「説教準備スタイル」

30年近く、説教準備は手書きだった。
一年間、ワープロを使ってみたことがあったが、自分の原稿でないような気がしてやめた。

ところが最近、原稿作りがパソコンになった。
理由がある。

1.音声認識ソフトを入手したこと。
普通にしゃべると、即、文字変換してくれる。誤入力は避けられないので、補助入力で使用している。それでも60~70%は正確に入力するから、まったく楽だ。作業効率は、倍に向上した。

2.手書き文字ソフトを入手したこと。
入力した文字が明朝体では、自分の原稿でないようだったから、以前は、やめたのだった。今は、手書き文字ソフトがあって、自分の手書き文字を、パソコンに入れている。音声認識文字は、全部、自分の手書き文字として画面上に表示され、プリントも自分の手書き文字だ。

この両方を使うことで、紙の上に自分で書いているような感覚で、かつ、しゃべるスピードに近く、文字になる。今、土曜日の夜、牧師の部屋に行くと、準備中の説教が、「聞こえる」。
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# by rev_ushioda | 2006-05-01 00:45 | Comments(0)

今日は、市川グレース伝道所開設式。

泉教会から、工藤夫妻、野村さん、池永姉、井上姉、仁科姉、宮入姉、加奈姉、岩城姉、潮田夫妻、以上11人が出席。(今日の礼拝は20人という寂しさであったが、その半分以上が、市川に行くことになった。これは、うれしいことであった)

気づけば、泉教会の開拓は9年前である。今日、こうして新しい開拓伝道が開始されると、私たちは9年間、何をしてきたかな…と振り返るのは、自然な感情か…

行き帰りの1時間ほどの電車の中で、信仰のこと、仲間のこと、いろいろ話が行き交っていた。こういう交わりもいいものだと、半分疲れた頭で聞いていた。

そういえば、泉教会を通って行った人というテーマで、文集『ぱんくず』を作ろう、と加奈さんに頼んだ。快諾してもらい、さっそく宇佐美の井上明子さんのところに取材に行くことになった。そうだ、そのうち市川の木曜聖書会に飛び込みもいい。そして、高座教会の大井先生、国立のぞみ教会の唐澤先生、かおりも?だろうか。
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# by rev_ushioda | 2006-05-01 00:24 | Comments(0)

きのうのイースターは、さがみ野教会に招かれて、出かけた。
泉教会がイースターにもかかわらず牧師を送り出したのは、やはり、私の前任教会30周年を祝う思いがある。
さがみ野教会は、今、国際礼拝をしている。今回、合同ということでもあり、彼らの賛美があった。正面には賛美の文字が投射されている。何よりも、この8年で知らない人が増えた。きのうは、人数も多かった。そういうわけで、19年、牧会した群れという感覚がわかない…
しかし、礼拝が終ると、当時からの会員の方々となつかしい挨拶を交わすことができ、うれしかった。
教会は、人である。人は、動く。離れて行き、加わって来る。しかし、それが教会である。多くの人が通って行ったさがみ野教会は、今日も、教会のつとめを果たしている。

「公同の教会を信ず」。

心から告白した。
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# by rev_ushioda | 2006-04-17 15:03 | Comments(0)

「うれしい一日」

4月。
増田先生一家が市川開拓へ、伊佐山鷲君が沖縄の中学校に転校、娘は結婚で相手先の教会へと送り出し、泉教会の礼拝を、色々な意味で心配していた。
そして今日。
朝10時からの中学生分級と、礼拝後の小学生分級は、加奈姉(以後、工藤兄、仁科姉を加えた3人でローテーション)。礼拝の中の子どもメッセージは、仁科姉(以後、工藤兄、秀子姉、牧師を加えた4人+あと1人?でローテーション)。礼拝の2曲のピアノ伴奏は、由佳姉(以後、毎週担当)。そして今日の礼拝に、新来者2人(共にネットワークの関係者)。

うれしい一日だった。

教会は不思議なところだ。人は確実に備えられる。いや、時が熟したということか。
神さまのことだ。私たちは心配無用なのだ。
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# by rev_ushioda | 2006-04-09 20:02 | Comments(0)

「何があっても」

結婚式が終わった後、会場で親族代表として挨拶した。
良き友人たちに囲まれて、彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。
「何があっても」。かなり意識して言った一言であった。

英幸君は、腫瘍がまた、いつ出来るかわからない。
今回は、幸いにも良性であったが、次は悪性にもなる可能性があるそうだ。
2月の手術の時、彼のお父さんが、かおりに言った
「あなたが出会った人がこの人で、申し訳ない」。
そんなことはない。かおりは最高の人と出会ったのだ。
彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。その通りなのだ。
良き友人に囲まれて、何があっても、彼等は乗り越えていかれる。

これを書いていて、初めて、涙が出てきた…
何の涙だろう。

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# by rev_ushioda | 2006-03-23 16:46 | Comments(0)

「娘の結婚式」

はからずも、桜の開花日。
はからずも、王ジャパン、野球で世界優勝の日。
その日に、娘は嫁いでいった。

いつもは、私は司式者の立場である。
親の立場は初めてで、何をしていいのか…うろうろ。
それでも、会場が大学で、いわゆる結婚式場ではないので、準備から後片付けまで、する事も多く、見れば娘も、友人たちスタッフと同様のネームプレートを下げ、走り回っていた。そこに「嫁」と書いてあった。

