「不調続き」

う~ん、このところちょっと調子が悪いかな・・ 
箱根での牧師研修会には出ることが出来たが、前後、風邪の症状で、結局、外部の関わりのあるところを結構あちこち欠席連絡せざるを得なかった。

・あさひ伝道所委員会(会員との懇談会)欠席
・市川運営委員会(予算対策会議)欠席
・和泉短大後援会役員会欠席
・東京キリスト教大学評議員会(新任最初の会議)欠席
・NPO心を聴く市民ネットワークの第一回勉強会は1週延期
・同 スタッフ研修欠席

加えて、一般健診は延期、という具合である。多くの皆さんに迷惑をかけてしまった。風邪だけでなく、別に不調があって、腎臓の造影剤検査もした。そちらは問題はなく、大いにほっとしたが、ただ、前立腺肥大の薬は飲むことになった。泌尿器科というのは、私にとってまた新たな受診科目である。内科、歯科、皮膚科(縫合手術)、循環器科、肛門科、眼科、脳神経外科(MRI)、整形外科(MRI)、麻酔科(ペインクリニック)、泌尿器科。年々、受診科目が増えて行く…
風邪は、何と2年半ぶりである。以前は年に3回はひいていたが、熟成にんにくを食べ続けて、体質的に改善されたのかも知れないが、その後、続かず怠けすぎた。もう一度、しっかり食べることにしよう。こう、あちこち休んでばかりいると、何とも具合が悪い。仕事も押せ押せになっている。とにかく健康第一だ、と思った。
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by rev_ushioda | 2014-05-21 22:17 | Comments(0)

「にんにく効果」

一昨年、健康のために「熟成にんにく」を食べ続けた。
驚くことに、去年は風邪で寝込むことがなかった! それまでは、年に2~3回は風邪で寝込んでいたのだ。「にんにく」のためだけではないかも知れないが、「潮田は風邪ばかりひいている」と言っていた人たちが入院したり、不調を訴える中、元気なのは私一人ではないかと気づいた。どうしてかと言って、思い当たるのは、ひたすら「にんにく」を食べたことくらいしか思い当たらない。
このことを去年のうちに書こうと思ったが、書いた途端に寝込んで、そら見たことか、と言われるのもどうかと思っていたが、やはり一回も寝込まなかった。
去年はわけあって、いったん通販での購入を中止した。食べなかった期間が1年くらいになって、年末から今年にかけて、おなかの調子が以前のように落ちてきた。先日の礼拝の後、声が出なくなった。あきらかに風邪の症状だ。寝込みはしなかったが、こうなると、「熟成にんにく」を再び始めようかと思う。

気になることが、もう一つある。この1か月、何か頭が空っぽになったというか、気力がわかないというか、そんな感じが続いている。
去年まで7年間、一つの委員会の務めを担い、最後の数年は委員長を任されていた。特に、最後がきつかったが何とか任期を終え、その任から解かれた今年はずいぶん楽になったはず・・であった。しかし、変な話だが、することがなくなったという喪失感が強い。そして、気づいたら気力が出ないというか、何か、からっぽ感があって、それが1か月ずっと続いている。年賀状を書けなかったのは、その理由かもしれない。日常のことはちゃんと出来ているから問題は何もないが、燃え尽き症候群と言うが・・なるほど、こんな感じなんだろう。

さしあたって、「にんにく」で、「力」をだしてみるか。

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by rev_ushioda | 2014-02-04 20:09 | Comments(2)

「枝おろし」

気分転換には効果てきめんだった。枝おろし作業のことである。
我が家には2階の屋根に届く大きな木、樫、タイサンボク、ヒマラヤスギ、ヒバなどが8、9本ある。この枝下ろしが毎年、問題である。植木屋さんに頼むと、年間13~4万円もかかる。今まではそうするしかなかった。
少し前に工具を購入したことを書いたが、この調子がすこぶる良い。電気ノコギリで枝おろしする。非常に具合がいい。木の上で、片手を伸ばした先の細い枝、太い枝、とにかく片手で切り落とせる。そして、落とした枝はシュレッダーで粉砕していく。結構太めの枝でも、この機械は、葉が付いたままの枝をばきばきとチップにしていく、この気分の良さ。そうだ、気分転換だ。最近、月曜日の午前中は、木に上り、枝をおろしては粉砕して、スカッとしている。最初体全体が痛かったのが、2週目からは痛くなくなった。体を動かすので、運動不足にも効果がありそうだ。
持つべきは、工具だった。ノコギリでギ~コギ~コとやっていたら日が暮れる。枝の処理をもたもたやっていたら、夜になる。翌朝はごみ置き場は枝の山。紙を貼られて置いて行かれ、あたふたするのが関の山。しかし、今は一瞬の処理でチップになり、庭にばらまかれている。

before / after
手前は枝おろし前、奥が枝おろし後の木。
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(後の写真は、後日掲載)
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by rev_ushioda | 2013-11-12 18:00 | Comments(0)

