1年半ぶりに、街道に立つことができた。昨年9月に母が急に動けなくなり、過呼吸で救急車だとか、要介護4の認定を受け、介護用品だ、ヘルパーさんだ、訪問看護、訪問入浴だ、医師の往診だと、とにかく数か月間大騒ぎし、その後も1年余り、公私ともにまったく動けなくなってしまった。しかし、ようやくショートステイを上手く使えるようになったので、ここで再び、街道人となることができた次第である。

さて、今回は、いよいよ濃尾平野を離れるコースである。伏見宿、御嵩宿、細久手宿、大湫宿という、ここで街道はまさに難所「十三峠」の道、山中に入っていくのである。江戸時代に山の中に新設されたという道なので、明治に入って平地に鉄道が敷かれると取り残された地域であるため、当時のままの街道風景が今に残る。宿泊場所はどこにもないが、幸い、江戸時代からの旅籠一軒、今も営業しているので、そこに泊まることにした。街道がようやくJRに接近するのが大湫宿の先、深萱立場なので、今回の目的地はそこまで、となった。
山道、坂道の難所続きなので、数か所に「救急の場合は119番」と書かれている看板を見た。そして、「熊の出没情報あり」の看板も数か所に。イノシシに注意という看板は前回も見たが、ついに、熊である。今回初めて、持参した熊鈴を鳴らしながら山中の道を歩くことになった。
電車に乗るために街道をはずれ駅に向かう途中、出会ったのは中央高速道路と国道19号であった。琵琶湖から御嵩まで、ずっと国道21号に並行する旧道を歩いてきたが、難所の山道を抜けると、ついに木曽路を通る19号に出会った。これから19号線とのお付き合いとなる。
次の地図はおおまかな位置確認のために添付。旧中山道は書き込まれていない。街道は、依然、東に向かってほぼ直線である。


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11月28日(月) 太田~伏見~御嵩

前回宿泊した「ルートイン可児」に車を停め、本来なら前回の終点、太田の渡しに戻って起点となるはずである。しかし、そこから1時間くらい先に進んだところに今回宿泊のホテルが位置するため、もはや太田には戻らず、ホテルから直接、街道に入ることにした(太田からは国道をひたすら歩くことが分かっていたので、短絡させても国道なら、まあ、よしとした)。
そういうわけで、御嵩までのコースは特に見るべきところもなく、2時間半ほどで目的地に到着。そういえば、途中、こんな田舎に? と思うところに、中国人が経営している中華料理店(横浜という名前がついていた)のラーメンがあって、おいしかった。
「ルートイン」は、大きなお風呂がついているので、湯船でゆっくり休むことができた。

YOUTUBE「西から御嵩宿を越える」 https://youtu.be/XHp7V9jjsGo

29日(火) 御嵩~細久手

この日から一泊二日は相当の山道を覚悟して出発。しかも途中、江戸時代から続く「旅籠」に泊まるので、初めてリュックを背負っての道行きとなった。この区間、幕府によって何もない山中に開かれた街道なので、ここから大井宿(恵那)まで、何もない山の中である。
案の定、厳しいのぼりが続く。いよいよ木曽路近し、という実感。途中、隠れキリシタンの遺物が発掘されたという記念碑があり、それも今は先人の遺産ということで、町おこしに一役買っているらしい。皮肉なものである。
山中の景色のいい場所には、相当こだわりのある喫茶店があった。ケーキしか出さない。店内でおにぎり食べていいかと訊いたら、断られた。お天気がよかったから外で食べれたが、雨でも、同じことを言うのだろうか。しかし、ここのケーキは、おいしかったこと。中山道とは別の車道を通って、次々、お客が来る。とにかく、ずっと上りだったから、一息入れる場所があって、私たちは大いに助かった。
店を出た途端、今度は、急な下り坂が長く続き、そして、次はまた長い上り坂となった。
山の中なので、一里塚は何のじゃまにもならないため、どれもみな壊されずに昔のまま、保存されている。また、馬頭観音があちこちにおかれ、旅人をいやす清水があれば名前がつけられ、茶屋の跡があちこちにあり、かつて、旅人の山中の道行きを助けていたことが分かる。途中の鴨の巣一里塚で電話をするように宿から言われていたので、電話。昔の人も、ここから宿泊の確認電話をしたのだ(笑)
宿泊は、江戸時代からの旅籠「大黒屋」である。明治になってから70余年閉じられていたのが、昭和26年、炭鉱の工夫たちのために再開されたのだとか。そのうち指定文化財になり、だからであろうか手をつけられずにいた壁紙など、あちこちがボロボロである。尾張藩の殿様の定宿だということで、意匠の凝った建物であるが、時間の流れには勝てないなと思った。ふとんも、昔ながらの綿入れふとんで、あの重さは久しぶりの感覚だった。いずれにしても、ここに泊まらなければ野宿となったわけで、ありがたい旅籠であった。ご主人も丁寧に対応してくれて、うれしかった。

