「秀子さん、中国に」

秀子さんが今回、9人の仲間と中国に行くことができて本当によかったと思う。私が行った時よりもさらに奥地に入ったようだ。貧しい農村にあって、そこで教会に通う人々の純粋な信仰の姿に接し、大変、励まされたようだ。
中国の教会は「三自愛国教会」と言う、政府管理下に置かれた教会だ。礼拝に公安が紛れ込んでいるかも知れない。
神さまが第一なんて言ったら危ないと、香港から同行した人が教えてくれた。「神の国と、その義を、まず第一とする時・・・」と歌ったあとだった。政府(共産主義)が第一なのだ。
そんなところに真実の信仰はないと、福音派の人たちは言う。そうだろうか。確かに制約はある。が、そこで芽生えた信仰に真実はないなどと、誰が言うことができるだろう。何時間も歩いて教会に通う人。いくつも伝道所を生み出す教会。私たちよりはるかに生き生きと信仰に生きる人。

言えないのだったら、言わなければいい。しかし信徒の生活そのものが、その前に、もう、語り始めているのだ。共産主義の土地に、信徒は増えつづける。教会は増えつづける。私たちの比ではない。信仰は、迫害と逆境に強いことを、中国では如実に物語っているのだ。
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# by rev_ushioda | 2005-09-09 23:44 | Comments(0)

「とほほ」

秀子さんが中国旅行に行った。
見送りに成田に行った帰り、もちろん高速であるが、横浜ベイブリッジを渡ったところで道を間違えて、本牧~金沢まで、行ってしまった。横浜は広い。とんでもない大回りをして帰宅。
秀子さんは「あそこ」を、いつも事も無げに通っているのに、私だって秀子さんと一緒に何度も何度も通っている道のはずなのに、しかし私は、なぜこうなるのか?情けない。

帰りは迎えには行かないはずだったが、香港で預かった荷物があるというので、仕方なく迎えに行くことに。
二俣川で高速に乗った。横浜に行くのに、何と、八王子方面に入ってしまった!それこそ、100回は通ったはずの入り口である。次の出口でユーターンしたものの、地元でさえも間違えてしまう。

何で、こうなるのか?私の方向音痴は、正真正銘、本物である。情けない。
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# by rev_ushioda | 2005-09-01 23:50 | Comments(0)

「吉崎牧師を送る」

吉崎先生が亡くなった。
葬礼拝のための祈りを思い巡らしていたら、ひとつのことに気付いた。
私が牧師になる決意を固めたのは、去年の10月に亡くなった瀬底先生の牧会を間近に見たからであった。
私が初めて教会に行くきっかけになったのは、吉崎先生が講師として招かれていた希望が丘教会の特別伝道集会だった。
キリスト教と出会うきっかけとなった先生と牧師になるきっかけとなった先生と、私はそのお二人の葬儀の司式をすることになった。

そのことに思い至った。

そうしたら、何やら無性に寂しくなった。私の原点には、この二人の先生方がおられたから、先達を失う寂しさが込み上げてきたのである。信仰の「ふた親」を亡くしたような感じであろうか、何とも言えず、寂しい。

そういう意味で、今回の葬儀は、私が牧師として精神的にひとりだちする時なのだ、そのように思った。
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# by rev_ushioda | 2005-04-29 22:51 | Comments(0)

主のよき力に、確かに、静かに、取り囲まれ、
不思議にも守られて、慰められて、
私はここでの日々を君たちと共に生き、
君たちと共に新年を迎えようとしています。

過ぎ去ろうとしている時は、私たちの心をなおも悩まし、
悪夢のような日々の重荷は、
私たちをなおも圧し続けています。

ああ、主よ、どうかこのおびえおののく魂に、
あなたが備えている救いを与えてください。

あなたが、もし私たちに苦い杯を、苦汁にあふれる杯を
なみなみとついで、差し出すなら、
私たちはそれを恐れず、感謝して、
いつくしみと愛に満ちたあなたの手から受け取りましょう。
・・・・・
・・・・・
あなたがこの闇の中にもたらしたろうそくを、
どうか今暖かかく、明るく燃やしてください。
そして、できるなら、引き裂かれた私たちをもう一度、
結び合わせてください。
あなたの光が夜の闇の中でこそ輝くことを、
私たちは知っています。
・・・・・
・・・・
主のよき力に、不思議にも守られて、
私たちは、来るべきものを安らかに待ち受けます。
神は、朝に、夕に、私たちのそばにいるでしょう。
そして、私たちが迎える新しい日々にも、
神は必ず、私たちと共にいるでしょう。

ボンヘッファー【抵抗と信従:V291-293】より
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# by rev_ushioda | 2004-01-03 00:23 | Comments(0)