タグ:すばらしい言葉 ( 29 ) タグの人気記事

「最上のわざ」

f0086426_3364927.jpg

礼拝堂にかけてある額に収録されている言葉の最後の部分。(佐藤八重子書)

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり
働きたいけれども休み
喋りたいけれども黙り
失望しそうな時に希望し
従順に 平静に 己の十字架をになう
若者が元気一杯で神の道を
歩むのを見ても 妬まず
人の為に働くよりも 謙虚に人の世話になり
弱っても 早く人の為に役立たずとも
親切で柔和であること

老いの重荷は 神の賜物
古びた心に これで最後の磨きをかける
まことのふる里へ行くために

己をこの世につなぐ鎖りを
少しずつ外して行くのは えらい仕事
こうして 何も出来なくなれば
それを謙虚に承諾するのだ
神は 最後に一番よい仕事を残して下さる
それは祈りだ
手は何も出来ないけれども
最後まで合掌できる
愛するすべての人の上に
神の恵みを求めるために

すべてをなし終えたら 臨終の床に
神の声を聞くだろう
「来たれ わが友よ
我 汝を見捨てじ」と

ヘルマン・フォイベルス神父 「人生の秋に」より

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ 一押しよろしく

※ コメントは「承認制」としました。最大1日くらい画面に反映されるのが遅れます。
[PR]
by rev_ushioda | 2010-01-09 13:01 | Comments(0)

「心 二題」

新年にあたり。

 「(神よ)あなたは私たちを、ご自身に向けてお造りになりました。ですから私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです。」
アウグスティヌス『告白』1-1-1(山田晶訳)

 「(人間の)空虚…無限な深遠は、無限で不動なもの、すなわち神そのものによってでなければみたされない。」
パスカル『パンセ』425(渡辺秀訳)

 大学時代「キリスト教概論」で課題図書だったパスカルの『パンセ』を、40年ぶりに繰ってみた。アウグスティヌスの言葉だと思っていたが、パスカルも、同じ事を言っていたことに気づいた。今頃になって。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ 今年も、ここを押してから移動をお願いいたします。

※ コメントは、書き込んでいただいてから画面に反映されるまで、最大1日くらいかかります。
[PR]
by rev_ushioda | 2010-01-01 22:14 | Comments(0)

「歌の力」

NHKの番組で久石譲さんが語ってくれた、この歌の後ろにある一つ一つの物語に感動した。
「出会えた奇跡」とは、難産の後、わが子を抱きしめた感動を歌い、「あなたが生きた証」は、若くして逝ってしまったわが子の聴いていたCDを聴き、生きた証しを確かめている、などなど。
曲が、またいい。→ アン・サリーさんの「歌の力」を試聴

第60 回紅白テーマソング
『歌の力』 作詞/あなたの「歌の力」 作曲/久石譲

歌の力 よみがえるあの時
出会えた奇跡 同じ空の下
あなたの笑顔 ふと素直になれた
踏み出す勇気 何かが変わる
流れ落ちる涙 それでも私は
想いを伝える 大丈夫ひとりじゃない
歌の力 心の声のせて
あなたに届け 100年先も


時のアルバム 明日への記憶
果てない想い 今風に乗せて
子供たちの未来 母との思い出
通い合う心 よみがえる夢の続き
歌の力 あなたが生きた証
時代を超えて 100年先も
歌の力 生きる喜びこめて
すべてをつなぐ 無限の力
歌の力 あなたが生きた証
世界に響け! 100年先も

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ よろしく
[PR]
by rev_ushioda | 2009-12-11 11:58 | Comments(0)

「天使のパン」

「降誕節に相応しいと思います」と言って、「天使のパン」を紹介してくださった方がおられる。そういえば、どういう意味だったのか、調べてみたが、どうも納得いかない。といって、原語では歯が立たない。下に、英語からの私訳を試みたが、怪しいかも、である。
ベルギー生まれのフランスの作曲家セザール・フランクの作曲、作詞は、かのトマス・アクィナス(中世の哲学者・神学者)であるとか。

Panis angélicus
Fit panis hóminum,
Dat panis coélicus
Figúris términum.
O res mirábilis:
Mandúcat Dóminum
Pauper, servus
et húmilis.

(英訳)
 Bread of Angels,
 made the bread of men;
 The Bread of heaven
 puts an end to all symbols:
 A thing wonderful!
 The Lord becomes our food:
 poor, a servant, and humble.

