この時期、試験の話が多いが、今日、一つの合格の知らせを受け取った。
「この度、所定の手続きを経て、正教師試験に合格なさいました。第67回教団総会において 3月16日に正教師按手式が行われます…」
日本同盟基督教団理事会からとある。娘婿の牧師試験合格通知である。
思えば、結婚のとき、娘の将来が案じられ、「君は牧師にはならないよね」と訊いた。それから10年目のことになった。はからずも私の規定上の定年退職の年だ。(実際は定年延長していくのだが)
娘が牧師夫人の立場になることを、その喜び以上に苦労と涙を知ればこそ、何よりも案じていたが、すべてがみこころなのだろう。人には断定的に言える言葉も、こういう場合は、「だろう」になってしまう。「アバ、父よ」である。

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# by rev_ushioda | 2016-02-26 20:05 | Comments(0)

「眼鏡がない」

20年来の愛用の眼鏡を、去年12月に無くしてしまった。大騒ぎして探したが、見つからなかった。(T_T)
とほほ…

間に合わせに百均の眼鏡を使ってみたら、6、7個のうち、一つが今までとほぼ同じ感じで使うことができたので、眼鏡なんて100円でいいんだよとかうそぶいていたら、数日前に、それも、また無くしてしまった。またまた、大騒ぎして探したが、見つからなかった。(++)
とほほ…

たまらず、眼鏡屋さんに行って、1万円の眼鏡をゲット。

翌日、

それがどうしても見つからない。(-"-)
とほほ… 再び眼鏡屋さんに行ったら、1,000円値引いてくれた。(2個目だから?お見舞い?)

数週間後の後日談。
何と、それがまたまた、見つからない… (-"-) (+o+)

何? 認知の始まり?? いつ頃から?と訊かれる日のために、メモっておこう。^^;
今、65歳1か月。

後日談の後日談。
100円の眼鏡と、二つ目に作った眼鏡は、何とかみつかった。前者はコートの内ポケットに、後者は玄関先の泥除けの隙間に落ちていた。

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# by rev_ushioda | 2016-02-09 14:28 | Comments(0)

「関東学院大学と私」

私は47年前の1969年、学生運動まっただ中、関東学院大学に入学しました。その年の1月には東京大学では世に言う「安田講堂事件」があり、関東学院大学も例外ではなく、大荒れの中、入試も他の学校を借りて行われましたがデモ隊乱入によって試験が中止になり、書類選考に替わったのです。入学してみれば校内は立て看板の乱立、旧1号館(事務棟)はバリケード封鎖されており、7号館前の中庭では、連日ヘルメットをかぶった学生が集会を開き、ジグザグデモを行っていました。関東学院大学は、共産同赤軍派の拠点校とか聞いていました。とにかく色々なセクトが活動していましたから、大学前を流れる侍従川の川向うに機動隊が待機、また火炎瓶が飛び交う様も、見たことがあります。当然のことながら一年次は、毎日が、討論会。授業など、まともにできませんでした。
そういう中で、私を誘う友があり、出会った仲間数人と共に祈り会(聖書研究会)を始めることになりました。校章のオリーブにちなんで自分たちの活動を「かんらん聖書研究会」と名付けました。こうして学生運動で殺伐としたキャンパスの中庭で、数人の小さな祈りの集会が始まりました。時には、当時はまだあった木造校舎の教室を借りたこともありました。また、当時の神学部チャペルで伝道集会を開催したこともあります。チラシを配っていたら、どこかのセクトと間違われました。小さな集まりに終始しましたが、短大のYWCAとも交わりが生まれ、卒業時にYWCAの友が佐渡に帰郷する際、一緒に行って佐渡伝道を試みたことは、今は遠い記憶です。結局、「かんらん聖書研究会」には後継者を残すことが出来なかったと悔やんでいましたが、どういう次第か分かりませんが、何と、この活動はその後45年間、現在も続いており、現在は大学宗教センターに所属しているサークル活動となっているのです。
最近分かったのは、その同じ年、実は教職員の中にも、学校の実情を憂えて、教職員の聖書研究会が発足していたのです。そして、学院長の坂田祐(たすく)先生が亡くなったのも、その年だったということを、今回、宗教センターで伺いました。一つの祈りが二つの活動に引き継がれたのだと語る言葉は、喜びに溢れています。はからずも初代院長の祈りが、それぞれに何の脈絡はないものの、こうして今も二つの小さな枝に受け継がれて今日に至っていることは、不思議と言うほかありません。
私は1年次に洗礼を受けキリスト者になり、大学を卒業して2年後に神学校に進み、牧師になって今日に至っていますが、思えば関東学院大学では学生運動の嵐の中、友を得て、まだ誰にも認知されていない聖書の学び会を共にしたことは大学時代の熱い思い出です。

