「星の王子さま」の冒頭に、こう書かれている。

「おとなというものは、数字が好きです。新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、かんじんかなめのことはききません。
(どんな声の人?)とか、(どんな遊びが好き?)とか、(チョウの採集をする人?)とかいうようなことは、てんできかずに、(その人、いくつ?)とか、(きょうだいは、なん人いますか?)とか、(目方はどのくらい?)とか、(おとうさんは、どのくらいお金をとっていますか?)とかいうようなことを、きくのです。そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。
おとなの人たちに(桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトのいる、きれいな家を見たよ)といったところで、どうもピンとこないでしょう。
おとなたちには(10万フランの家を見た)といわなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声を出して、(なんてりっぱな家だろう)というのです。」
(内藤濯訳、岩波少年文庫、昭和44年)

数字の世界で生きている人には、どんな声の人か、どんな遊びが好きか、チョウの採集をする人かどうか、など、どうでもいいのだ。また、その家が桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢が置いてあって、屋根の上にハトがいるかどうかなど、どうでもいいのだ。
しかし、人や物を立体的、豊かに見たり、感じたりするためには、それこそが大事なのだと、「星の王子さま」の著者、サン・テグジュペリは言っている。
子どもは、同じ世界、また人間を、大人では味わえない豊かさをもって見ている。ところが、私たちは、いつの間にか数字に関心が移ってしまい、それで事柄を理解しようとしている。
「大人」の見方、つまり平板な二次元の世界で見ようとしているうちは、人が、どうしても理解できないのだ。
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# by rev_ushioda | 2006-03-09 00:25 | Comments(2)


再びブログ開設!

2005年5月頃から、livedoor のブログを使っていた。
いろいろ問題がある会社だと思いつつ・・
しかし、遂に堀江社長が逮捕された。
これ以上使い続けられないと思って、
2006年になって、Yahoo に引っ越した。
ところが、これが使いにくい!重すぎるのだ。
携帯から開けない、ということも分かった。
公表は Yahoo にしながら、
仕方ないので裏ブログで livedoor を使って来た。
その間に、携帯から開けるブログをいくつか紹介してもらった。
その内、使い勝手が一番よかったのが、このexcite だった。
そういうわけで、しばらく旅をしてきたが、
流れ着いて、ここに落ち着いた。

■幾度かアドレスを変更してもらった皆さんへ■


「私のブログのために、大変、お手数かけました。
これで環境が整ったと思います。よろしくお願いします」
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# by rev_ushioda | 2006-03-06 22:08 | Comments(0)

「会議」

定期中会会議があった。
4時開会。9時に終るという観測もあった。主事さんは11時だと言っていた。結局、終ったのは12時だった。深夜である。議長として、どっと疲れてしまった。そんな非常識な時間に終わらせてしまった、という疲れである。代議員の皆さん、特に女性代議員に申し訳ない、という「罪責感」が残った。
他の議長だったらもっとうまくやっただろうと、ふともらすと、誰であっても同じだと言われた。でも、そんな時間まで終らせられなかったという疲れが、残っている。ただでさえ、議長席に座っているだけで、何もしなくても、疲れる。
会議がない時は、14教会の代表者。宗教法人の代表役員でもある。
そういえば、30歳の頃、初めて選出された時、十二指腸潰瘍になった。
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# by rev_ushioda | 2006-03-06 21:12 | Comments(0)

娘の婚約者が入院、しばらく職場を休んだ。
退院して、しばらくしてから登校した(彼は教員をしている)。
ところが、門が閉まっていた。
お休みの日だった。
間が抜けている、と言って、皆で笑った。
一番、笑ったのは私だった。
2日後の今日、私は、東京で開催されている週一回の講演会に行った。
会場に着いて、何やら変な雰囲気を感じた。
予定表を見た。
今日は、お休みだった。
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# by rev_ushioda | 2006-02-10 22:18 | Comments(0)

「子どもたちの居場所」

昨年、泉教会に中学校の生活指導の先生が訪ねて来た。
教会に出入りしている中学生のことで、話に来られたのだ。
そうこうするうち、修学旅行のお土産までいただいた。
また、小学校のPTAのお母さんたちが来られた。放課後、遊ぶ場所に「教会」と答えた子どもがいたので、広報紙の取材だった。
「居場所」が問われている時代だ。
夫婦の問題で、あるいは生活力がなく、あるいは叱る(子どもと向き合う)ことができない親のために家に居場所がないのだ。
中学生は、オール(夜、家に帰らず友だちと遊び歩く)をする。補導される。それをまた繰り返す。
教会に真夜中、電話がかかってくる。「泊めてくれ」と。教会は宿泊所ではない、ダメだと叱る。
教会は礼拝をするところだ、日曜日来なさい、と言った。次の日曜日、男の子と一緒に来た。何を考えているのか、男の子にしては何とも覇気がない。そういう男の子と一緒に来たのだ。そして次の日曜日は、その子の友だちも来た。こちらもまた、男の子を連れて。
礼拝中もいちゃいちゃしているが、最後まで礼拝に出ていた。どう接したらいいのか、とまどう。しかし、教会に来る。
教会で厳しく怒られて、涙を流しながらも、また来る。家が真正面から向き合わないのなら、
教会がそうするしかない。キリストも、そうされただろう。
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# by rev_ushioda | 2006-02-05 23:14 | Comments(0)