原語の歌は → 

(富田裕訳詞)
 天使のパンは
 人間のパンとなり
 天上のパンは
 見えるものとなる。
 おお何と驚くべきことだろう、
 神のからだを食べるのが
 貧しく、哀れな
 卑しいしもべであることが。


(松田紳訳)
 天使の糧(パン)は
 人々の糧となりました。
 天からの糧は
 形あるものに変わりました。
 なんと素晴らしい事でしょう。
 (天は)憐れな者たちや奴隷たちそして卑しき者たちに
 主を(糧として)与えられたのです。

(鎌田紳爾訳)
 天使の糧は
 人々の糧になり、
 天の糧は
 形あるものを終わらせられる。
 おお、なんという驚き、
 主よ
 食するのは 貧しき、貧しき虐げられし僕(しもべ)。

(カトリック聖歌集)
 天使のパンは
 人のパンとなった天のパンであって
 旧約の前表を全うした。
 ああ、感嘆すべきことよ、
 貧しいもの、しもべ、および卑しい者が主を食しまつるとは

英訳の symbols とは、旧約時代のイエス・キリストを指し示す「予表」だと分かった。つまり献げられたイサク、出エジプトの旅で食べたマナ、その他、過ぎ越しの食事、神殿、祭司、祭司が行う犠牲、等々の意味である。それらは、みな、イエス・キリストの「予表」であるという理解(カトリックでは「前表」と言うのか…)。そのことをふまえて、次のように意訳してみた。

(英訳からの私訳)
 天使のパンは
   人のパンとなった
 その天のパンこそ
   ついに人が待ち望んでいたもの
 何とすばらしいことか
 主は、私たちの糧となられる
   貧しい者、虐げられた者、身分の低い者の糧と!


(servant は、やはり、素直に「しもべ」がよかったかな)
「天使のパン」はそれ以外に訳しようがないので、そうしたが、カトリックの理解なのだろうか。よく分からない。そういえば、 カトリックの典礼で使われる(らしい) 「ラウダ・シオン」 Lauda Sion Salvatorem の【21】 に 次のようにある。

ECCE  PANIS  ANGELORUM,
Factus  cibus  viatorum:
Vere  panis  filiorum,
Non  mittendus  canibus.

見よ、旅人である人間の糧となった天使のパンを。
これこそ子らのまことの糧、
犬へ投げやってはならない。

ここにも「天使のパン」が出てくる。どうもカトリックでは「天使のパン」は、一般的なようだ。そして、「Panis angélicus」と共に、カトリックの聖体拝領のときに歌われる。そういう理解から来ているとしたら、聖書的には理解するのが難しい…

まあ、ここは「詩的」な表現としてとどめておこう。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ 今日もひと押しをよろしく
[PR]
by rev_ushioda | 2009-11-26 21:54 | Comments(0)

May the road rise to meet you

願わくは

あなたがたの前に 道が 開かれ

風が いつも 背中を押し

陽が 暖かく 顔に射し

雨が やさしく 大地に降り注ぎ

また会う日まで

神が その手で あなたがたを包んでいてくださるように
 
(アイルランドの祝福の言葉)

May the road rise to meet you.
May the wind be always at your back.
May the sun shine warm upon your face.
And rains fall soft upon your fields.
And until we meet again,
May God hold you in the hollow of His hand.

礼拝で用いることを前提に you を「あなたがた」とし、
しかし、テンポを維持するため、途中ではすべて省いてみました。
1行目の the road rise to meet you はどう訳したらいいのでしょうか。
訳のご批判をおねがいいたします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングのため、一押しをよろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2009-11-18 13:33 | Comments(5)

「手紙」

今朝のテレビで紹介されていた「手紙」。「年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても/どうかそのままの私のことを理解して欲しい…」「あなたの人生の始まりに私がしかりと付き添ったように/私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい」。
老いとか、認知症とかで家族の手をわずらわせざるを得なくなった者の視点で、家族への手紙として歌われている。
家族の立場からすれば、親の介護にむなしさを感じ、苛立ちを感じ、何で私がという怒りさえ感じ、現実に押しつぶされそうになってしまうとき、この歌は、大きな励ましとなる。
このように親からのメッセージを聞き分けられたら、介護というその「現状」が、まったく違って見えてくるに違いない。
http://www.youtube.com/watch?v=VIys43kR5S0
歌詞、譜面(MIDI音源付き)は以下
http://www.utagoekissa.com/tegamishinainarukodomotachihe.html

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2009-05-11 09:38 | Comments(0)

