「出て行く教会」

教会に人が来ないのなら、こちらから出て行こうと祈りの中で思いたち、テアトルフォンテで隔月開催として1年間、「古典としての聖書 おもしろ読み」と題して、初心者向けの聖書会(伝道聖書会)を続けてきました。礼拝においでにならない方でも、このような場所だと5、6人が来てくださいます。その多くは、心を聴く市民ネットワークで受講された方々ですが、家庭集会の関係者、教会のコンサートに来られた方も、おられます。信仰にはなじみのない方が多いですが、聖書を通して、そして教会員の方の証しを交えながら、いろいろ会話が弾みます。楽しい時間です。
こうしてこの1年間、隔月で開催してきましたが、9月からは毎月一回の開催とします。いつか礼拝に来てくださることを祈りつつ、泉教会の大切な伝道の働きになりました。
来年はさらに、日曜日の午後、月に一度、テアトルフォンテ会議室で礼拝しようと、計画しています。教会で朝の礼拝をし、午後、テアトルフォンテで伝道礼拝をするのです。聖書に触れて戴くためには教会という建物に来なければならないとか、また、礼拝のために教会という建物に来なくてはならないということはありません。こちらから出て行って多くの人に出会えるなら、教会が出て行くまでです。
泉教会は、伝道のために聖書をたずさえ、出て行く形を具体化しています。このようにして仲間と一緒に出て行く先も、また、泉教会なのです。私たちは今、挑戦的に、新しい伝道の形を試みています。



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by rev_ushioda | 2016-07-31 21:40 | Comments(0)

食事なので、母を起こした。
そうしたら母が言った。「今、夢を見ていてね、大池公園でお祭があって、楽しかったなあ。」
えも言えない、うれしい気持ちになった。

最近、「もう」という言葉には、つらい気持ちになることに、ふと、気づいた。
うんちが、どうも、うまく出ないのです。
 ―「もう、おなかがうまく機能しなくなっているのね。」
寝ていることが多くなりました。
 ―「もう、これからはそういうことになるでしょう。」
もう起き上がれないだろうとよく分かっているが、しかし、それは触れたくないない気持ちがある。
もう起き上がれないにしても、「まだ」と、希望につなげる言葉がほしいのが、子どもの気持ちである。



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by rev_ushioda | 2016-07-22 23:09 | Comments(0)

世界各地で民族的、思想的、宗教的、経済的、その他さまざまな原因で対立が深刻化しています。テロは頻発し、クーデターが起こり、日常的発砲事件はアメリカで後を絶ちません。そういうアメリカで、白人警官が無抵抗のアフリカ系アメリカ人を容赦なく殺害するという事件が波紋を呼んでいます。「壁」は、私たちが思う以上に厚いのです。
そのような中、カンバーランド長老教会の総会がアメリカ南部(すなわち、かつて奴隷制を支持した地域)テネシー州ナッシュビルで開かれ、重要な決議がされました。「アフリカ系米国人の兄弟姉妹への謝罪」(仮題)です。
カンバーランド長老教会では50年にもわたって、同じカンバーランドでありながら別組織になっている(させられた)アフリカ系アメリカ人教会との「合同」を推進しようという試みがされて来ましたが、まだ、実現していません。しかし、今回、次のような謝罪がなされたのです。
…私たちは、過去、アメリカの奴隷制を糾弾することにおいて、曖昧であり、かえってアフリカ系アメリカ人の会員を分離、隔離してきた。奴隷制度が廃止された後でさえ、教会員として受け入れることを拒み、分離を推進してきた。それゆえ今、私たちは、自分たちのあらゆる残虐な行為について神の赦しを求め、悔い改めることを決意した。また、アフリカ系アメリカ人の兄弟姉妹に謝罪し、赦しを求め、私たちの罪が原因となった壊れた関係の修復に向けて、働いていくことを決意した。…
この決議の場に代議員として居合わせた饒平名長老は、帰国後、この時のことを深い感動をもって証しされました。
教会は、間違ったなら、その事実を悔い改め、謝罪し、新しい歩みを作る決意をします。「宗教とは、この世の理屈を超えた『物語』を信じる営みだ」(2016年7月17日朝日新聞「ローマ法王の挑戦」)。この世の理屈を越えた物語とは、たとえ負の事実であろうともそれに向き合い、悔い改め、謝罪し、決意の歩みをするときに、始まるものです。この世の理屈でものを言っているうちは、何も始まりません。その理屈を超えるためにこそ、私たちは礼拝者であり、キリスト者であるのです。


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by rev_ushioda | 2016-07-21 16:52 | Comments(0)

