉を聞きなれない方もおられると思います。
整形外科疾患による痛みから、神経痛、頭痛など、痛みを伴う病気全般を専門に治療する科です。
また、痛みだけではなくしびれ・自律神経の異常や麻痺を伴う病気も対象になります。
痛みのメカニズムは複雑で、慢性になればなるほど、治療も難しくなります。
痛みが続くと、血管が収縮して循環が悪くなり、さらに痛みが増強するという悪循環に陥ります。
頭の中は痛みのことでいっぱいになり、心もふさぎ込み、より痛みに過敏になります。睡眠や食欲に影響およぼすことにもなります。
また痛いところを動かさなくなることによって筋肉の萎縮がおこり、日常生活にも支障をきたすことになってしまいます。
当院では、麻酔科医として多くの急性痛、慢性痛の治療に携わってきた経験を生かして、まずはお話を伺い、患者様の症状やご希望に応じて、神経ブロック、内服薬、リハビリテーション療法を組み合わせ、痛みを緩和して、本来備わっている自己回復力を引き出し、痛みのない快適な生活を過ごせるようサポートいたします。
さらに、高度な神経ブロック療法や入院が必要な場合は、横浜市大付属病院、NTT関東病院(ペインクリニック科)にご紹介しています。


27日(金)後日談

さっそく、ここの病院に行って来た。同じ痛み止めでも、神経専用のものがあるとのこと。これを服用して経過を見ましょう、ダメなら神経ブロックにしましょう、とのこと。痛みに対して閉口、気が滅入っていたから、これに対応してもらえるって、うれしく、ありがたかったなあ… 

28日(土)そのまた後日談
 
温泉は神経痛に良いと聞いていたので、連休を利用して温泉に行こうと計画していた。が、もともとのどの痛みなど不調ではあったが、今日になっていよいよ熱が出てきた… 箱根の連泊も、ついにキャンセル。中山道初ウオークも、温泉も、皆、キャンセル。明日の礼拝も、危ないことになってきた。サイアクの状況だ。

5月1日(火)
主日は、朝の礼拝、夕礼拝と、何とか切り抜けた。朝、38度越えていた熱も下がった。痛みも来なかったと思ってほっとした。が、昼食後、最後の数人がお茶を飲んでいるところで、座った瞬間、パシッ。「ウッ」 結局、心配をかけてしまった。まだ、薬の効果はなかったらしい。その痛みを止める「リリカ」という薬は、眠気を誘発するらしく、その後、今週は休暇を取っているからいいものの、月曜日、火曜日と、ひたすら眠り続けている。その後、薬の効果は… 眠っているから、さしあたって効いているのかどうか、わからない。

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by rev_ushioda | 2012-04-26 16:23 | Comments(3)

「またまた脚に痛み」

1ヶ月前に脚の神経が痛み、病院でもらってきた痛み止めの薬を飲んだり湿布をしたりしたが、秀子さんが旅行から帰ってきたらピタッとおさまってしまった。それみたことかと言われたが、1ヶ月ぶりに、また、痛み出した。時々、脚に痛みが「走る」。
秀子さんが原因ではないことが証明された! なんて、喜んで?いられない。飲みかけの薬を持ち出し、湿布薬を貼り、十字式に連れて行けと何だかんだと大騒ぎしている理由は、来週、楽しみにしていた中山道にいよいよ出発する予定があるからである。1月は、風邪で中止した。今度こそはと思っていたら、この痛みである… それに加えて、またまた、のどが痛い。熱っぽい感じで、今日は不調な一日を過ごした  ┐(´~`)┌
明日、どうするか判断する。


一日過ぎ、以下、加筆。

脚に痛みが走る。観念して、1月に続いて再び、中山道、近江八幡に連泊で予約したホテルをキャンセルした。

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by rev_ushioda | 2012-04-24 21:19 | Comments(0)

「また不調が続く」

前回、秀子さんがアメリカに行っている間、眼の出血と頭痛で内科、眼下、脳神経科をハシゴし、最後にはMRI検査まで受けた。結果は、異常なし。
今回は、(何で秀子さんがアメリカに行くたびにこういうことになるのか)どうしようもなく脚(太腿内側の神経?)が痛み、脚を引きづりながら病院に行ったが、原因不明で、とりあえず痛み止めを処方された。

だれに話しても「秀子さんが、いないからねえ」。

そういうこと? 皆、簡単に精神論で片付けようとする ^^; 1ヵ月後にはついに中山道への最初の3日間を予定し、楽しみにしているというのに、このままではキャンセルになりかねない。今夜も湿布をし、痛み止めを飲む  ┐(´~`)┌

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by rev_ushioda | 2012-03-29 20:02 | Comments(9)

ショック!

