「代わって祈ります」

「今、ちょっといいですか」見知らぬ女性からの電話でした。「大丈夫です」と言った瞬間、電話口で泣き始めました。泣きながら、今、離婚の調停を進めているところだということ、事はうまく進まず、夫に投じた、なけなしのお金も戻らない、弁護士にも誠意を感じられず、自分の体調も良くない。キリスト教学校に行った者なので、お祈りはしてきたが、一向に埒が明かず、もうどうにもならない。切羽詰った電話でした。
この方がどなたか、どういう事情か、詳細をお聞きするわけにもいかず、お聞きしたところで、どうにかなるものでもなく、ただ「よく、お電話くださいました」と言うしかない内容です。「よくお電話くださいました。あなたがどうにもならない時のために、この電話がつながったのです。私が、あなたに代わって祈ります。いつでもお電話ください。」そう言って電話を切りました。
これをここに書いたのは、これは牧師の仕事ではなく教会の仕事だと思うからです。この方は、教会に電話をくださいました。牧師に電話してきたのではありません。教会に電話したということは、教会はこの方のためにあったのです。私たちは自分のために教会があると思っているかも知れない。しかし、教会は、少なくともこの方のためにあったのです。私は、皆さんを代表して電話に出たにすぎません。だから、皆さんが言うのです。 - 「よくお電話くださいました。あなたがどうにもならない時のために、この電話がつながったのです。私が、あなたに代わって祈ります。いつでもお電話ください。」
皆さんの祈りは、他の誰かのための祈りなのです。皆さんが聖書を読むとき、それは他の誰かのために聖書を読むのです。皆さんが礼拝に出るのは、他の誰かのために礼拝に出るのです。20年を超える教会に今いるのは、そういう信仰の成熟、献身を期待されているのだということを覚えたいと思います。自分の気分で教会を私物化せず、まだ知らぬその誰かのために、今、共に出発したいと思います。

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by rev_ushioda | 2017-09-30 00:21 | Comments(0)

「横須賀ツアー」

I短大後援会のツアーに参加。今回は会員に横須賀の人がいて、特に市役所で長年働いていた人でもあり、この機会に横須賀に行こうと、なった。7人というミニツアーであったが、良いコースを提案いただき、先週1週間忙しかったので、海を目の前にお茶したり、美術館にも行き、次元を変えた一日で、リフレッシュできたし、有意義でもあった。
到着時間が早かったので、まず横須賀の概略がわかる「横須賀市自然・人文博物館」に。…といっても名前ほどの堅苦しい博物館ではなく、広大な館内の展示はわかりやすく、しかも無料で見ることができた。
さて、今回のコースは、三笠公園で「記念艦みかさ」→軍港めぐり→横須賀美術館(特別企画「tupera tupera 絵本の世界展」)→観音崎ホテルでお茶→ポートマーケット という具合であった。
ポイントの第一は、戦艦「三笠」乗船である。→ http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/ 説明してくれた方はその経歴からしても、ガイドの場所が戦艦三笠であることからも仕方ないが、右寄りの考えを持って説明しておられて、私としては公の場所ではニュートラルな説明がほしかったなと。
それはともかく、ポイントの第二は、軍港めぐりである。→ https://www.tryangle-web.com/naval-port.html 横浜とは全く違う、明治以来、軍との関わりなくして語れない横須賀という場所に立って、どのように平和を考えることができるか、という重い課題がつきつけられた。目の前にあるいくつもの戦艦は、いかに被災地支援に役立ったとか、設備がすばらしいとか言われても、しょせん戦闘に使われるものだ。アメリカの艦船は、ここから戦地に出航していく。自衛隊の艦船も、2年前に安保法が成立して以来、戦争に組することが通常任務となった。横浜の港を見慣れていた目に、横須賀の軍港を見て「おお」と思った思いが何か、よく整理しなければならないと思いながら帰路に着いた。手に海産物の土産を手にしながら…
ポイントの第三は、横須賀美術館。今回は絵本の原画が展示されていた。後援会のツアーでは訪問先に必ず美術館が入ってくる。いつも思うのは、このような創造的な作業は、牧師にも必要ではないか、ということ。これについてはまた機会を改めて書くことにしたい。


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by rev_ushioda | 2017-09-18 23:53 | Comments(0)

「美濃国13日」

これは、お世話になった「美濃国街道指南書」(笑) 岐阜県内の旧道ガイドである。
現在の地図に重ねて、赤線で旧道が記されているので、周辺の交通事情が分かり、大変便利であった。しかし実際は、さらに詳細な地図も持たなければならなかったが。このようなガイドブックが、現代にしてたくさん出版されているのだ。ハイキングブーム、また20年近く前から五街道敷設400年ということでの旧道ブームもあって、出版が相次ぐ。地元市町村も歴史の保存、観光客誘致なども相まって案内板の設置など良くしてくれるから、ガイドブックなしでも結構、歩けるが、肝心なところで道を間違えるから、やはりガイドブックは必要である。

このガイドブックを見ながら、思うのは、美濃に入るとき、小学校1年生になった孫が同行したこと。今回、5年生になったその孫が再び同行し、今回は美濃を抜けるところだった。美濃国通過に足かけ5年(実際は13日)かかったということである。

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by rev_ushioda | 2017-09-08 12:22 | Comments(0)