ついに境川ウオークの最終回となった。
相原駅から大戸交差点(八木重吉記念館)まで。この先、川はいくつかの支流に入り、どこが元なのかはっきりしないので、一応、ここまで。
八木重吉記念館には以前来たことがあるので、今回は寄らずに帰宅。

境川も、ここまで来るとこんな感じだ。
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by rev_ushioda | 2015-05-25 20:38 | Comments(0)

「二重敬語」

最近、コンビニなどで店員から言われる言葉が変ではないかと言われます。たとえば、「一万円からお預かりいたします。」丁寧に言おうとするあまり、変な言い回しになった例です。これは、「一万円お預かりいたします」が正しいわけです。
二重敬語というものがあります。「ご覧になられる」は、「ご覧になる」という尊敬語に、もう一つの尊敬語「られる」が重なっています。「ご覧になる」が正しいのです。さらに役職名では、「○○部長様」という言い方は、二重敬語です。役職名そのものが敬称ですから、役職名に「様」はつけません。「○○部長」でいいのです。「様」をつけた表現をしたい場合は、「部長の○○様」です。
では「牧師」はというと、この言葉は会社で言う役職名ではなく、神の言葉を語り、それで信徒を養う者という、仕事をあらわす言葉で、信徒と役割が違うだけのことを指し、役職名でもないし敬称の意味もありません。呼ぶときに「○○牧師」では、敬称なしの呼び捨てになってしまいます。そこで「牧師先生」と言う人もいますが、役割に先生をつけるのも変なのです。呼ぶときは、牧師の後ろに神の言葉があることを考えれば、常識的には「○○先生」と呼びかけることになるのでしょう。(地域の人は神の言葉と無関係と思っているので、「○○さん」と呼ばれます)

さて、今度の礼拝はペンテコステ、聖霊の日です。「聖霊」とは「神の/霊」ですから、この言葉にはすでに「神」への敬語「聖」が含まれています。ですから「聖霊様」は二重敬語、「御聖霊様」は三重敬語です。「聖霊」で良いのです。どうしても「様」をつけたければ、「聖霊なる神様」となります。
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by rev_ushioda | 2015-05-21 20:56 | Comments(0)

「神学校への道」

評議員会があり、いつも車の送迎がある。車で送迎してもらっているとかなりの距離があると思っていたが、地図で測ってみると、30分。なあんだということで、今回は「歩数」を確保するため駅から歩いた。これが片道30分の、緑の中の、すばらしい散歩道だった。コースは次の地図で示すように細長い公園になっていて、ずっと緑の中の道で、さらに大学に着いてからもキャンパス内はうっそうと茂った木立の中を進み、校舎に入る。ずっと緑の中だった。
後日、ここが「北総花の丘公園」の一部で、道の景ゾーン(Dゾーン)であったことがわかった。なるほど納得。これからは必ず、この道を通ろうと思った。
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by rev_ushioda | 2015-05-20 17:35 | Comments(0)

記者会見にて。

政治家は嫌われちゃいけない。民主主義である以上。僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険。みんなから好かれる、敵のいない政治家が本来、政治をやらなければいけない。敵を作る政治家は本当にワンポイントリリーフで、いらなくなれば交代。権力は使い捨てが一番。それが健全な民主主義だ。ぼくみたいな敵をつくる政治家がずっと長くやるなんて世の中にとって害悪。

大阪維新の会の橋下徹代表の考え方にはとてもついて行くことができなかった、というよりも、独裁的危険性を抱き続けてきた。そこから飛び出した発言。「権力は使い捨てが一番」。

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by rev_ushioda | 2015-05-18 22:06 | Comments(0)

「今を共に生きる」

和泉短大の後援会総会が開催され、引き続いて講演会があった。講演は、『キリスト教保育の原点』と題して、和泉短大准教授、宗教部長である片山知子先生のお話であった。

キリスト教保育で大切にしていることは、将来のために乳幼児期があるのではなく、子どもが「今」、現在の生活において喜びを持って存分に生きる中で将来への希望を培っていくという考え方である。