YOUTUBE「西から細久手宿を越える」 https://youtu.be/YQvP-imCojw

30日(水) 細久手~大湫(深萱の立場)

大湫で下山しようと思っていたが、旅籠の御主人の勧めもあり、時間は倍になるが(計4時間越え)、その先「十三峠」に入って、途中の深萱立場で下山することにした。
細久手から先は、昨日とは打って変わって、気持ちの良い林の中の舗装路が続いた。軽井沢だね、と言いながらコースを楽しむことができた。途中、周りにゴルフ場が開発されたところがある。子どもが捨てて行ったのかなあ、スーパーボールがあるよ、と思っていたが、次々と見つけるに及んで、ゴルフボールと気づき、こんなのが飛んできて当たったらどうするのと急に怖くなったとき、目の前をゆっくりとカートが通過していった ^^;
さて、琵琶峠越えである。500メートルに及ぶ石畳が当時のまま残っている。この石畳は昭和45年に「発見」されたものである。権力の道も通行が途絶えれば100年近くも地中に埋もれてしまったわけで、そういうところに道を通した、ということでもある。山中にバイオトイレというのがあった。太陽光発電でドアを開けるとパッと電気がつく。すごくきれいな室内で、特殊な装置で排泄物を処理して自然に還元するということで、ハイテクトイレには驚いた。

大湫宿は、細久手同様、山間に取り残された宿だと聞いていたが、細久手は特に見るべきところはないのに反して、見どころもあり、駐車場もあり、トイレも充実して、街並み保存にかなり力を入れているのが分かる。ここに宿泊施設を作ればいいのにと思いながら、先を急ぐので、通過。
その先はいよいよ「十三峠」である。まず寺坂を上って、あとは下って、上って… の繰り返しである。清水があれば名がつく。観音像があちらこちらに。そして、句碑が、またあちらこちらに、という具合。中山道の中でもここが、最大の難所だったのではないだろうか。

そういうわけでようやく武並駅から電車に乗ったとき、ほっとしたのか、妻は今回、山道でとてもお世話になったノルディックポールをホームに置き忘れてきたという、落ちがついた。

次回は、いよいよ信濃の国、木曽11宿の第一番目の馬篭宿に至る!

YOUTUBE「西から大湫宿を越える」 https://youtu.be/PiSHNq78Cp8

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# by rev_ushioda | 2016-12-02 11:17 | Comments(0)

「淡々と」

素直な信仰を、淡々と生きている人がいる。
難しい話は分からないと言う。しかし、礼拝が大事なことだけは分かっている。周りがどんなに騒ごうとも、「この道に生きることは自分で決めたのだから、決めた事はやめてはならないでしょう」と言う。日曜日が来れば、「今日は日曜日、さあ礼拝に行きましょう」と、礼拝への道に立つ。大事なことは大事なんだと、文字通り理屈抜きで、問題があろうとなかろうと、今も、これからも、キリスト者を生きていく。

素直な信仰を、淡々と生きている人がいる。
教会の暦がアドベントになれば、礼拝堂の4本のローソクに1本、1本、火がともるのを見つめてクリスマスを待ち、受難節になれば1円、5円、10円の節約献金をして主の受難をしのびつつイースターを待ち、ペンテコステには、礼拝堂に子どもたちがまくバラの花を見て、聖霊が私にもくだったと言って喜ぶ。