(1973年3月 工学部機械工学科卒業)

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# by rev_ushioda | 2016-02-02 23:20 | Comments(2)

「祝 伝道教会設立」

あさひ伝道所は、2016年1月31日、伝道教会設立式を迎えます。伝道教会設立というのは、手続き的には種別変更というもので、意味は、組織自立です。ここで自分たちの中に長老(役員)を立て、その長老が牧師を招聘し、一人前の教会になる、というものです。
伝道教会は、通常、経済的な課題を残すことが多く、その課題をクリアすべく、次の種別変更を目指します。その課題が満たされたら、そこで初めて種別が「教会」になるのです。実は、ここに設立されるあさひ伝道教会は、すでに援助金を受けず、経済的には自立していますので、ここで一気に「教会」となることも出来ましたが、丁寧にステップを踏んで行きたいという牧師の思いがあって、今回のように段階を踏みました。
ところで組織自立(伝道教会設立)とか一人前の教会になる、と言いましたが、その場合「伝道所規定」から考えると、伝道教会は20人の活動会員がいなければならないことになっています。そこで「一人前の教会」の意味は、次のようになります。
第一に、その20人に、責任を持って教会の経済的な課題を考える力があると期待されている、ということです。
第二に、その20人に、責任をもって包括的な組織である「中会」に関わる力があると期待されている、ということです。あさひ伝道教会は次の中会会議に、代議員を送ることになります。
第三に、以上のことを言い換えると、その20人に社会的な責任を果たす力があると期待されている、ということです。教会内だけにとどまらず、教会の外に向かって、「大人」としての言葉と行動を求められます。
20人いれば、いろいろ考える力がある、関わりを持つ力がある、社会的な責任を果たす力がある。まさに成人式を迎えるということです。そして何よりも、設立された小会は、ふさわしい者に洗礼を授けることを承認するという、この上なく厳粛な、しかし、この上なく喜ばしい、神の国の国境を拡げる働きに遣わされることになるのです。
あさひ伝道教会の皆さんの上に、これからの教会の歩みの上に、主イエスさまの祝福をお祈りいたします。

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# by rev_ushioda | 2016-01-28 22:31 | Comments(0)

「ピンポーン」

ピンポーン うんち
ピンポーン カイロが冷たくなったから替えてほしい
ピンポーン 脚が痛いから薬を
ピンポーン また、うんちみたい
ピンポーン ・〇〇取ってほしい
ピンポーン

  ハハ ^^; 今日は呼び出しが多いみたい。1時間おきじゃない?

悪いねえ。

  そんなことないけど。
  朝4時は、ちょっと眠たいかな…

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# by rev_ushioda | 2016-01-27 22:32 | Comments(0)

今日、母校 関東学院大学のチャペル説教に招かれた。
昨年、かんらん聖書研究会の初期メンバーとして話を聞きたいということで、卒業以来42年ぶりに母校を訪れたが、その関係で今日のチャペルでのご奉仕となった。
下の写真、キャンパス中央の大きなビルの右手にあるのが礼拝堂である。これで見ると小さいが、非常に大きな礼拝堂である。

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# by rev_ushioda | 2016-01-12 20:54 | Comments(0)

「夜の祈り」

夜、寝る前のお祈りをどうしたらよいでしょうか、というメールをいただいたので、次のように返信させていただいた。

聖書の言葉
わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。
(旧約聖書 エレミヤ書29章11節)

神さま、
今日も一日、神さまがくださる平和の道を歩くことができて、ありがとうございました。
人の心は希望を失い、疲れることがあっても、あなたは、人に「将来と希望を与える」と約束されました。
わたしは今、あなたの言葉に信頼します。平和のうちに今夜の眠りを与えてください。
そして、明日の朝、神さまがお造りになる新しい一日に向かって私の心も新しくなって立ち上がることが出来ますように。アーメン。

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# by rev_ushioda | 2016-01-08 16:57 | Comments(0)

「軽井沢とキリスト教」

昨年、某短大後援会の主催で、軽井沢の教会巡りツアーに参加した。その時にはブログに書かなかったのだが、最近、後援会便りに「ひと言」を書くようにと依頼が飛び込んできたので、以下、急ぎ書いたの拙文。これでも、800字の制限をはるかに超えている…



