「大賞作品」

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これは、K兄の作品である。
作品は「風が吹いて’06」。
作品ではわかりにくいが、女性の髪が風に吹かれている。
氏は、創型会という会に所属して(同人)、永年にわたり創作活動を続け、今年、見事に創型会賞に輝いた。(第55回記念創型展、於上野、東京都美術館)
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# by rev_ushioda | 2006-05-22 21:35 | Comments(1)

「鳥が」

重機が土を掘り返している。
ガガガ…ドシン!
時々、首がこちらに振られてくる。
見ると、その音や振動もモノともせず、鳥が数羽、掘り返した土の周りを(重機の周りを?)飛び回っている。口にミミズをくわえているのもいる。
なるほど、鳥は、どこに餌があるか、知っている。すごいなあ。
今日は、すごい餌場に出会ったと言っているのだろう。

(これを読んだ人で、このあとのストーリーを誰か、考えてくれないかなあ・・・電話メッセージのネタにしますから)
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# by rev_ushioda | 2006-05-22 15:50 | Comments(0)

「父なる神より」

今朝、あなたが目を覚ました時、わたしはあなたをみつめました。
わたしに何かを言ってくれるかな、と待っていました。
一言だけでもよかったのですが、仕事へ行くにはどんな服を着たらよいか、電車に間に合うかどうかなど考えるのにとっても忙しかったのでしょう。
駅に行く途中、いろいろな人に挨拶をしているので、わたしにも『おはよう』と言ってくれるかなと希望していましたが、やはりわたしのことを頭に浮かべなかったのです。
わたしのことを気がつくように青空を与え、小鳥の声でいっぱいにしたのですが・・全然、気がつかなくてだめでした。
仕事が終わるまで、一日、あなたを根気よく待っていました。
忙しさの中にあっても、わたしのことをちょっとだけでも思ってくれるかな、と期待しましたが、やはり無理でした。
仕事から帰る途中、あなたの疲れを見て、あなたのストレスを洗い流すために雨を贈りました。
こうしたら、わたしのことを思い出すかと考えましたが、逆にあなたは不機嫌になってしまいました。
夕食を食べてから、テレビをつけて好きな番組をみました。
これを終わるまで待っていましたが、でも、わたしのことを思い出しませんでした。
寝る時間になった時、家族の皆さんに『おやすみなさい』と言って布団に入り、わたしを無視して眠ってしまいました。
あなたは、明日も、また起きるでしょう。
わたしは、ただあなたを愛しながら、新しい日にわたしのことを思い出すように願うしかありません。
わたしも全ての父祖のように子どもに愛されていない時は悲しみますが、唯一の神として、限りない憐れみがあることをわかってくれたらうれしいです。

父なる神より
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# by rev_ushioda | 2006-05-05 00:55 | Comments(0)

去年は、連休を利用して、境川サイクリングロードで、江ノ島までのサイクリングに挑戦。
風が強くて、途中(藤沢橋)で挫折。
秀子さんと一緒だったから…という理由でなく、風が、強かったのだ。

そしてこの連休は、再度、しかし今度は徒歩で、挑戦。江ノ島まで完歩した。
…が、どこから歩いたかが問題。
藤沢からだった… (^_^;

藤沢からの道は、去年、自転車で走った、それまでの風景とはガラッと変わって、田園地帯から、松が目立って、海に近いという風景になり、川幅も広がり、そこにボートが係留してあり、それらを見ながら、楽しく歩くことができた。

江ノ島の近くに、カトリック片瀬教会があった。
お寺のような外観の、純和風建築。大きな灯篭が庭に何基もあり、中に入ってみると、和風の礼拝堂は、落ち着く。200人は集まるような、大きな教会だった。思わぬ休息の空間と、時をいただいた。

江ノ島はちょうど干潮で、海が地続きになり、島まで砂浜を歩いて渡ることができたのには感動した。駅も、橋の上も、ものすごい人、車。しかし、ゆったりと川べりを歩いて、くつろぎの一日であった。

海岸に、羽を痛めて飛ぶことが出来ないカラスがいて、ピョン、ピョン、人の中を歩き回っていた。それが、妙に、記憶から消えない。
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# by rev_ushioda | 2006-05-04 23:44 | Comments(0)

「説教準備スタイル」

30年近く、説教準備は手書きだった。
一年間、ワープロを使ってみたことがあったが、自分の原稿でないような気がしてやめた。

ところが最近、原稿作りがパソコンになった。
理由がある。

1.音声認識ソフトを入手したこと。
普通にしゃべると、即、文字変換してくれる。誤入力は避けられないので、補助入力で使用している。それでも60~70%は正確に入力するから、まったく楽だ。作業効率は、倍に向上した。

2.手書き文字ソフトを入手したこと。
入力した文字が明朝体では、自分の原稿でないようだったから、以前は、やめたのだった。今は、手書き文字ソフトがあって、自分の手書き文字を、パソコンに入れている。音声認識文字は、全部、自分の手書き文字として画面上に表示され、プリントも自分の手書き文字だ。

この両方を使うことで、紙の上に自分で書いているような感覚で、かつ、しゃべるスピードに近く、文字になる。今、土曜日の夜、牧師の部屋に行くと、準備中の説教が、「聞こえる」。
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# by rev_ushioda | 2006-05-01 00:45 | Comments(0)