「Aさんへの手紙」

その後、いかがお過ごしでしょうか。
一度お目にかかったことでもあり、
日々、Bくんのことは心に留めさせて戴いています。
Bくんが、Bくんらしい、そう言える日々の生活を作ることができますように、
(御苦労も知らずにこんなことは言えないのですが…)
何のお力にもなれないので、せめて、お祈りしています。
過日、相鉄ムービルで「天国からの奇跡」という映画が上映されていました。
難病を持つ子どものために必死になるお母さん。
しかし、そこで奇跡が起こった。
奇跡とは、いかにもそれらしい宗教的なものではなく、
人々の協力、人々の好意の連鎖であった、というオチでした。
そして、それは実際あった話、実話であった、と。
Aさんの周りには、そのような、きっと力になってくれている、
たくさんの人がいてくださるのだろうなと、思いました。
そうしたら、そこに「奇跡」が起こるのだろうと。
希望をもって、歩まれますように、ぜひ祈りをつづけさせてください。

「今日は、私の残りの人生の最初の日」

有名な言葉です。

泉教会
潮田健治


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by rev_ushioda | 2016-07-18 17:37 | Comments(0)

「終活しよう」

前回、会員籍のある教会で葬式をする、という話をしましたが、死んでからでは、どのようにしてほしいか家族にその希望を伝えられません。今、生きているうちに自分の死の備えをしたいと思います。そのことを最近では「終活」と言うようになりました。しかし、身辺整理、遺産分割のことも大事ですが、そもそも葬儀をどうするかということが、私たちキリスト者にとって一番大事な「終活」になります。葬儀はいらないとか、小さな家族葬がいいとか、自然葬がいいという方もいますが、いずれにしても、葬りは必要なのです。そして、葬儀は自分が信仰に生きた証しの時なのです。


1.何よりも大事なのは、キリスト教で葬儀をすることです。その意志と、連絡先を書いておくことです。稀に、本人の信仰ではなく、ご家族の意向で他宗教に従って葬儀をしてしまうことが起こります。牧師が、ご家族に向かってこの方はキリスト者でしたから…と、どう言っても、しょせん第三者ですから、受け付けてもらえません。信仰者の最期の締めくくりが他宗教になってしまうことほど、残念なことはありません。キリスト教で葬儀をすると、その指示を書いておくことが大事です。


2.自分の信仰を証するような一文をしたためておくことも、大事なことです。洗礼の時の証しから始まって、日々の信仰生活を証しする文は、家族に対して、場合よっては葬儀の列席者に、大きな影響を与えるに違いありません。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」ヨハネ12:24


3.自分が養われ、励まされてきた賛美歌を、いくつか選んでおきます。葬儀では必ず賛美歌を歌います。讃美歌、聖歌などから、愛唱賛美歌を書き出しておきましょう。


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by rev_ushioda | 2016-07-06 13:14 | 生き方 | Comments(0)

「教会籍と葬式」

葬式とは自分の人生を終い、葬る式であり、式と言えば教会では礼拝のことですから、葬式は、葬りの礼拝、葬礼拝です。(日本中会の礼拝書は、葬式を礼拝とはっきり位置づけています)。ですから、その教会の教会員であるということは、いつもそこで礼拝しているように、自分の人生を閉じる礼拝、葬礼拝もその教会でする、ということになります。もちろん、その時になってみないと分からない事情(転居、会員籍異動、家族の意向)というものはありますが、教会は、一人の会員を受け入れる時、もとより、その人の人生の最期を引き受ける覚悟で受け入れているのです。逆に、洗礼を受けるときは、自分はこの教会で人生を終うのだ、というほどの気持ちが大事なのです。
ですから、たとえば他教会の方が自分の葬式をここでしたい、という願いを出される方があっても、教会は、簡単にその願いを引き受けることはせず、教会籍がある教会に必ず戻すのです。教会籍は、そのくらい重みのあるものです。教会籍のある教会で礼拝し、教会籍のある教会で月定献金し、教会籍のある教会で人生を終うのです。アメリカの教会を訪ねたとき、礼拝堂の隣に教会の墓地がありました。日本ではお寺がそうですが、しかし教会の場合、土地事情からいって敷地に墓地、納骨堂を持つ教会は少ないのです。しかし、その場合でも教会はどこかに墓地を所有していて、その教会の会員が、必ずその教会で人生を終うことが出来るようにしているのです。そのように、そこに籍を置き、人生を最期までそこに置いている仲間だから、互いに真剣に人生と向き合い、真剣に話が出来るのです。通りすがりの気持ちでは、その程度の質にしかならないでしょう。どうぞ、人生の終い方を賭けた教会生活をなさってください。


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by rev_ushioda | 2016-07-01 15:18 | Comments(0)