素直な信仰を、淡々と生きている人がいる。
今日は雨/雪だから礼拝に行く人がきっと少ないだろう、寂しい人がいるといけないからと言って、いつもより少し早く家を出て、礼拝への祈りの道を作る。風邪でお休みされた方のためにお手紙書きましょうと、牧師に住所を尋ねる。初めて礼拝に来られた方のそばに歩み寄り、よくいらっしゃいましたと多くを語らずに控えめなひと声をかける。

素直な信仰を、淡々と生きている人がいる。
誰にも気づかれないところで、今日も良い日だと言って、次の礼拝に向けて祈りの道を作っている。

その人を、この世の悪、この世の艱難であっても、押しつぶすことは出来ない。その人は、すでに世に勝っているからだ。

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# by rev_ushioda | 2016-11-27 22:37 | Comments(0)

「なんでわたしが?」

12月末で規定上の定年。来年には退職金が支払われるという。
教会では契約2年延長を決めているので、そういう状況でも退職金は支払われるのか(受けとるのは2年先ではないのか)確認したところ、「大丈夫」という返事。 ? 「会計が厳しいのではないか」という質問と受け取られたようだ。
私は、2年延長を決めているので、現役のまま退職金というお金を受け取る「気分」になれない、と言ったのである。さらに言えば、退職金などずっと先のことかと思っていた。にわかに退職金を来年払うと言われても、思考と言うか、体が、ついて行かないのである。流行りの言葉では、「なんでわたしが退職金?」である。

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# by rev_ushioda | 2016-11-06 23:40 | Comments(0)

「休養ふたたび」

中会の召天者記念礼拝の後、冨士霊園からそのまま一泊の休養に出かけた。昼食は、山中湖で「ほうとう」を食べよう、ということで、気ままにドライブの方向を定め、何十年ぶりかという「かご坂峠」経由で山中湖に。

そこから箱根に向かい(休日の上りを意識していなかったため、ここでそこそこ渋滞に巻き込まれながら)、今回の行先は「箱根の森おかだ」奥湯本のさらに一番奥ということで、そこからの景色は期待通り、最高だった。山々の押し迫る谷間の大空間が小田原方向に延び、湯本駅辺りが遠く眼下に見え、さらに遠くに小田原市街地と海が、その向こうに大磯が見えるという、箱根を感じるには絶好のロケーションだった。景色も、和洋室という部屋も、お風呂も、よし。B&Bで手に入れた安いプランに満足した。

帰りは、江の島経由で―  今回は、島の反対側まで行き、そこの磯から、江の島入口まで10分で行くという船に乗った。江の島で初めて乗る船だ。そこまでよし。今回のオチは、「船酔い」だった。

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# by rev_ushioda | 2016-10-12 12:52 | Comments(0)

「女性のつどい」

躍動する教会! 女性会の研修会に出席して、私たちカンバーランド長老教会に対して改めて感じた思いです。歴史を振りかえってみても、現在の教会の動きを見ても、伝道のために躍動している。それがカンバーランド長老教会です。
私たちは一つの教会で礼拝をまもり、交わりをし、教会の印象を持ちますが、大事なのは、その教会がどういう共同体に属しているか、ということです。目の前の教会が高齢化だとか、建物が貧弱だとか、経済が厳しいとか、当座のマイナス印象はあるとしても、どういう共同体に属しているか、それが大事です。
カンバーランド長老教会は、国単位で教会組織を作らない、めずらしい教会です。教会はアメリカ合衆国から始まりましたが、すぐに海外に宣教師を送り、今日ではアジア地域にも宣教地域が広がり、名実ともにグローバルな教会となっています。研修会では、私たちは境目を作らない、多様さを含んだ一つの教会、グローバルな教会であると言われていました。つまり、インターナショナルではないのだと。インターナショナル、つまり、ネイション(国家)があって、その境目をつないでいるという意味で、私たちの教会は一つなのではないのです。私たちの教会は、国境を越えて一つなのです。境目を作らない、「一つの」教会なのです。
それを後押ししたのは、女性たちの組織でした。男性は組織とか枠組みとかを大事にしますが、女性的な感性はそういう枠組みを自然に超えたのかも知れないなと、私は講演を聞きながら思いました。泉教会も、女性たちのキリスト者としての感性が、生き生きと用いられる教会でありたいと思っています。
さて、「共同宣教」試論は、そのような考え方を私たちの教会にあてはめて具現化するためにはどうしたらよいかということの投げかけです。この時のために私たちの教会があったのだ、と言えるものを、見えるものとして現したいのです。パウロが「渡って来てわたしたちを助けてください」という幻を見て、すぐ、トロアスから船出したように。