「オバマ大統領就任」

オバマ大統領の就任演説の最後は、次のようだった。

「将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。」

この目標を政治にあらわすのは、誰が考えても今の世界の中で至難のわざだと思う。しかし、全世界、全民族、全人類に注がれる神の愛を見つめる限り、希望は失望に終わることはないであろう。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2009-01-21 17:23 | Comments(0)

「しみじみ教」

年の初めなので、また一つ、共感する言葉を載せておこう。「しみじみ教」という題で、カトリックの晴佐久昌英神父が書いたものである。友人がコピーして渡してくれた。広めよ、というメッセージと思って、ブログに登場です。

しみじみ教の教祖は しみじみしている
いつでもどこでも しみじみしている
とってもうれしいことがあると
「とってもうれしいなあ」と しみじみしている
たまらなくつらいことがあると
「たまらなくつらいなあ」と しみじみしている

しみじみ教の教えは「常にしみじみすべし」これだけ
朝目覚めて新たな一日のはじまりに しみじみ
夜寝る前に 過ぎし一日を思ってしみじみ
春夏秋冬 今生かされていることに しみじみ

重い病を患っても 老いて体が動かなくなっても
たとえ死の床にあっても 「しみじみすべし」それだけ

しみじみ教の教祖は 何の役にも立たない
朝から庭のもみじを眺め しみじみお茶を飲んでいるだけ
悩める人の話を聞いても 何も言えず 何もできず
ま どうぞ一服と お茶をいれてるだけの自分にしみじみ
かえって相手になぐさめられたりして ますますしみじみ
もみじ散るこの惑星の小春日和の一期一会に しみじみ

しみじみ教はそれでも いやな思いをしたときに役に立つ
とってもいやな人に出会ったときも
「ああ とってもいやな人だ」と しみじみ
さらにとってもいやな人に出会っても
「いやあ惚れ惚れするほどいやな人だった」と しみじみ
しみじみしているうちに ちょっぴり 惚れてきたりして

しみじみ教には教団も儀礼も戒律もない
もちろん献金もない(そもそもだれも教祖を知らない)
でも しみじみ教の教徒になるのは至って簡単
ひとりしみじみ お茶をすすればいいだけ
しみじみ教は集会を開かない(そもそもお互いをしらない)
この空の下のどこかに仲間がいると互いにしみじみ思うだけ
しみじみ教徒はそれでも ばったり出会ったりする
お互いに妙にしみじみしているからすぐわかる

「もしかしてあなたも」と しみじみ
「いやあいるもんですなあ」と しみじみ
しみじみするばかりで会話は弾まないけれど
お互い喜びも悲しみも察しあって しみじみ

しみじみ教徒はばかにされても しみじみしている
損しても だまされても しみじみしている
ひどく裏切られても「人生だなあ」としみじみ
みんなに見捨てられた人と「人生だねえ」と しみじみ
しみじみ教徒が増えると つまらぬ争いが減り
しみじみ教がはやれば 世界はのんびり平和になるかも

しみじみ教の教祖は今日も しみじみしている
しみじみ教徒のことを案じて しみじみしている
きっといろいろ辛いであろうなあと しみじみ
なんとか耐えて 生き伸びておくれと しみじみ
みな 苦しいときこそ 一層しみじみ道に励んで
しみじみお茶を飲むんだよと しみじみ

しみじみ教の教祖は しかし夢見ている
いつの日か しみじみとこの世の生を終え
みな共にあの世に生まれ出たあかつきには
初のしみじみ大祭をしみじみ開いて しみじみ集い
「いろいろあったけれど いい人生だったねえ」と
みんなで しみじみお茶を飲む日を

しみじみ合掌

『だいじょうぶだよ』 晴佐久昌英著
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ひと押しお願いします。
[PR]
by rev_ushioda | 2009-01-16 16:52 | Comments(0)

「祝福とは」

大きなことを成しとげるため 力を与えてほしいと神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった

より偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
より良きことができるようにと 病弱を与えられた

幸せになろうとして 富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして 成功を求めたのに
得意にならないようにと 失敗を授かった

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと 生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意にそわぬものであるにもかかわらず
心の中の言い表せないものはすべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
もっとも豊かに祝福されたのだ


CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...
I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...
I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...
I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...
I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...
I got nothing that I asked for-but everything
I had hoped for Almost despite myself,my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ 今年、大変お世話になりました。今日もひと押しお願いします。
[PR]
by rev_ushioda | 2008-12-30 21:44 | Comments(2)

「無題」

娘のブログ。


ここ



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2008-08-11 12:10 | Comments(0)