「枝おろし」

気分転換には効果てきめんだった。枝おろし作業のことである。
我が家には2階の屋根に届く大きな木、樫、タイサンボク、ヒマラヤスギ、ヒバなどが8、9本ある。この枝下ろしが毎年、問題である。植木屋さんに頼むと、年間13~4万円もかかる。今まではそうするしかなかった。
少し前に工具を購入したことを書いたが、この調子がすこぶる良い。電気ノコギリで枝おろしする。非常に具合がいい。木の上で、片手を伸ばした先の細い枝、太い枝、とにかく片手で切り落とせる。そして、落とした枝はシュレッダーで粉砕していく。結構太めの枝でも、この機械は、葉が付いたままの枝をばきばきとチップにしていく、この気分の良さ。そうだ、気分転換だ。最近、月曜日の午前中は、木に上り、枝をおろしては粉砕して、スカッとしている。最初体全体が痛かったのが、2週目からは痛くなくなった。体を動かすので、運動不足にも効果がありそうだ。
持つべきは、工具だった。ノコギリでギ~コギ~コとやっていたら日が暮れる。枝の処理をもたもたやっていたら、夜になる。翌朝はごみ置き場は枝の山。紙を貼られて置いて行かれ、あたふたするのが関の山。しかし、今は一瞬の処理でチップになり、庭にばらまかれている。

before / after
手前は枝おろし前、奥が枝おろし後の木。
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(後の写真は、後日掲載)
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by rev_ushioda | 2013-11-12 18:00 | Comments(0)

「友の葬式」

川越にある、同盟キリスト教団 霞が関キリスト教会で行われた、池田勇人牧師(同教会牧師)の葬儀に参列した。
池田牧師は神学校の同級の友である。35年ほど前に神学校を卒業した同級生は、7人。塾のような3年間の学びであり、そのうち牧師は5人。5人のうちの一人の友を、今日、主のもとに送り、今、深い喪失感がある。何と言っても私の牧師への歩みの原点に、東京東久留米の神学校での3年間があり、そこでの仲間がいる。この25年以上は、毎年、クラス会をするようになっているから、その一人が失われたことは、喪失感、寂しさそのものである。

式の開始時間まで礼拝堂正面にスライドが映し出されていて、そこに、クラス会のときに撮った写真もあった。

・・・・・・

さびしいよ、池田先生!

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by rev_ushioda | 2013-03-29 00:22 | Comments(4)

私は今年になって5か月間、神経痛に悩まされました。ある日、鼠蹊(そけい)部に電気が走るような痛みを感じました。机の前に座っていてもパシッと来ます。歩いていてもパシッときます。そういうときはどこにいても、うずくまってしまうのです。
一日に数回の頻度ですが、一度そういうことがあると、不思議なもので今度はいつ来るかと痛みのないときも不安になり、そうなると、いつも身構えているような状態になります。これを、「予期不安」と言うのだそうです。たった一日に数度の痛みなのに、その痛みにいつも支配される状態となりました。ペイン・クリニックに行き、「リリカ」という痛み止め薬を処方されました。整形外科に行き、レントゲン、MRIを撮りましたが、異常なし。やはり「リリカ」を処方されました。病院をあきらめ整体のようなところにも通いましたが、まったく効果なし。
ついに、後回しにしてきた「鍼灸」治療に行きました。今も定期的に通っているのですが、何とそれから3か月、初めて行った日以来、痛みは1回も来ていません。普通に歩けるという、当たり前のことですが、その喜びを今、味わっています。
ところで、痛みは私の場合、2種類ありました。電気が走るような一瞬の痛みと、鈍痛のような、説明がうまくつきませんが足が上がらない痛みと。説明が難しかったですが、聞く人も「その後、“腰”はどうですか」と言われる。(“内腿”の痛みと言ったのになあ…)と思いながら、そこで思ったのは、痛みは、人に通じないということでした。本人さえ、痛み方が変化するのですから、ましてや、人には分からないだろうということです。そして思いました。私も、人の痛みを分かっていなかったのだ、と! 
痛みを分かろうとするのなど、できっこないのです。「分かる、分かる、私もね…」など、言わない方がいいです。痛みは、本人にしか、わからないのですから。
では、何もできないのでしょうか。私が路上で痛みが走ってうずくまっていたら、通りがかりの女性が「どうしましたか? 救急車を呼びましょうか?」と声をかけてくださいました。「大丈夫です、持病ですから」と答え、先に行って戴きましたが、ありがたいなあ、と思いました。声をかける。それだけですが、その女性が治すわけでも何でもないのですが、その声があっただけで、路上に座り込んだ私には、確かに、ありがたさを感じました。
星野富弘さんが次の詩を書いています。「花がきれいですねえ/誰かがそういって/うしろを過ぎて行った/気がつくと目の前に/花が咲いていた/私は何を見ていたのだろう/この華やかな/春の前で/いったい何を/考えていたのだろう」 誰かの声がかかる。ハッとして我に返るのです。人が必要とする助けの一つは、確かにここにあるのではないでしょうか。痛みなどそんな簡単に分からない。分からなくていい。私たちはただ、誰かのそばにいて、声をかける者となれば(なることが出来れば!)、それでいい。