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# by rev_ushioda | 2016-10-06 22:01 | Comments(0)

「教会の壁を越えて」

CCC (キリスト教カウンセリングセンター)交友会からの『原稿依頼があり、以下のように書いてみた。

当時、3年間の学習が修了した時、CCCの修了証に「カウンセラー2級」と書いてありました。この「お墨付き」をいいことに、開拓伝道に出た20年前、地域との出会いを求めて傾聴講座(注1)を始め、現在は教会と別組織でNPO法人化し、教会が地域に出て行く足がかりにしています。すると、これをきっかけとして、以下のように牧師がこういうところに招かれて講演するだろうかという、おもしろい経験をさせてもらっています。事業所を対象とした第三者評価委員の講演会、成年後見人(行政書士会)の講演会、子どもの相談を受けるチャイルドラインの研修会、病院の看護師研修会、地域の公立小学校PTAの講演会等々。いつも「ただの牧師です。心理学を勉強したわけではありません」と言いながら、教会と地域との接点は1回でも多い方がいいと考えていますのでお招きに与ります。CCCでの学びと体験がこんな展開になるかと驚き、また、そのような機会を与えてくださったCCCとの出会いを感謝しています。
CCCで学習し始めた2期目、当時、そこでエンカウンターグループが用意されていました。早々に私は、これはまずいことになった、と思いました。皆さんが言っていることがまるで分からないで、一人取り残される感覚。3回目で、「気持ちがわかりません。ついていくことが出来ない」と言うと、すかさずファシリテーターの大西先生が「潮田さんの両脇の人、潮田さんの手をたたいてください。」(パチッ!)「どうですか?」「痛いです。」「“気持ち”が、言えたではないですか!」― 気持ちの言語化とその受容・共感。たったこれだけのことが、その後の私のすべてを方向づけました。
教会で出会う子どもたちは限られています。しかし、子どもの電話を受けるチャイルドライン(注2)のリスナーの研修に招かれて、牧師だったらこのように聴く、という聴き方を5年にわたり共有できたことは幸いでした。教会に来る人だけを相手にするのではなく教会の壁の外の人にいかに主イエス・キリストの慰めを届けるかを考えると、福音伝道こそ教会の働きですが、牧師はこのように話を聴くということをお伝えできることは、これも、福音の多様な現われの一つと考えています。

注1.カウンセリングの学びを生かした「気持ちの聴き方」という市民講座。内容は、「聴くこと」、共感・受容、会話記録分析、ロールプレイ。全10回。現在まで20年間で受講生400人。現在「NPO法人 心を聴く市民ネットワーク」。
注2.「いのちの電話」の子ども版。電話にかかって来る子どもの話を共感的・受容的に聞く。神奈川県では、県内公立小・中・高等学校の子どもたちに学校を通して約75万枚の案内カードを配布、月に500件の着信がある。

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# by rev_ushioda | 2016-10-05 17:26 | Comments(0)