と話され、したがって保育者もまた、一瞬一瞬の今の時を子どもと共に生きることが求められるというように、「今」を大事にと言う言葉が印象的であった。講演後、そこが強調される理由をお尋ねしたら、「国策」があるからと言われた。国の教育方針に対して、子どもの「今」という意味であったことに心から納得した。5月28日には小森陽一さんお講演が関内ホールで行われるが、チラシにはこのように書いてある。『教科書で始まっている戦争できる国づくり』  なるほど、子どもを育てるのは、国(その時々の政府)の言いなりのままの教育方針によってではない、というキリスト教保育の原点に触れ、大変うれしく思った。
娘の短大入学式の時に当時の平 良理事長が、入学式という場にもかかわらず政治に触れた挨拶をされ、気骨のある短大だなあと感心したことを思い出した。子どもと共に「今」を生きると言っている意味が、これから保育者に巣立っていく学生たちに、2年間の短大生活の中でどのくらい伝わるだろうか。

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by rev_ushioda | 2015-05-16 23:01 | Comments(0)

…などというものがあるわけではありません。

しかし、たとえば「後の世代のために/このことは書き記されねばならない。『主を賛美するために民は創造された。』」(詩編102編19節)という聖書の言葉から、どのような内容の手紙にしろ、主を賛美することが私たちの言葉の基本であるでしょう。以下に書くのは、宛先もまたキリスト者の場合です。

書き出しは:

たとえば「主の御名を賛美します」のように一言書くと良いと思います。その後、通常の時候の挨拶が来ても良いのです。一般に、時候の挨拶を書かない場合は「前略」ですが、それに代わる言葉とすることも出来るのです。なお「主の御名を賛美します」を短くすると「ハレルヤ」で、この言葉は詩編に多く使われている賛美の言葉です。しかし理由は分かりませんが、これを書き出しに使う場合は友だち同士が多いようで、あまり公的には使いません。公的な手紙だと、上記以外に「頌主」、まれに「賛主」という人もいます。いずれにしても、まず主を賛美して書き始めます。また、「栄光在主」とする人もいます。カトリックの人は「主の平和」を好んで用います。相手への平和をまず祈るのです。新約聖書でも、パウロの手紙の多くに「恵みと平和」という言葉が現れますから、それを使うのも良いと思います。私は、少し内容が込み入った手紙の場合は、「御名があがめられますように」と書き出します。

結びは:

「主にあって」または「在主」とします。どんなにプライベートな手紙でも、主にあって語ってきました、という意味になります。最初に使っていなければ、ここで、「栄光在主」「主の平和」を置いても良いでしょう。私的な手紙で初めが「ハレルヤ」なら、結びでもカタカナでそろえて、平和の意味の「シャローム」でしょうか… また、「平安」もいいです。パウロの手紙では「(神の)恵みがあるように」ですから、私たちは「主の恵みをお祈りいたします」となるでしょうか。私は、内容にもよりますが「主のことのため共に」をよく使います。また、初めに「御名があがめられますように」と書き出したら、結びに「御国が来ますように」とすることがあります。H牧師は、「ヤーウエ・イルエ」(主の山に備えあり)。

なお、相手がキリスト者でない場合は、「祝福がありますように」「明日も良い日に」などのように、相手のために祈っていることが伝わる言葉にすると良いでしょう。

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by rev_ushioda | 2015-05-14 18:08 | Comments(0)

我が家の玄関先に夏みかんの木があり、毎年120個以上は、実をつけます。ミニバザーのためにマーマレードを作って出そうと決め、昨年から、初めてのマーマレード作りを始めました。
ネットで調べてみると、人によって作り方が皆、違います。いくつかやってみたのですが、自分に合いそうな、一番簡単なやり方にしました。
①まず、きれいに丸洗いする。我が家の夏みかんなら、4個(下ごしらえ後の重さが2キロ弱になる)で砂糖1キロを使っている。
②皮を刻み、鍋に入れて、水に3時間以上、浸す。
③その間に袋から実を取り出す。(袋は捨て、種は別に取っておく) 
④3時間後、鍋に入れた皮を、中火で30分以上煮る。
⑤湯はこぼして、皮と実を一緒に強火で20分煮る。砂糖は少しづつくわえる。その時、種もティーバッグのようなものに入れて、一緒に煮る(種は後で捨てる) 砂糖は、皮と実の重さに対して6割が目安。
⑥20分後に火を止め、消毒したビンに詰め、上下逆にして、冷めるのを待つ。
以上で完成ですが、実はこれで休日の1日を使います。時間ばかりかかって利益はそれほど生じないのですが、泉教会の赤字会計を何とかしようとせめて夏みかんの季節くらいはと思い、月曜日ごとマーマレード作りに精を出しています。
後は、買ってくださる方が出て来ることですが、泉教会の中だけではいくら買ってくださっても、「前のがまだ残っています…」というように、すぐに飽和状態になってしまいます。他教会の方にご紹介しますと、「あとは献金」と言ってワンコインにして戴いたり、お札でくださる方もおられます。励まされることも多い、マーマレード作りです。

