「泉教会支援バザー」

何とありがたい、うれしい申し出であろう。希望ヶ丘教会で「泉教会支援バザー」を開いてくれるという。
財政的な赤字を克服しようと、もともと不用品交換として、泉教会で始めた。やがてこれは常設のミニバザーとなり、しかし小さな教会ではなかなか動きが鈍いから出品を紙に書いてメールで紹介しようと、「空飛ぶバザー」と命名したら、バザーが本当に飛んで行った。気にかけてくださるたくさんの方が現れ、品物が飛んでくる。バザーそのものも、他教会で引き受けてくれるという。しかも、希望ヶ丘教会はつい最近、自分たちのバザーを終えたばかりだというのに… 礼拝後の1時間だが、私たちはその時、長老を一人、希望ヶ丘教会の礼拝に派遣する。きっと良い交わりが与えられるであろう。いつか、今度は私たちがこのような支援を行う番に早くなりたい。

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by rev_ushioda | 2014-11-28 23:00 | Comments(0)

来週から、クリスマスを待つ期節、教会の暦では「待降節(アドベント)」という期間に入ります。この時から、教会のカレンダーの1年が始まり、年間を通じてキリスト者にとって大事にしたい以下のような特別な日があります。さっそく、手元にあるカレンダーに書き入れましょう。
(★印は教会の三大祝日で、キリスト者はこれを軸にして信仰生活を作ってきました。この日こそは、何としても礼拝を大事にしたい日です。※印は、泉教会独自のものです。)

2014年~2015年:
11月30日(日) 待降節(アドベント)第一主日礼拝
11月30日(日)~12月21日(日)が待降節礼拝
12月21日(日) 待降節第四主日礼拝・ ※クリスマス愛さん会
12月23日(火・祝)★降誕祭(クリスマス礼拝)
 1月 1日(木) 元旦礼拝
 2月22日(日) 受難節(レント)第一主日礼拝
 2月22日(日)~3月29日(日)が受難節礼拝
 4月 5日(日) ★復活祭(イースター礼拝)
 4月12日(日) ※召天者記念礼拝
 5月24日(日) ★聖霊降臨祭(ペンテコステ礼拝)
11月15日(日) ※成長感謝礼拝
11月29日(日) 待降節(アドベント)第一主日礼拝

これを見ると、大事な時が半年に集中していますが、これはキリスト誕生から十字架、復活、昇天まで、キリストの地上での生涯を凝縮したものだとわかります。そこをしっかりとらえ、私たちは聖霊に導かれて「続・使徒言行録」を作るように生きるのが、年度後半ということになるでしょうか。
なお、プロテスタント教会では元旦礼拝に特別な意味付けをしていませんが、聖公会では「主イエス命名の日」ルーテル教会では「主の割礼と命名の日」としています。私たちの教会では、節目を大事にする意味で、「正月三が日」に入らない場合、この元旦礼拝を行っています。また、クリスマス礼拝は12月25日ですが、それは平日なので、集まりやすい前日24日の夜に早めて、行っています。
教会が2000年間大事にしてきた日は、信仰の確認のために大事な意味を持っていますから、私たちキリスト者はこれをしっかりと受け止め、ここは優先的に「礼拝の日」として、次の世代に受け継いで行きたいと思います。

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by rev_ushioda | 2014-11-23 18:23 | Comments(0)

検索サイトをいろいろ当たってみたら、エキテンというサイトがあった。ここに登録すると、教会の簡易ホームページが無料で作れる。そこには口コミ欄があるが、何と、そこに口コミするとアマゾンギフト券1000円分が当たるのだ。

泉教会に口コミをすると、当たればアマゾンギフト券1000円! 

こんな素晴らしい宣伝方法があったのだ。ただし、「お店」になっている(笑)これは目をつぶろう。
教会に来た人にどんどん勧めているが、まだ当たった人はいない。というか、今のところ婦人が多く、彼女たちはなかなかサイトを開いてくれないようだ。対象は、やはり若い人かな?