「共同宣教試論」

私たち泉教会は、いよいよ20年目の1年間を歩み出します。前任地であるさがみ野教会は、今年、40周年の節目を迎えています。しかし、どちらも共に「教勢の伸び」は思わしくない。そこで私は思うのです。教会は、年数が経てば「盛栄」「発展」していくところなのだろうかと。ビジネス文書にはよくそのように書かれています。その通り、伸びるに越したことはないのですが、実際、盛栄、発展することなく、いつまでも小さな教会ということも、あるのではないでしょうか。
しかし、ここが大事で、小さな教会だからといって、保身的に内固めするのではない。教会の使命は、小さかろうが、大きかろうが、伝道以外ではないのです。小さな教会は小さな教会なりの機動力を生かし、伝道するために、ここに置かれているのです。この視点が抜け落ちると、どうしたら教会を維持できるかといった、せこい話に終始し、炭酸の抜けたコーラのような得体の知れないモノにしかならない。
牧師を招聘する力がないなら「兼牧」(一人の牧師が小さい教会の働きも併せ持つこと)という考え方があります。何とも教会を馬鹿にした言い方だと思います。教会はそんな片手間で出来るような所ではない。
他方、「共同宣教」という言葉があります。力がないなら、地域の教会が共同で宣教を担ったらいいのではないかという考え方です。共同宣教は、限られた人材、限られた経済力で、では、伝道をどうしたらよいかという、前向きの議論の中で生まれてくる言葉である、というところが大事です。力がある教会が、力のない教会を支援する(兼牧する)というような考え方では決してありません。私たちは今、伝道する教会として、そのような伝道する教会の新しい仕組み、枠組みをもって動き始める時を迎えていると思います。

教会が一人の牧師を招こうとして、しかし経済的な能力を持たないなら、方法は少なくとも3つあります。
一つは、他の教会の牧師に、臨時代行を依頼する。つまり、牧会のために一定の時間を割いて来てもらう、いわゆる「兼牧」です。しかし、これは間に合わせ的な形態であって、しかも受ける側は負い目を感じ、この状態を何とかしなければ、というあせりは、どうしても内向きの考え方になります。

一つは、牧師が教会以外で何か仕事を持ち、そこである程度の収入を得ながら教会の働きをする「自給」です。仕事とは、たとえば学校の聖書科で教えるとか、教会の関連事業(英会話教室、塾、幼稚園、介護事業など)での働き、あるいは地域で証しになるような働き(学童保育、NPO、その他)になるでしょうか。

一つは、これは複雑で簡単ではありませんが、いくつかの教会と協力関係を結び、開拓伝道を起こしつつ、地域の複数教会の協力体制で互いの必要をカバーするという方法。開拓伝道に派遣された牧師は、メインとなる教会(牧師を招こうとしている教会)からの謝儀、他の協力教会からの支援、そして塾で教えるなど自給収入で生計を支える。メインとなる教会は専任の牧師ではないものの、協力関係を結んだ牧師により礼拝をまもり、牧会と、小会指導を受けます。この方法の要は、単に受けるだけでなく、他の教会と共に新たな開拓のために牧師を送り出し、「共同宣教」を実現するという視点を持つことにあります。この方法は未知の領域で課題は多いですが、内向きの矢印が外に向かう点で、見える形は「兼牧」と同じようでも意味はまったく違います。

今、泉教会はどの選択が出来るか、小会はその方向性を出すことを当面の優先的課題としています。弱さは他の教会よりも多く持っている教会ですが、だからといってただ受けるだけでなく、私たちも宣教に関わる喜び、期待、を共有する方法を選んで行きたいと思うのです。

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# by rev_ushioda | 2016-10-02 17:31 | Comments(0)

「信仰街道の一里塚」

私事ですが、要介護4の母を自宅で介護して1年。四六時中、食事、排せつ、痛みなどへの対応があり、デイサービス、ショートステイ、ヘルパーや訪問看護、入浴などの日程調整や依頼、準備などに追われているうちに、だいぶ手馴れて来たとはいえ、こんなにも自分の思考や行動が狭くなるものかと驚いています。
しかし、そのように一点に集中せざるを得ないことは別に介護に限らず、たとえば仕事にしても同じことが言えます。1週間、同じことを繰り返し、意識をそこに集中しているうちに、おそらく同じように思考や行動が狭くなるのです。
私はこれではいけないと思い、「点」が「線」になるように、島崎藤村の『夜明け前』とか司馬遼太郎の『国盗り物語』、その他、今、趣味で歩いている街道に関する本の助けを借りました。実際、介護があるので街道に立つことは出来なくても、読書によって、視野が縦横に広がるのを感じました。この感覚は大事だと思いました。地上の街道には、京とか江戸とか目的地がありますから、それを、自分の信仰の目的地に重ねることが出来るのです。一緒に神の都を目指す信仰街道を旅しませんかと人に勧める口実を得ることも出来るのです。「街道」というスケールに自分を乗せることは、私にとって視野を広げるのに益することであり、楽しいことでした。
今年最初の「牧会のはなし」に、「なまけもの」という動物の絵と共に、私は次のように書きました。―この世の時間に支配されず、礼拝の時間くらいは確保するなまけものになって「ぶらさがり見る」と何が見えて来るのでしょうか。―
礼拝は、神の国に続く信仰街道の、一里塚なのです。ここに足を止め、ずっと先が見えると、苦しい今も目的地に包み込まれた今に見えてくるから不思議であり、愉快なことです。