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by rev_ushioda | 2012-12-04 12:00 | Comments(2)

母が心不全で再入院。前回よりも苦しそうだった。酸素吸入で楽になったが、医師からは再び覚悟を求められた。

漆間君も入院しているので、孫たちを預かったり、食事をしたりすることも多い。二人の入院のために、これから、やり繰りが大変な日々が続くようだ。

幸いに私の「神経痛」は、鍼灸治療を始めて翌日から、もう2ヶ月以上おさまっている。治療の最初の日は杖をついて行ったが、帰りは、杖は不要だった。え、うそだろう? と半信半疑。しかし、その後も痛みはまったく出なくなった。ところが最近、娘から「お父さん、臭い」と言われて、そう言われてみると確かにこの1ヶ月くらい自分でも気になっていた。何だ、これはと思って、さっそく鍼灸院できいてみたら、「それが神経痛の原因だったのです」と。なるほど、こんな体臭を放つほどのものが体内にあったとしたら、神経痛にもなったはずである。人の体についていろいろ考えるこの頃。

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by rev_ushioda | 2012-10-05 23:21 | Comments(0)

友人の牧師を、川越に訪ねた。

日本基督神学校(東京・東久留米)で3年間一緒に学び、1975年3月に卒業したクラスメイトである。この3年間の同窓の仲間は、その後の牧師の生活を支えてきた、私にはいなくてはならない仲間である。彼は、欠席されたことのないクラス会に、今年は欠席された。今までも、教会には何度も辞任願いを出してきたようであるが、今回はさすがに出さざるを得ないだろうと思ったが、しかし、先は分からないと言われて、受取ってもらえていないと。
いつもと変わらない夫婦の掛け合いのような会話に、こちらが心をなごませてもらって、帰宅した。疲れてはいけないからと30分の予定が、2時間近くに及んでしまい、疲れさせてしまったと申し訳ないと思いつつ。
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by rev_ushioda | 2012-09-10 23:52 | Comments(3)

「健闘を祈る」

娘の連れ合いが抗がん剤治療を始めることになった。心配していたことが、現実になった。最初のときは(結婚以前)放射線治療だった。今度の辛さは、その比ではないだろう。2週間の入院、その後20日間の間をおいてまた同じように繰り返す、ということを3回・・・

主が、検査によってこのことを知らせてくださった。主が手を延べて、病と向き合わせてくださると信じていこう。健闘を祈る。

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by rev_ushioda | 2012-08-24 16:27 | Comments(1)

「母、退院」

先週金曜日、無事、母は退院した。
3週間の入院だった。緊急外来で診断を受けたとき、そういえば、医師からは最悪のことを言われたが、よく考えれば、こうして感謝して退院の日を迎えるわけだ。逆だったら、大丈夫と言ったのに…とうらまれることになる。最悪から立ち上がって、良い日を迎え、感謝されるにこしたことはない。
それにしても94歳を考えれば、心臓が若返るわけでもない。後の日々を上手に生きていくように、送り出されたときでもあった。子どもたちはもとより、孫が来る、ひ孫たちを連れてくる。一緒に写真を撮っている。考えてみれば、賑やかな日々であった。母は、新たな人生のひとふしをこうして作った。私は、自分の歳を改めて思った。この3週間、病院通いで疲れはしたが、まずは、いい日々であった。

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by rev_ushioda | 2012-08-06 17:07 | Comments(2)

「母入院」

土曜日(7月14日)の朝、母が苦しそうに、病院に連れて行ってほしいと。

朝3時頃から胸が苦しかったと言うので、すぐ、かかりつけの病院に電話。案の定、大きな病院に行って欲しいということで、もう一つの病院に電話。車で連れて行った結果、即、集中治療室に入院となった。「心不全」の発作であった。医師は、最悪のパターンをいくつか話した。そう言わなければいけないのだろうと思いながら、事態は楽観的でないことは察しがついた。

翌、日曜日。礼拝が終わったあと、病院から電話があった。ひやっとしたが、状態が安定しているので、一般病室に移します、とのこと。

今日、火曜日(17日)医師による病状説明があった。兄弟3人で説明を聞く。心臓の血管の複数個所に血管壁の詰まりがあると見られる。レントゲン写真は、発作のときと平常時のものであったが、写真を比較してみると明らかに違うことが分かった。検査をして、詰まっている個所を特定し、手術が出来ないわけではない。しかし、年齢からして、負担が大きいでしょう。本人からも、手術を望んでいないと聞いていますとのこと。それは、私も母から聞いていた。いずれにしても、一般病室に移ったのは、ICUは後がつかえているから、差しあたって安定したら一般病室に移るという、いわゆる押し出し。決して良くなったわけではない。医師からは、いつ次の発作が起ってもおかしくないと言われている。

この後どうなりますかと問うと、改善はないこと、むしろ、いつ最悪の発作が起るか分からないので、その覚悟を持っておいたほうがよいこと、1週間も入院していると、年齢からして立てなくなること、そういう意味で、1ヵ月後に移る施設を探し始めたほうがよいことなど、説明をしていただいた。その後、兄弟で、葬儀の話もせざるを得なくなった。思いがけない展開である。