旧中山道で碓氷峠を上り、軽井沢宿に入ると、最初に出会うのが「軽井沢ショー記念礼拝堂」です。明治に入って軽井沢宿は急にさびれていきましたが、明治19年、ここを通過したアレキサンダー・クロフト・ショー宣教師は、祖国スコットランドの風景を思い出し、この地にヨーロッパ式建築を広め、寒冷地農業を教え、教会堂を建て、キリスト教の伝道に乗り出したのです。「軽井沢高原教会」は大正時代、内村鑑三、北原白秋、島崎藤村らが集う場でした。
私は今回、軽井沢のいくつかの教会を巡りながら、江戸時代に政治の道として使われた中山道の一宿に、明治初期からキリスト教の伝道がされていたことに感慨を持ちました。しかも、その伝道は地域に近代文化を花開かせたものであったのです。
政治の道は権力の道、武力の道ですが、軽井沢は権力と共に廃れて行ったのではなく、キリスト教によって文化の花を開かせたのです。「彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。」(旧約聖書「ミカ書」4章3節)

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# by rev_ushioda | 2016-01-05 17:44 | Comments(0)

次の写真、最初は、お正月にふさわしい言葉。
この文字を作ったのはカナダ出身で、現在は日本の名古屋に住んでいるというRay Larabieさんである。日本の文字を知っているからこそ、この文字が生み出された。まさに日本人だけが読めない(読みにくい)字である。
一つの世界観、見方の中にいると、融通が利かなくなる良い例である。
昨年は、三つ目の写真にある「Tパズル」に出会って同じことを考えたことを思い出した(下の図で残りの3つのピースを使って“T”を完成させる)。共に、ポイントは、一つの世界観、見方から離れることだ。

教会の週報に、以下のように書いた。

聖書に、主イエスの言葉に、ニコデモが次のように答えた記事があります(ヨハネによる福音書3章3~4節)
「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」

これなど、主イエスの言葉をニコデモは「カモレレロ」と聞いた典型です。先入観から離れることができないニコデモに、主イエスは、風は思いのままに吹くように、あなたの身を一旦、風(霊=神)に委ねてみなさいと言われたのです。人は、自分の体験、自分の知識や考え方を握りしめていて、だから、「時は満ち、神の国は近づいた」にも関わらず、新しい物語に生きることが出来ないのです。主イエスはニコデモに言われました。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。」教師だからこそ、分からないことがあるのです。私たち、今年、自分の考え方を一旦ご破算にして、キリスト者だからこそ主イエス・キリストの前に、そして聖書の前に、素直に立って見たいのです。そこで何が見えて来るでしょうか。何が聞こえてくるでしょうか。

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# by rev_ushioda | 2016-01-03 22:00 | Comments(0)

「なまけものに」

なまけものぶらさがり見る去年(こぞ)今年

元日の『折々のことば』(朝日新聞)に有馬 朗人(ありま あきと、物理学者、俳人、政治家)の句が紹介されていました。
言われているのは、動物の「なまけもの」のことですが、この句の選者は、「時流から外れ世を逆さに見る感覚だけは内に養っておきたいと年始に思う。」とありました。
最近は時間の切り売りと言いましょうか、携帯の料金だけでなく、バイキング形式のレストランで「分単位」で食事料金が計算され、駐車料金もかつては1時間単位だったのが10分単位、細切れ化が進んでいます。時間がない現代人には、分単位で物を売るのが流行るのでしょうか。何か忙しく、せち辛い。
そういう中で、西サモアにあるウポル島、酋長の演説集「パパラギ」という本が訴えています。パパラギというのは、彼らの言う、白人のことです。白人は一日を細切れに刻み、時間というものに追われ、時間がない、時間がないと言って生活している。また、職業というものを持っていて、一人の人が毎日、同じことをする。だから仕事のことを話す時、ため息をつく。しかし、サモアの若者は、歌を歌いながらタロイモを掘りに行ったり、ほかのこともする。時のくるままに時を愛してきたし、十分な時間を持っている。このように、書いてありました。
同じ時間を持っていながら、私たちは、時間を細切れに刻み、時間がない、時間がない、と言っているのに、サモアの人々は時間と時間をつなぎ合わせて十分な時間がある、と言うのです。私たちはお互いばらばらですが、サモアの人々は、違ったものを結び合わせて、一緒に生き、一緒に働き、一緒に休むのです。つなぐ発想、結ぶ発想で終始しています。
聖書を開けば、40年もの間、荒れ野の生活をしなければならなかった人々のことが書かれています。しかし、こう言っています「あなたの神、主は・・この広大な荒れ野の旅路を守り、この40年の間、あなたの神、主は共におられたので、あなたは何一つ不足しなかった。」(申命記2:7)

この世の時間に支配されず、礼拝の時間くらいは確保するなまけものになって「ぶらさがり見る」と何が見えて来るのでしょうか。

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# by rev_ushioda | 2016-01-02 00:33 | Comments(0)