南林間に出かけ、夕礼拝までに戻るはずだった。
出先で、「夕礼拝があるから6時50分にはここを出なければいけない」と話した。礼拝は、7時からである。南林間を6時50分に出て、どうして7時の泉教会の礼拝に間に合うはずがあろう! 完全にどうかしていた。1時間間違えていたのだ。
今日は早く終わったと思って余裕で帰ったはずが、途中駅で時計を見たら、すでに7時20分!

えっ? /何? /何が起こったのだ?

そこで、やっと、1時間間違えていたことに気づいたのである。結局、夕礼拝に来られた3人をずっと待たせてしまい、40分遅れで礼拝を始め、30分だけの短縮礼拝となった。

17時(5時)開始という集まりを7時開始と思い込み、まだ時間があると思ってのんびりしていたところ、電話を受けて初めて勘違いに気づいたこともある。
どうやら、老化現象のようである。大ショックである。あと10年は現役でと言っているが、大丈夫なのだろうか。3.11の大激震が、私を襲った。

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by rev_ushioda | 2012-03-11 23:34 | Comments(0)

「神学校卒業式 祝辞」

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卒業生の皆さん、今日は、幸いな良い日を迎えられました。心からお祝い申し上げます。おめでとうございます。

また、神学校の先生方には、いつも、私どもの神学生を受入れ、ご指導いただいておりますことを、カンバーランド長老教会日本中会を代表して、心から感謝を申し上げます。
日本中会は、国内には自分たちの神学校を持たないため、永年にわたり、こちらの学校に教育をお委ねしてまいりました。卒業後、一人ひとりは、良く教会に仕えて、よい働きをしていることを、この場をお借りしてご報告できることをうれしく思うと共に、先生方のご指導のおかげと思って、改めて、心からの感謝を申し上げる次第です。

さて、卒業生の皆様方には、月並みではありますが、「お体を大切に」ということを申し上げたいと思います。
皆さんは、神学校では先生方を相手に、先生方の「胸を借りて」、ずいぶん頑張ったわけですが、卒業すると、しかし、やはりそこでも頑張らなければなりません。生涯、教会にお仕えするなかで、これからはもう、神学校の先生相手ではありません。向き合うのは、信徒の皆さんであり、いまだ聖書を読んだことのない人であり、様々な問題を抱えている人です。今も、そう言うのでしょうか、ウルトラ・シーを、しょっちゅう使わなければなりません。当然、頑張り方ということを、考えなければならない、と思うのです。
私のことで恐縮ですが、私は教会に遣わされた当初の20年の間に、4度、今思えば、心理的な不調を経験しました。
① 最初は、めまいでした。神学校を卒業して最初の年の秋、寝ても起きても部屋中、ぐるぐる回って、数日間寝込みました。
② 何年かたって、最初に中会の議長に選ばれたとき、十二指腸潰瘍になりました。ある長老から「委ねなければダメだ」と言われ、「委ねてますよ」と、少し、むっとして言いながら、そうか、委ねてなかったのかと、内心、幾分かは反省して、委ねようとしたら、委ねるってどういうことだったかよく分かってなかったことに気づき、余計、ストレスになった。
③ ある時、一人の女性が、顔を腫らしてきました。息子の暴力だ、と。その方を1週間くらい教会にお泊めした時は、家族には「ここにはいません」と言わなければならないわけで、水が飲めなくなった。牧師はうそをつけないと思いました。
④ また、別のある時は、電話に出ることができなくなって、さすがにヤバイと思って、カウンセリングに行きました。この時が一番、お金がかかりました。

色々ありますが、振り返ってみれば全部、心理的な不調でした。そして、全部に共通して言えるのは、頑張っていた、ということです。そして後から分かるのですが、「妙に」頑張っていた時です。「委ねてますよ」とその時は言い返した、と言いましたが、実は、くやしいけれど、当たっていたのです。
主に委ねるというのは、「そうしよう」と思って、出来るものではないことは、後で知りました。自分が頑張っていては、委ねられないのです。委ねるというのは、その前に、頑張っている自分に、まず気づかなければならなかったのです。そして、そこを解放しないと、委ねることができないという、当たり前の順序があることは、頭で分かっていても、体では分かっていなかった・・・ようです。どうして体でわからないかというと、牧師は、十分頑張っているのに、まだ頑張り足らないと、どこかで思ってしまうから、です。