今日は、市川グレース伝道所開設式。

泉教会から、工藤夫妻、野村さん、池永姉、井上姉、仁科姉、宮入姉、加奈姉、岩城姉、潮田夫妻、以上11人が出席。(今日の礼拝は20人という寂しさであったが、その半分以上が、市川に行くことになった。これは、うれしいことであった)

気づけば、泉教会の開拓は9年前である。今日、こうして新しい開拓伝道が開始されると、私たちは9年間、何をしてきたかな…と振り返るのは、自然な感情か…

行き帰りの1時間ほどの電車の中で、信仰のこと、仲間のこと、いろいろ話が行き交っていた。こういう交わりもいいものだと、半分疲れた頭で聞いていた。

そういえば、泉教会を通って行った人というテーマで、文集『ぱんくず』を作ろう、と加奈さんに頼んだ。快諾してもらい、さっそく宇佐美の井上明子さんのところに取材に行くことになった。そうだ、そのうち市川の木曜聖書会に飛び込みもいい。そして、高座教会の大井先生、国立のぞみ教会の唐澤先生、かおりも?だろうか。
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# by rev_ushioda | 2006-05-01 00:24 | Comments(0)

きのうのイースターは、さがみ野教会に招かれて、出かけた。
泉教会がイースターにもかかわらず牧師を送り出したのは、やはり、私の前任教会30周年を祝う思いがある。
さがみ野教会は、今、国際礼拝をしている。今回、合同ということでもあり、彼らの賛美があった。正面には賛美の文字が投射されている。何よりも、この8年で知らない人が増えた。きのうは、人数も多かった。そういうわけで、19年、牧会した群れという感覚がわかない…
しかし、礼拝が終ると、当時からの会員の方々となつかしい挨拶を交わすことができ、うれしかった。
教会は、人である。人は、動く。離れて行き、加わって来る。しかし、それが教会である。多くの人が通って行ったさがみ野教会は、今日も、教会のつとめを果たしている。

「公同の教会を信ず」。

心から告白した。
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# by rev_ushioda | 2006-04-17 15:03 | Comments(0)

「うれしい一日」

4月。
増田先生一家が市川開拓へ、伊佐山鷲君が沖縄の中学校に転校、娘は結婚で相手先の教会へと送り出し、泉教会の礼拝を、色々な意味で心配していた。
そして今日。
朝10時からの中学生分級と、礼拝後の小学生分級は、加奈姉(以後、工藤兄、仁科姉を加えた3人でローテーション)。礼拝の中の子どもメッセージは、仁科姉(以後、工藤兄、秀子姉、牧師を加えた4人+あと1人?でローテーション)。礼拝の2曲のピアノ伴奏は、由佳姉(以後、毎週担当)。そして今日の礼拝に、新来者2人(共にネットワークの関係者)。

うれしい一日だった。

教会は不思議なところだ。人は確実に備えられる。いや、時が熟したということか。
神さまのことだ。私たちは心配無用なのだ。
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# by rev_ushioda | 2006-04-09 20:02 | Comments(0)

「何があっても」

結婚式が終わった後、会場で親族代表として挨拶した。
良き友人たちに囲まれて、彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。
「何があっても」。かなり意識して言った一言であった。

英幸君は、腫瘍がまた、いつ出来るかわからない。
今回は、幸いにも良性であったが、次は悪性にもなる可能性があるそうだ。
2月の手術の時、彼のお父さんが、かおりに言った
「あなたが出会った人がこの人で、申し訳ない」。
そんなことはない。かおりは最高の人と出会ったのだ。
彼等は、何があっても大丈夫だと、私は言った。その通りなのだ。
良き友人に囲まれて、何があっても、彼等は乗り越えていかれる。

これを書いていて、初めて、涙が出てきた…
何の涙だろう。

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# by rev_ushioda | 2006-03-23 16:46 | Comments(0)

「娘の結婚式」

はからずも、桜の開花日。
はからずも、王ジャパン、野球で世界優勝の日。
その日に、娘は嫁いでいった。

いつもは、私は司式者の立場である。
親の立場は初めてで、何をしていいのか…うろうろ。
それでも、会場が大学で、いわゆる結婚式場ではないので、準備から後片付けまで、する事も多く、見れば娘も、友人たちスタッフと同様のネームプレートを下げ、走り回っていた。そこに「嫁」と書いてあった。

そうこうしているうちに、時間になって、ヘアーメイクと着替えのために、準備室に入っていった。
何か一言、言いたい思いがあって、しばらくして行ってみたら、まだ準備ができていない。
まだか、と思っているうちに開始時間になってしまった。テレビドラマのようには行かない、か…

その間も、友人たちは走り回っていた。
娘は、本当に良い友人たちに恵まれたと思う。前日も、3人が我が家に泊まり、徹夜で準備してくれた。しかも、在学中の大学の仲間だと聞いて驚いた。卒業して2年たつのに、学年が離れていても、こうして一生懸命やってくれる友人がいる。一番、感動と感謝を覚えた事は、そのことだった。

そして、ついでに昨日は私たち夫婦の30年目の結婚記念日。娘の結婚式に臨む親の思いと、
自分たちの30年前のあの日の回顧とが重なり、何と言ったらいいか、…言葉が見つからないが、とても良い一日だった。

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# by rev_ushioda | 2006-03-22 22:49 | Comments(0)