「友の葬式」

川越にある、同盟キリスト教団 霞が関キリスト教会で行われた、池田勇人牧師(同教会牧師)の葬儀に参列した。
池田牧師は神学校の同級の友である。35年ほど前に神学校を卒業した同級生は、7人。塾のような3年間の学びであり、そのうち牧師は5人。5人のうちの一人の友を、今日、主のもとに送り、今、深い喪失感がある。何と言っても私の牧師への歩みの原点に、東京東久留米の神学校での3年間があり、そこでの仲間がいる。この25年以上は、毎年、クラス会をするようになっているから、その一人が失われたことは、喪失感、寂しさそのものである。

式の開始時間まで礼拝堂正面にスライドが映し出されていて、そこに、クラス会のときに撮った写真もあった。

・・・・・・

さびしいよ、池田先生!

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by rev_ushioda | 2013-03-29 00:22 | Comments(4)

私は今年になって5か月間、神経痛に悩まされました。ある日、鼠蹊(そけい)部に電気が走るような痛みを感じました。机の前に座っていてもパシッと来ます。歩いていてもパシッときます。そういうときはどこにいても、うずくまってしまうのです。
一日に数回の頻度ですが、一度そういうことがあると、不思議なもので今度はいつ来るかと痛みのないときも不安になり、そうなると、いつも身構えているような状態になります。これを、「予期不安」と言うのだそうです。たった一日に数度の痛みなのに、その痛みにいつも支配される状態となりました。ペイン・クリニックに行き、「リリカ」という痛み止め薬を処方されました。整形外科に行き、レントゲン、MRIを撮りましたが、異常なし。やはり「リリカ」を処方されました。病院をあきらめ整体のようなところにも通いましたが、まったく効果なし。
ついに、後回しにしてきた「鍼灸」治療に行きました。今も定期的に通っているのですが、何とそれから3か月、初めて行った日以来、痛みは1回も来ていません。普通に歩けるという、当たり前のことですが、その喜びを今、味わっています。
ところで、痛みは私の場合、2種類ありました。電気が走るような一瞬の痛みと、鈍痛のような、説明がうまくつきませんが足が上がらない痛みと。説明が難しかったですが、聞く人も「その後、“腰”はどうですか」と言われる。(“内腿”の痛みと言ったのになあ…)と思いながら、そこで思ったのは、痛みは、人に通じないということでした。本人さえ、痛み方が変化するのですから、ましてや、人には分からないだろうということです。そして思いました。私も、人の痛みを分かっていなかったのだ、と! 
痛みを分かろうとするのなど、できっこないのです。「分かる、分かる、私もね…」など、言わない方がいいです。痛みは、本人にしか、わからないのですから。
では、何もできないのでしょうか。私が路上で痛みが走ってうずくまっていたら、通りがかりの女性が「どうしましたか? 救急車を呼びましょうか?」と声をかけてくださいました。「大丈夫です、持病ですから」と答え、先に行って戴きましたが、ありがたいなあ、と思いました。声をかける。それだけですが、その女性が治すわけでも何でもないのですが、その声があっただけで、路上に座り込んだ私には、確かに、ありがたさを感じました。
星野富弘さんが次の詩を書いています。「花がきれいですねえ/誰かがそういって/うしろを過ぎて行った/気がつくと目の前に/花が咲いていた/私は何を見ていたのだろう/この華やかな/春の前で/いったい何を/考えていたのだろう」 誰かの声がかかる。ハッとして我に返るのです。人が必要とする助けの一つは、確かにここにあるのではないでしょうか。痛みなどそんな簡単に分からない。分からなくていい。私たちはただ、誰かのそばにいて、声をかける者となれば(なることが出来れば!)、それでいい。

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by rev_ushioda | 2012-12-04 12:00 | Comments(2)

母が心不全で再入院。前回よりも苦しそうだった。酸素吸入で楽になったが、医師からは再び覚悟を求められた。

漆間君も入院しているので、孫たちを預かったり、食事をしたりすることも多い。二人の入院のために、これから、やり繰りが大変な日々が続くようだ。

幸いに私の「神経痛」は、鍼灸治療を始めて翌日から、もう2ヶ月以上おさまっている。治療の最初の日は杖をついて行ったが、帰りは、杖は不要だった。え、うそだろう? と半信半疑。しかし、その後も痛みはまったく出なくなった。ところが最近、娘から「お父さん、臭い」と言われて、そう言われてみると確かにこの1ヶ月くらい自分でも気になっていた。何だ、これはと思って、さっそく鍼灸院できいてみたら、「それが神経痛の原因だったのです」と。なるほど、こんな体臭を放つほどのものが体内にあったとしたら、神経痛にもなったはずである。人の体についていろいろ考えるこの頃。