ある時、タコを揚げようと、子どもが広場で走り回っている。「タコを揚げるのは、そうじゃないんだ、こうだよと、と糸を長くして、風が来たら、糸を引く、そしてタコを握っている手を離すんだ」と、教えたことがあります。
その時に、そうだ、と気づきました、自分だって走り回っていたじゃないか、と。何かいい方法はないかと、風を感じるというより、こうでなければ、ではどうしたらいいかと。人がこう言えば、そうか。ああ言えば、また、そうか、と。状況を改善するためにどうしたらいいかと、気持ちが、走り回っていた。そういう時は、タコを「握り締めていた」ようなものです。握り締めていたら、揚がるものも揚がらない。私は、委ねるということを言葉で知っていましたが、体で知っていなかったことに、気づきました。握り締めていたものを解放することが大事だったのです。
その作業には、少しカウンセリングの力を借りなければなりませんでしたが、それ以来、気持ちが軽くなって、「今日は、どんな風かなあ・・・」なんて思えるようになりました。
皆さんには、いい風を受けて、すっと手を放す、そして風の中で、みこころのままに主の御用に用いられる、そのような牧会に立っていただきたいと思います。
祝辞にはなっていないと思いますが、今日は、主のために用いられる人生の旅立ちです。教会にお仕えする、出発の日です。この道は、先の長い道になります。どうぞ、不必要な頑張りから解放されて、主に委ねて、・・・お体を大切になさっていただきたいと思います。

関連ブログ記事 ⇒ K先生のブログ (上の写真は、ここから拝借いたしました。撮っていただいて、ありがとうございます!)

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by rev_ushioda | 2012-02-27 11:45 | Comments(0)

今週、やっとのことで少し余裕が出来た。今だ・・・と、土曜日になって、目をつけておいたホテルに「じゃらん」から予約。
今回は、箱根は雪が心配なので、温泉ではないけれど、江ノ島にした。と言っても、江ノ島の中は、高くて無理。江ノ島が対岸に見える、国道沿いのプチホテル。例によって、夕礼拝が終わってから行ったので、到着は、夜9時過ぎ。窓の外が江ノ島の海岸で、向かいに江ノ島。灯台がライトアップされている。一度、泊まってみたかった場所だ。忙しかった日曜日の疲れがいやされていく。
翌日は、二人で江ノ島水族館へ。子どもがいない、二人だけの水族館って、妙な感じだね。もう、自分の世界だ。水槽に見入って動かず・・・ こうして、昼過ぎに帰宅。プチプチ休暇であった。

写真は、窓から見る江ノ島。窓の下は国道だが、視界に入らない。二重サッシで、音も気にならない。海は、いいね。
今、コメントへの返信を書きながら思ったのだが、同じ景色でも道路をせわしく歩きながら見るのと、部屋に入って落ち着いて窓越しに見るのとでは、同じ景色でもずいぶん違うのだ。フレームの中で、まるで、高級絵画のようにも見えてくる。問題が多い日常の「景色」も、そのように客観的に見る見方が、きっとあるのだろう。歩き回って見るのではない、別の方法が。そうしたら、景色はずいぶん違うことだろう。このように数ヶ月に一度のささやかなプチ休暇も、街道を歩く旅も、まさにそういう意味での違う景色を見るためのものである。
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by rev_ushioda | 2012-01-30 22:00 | Comments(2)

「不安病」

不安病について、NHKの「あさイチ」で取り上げていた。
朝の忙しい時間であったが、思わず見てしまった。最後は孫のじゃまが入ったが、バンジージャンプに挑戦したときの普通の人と、寺の住職との心拍数の比較が、なるほどと思うところであった。直前の5分間、騒ぐ心を何とか落ち着かせようとしたのが「普通の人」。川の音を聞いていたのが、住職。そこで、話は「客観視」というテーマに移って行った。
状況を客観的に見ることが大事なことだと、認知行動療法に触れられていた。自分自身と川の音(周りの状況)をそのままに受け止める作業が大事なんだと、私自身が今までしてきたこと、時には自分自身が心理的な異常を感じて心理クリニックにも行ったこと(・・・十年前、ごく初期で気づいたので良かったがカウンセリングを受けるのに・・・十万円もかけた)、こうしてここまで何とか無事に来たことを、はからずも振り返る番組であった。

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by rev_ushioda | 2012-01-25 09:39 | Comments(0)