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# by rev_ushioda | 2016-09-15 12:20 | Comments(0)

「美術館で思ったこと」

某大学後援会の親睦旅行で、箱根に行った。参加者8人で小回りが利く、というわけで、小田原城、地球博物館、「えれんなごっそ」で昼食、石垣山城(車中見学)、ポーラ美術館、ラリック美術館という豪華コースとなった。
ポーラ美術館、ラリック美術館は、よく夫婦で箱根に行くが、気になりつつも、それぞれ1800円、1500円と高いので、毎回、「まあ、いいか」と横目で見るばかりだった。今回、親睦旅行の勢いで入館。いい機会だった。
ポーラ美術館は、まず、建物が山間の斜面に建てられていて、だから緑に包まれており、その透明感あふれるエントランスは、建築的にも実にすばらしい。さっそく一回り見学して出てきたら、それは第一展示室で、まだ第5展示室まであるという。その広さに驚いた。建物周辺には林の中に散策コースがある。美術作品で飽和状態になった頭を休めるのにいいと思ったが、さすがにその時間がなく、残念だった。行かれなかったところに後ろ髪をひかれるようだ。
次のラリック美術館はガラス工芸品の展示で、二つの美美術館だけで、見慣れないものを観た私のあたまは、あふれかえった。
さて、ゴッホの絵を観た後の車中で、「子どもってなぜ、すぐに絵を描けるんだろうね」という話になった。一人の人が言った。「大人は結果から考えるからで、子どもは結果を考えず、直感で描くんじゃない?」  なるほど、娘が昔、描いた絵はゴッホの絵と似ていて、結果から描いたとは思えない。今も、額に入れてとってあるが、既成概念を壊すゴッホの絵には、結果ではなく、その「直感」があるのだろうと思った。。
ところで、絵には皆、立派な額縁がつけられている。美術館は額縁ごと購入したそうだ。しかしその絵の作者は、その絵がその額縁に収められることに、果たして納得しているのだろうかという疑問がわいた。もしかしたら、絵の作者の意図に反した額に入れていないだろうか。それによって絵の価値を下げていることはないだろうか。絵を観ながら、絵そのものの値打ちが分からない者だから、そんなことばかり思っていた。

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# by rev_ushioda | 2016-09-11 23:20 | Comments(0)

「お祈りください」

入院、手術の日が決まったとメールくださったK先生。
「転移はないけれど、気になるのは腎臓の機能低下があり、再検査の結果、手術日が変動するかもしれない」ということ。

以下、返信。

先日、教会員の姉妹と同じ職場で働いているという、これから腎臓の手術をする方が、教会を訪ねて来られました。不安で、その友人の前で大泣きしてしまったと言っていました。
しかし、この人は昔、何かの時に聖書が当って、今も取ってある、と聞いた教会員の姉妹は、あなた大丈夫、と言ったそうです。聖書を持っているだけで、あなた大丈夫と。そしてその人は、教会を訪ねてみたい、と言ったのだそうです。
教会を訪ねて来られた日の夜から、食べれていなかった食事ができるようになった。以後、食事がのどを通るようになったと、後日のメール。
先生も、聖書を持っておられると思います(^O^)  先生、大丈夫。
小噺でした。
潮田



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# by rev_ushioda | 2016-08-31 21:04 | Comments(0)