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by rev_ushioda | 2012-10-05 23:21 | Comments(0)

友人の牧師を、川越に訪ねた。

日本基督神学校(東京・東久留米)で3年間一緒に学び、1975年3月に卒業したクラスメイトである。この3年間の同窓の仲間は、その後の牧師の生活を支えてきた、私にはいなくてはならない仲間である。彼は、欠席されたことのないクラス会に、今年は欠席された。今までも、教会には何度も辞任願いを出してきたようであるが、今回はさすがに出さざるを得ないだろうと思ったが、しかし、先は分からないと言われて、受取ってもらえていないと。
いつもと変わらない夫婦の掛け合いのような会話に、こちらが心をなごませてもらって、帰宅した。疲れてはいけないからと30分の予定が、2時間近くに及んでしまい、疲れさせてしまったと申し訳ないと思いつつ。
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by rev_ushioda | 2012-09-10 23:52 | Comments(3)

「健闘を祈る」

娘の連れ合いが抗がん剤治療を始めることになった。心配していたことが、現実になった。最初のときは(結婚以前)放射線治療だった。今度の辛さは、その比ではないだろう。2週間の入院、その後20日間の間をおいてまた同じように繰り返す、ということを3回・・・

主が、検査によってこのことを知らせてくださった。主が手を延べて、病と向き合わせてくださると信じていこう。健闘を祈る。

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by rev_ushioda | 2012-08-24 16:27 | Comments(1)

「母、退院」

先週金曜日、無事、母は退院した。
3週間の入院だった。緊急外来で診断を受けたとき、そういえば、医師からは最悪のことを言われたが、よく考えれば、こうして感謝して退院の日を迎えるわけだ。逆だったら、大丈夫と言ったのに…とうらまれることになる。最悪から立ち上がって、良い日を迎え、感謝されるにこしたことはない。
それにしても94歳を考えれば、心臓が若返るわけでもない。後の日々を上手に生きていくように、送り出されたときでもあった。子どもたちはもとより、孫が来る、ひ孫たちを連れてくる。一緒に写真を撮っている。考えてみれば、賑やかな日々であった。母は、新たな人生のひとふしをこうして作った。私は、自分の歳を改めて思った。この3週間、病院通いで疲れはしたが、まずは、いい日々であった。

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by rev_ushioda | 2012-08-06 17:07 | Comments(2)

「母入院」

土曜日(7月14日)の朝、母が苦しそうに、病院に連れて行ってほしいと。

朝3時頃から胸が苦しかったと言うので、すぐ、かかりつけの病院に電話。案の定、大きな病院に行って欲しいということで、もう一つの病院に電話。車で連れて行った結果、即、集中治療室に入院となった。「心不全」の発作であった。医師は、最悪のパターンをいくつか話した。そう言わなければいけないのだろうと思いながら、事態は楽観的でないことは察しがついた。

翌、日曜日。礼拝が終わったあと、病院から電話があった。ひやっとしたが、状態が安定しているので、一般病室に移します、とのこと。

今日、火曜日(17日)医師による病状説明があった。兄弟3人で説明を聞く。心臓の血管の複数個所に血管壁の詰まりがあると見られる。レントゲン写真は、発作のときと平常時のものであったが、写真を比較してみると明らかに違うことが分かった。検査をして、詰まっている個所を特定し、手術が出来ないわけではない。しかし、年齢からして、負担が大きいでしょう。本人からも、手術を望んでいないと聞いていますとのこと。それは、私も母から聞いていた。いずれにしても、一般病室に移ったのは、ICUは後がつかえているから、差しあたって安定したら一般病室に移るという、いわゆる押し出し。決して良くなったわけではない。医師からは、いつ次の発作が起ってもおかしくないと言われている。

この後どうなりますかと問うと、改善はないこと、むしろ、いつ最悪の発作が起るか分からないので、その覚悟を持っておいたほうがよいこと、1週間も入院していると、年齢からして立てなくなること、そういう意味で、1ヵ月後に移る施設を探し始めたほうがよいことなど、説明をしていただいた。その後、兄弟で、葬儀の話もせざるを得なくなった。思いがけない展開である。

その日まで普通の生活をしていた母である。発作で入院したら、もう家に帰れないでしょうという説明に、いつかこういう日は来ると思ってはいたが、そして病状はとてもよく理解できても、しかし、気持ちがついて行かない。複雑な思いである。家に戻れば、部屋は、そのままである。昨日まで庭の草取りもしていた。もう、ここに戻れないのか。そんな…という気持ちが巡る。 
手術はしないでと言いながら、本人は1週間も入院したら家に帰れるつもりでいる。母には何と言ったらよいのか…
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(妹たちと一緒に病室で撮った写真。携帯のカメラで撮ったら、写真加工したわけでもないのに画質がひどく悪い。夢の中みたいに…)


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by rev_ushioda | 2012-07-17 22:19 | Comments(2)