私のマーマレード作りは、これをいつまでも続けるためのものではなく、皆さんと一緒に何とか主イエスの体(教会)を作りたいための、「祈りの作り方」の一つなのです。
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by rev_ushioda | 2015-05-10 20:49 | Comments(0)

今日はお休みの日。最近、運動不足がはなはだしく、ここは是が非でも歩かなければと、境川の続きを7.5キロ、2時間半のウオーク。町田駅から橋本方面に町田街道をバスで移動、前回の終点、町田市常盤町からスタート。
ここまで来ると、境川の景色もだいぶ変化して、田舎の様相を強く感じる。相原駅手前では、うっそうとした渓谷のような感じでさえあった。たまたまここで妻の調子が悪く、ゆっくり景色を味わえなかったのであるが…

私たち夫婦のスピードは、3キロ1時間。「運動」となる速さではないのかもしれない。

境川は、あと1回で目標地点に到着予定である。
中山道の方は、今年7月、1泊だけであるが、ようやく1年ぶりに行ける見通しになった。
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by rev_ushioda | 2015-05-05 18:29 | Comments(0)

通信販売会社から出ている『通販生活』という雑誌が手元にあります。欲しい生活用品を探していると、次の見出しがありました。
「安倍総理がめざしているのは、いつでも/どこへでも/自衛隊を送り出す ことです。」
―そんなことは絶対にあってはならないことだ、という記事で、元「防衛庁防衛研究所」所長の言葉でした。何気ない生活の中に、重大な危険が迫っていることを感じさせます。
安倍総理は、5月には戦争法案10本近くの審議を始めるそうです。「戦争法案」など、いつの間に準備したのでしょうか。私たちが大型連休だと言っている間に、信じられない速さで、平和と人間性を守る砦である「憲法」が瀕死の状態になっています。憲法を無視し、憲法そっちのけで、解釈次第で、戦争でも何でも出来るようにする、という状況なのです。「戦争のできる国」、すなわち「戦争に巻き込まれる国」になる日が、私たちに急速に迫っています。ここが大事ですが、法律の名のもと、人を殺し、殺される国になる日が近づいているのです。戦争なんて…と言い、選挙にも無関心でいる間に、安倍総理は「いつでも/どこへでも/自衛隊を送り出す」日を作らせているのです。
今「平和」を口にすると、平和のためにこれをするのだ、積極的平和主義だと言われてしまい、だから「戦争法案」が必要だ、と言うのです。平和という言葉がクサビにならない。私たちの中でさえ、「平和? 政治の話はどうも…」と勘違いするくらい、平和という言葉が政治利用されているのです。
その日が来たら、自衛隊員に志願する人は今より減ります。自衛官を辞める人も、出て来るでしょう。そうすると、「徴兵制」です。今の子どもたちが徴兵される日は、そう遠からずやって来ます。これを書いたのは、あの年からこうなったという日が来るからです。その時、子どもたち、孫たちから「父母よ、祖父母よ、その年に何をしたの?」ときかれた時、答を持つためです。

聖書は言います。
エレミヤ書8章11節「彼らは、おとめなるわが民の破滅を/手軽に治療して/平和がないのに『平和、平和』と言う。」
マタイによる福音書5章9節「平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。」

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by rev_ushioda | 2015-05-01 15:50 | Comments(0)