そうこうしているうちに、時間になって、ヘアーメイクと着替えのために、準備室に入っていった。
何か一言、言いたい思いがあって、しばらくして行ってみたら、まだ準備ができていない。
まだか、と思っているうちに開始時間になってしまった。テレビドラマのようには行かない、か…

その間も、友人たちは走り回っていた。
娘は、本当に良い友人たちに恵まれたと思う。前日も、3人が我が家に泊まり、徹夜で準備してくれた。しかも、在学中の大学の仲間だと聞いて驚いた。卒業して2年たつのに、学年が離れていても、こうして一生懸命やってくれる友人がいる。一番、感動と感謝を覚えた事は、そのことだった。

そして、ついでに昨日は私たち夫婦の30年目の結婚記念日。娘の結婚式に臨む親の思いと、
自分たちの30年前のあの日の回顧とが重なり、何と言ったらいいか、…言葉が見つからないが、とても良い一日だった。

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# by rev_ushioda | 2006-03-22 22:49 | Comments(0)

「気付いたら」

礼拝の平均30人を、と祈ってきた。
2月の統計をとっていて、気付いた。平均30.5人であった。
平均30人の目標のために何かしなければ、と思ってはいたが、だから、何かしたわけではない…そういうものかと改めて思った。
9年前、開拓を始めたとき、公開勉強会も始めた。
公開勉強会から礼拝に出る人が起こされればと期待していた。
しかし、そこからは礼拝に結びつく人はいなかった。
気付いたら、礼拝に人がいた。
まったく別のルートで来られた方々であった。
頑張っているところからは、人は来ない、あの時、学んだことだった。
2月の平均30.5人。
しかし、4月からは増田先生ご一家、鷲君、そして娘がいなくなる。
だから、頑張らないようにしよう。
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# by rev_ushioda | 2006-03-16 21:03 | Comments(1)


「星の王子さま」の冒頭に、こう書かれている。

「おとなというものは、数字が好きです。新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、かんじんかなめのことはききません。
(どんな声の人?)とか、(どんな遊びが好き?)とか、(チョウの採集をする人?)とかいうようなことは、てんできかずに、(その人、いくつ?)とか、(きょうだいは、なん人いますか?)とか、(目方はどのくらい?)とか、(おとうさんは、どのくらいお金をとっていますか?)とかいうようなことを、きくのです。そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。
おとなの人たちに(桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトのいる、きれいな家を見たよ)といったところで、どうもピンとこないでしょう。
おとなたちには(10万フランの家を見た)といわなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声を出して、(なんてりっぱな家だろう)というのです。」
(内藤濯訳、岩波少年文庫、昭和44年)

数字の世界で生きている人には、どんな声の人か、どんな遊びが好きか、チョウの採集をする人かどうか、など、どうでもいいのだ。また、その家が桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトがいるかどうかなど、どうでもいいのだ。
しかし、人や物を立体的、豊かに見たり、感じたりするためには、それこそが大事なのだと、「星の王子さま」の著者、サン・テグジュペリは言っている。
子どもは、同じ世界、また人間を、大人では味わえない豊かさをもって見ている。ところが、私たちは、いつの間にか数字に関心が移ってしまい、それで事柄を理解しようとしている。
「大人」の見方、つまり平板な二次元の世界で見ようとしているうちは、人が、どうしても理解できないのだ。
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# by rev_ushioda | 2006-03-09 00:25 | Comments(2)


再びブログ開設!

2005年5月頃から、livedoor のブログを使っていた。
いろいろ問題がある会社だと思いつつ・・
しかし、遂に堀江社長が逮捕された。
これ以上使い続けられないと思って、
2006年になって、Yahoo に引っ越した。
ところが、これが使いにくい!重すぎるのだ。
携帯から開けない、ということも分かった。
公表は Yahoo にしながら、
仕方ないので裏ブログで livedoor を使って来た。
その間に、携帯から開けるブログをいくつか紹介してもらった。
その内、使い勝手が一番よかったのが、このexcite だった。
そういうわけで、しばらく旅をしてきたが、
流れ着いて、ここに落ち着いた。

■幾度かアドレスを変更してもらった皆さんへ■


「私のブログのために、大変、お手数かけました。
これで環境が整ったと思います。よろしくお願いします」
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# by rev_ushioda | 2006-03-06 22:08 | Comments(0)

「会議」

定期中会会議があった。
4時開会。9時に終るという観測もあった。主事さんは11時だと言っていた。結局、終ったのは12時だった。深夜である。議長として、どっと疲れてしまった。そんな非常識な時間に終わらせてしまった、という疲れである。代議員の皆さん、特に女性代議員に申し訳ない、という「罪責感」が残った。
他の議長だったらもっとうまくやっただろうと、ふともらすと、誰であっても同じだと言われた。でも、そんな時間まで終らせられなかったという疲れが、残っている。ただでさえ、議長席に座っているだけで、何もしなくても、疲れる。
会議がない時は、14教会の代表者。宗教法人の代表役員でもある。
そういえば、30歳の頃、初めて選出された時、十二指腸潰瘍になった。
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# by rev_ushioda | 2006-03-06 21:12 | Comments(0)