「オペラを観た」

先日、機会があってオペラ「フィガロの結婚」を観た。
オペラを生で見たのは初めてのことで、色々と面白いと感じたことがあったが、その一つは、休憩時間にワインを飲んでいる。へー、オペラとはそういうものか、田舎者の私は、知らなかった!
もう一つは(こちらが書きたかった方だが)、オペラなので、せりふを歌いあうわけだが、言葉は忘れてしまったが、たとえば男性が、「お茶でもいかが?」と言うと、女性が「ええ喜んで」こう言う(歌う)。ところが、「ええ喜んで」と言った女性がそのあとで(困った、どうしよう)と思う。たとえばであるが、そういう遣り取りをする。言葉と内面が違う。よくあることだ。ところが、そう思うだけでなく、それを口にして言ってしまう(歌う)。そのようなことを交互に、本人を前にして歌っている。言葉と内面は違う。そして、普通は、思ってることは声に出さないのだ。それを、二人が本人を前にして声に出して歌っているので、それがとても面白いと思ったわけ。
別にオペラに限らない。私たちは、いつも言葉で言うことと、思ってることとは別なのだ。普通は、思ってることは言わないから、問題にならない。しかし、問題が問題になるのは、言葉にして言わない内面にある。内側に、どういう言葉があるか、それが実態であって、それによって結果が、ずいぶん違ってくるのだ。
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# by rev_ushioda | 2006-01-25 23:19 | Comments(2)

「あしあと」

ある夜、私は夢を見た。

私は、主と共に、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人の足あとが残されていた。
一つは私の足あと、もう一つは主の足あとであった。

これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
私は、砂の上の足あとに目を留めた。
そこには一つの足あとしかなかった。
私の人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつも私の心を乱していたので、
私はその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ、私があなたに従うと決心したとき、
あなたは、すべての道において、私と共に歩み、
私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生のいちばんつらい時、
一人の足あとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、
私にはわかりません」

主は、ささやかれた。

「私の大切な子よ、
私は、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない
ましてや、苦しみや試みの時に。
足あとがひとつだったとき、
私はあなたを背負って歩いていた」

マーガレット・F・パワーズ
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# by rev_ushioda | 2005-12-31 00:51 | Comments(0)

「0.1秒遅れで」

23日、泉区民クリスマスが行われる。
泉教会、ホーリネス教会、心を聴く市民ネットワーク有志が賛美歌を2曲歌うことになっている。
練習を重ねているが、ベースの私には、どうしても出せない音がある。
困った(>_<)
歌える人の音を頼りに0.1秒遅れて歌うしかない。
それとも、音を出さないほうが、人のためになるのか。
重大な選択の時が来た。
そう言えば、初めて教会に行ったとき(高校生のとき)、しばらくして、言われた
「潮田君は作曲して歌っているね」

(>_<)
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# by rev_ushioda | 2005-12-21 23:25 | Comments(0)

「いいもの見つけた」

パソコンの活字は何となく味気ない。
それで、できるだけ手書きに近いフォントを使ってきたが、満足いくものではなかった。

インターネット(SOURCENEXT)で面白いものを見つけた。
自分の文字をフォントにできるという。その名も「まるで手書き」1800円。遊び感覚でいける値段だ。

200文字を手書きし、スキャナで読み取らせる。それをこのソフトで処理し、名前をつける(健治フォントとした)。
こうしてワードの画面でフォントをプルダウンすると、何と、MS明朝とかの下に「健治フォント」が出てくる。
文字を打ってみると、完璧に自分の字ではないにしても、ナルホド、自分の手書き文字に近い。
うまい字ではないのに、パソコンの中に自分の字があるとうことで、かなり満足している。
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# by rev_ushioda | 2005-10-30 23:30 | Comments(0)

「腰痛だって」

夕べ、急に、腰が痛くなって、立てなくなった。
何だ? 何が起こったの?とにかく何とかベッドに。
明日、病院に行かなければ・・
どうしたのだろう?悪い病気かも知れない。不安が広がる。
公開勉強会キャンセルの電話を入れる。

今日になって病院に行ってみると、先生は、少し触診して、血液検査もせずに、「腰痛ですね。筋肉を柔らかくする薬を出しておきましょう」
「内臓の病気ではないですか?」
「いえ、大丈夫です。長引くようでしたら、整形に行ってください」
なお痛みはあるものの、内臓ではないと聞いて、ほっとした。
腰痛ならばと、休みついでにそのまま大船の「十字式」に。
「そんなところ」と言って「ばかにして」いたところに、ついに、行くはめになった。
それにしても、腰が痛いから病院に行ったのに「腰痛です」と。
腰痛は、わかっているのだ・・

最近、体の変調が多いこともあるが、そういう体の変調に敏感になっている自分がいることも確か。55才を迎えようとする節目。人は、簡単に不安になるものだ。
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# by rev_ushioda | 2005-10-18 23:32 | Comments(0)