その日まで普通の生活をしていた母である。発作で入院したら、もう家に帰れないでしょうという説明に、いつかこういう日は来ると思ってはいたが、そして病状はとてもよく理解できても、しかし、気持ちがついて行かない。複雑な思いである。家に戻れば、部屋は、そのままである。昨日まで庭の草取りもしていた。もう、ここに戻れないのか。そんな…という気持ちが巡る。 
手術はしないでと言いながら、本人は1週間も入院したら家に帰れるつもりでいる。母には何と言ったらよいのか…
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(妹たちと一緒に病室で撮った写真。携帯のカメラで撮ったら、写真加工したわけでもないのに画質がひどく悪い。夢の中みたいに…)


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by rev_ushioda | 2012-07-17 22:19 | Comments(2)

「湯治物語」

夕礼拝が終わってから、8時30分に教会を出て、向う先は箱根の強羅。再び、半日の休養をとった。神経痛のために、どうしても温泉に入りたかったが、ついに時間がとれないまま、今日になってしまっていた。実は、地域のスーパー銭湯に行って、毎日のようにあの黒い温泉につかっていたが、独特な、あのにおいが鼻について、ついに行かなくなっていたのだ。やはり温泉は箱根だと、チャンスをねらっていた。

しかし、その痛みであるが、先週の水曜日辺りから、不思議にひいている。6日経つが、今のところ、何も痛みがない。普通に歩けるっていうのは、こんなにすばらしいことだったのだ、と30分ほど歩いてみる。飛び跳ねてみる。大丈夫だ。
いや、痛みは走る痛みから脚をひきずる痛みに変化もしたのだから、そう簡単には騙されないぞ、と思ってきたが、6日にもなると、本物かなと。痛みが急にひいた理由は、不明。「十字式」(大船)に通ったからか、漢方薬の「痛散湯」か。特定できるものはない。とにかく、リリカとは今は別れている…

治った原因が分からないので、念のため温泉で仕上げようと思った次第。夜10時に着。B&Bで、二人で1万円。安いところを見つければ見つかるものだ。しかも、たまたま部屋は40平米近くはあるだろうか、広い。2面が全面ガラスで、周囲を囲む林の緑が部屋に飛び込むようなすばらしい角部屋。温泉は白濁湯。かなり満足して翌、今日の午後1時には帰宅。ひさしぶりの半日休養となった。

十字式、痛散湯は、両方とももうしばらく続けていこうと思っている。

1週間後:
 やはり痛みが抜けていないようだ… 前ほどではないが、うずいている。久々に牧師会を欠席、大船に。火曜日の先生が私には効くようなので。

後日談:
7月後半に鍼灸治療に切り替えたとたん、治った!かどうか分からないが、少なくとも9月17日現在、1ヵ月半以上は痛みが止まっている。十字式ではなく鍼灸が、私の神経痛には効いたようである。

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by rev_ushioda | 2012-07-09 22:22 | Comments(3)

「キリ神同窓会」

「日本基督神学校」(キリ神)の同窓会が、今回は、あきる野市で行われた。車で八王子、拝島を通って、秋川渓谷に向う。片道2時間。
神学校を1978年3月に卒業して、その後しばらくしてから開始された同窓会は、以後、毎年休まず行われてきた。同窓7人に、その連れ合いも参加して、だいたい10人になる。会場は、持ち回りである。
最近は、健康の話が大半をしめるようになった。特に、昨年は I 先生が大きな手術をされ、その後、幸いに落ち着いていたときでもあり、たまたま、会場も I 先生の教会であったということで同窓会には参加されたが、今年は、欠席された。次の手術のための検査の結果を聞く日と重なったという理由ではあったが、健康の理由で欠席者が出たのは、記憶する限り、たぶん、初めてのことであった。同窓の友たちは、それぞれ、健康に不安を抱えるようになった。一回一回こうして集まることを大事にしようと、昨年はその思いを新たにし、再会を感謝したが、今年はその友を欠いて非常に寂しい思いをした。
そういう中で、お昼の時間、今年の会場担当となった H 姉が、秋川渓谷にある食事処に案内してくださった。今は会社の社長である彼女は、私たちのために特別なもてなしをしてくださったのだ。その場所といい、食事といい、とてもここに書けるようなものではない。普段の生活からはかけ離れた環境と、もてなしに、ただただ感謝。日ごろの心労もいやされ、ゆっくりと時間が流れ、気づけば4時。渓谷に下りて、散策し、景色をもっと楽しみたかったが、遅くなるので、そこで散会。
同窓会は、当然のことだが、いずれ誰が欠けるかという話にもなる。しかし、若い日に東久留米の神学校で出会い、そこからそれぞれの場に遣わされ、今、こうして年に一度の出会いがゆるされていることは、これもまた、天に通じる道の一里塚だと思う。東久留米から出発し、今ここに立って先を見れば、必ず、天に通じるのである。病と向き合う、I 先生の健闘、平安を祈る。

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by rev_ushioda | 2012-07-02 22:40 | Comments(6)