「何が偶像か」

イスラム教過激組織IS(イスラミック・ステート)によって、ベル遺跡が破壊されたらしいというニュースが伝わってきました。ベルとは、旧約聖書に何度も出て来る「バアル」のことです。バアル神殿が栄えていた時代があったのですが、それは今、遺跡でしか見ることが出来ません。偶像だ、ということで破壊されたのは、明らかに遺跡です。遺跡さえ偶像と言って破壊するISには、他宗教を信じる人はもとより、他の生き方を受け入れる余地など、微塵もありません。支配地域では、人間らしく生きる権利が踏みにじられているようです。
ISに限らず、「こうあるべきだ」「こうすべきだ」「ねばならない」「いけない」「ダメだ」と、この世は、人を支配する言葉、人間的原理で溢れかえっています。自分を基準にして、相手を量っているのです。それはまさにこの世の原理なのであって、それこそが偶像であり、信仰者であっても落ち込む罠であることは、律法学者たちとファリサイ派の人々をみれば分かります。
それはまた、私たちが自分自身の経験や考え方を基準にするなら、教会にも簡単に持ち込まれるのです。うかうかすると、私たちもまたIS同様、何でもないものを、それは偶像であると口にしてしまうのです。そして、他者を破壊します。そのように言う言葉じたいが、また「言葉の偶像」(自分の言葉を信仰の言葉のように言うこと)となっていくのです。…
この世の中で普通であった、人を支配する「言葉の偶像」を捨てなければ(出エジプトしなければ!)福音に生きることは出来ません。『十戒』は、何よりもあなたの偶像を捨てるようにと、自分自身に向かって言う言葉です。この言葉を人に向かわせさえしなければ、出エジプトした“私”が福音に生きる大事な指針になるでしょう。

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by rev_ushioda | 2015-10-30 06:31 | Comments(0)

「介護で初めてのこと」

9月以降、介護を必要とするようになった母のことは、事業所(ケアマネージャー)への相談から始まって、役所への介護申請、1か月でさらに介護度が進行したので、再申請をした。その間、介護機器の契約、搬入、不要になったものの撤去、ヘルパー契約、訪問入浴契約、訪問看護契約、かかりつけの医師との連絡、往診、さらには日常的な下の世話、今日は誰が来る日だなど、私自身はフレンドシップあさひの運営委員をしていたが、実際はこんなに大変なのだと初めてのように介護の大変さを認識している。そういうわけで、なかなか自分のペースが確保できないまま、推移している状況である。
先週からヘルパーに入っていただき、きのうは、初めての訪問入浴であった。介護度だけでなく、認知度も若干進んでいるような感じで、母自身もたぶん何が起こっているか、認識するのが難しくなりつつある。入浴の感想を聞いたが、「頭が…」 言葉が続かない。1か月半ぶりのお風呂だったので、気持ちよかっただろうと家族は思ってはいたが、何か、気になることがあったのだろう。言葉もまた、急に衰えているようだ。

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by rev_ushioda | 2015-10-21 06:31 | Comments(0)

「かんらん聖書研究会」

きょう、母校である関東学院大学に行った。駅から歩いて母校に向かったのは卒業以来で、42年ぶりであった。宗教センターから呼び出されたのだ。

関東学院大学に入学したとき、いわゆる「学園紛争」まっただ中であった。前年、東大安田講堂が学生によってバリケード封鎖された。翌年の関東学院大学の入試はキャンパスで実施できず他校で行ったが、そこに全共闘の学生が乱入、試験は実施できず書類選考となった。そういう中で入学しても、毎日が討論集会で授業はほとんど行われなかった、大衆団交というのもあった。学長相手に堂々と渡り合う学生リーダーには、そこまでいくと、もう感心するしかなかった。建ったばかりの事務棟の1号館はバリケード封鎖され、ヘルメット姿の学生が機動隊とにらみあっていた。

そういう紛争の嵐のまっただ中の1969年に、私は大学に入学した。きょう知ったのだが、その年、初代学長であった坂田祐先生がなくなった。そしてその年、小さな二つの動きがあった。一つは、大学の状況を憂いた教職員による聖書研究会がスタートしたこと。もう一つは、それとはまったく脈略なく、一人の学生が同じ教会に属する教員に呼びかけ、学内で祈祷会を始めたこと。翌年、私がそこに参加し、ほかにさらに一人が参加して聖書研究会がスタートした。皆で、名称を「かんらん聖書研究会」とした。

きょう母校に行ったのは、この「かんらん聖書研究会」初期のメンバーと現在のメンバー代表と一緒に写真を撮りたいという宗教センター職員の要請によるものであった。

わたしたちは大学を卒業したとき、実は、後継者を残すことに失敗した(と思っていた)。しかし、この名称で今日まで40年を越えて続いていたのである。どうして続いたのか、分からない。しかし、キリスト者として立派であった坂田初代学長がなくなった年に、はからずも聖書を読む二つの小さな芽が出て、それが共に今日まで続いているのだ。不思議なことだなあと思いつつ、帰路に着いた。
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by rev_ushioda | 2015-10-19 22:03 | Comments(0)