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「講座スタート」

今日から、「よこはま(チ)ライン」のリスナー研修がスタートした。泉区で展開している講座の出張講座であるが、受講生は「現役」のリスナー。子どもの電話をすでに受けている方々である。いつもの講座とは違って、目的は明確である。そういう意味では、お話はしやすい。そして子どもたちをよろしくという、期待がこもる。教会の近所の子どもたちも、きっと、ここに電話するだろう。牧師が一人では受け止め切れない部分を、この方々に託したい。牧師として、このような働きの場に招かれていることに感謝している。
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by rev_ushioda | 2007-09-04 19:00 | Comments(0)

「最期の時を共に」

○○さん
祈りをお伝えしようと気になりつつ、日が過ぎていました。
こちらのことは、どうぞ気になさらないでください。大変な中をお過ごしですから、ぜひ今は、ふたりの時を大事になさってください。きっと、今までのなかで最高の時間を共にされているに違いないと、そのように思っています。どうぞ、御主人が寂しくないようによく寄り添ってあげてください。また、主がそこにおられて、最善をなしてくださるでしょう。希望の明日を生きるために。

主の平和
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by rev_ushioda | 2007-05-25 18:00 | Comments(0)

「検索トップ」

Yahooで「心を聴く」を検索すると、
「気持ちを聴く、公開勉強会」が第一位。
つまり、「特定非営利活動法人 心を聴く市民ネットワーク」のページが、トップになっていた。
(Googleでは8位だった)
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by rev_ushioda | 2007-04-29 07:39 | Comments(0)

「NPO法人に」

「心を聴く市民ネットワーク」が、神奈川県知事より「特定非営利活動法人」(通称、NPO法人)の認証を受けることができた!

正式名称「特定非営利活動法人 心を聴く市民ネットワーク」
代表 石原昌信
12/27認証
設立目的 「この法人は、家庭や地域での人間関係をよくしたいと願う方々に、傾聴による援助的対話の学習・環境を提供することを目的とする。」(社会教育の分野)

このネットワークは、泉教会開拓と同時に始めた、地域活動だ。
当時、私は、新しい土地で人との関わりがなかった。そこで、地域との関わりを求めて、カウンセリング・スキルをベースにした「気持ちの聴き方」という講座を始めた。
10年間、活動してきて、この間、よき仲間が与えられ、12月27日、神奈川県知事よりNPO法人の認証を得た。(来年早々に法務局で法人登記)

教会は昨年、組織自立を果たし、そしてこちらは、市民活動としての組織自立。今後、いよいよ地域に浸透した活動となっていくことだろう。
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by rev_ushioda | 2006-12-29 09:38 | Comments(1)

「旅行」

ネットワークの仲間と旅行に行った。

箱根の常宿を使ったが、気に入ってもらえたようだ。
一泊二食7950円(それでも、フランス料理の夕食、部屋は広め、きれいで、部屋からの眺望は最高)。安く泊まって、浮いた分、富士屋ホテルで3000円のカレーを食べ、夜はひめしゃらの湯の露天に入り、次の日はガラスの森でゆっくりと昼食をとりながら、カンツォーネのライブを楽しむ。
それで、交通費も含めて15000円。お勧めコースだ。

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by rev_ushioda | 2006-11-12 22:59 | Comments(0)

「携帯電話が通じる」

ありがたいなあ、秀子さんがアメリカに持っていった、
いつもの携帯電話が、いつものように普通にダイアルして使えるよ!!
メールも普通。日本にいるのと同じだ。
さすがに発信音だけは「あ、国際だ」と感じさせる音だった。
でも、あとからよくよく調べると、日本でいつも携帯に電話する料金と(これはいつもの携帯への料金、かけた人が払う)、海外で「着信した」料金と(これは音声だと1分150円、メール着信100円だって! 受けた人が払う料金だ)この二つが、2重に請求されるらしい。
家族は、かけた人も受けた人も同じだから、家族の場合、2重に払うことになる。便利だけど、高い。
時差は14時間半。礼拝が始まる朝10時30分だと、バーミングハムにいる秀子さんは、土曜日の夕方8時だ。地球は、まわっているなあ…
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by rev_ushioda | 2006-06-18 07:28 | Comments(0)


「星の王子さま」の冒頭に、こう書かれている。

「おとなというものは、数字が好きです。新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、かんじんかなめのことはききません。
(どんな声の人?)とか、(どんな遊びが好き?)とか、(チョウの採集をする人?)とかいうようなことは、てんできかずに、(その人、いくつ?)とか、(きょうだいは、なん人いますか?)とか、(目方はどのくらい?)とか、(おとうさんは、どのくらいお金をとっていますか?)とかいうようなことを、きくのです。そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。
おとなの人たちに(桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトのいる、きれいな家を見たよ)といったところで、どうもピンとこないでしょう。
おとなたちには(10万フランの家を見た)といわなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声を出して、(なんてりっぱな家だろう)というのです。」
(内藤濯訳、岩波少年文庫、昭和44年)

数字の世界で生きている人には、どんな声の人か、どんな遊びが好きか、チョウの採集をする人かどうか、など、どうでもいいのだ。また、その家が桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトがいるかどうかなど、どうでもいいのだ。
しかし、人や物を立体的、豊かに見たり、感じたりするためには、それこそが大事なのだと、「星の王子さま」の著者、サン・テグジュペリは言っている。
子どもは、同じ世界、また人間を、大人では味わえない豊かさをもって見ている。ところが、私たちは、いつの間にか数字に関心が移ってしまい、それで事柄を理解しようとしている。
「大人」の見方、つまり平板な二次元の世界で見ようとしているうちは、人が、どうしても理解できないのだ。
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by rev_ushioda | 2006-03-09 00:25 | Comments(2)

「オペラを観た」

先日、機会があってオペラ「フィガロの結婚」を観た。
オペラを生で見たのは初めてのことで、色々と面白いと感じたことがあったが、その一つは、休憩時間にワインを飲んでいる。へー、オペラとはそういうものか、田舎者の私は、知らなかった!
もう一つは(こちらが書きたかった方だが)、オペラなので、せりふを歌いあうわけだが、言葉は忘れてしまったが、たとえば男性が、「お茶でもいかが?」と言うと、女性が「ええ喜んで」こう言う(歌う)。ところが、「ええ喜んで」と言った女性がそのあとで(困った、どうしよう)と思う。たとえばであるが、そういう遣り取りをする。言葉と内面が違う。よくあることだ。ところが、そう思うだけでなく、それを口にして言ってしまう(歌う)。そのようなことを交互に、本人を前にして歌っている。言葉と内面は違う。そして、普通は、思ってることは声に出さないのだ。それを、二人が本人を前にして声に出して歌っているので、それがとても面白いと思ったわけ。
別にオペラに限らない。私たちは、いつも言葉で言うことと、思ってることとは別なのだ。普通は、思ってることは言わないから、問題にならない。しかし、問題が問題になるのは、言葉にして言わない内面にある。内側に、どういう言葉があるか、それが実態であって、それによって結果が、ずいぶん違ってくるのだ。
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by rev_ushioda | 2006-01-25 23:19 | Comments(2)