今日、伝道について考える「伝道フォーラム」が開催された。初めての試みである。
呼びかけ: 「あるようでなかった日本中会の伝道についてみんなで語る時を用意しました。多くの課題が確かにあります。だからこそ、みんなで伝道について語り、祈りませんか?行き詰まりを感じる時代に、主の福音を宣べ伝える使命が私たちにあるのですから!」
持ち物: 聖書、讃美歌、お弁当、筆記用具、伝道に対する熱い思い。
…チラシには、そうなっていた。
礼拝、発題のあと、グループ討議と進み、4つのグループでそれぞれのテーマを話し合ったが、私は「新しい教会を生み出すために」のグループ。定年後のことを視野に、道筋を付けたい思いがあって、このグループを選んだ。既存の「伝道所規定」によらない中会の「集会」を提案することが、今日の私のテーマであった。
今までの考え方の枠組みをいかに超えていくか、問われた意義深い今日の一日であったと思う。今後、「集会」を実行に移すことができれば、それも加えて、「2020年に20教会」は夢ではないかも…と思う。
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by rev_ushioda | 2015-04-29 20:47 | Comments(0)

「間違い発見」

『現代聖書注解 マルコによる福音書』という本を読んでいて、原文はわからないものの、はっきりと誤訳だとわかるところを見つけた。
「それぞれの教派の本部や中級裁判所さらに地域教会のスタッフたちが…」と書かれていたところである。
このちぐはぐな翻訳を見つけた時、原文はわからないものの、「中級裁判所」というのは誤訳で、「中会」だと直感した。
著者は長老教会の神学校で教えている、とあとがきに書かれている。ならばなおさらである。長老教会では、教会会議のことを「法廷」とも呼ぶ。本部ー地域教会の間にあるのは「中級裁判所」ではなく、教会会議としての「中会」なのだ。それを一般用語としての「法廷」と理解して、「中級裁判所」と訳した。それなりの権威のある本だったので、これに気づいて、してやったりと思った。
それにしても、翻訳とは難しいものである。翻って、聖書の翻訳としての自分の説教は、大丈夫だろうか。そこに集う人の文脈にきちんと翻訳できているだろうか。それとも、このように一般用語としては間違いがない翻訳でも、意味不明の言葉になってしまっていないだろうか。そう思ったら、ひとごとではなくなった。

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by rev_ushioda | 2015-04-23 16:34 | Comments(0)

「ひとことの挨拶を」

私が初めて教会に行ったとき、お話は何も分かりませんでした。しかし、何人かが玄関まで見送ってくれて、「潮田君、またね!」と言ってくれたのです。うれしかった! 家庭的な雰囲気を感じました。それで、また行こう、という気持ちを持つことが出来たのです。
知っている者同士で話しているのは「家庭的」とは言わないのです。それは、初めての人を疎外している自己中心な集団です。初めての人、自分が知らない人に、「おはようございます」「ようこそおいでくださいました」と声をかけるとき、そこに「家庭的」な雰囲気が出来るのです。
泉教会の礼拝には、時々初めての人が来てくれるのですが、考えてみてください。皆、知っている人同士で楽しそうに話していて初めて来たその人には誰も声をかけてくれず、一人ぽつんと座り、だれも見送ってくれず、寂しく帰る姿を… そんなことは絶対にあってはならないことです! では、誰がその人に声をかけ、隣に座り、玄関まで見送るのでしょうか? その誰かは、これを読んだ人以外にはいないのです!
礼拝に来たら、まず、知らない人がそこにいないか、探しましょう。その人に(その人は多分、初めて来て、聖書はどこを開いてよいか分からないのです)ひとこと、「おはようございます」「ようこそおいでくださいました」と声をかけるために、皆さんは今日、礼拝に来ているのだと、思ってほしいのです。20人ほどの礼拝です。真っ先に、自分が知らない人がそこにいないか、探しましょう。そして、ひと言、「おはようございます」と挨拶しましょう。もし礼拝の前に間に合わなければ、礼拝後、知っている人との挨拶よりも先に(ここが大事です)その人に、声をかけましょう。「おはようございます」と。(ひと言以上の言葉は、こちらからは必要ありません。その人から話してくれるなら、別ですが)

礼拝に来たら、まず、あなたが知らない人に声をかけましょう。「おはようございます」と。復活の朝、主イエスがマリアに声をかけたその言葉で、あなたが、初めての人を迎えてください。そのために、あなたは今日、ここに、遣わされたのです。

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by rev_ushioda | 2015-04-21 11:15 | Comments(0)

「イースター2015」

今年のイースターは、内には礼拝、外には祭、というコンセプトで実施。
前者は言うまでもなくイースター礼拝であるが、洗礼、聖餐、賛美の会による賛美、オルガンとコントラバスの演奏(写真)、という内容である。その関係者が来てくださったこともあるが大人36人、子ども4人という人数は、本当に久しぶりで、とてもうれしかった。
後者(祭)は、バザーのことである。しかし、バザーと言ったら、来る人はそれなりの期待を持つであろう。その期待には応える実力はない。そこで、ガレージセールとなった。まさにガレージでのミニバザーである。10円、50円、100円という数字が並ぶ。大安売りである(写真)。
周辺に1,000枚の案内を配った。来なくても教会案内になるように編集したチラシである。通りがかりの人がちらほら立ち寄ってくれた。もしかしたらチラシを見たかもしれない。それでも、23,000円の純益。今回はじめての企画であったが、大成功であろう。
イースターはこのところ、急に知名度が上がった。ディズニーランドが発信源らしいとも、聞く。ともあれ、自分たちだけのお祝いではなく、外に向けてバザーをする「内には礼拝、外には祭」という考えはなかなかいいと、自画自賛。
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by rev_ushioda | 2015-04-06 21:51 | Comments(0)

私たちの家の前に娘一家が7年間ほどいたが、昨日、相模原に引っ越して行った。今日、夜になっても我が家の食卓は、静かだ。ビミョウな感覚・・・
96歳の母は寂しがり、持病の発作があった時の時の対応に不安も感じているが、(これは警備会社に対応済み)、彼は青葉教会で招聘されているし、教会の近くに越すのが、将来的に良いことなのは間違いない。

今日は、聖書会の後、今度の日曜日のガレージセールのための値付け作業をした。広さの関係でバザーができないので、ガレージセールとし、それをイースターに合わせて「お祭」にしたのである。
今日は値付けだけだったが、当日は朝からお赤飯を炊き、バザー準備もし、洗礼の面接も礼拝前にし、賛美の会の皆さんが歌ってくれるので6~7人が早く来るというし、午後は祝会もあるという、綱渡り状態。さらに、多くの人が参加すると言ってくださっているので妻が試算したら34~5人の予想で、てんやわんやの状態になるのは必至。久しぶりのにぎやかな、うれしい礼拝を、今後の弾みにしたいと願っている。

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by rev_ushioda | 2015-04-02 19:40 | Comments(0)