今後、チラシにもこのQRコードを載せて配れば、チラシにも付加価値をつけられそうだ。

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by rev_ushioda | 2014-11-18 20:34 | Comments(0)

妻が、受洗50年を迎えました。他教団で洗礼を受け、やがてカンバーランド長老教会に移り、こちらの方での教会生活がはるかに長くなりました。そして今年、受洗50年の節目を迎えました。
感謝を表したいということで感謝献金を届けるため、40年ぶりに横浜市内にある母教会を訪ねました。小学生から通い始め、高校生で親の大反対を押し切って受洗したその教会には短大を出て就職してからも通い続け、やがてカンバーランド長老教会に籍を移すまで、長くお世話になりました。礼拝堂は当時のままで、今もそこにありました。年月を刻んだ礼拝堂で、牧師夫人と語り合い、50年の信仰が守られたことを報告しながら、感謝献金を手渡してきました。
受洗して50年、この時に際して、一つひとつの節目を迎えることの意味を改めて考えました。10年、20年と、信仰生活の日々を積み重ねる、その節目を越える度、山登りならば「峠」を越える度に、後ろを振り返り、よくここまで登って来たという感動が溢れる。先はまだあるにしても、自分の居場所を確認する。そういう感謝を、献金で表わすことは、意味のあることだと思います。
人生に洗礼のしるしをつけたこと、いえ、神によってつけられたことは、「第二の誕生日」とも言える大事な節目だったのです。そこから自分と周りの見え方が変わったのです。そこから10年、20年、…50年と歩んできたのです。感謝献金を準備し、携え行く道で、神が私にしてくださったことを考えるのです。いえ、してくださらなかったことにも、また、意味があったのだと思うのです。さらに言えば、過去の歩みだけではなく、これからの自分の歩みにも目をやります。
第二の誕生日、洗礼記念日を、心からの感謝をもって、人生の一里塚として行きたいものです。

あなたは今、洗礼を受けてから、何年になるでしょうか?

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by rev_ushioda | 2014-11-15 13:27 | Comments(0)

「宮崎にて」

今回、宮崎のS先生、神学校在学時の先輩から声をかけていただき、土曜日から日曜日にかけて出張させていただいた。思えば今年は神学校に入学して40年目に当たる年。感慨深い旅であった。
しかし、空の旅としては私は今回、5回目。しかも航空券を自分で買ったのは初めて、と言ったら驚かれたが、横浜にいれば海外旅行をしない限り飛行機は必要ないわけで… チケットを買うところから、右往左往。機内では気流が不安定で揺れるたび、墜ちはしないかと心臓が妙にパクパクして、そんな空の旅となった。
行先の宮崎市/宮崎空港は、関東の人間から見ると、もう鹿児島に近い。空港の下の「木花」が、今回の行先。空港から6~7キロくらいだろうか。
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宮崎空港に着くと、まず目につくのがヤシの木。ああ、宮崎だ~ 歓迎されている、という感じ。もちろんS牧師からは過分の大歓迎を受けたのだが、ヤシの木を見て感動する私は、観光宮崎の「意図」に、すっかりはまってしまった。宮崎の空港からの道路には、ずっとこのように植えられていただだけでなく、どこにも、自生しているかのようにこの木が目に入る。もちろんこれは意図して植えられたものであって、今では高所の葉を落とすメンテナンスのために費用が莫大になっているそうだ。観光事業も楽じゃない、ってことだ。
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行先は「木花」であるが、その下の「青島」は、まさにその観光地で、比較的近いということで、今回は、そこのホテルに予約を取っていただいた。
その下の「堀切峠」「鬼の洗濯岩」まで、食事の後、最初の講演が始まるまで、連れて行っていただいた。このあたり、山が押し迫る海岸線に立つと太平洋の大海原が見える。眼下には「鬼の洗濯岩」。ここ日南海岸の景勝地は、かつての新婚旅行のメッカも、今はハワイ、グアムなどに座を奪われて久しいそうだ。
下の写真、これが地名の由来の「青島」(宮崎市観光協会ホームページ)。そして「鬼の洗濯岩」。海岸が隆起して地層が浸食されてこのような景観を作っているらしい。なるほど、これは疑いもなく観光地だ! しかし、まったく残念なことに、私が行ったときは満潮のため、この景色を見れなかった。しかも雨で、島の散策もかなわず。個人的には今後数年で、結婚40年、牧会40年、受洗50年と記念の年が続くので、チャンスを見て、いつか再び訪れたいと思うほど、見れなかったことが残念な景色だ。
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そして、これが「木花」にある教会(グーグルのストリートビュー)。近くには大学もあるが、ここだけ、(私の趣味は旧街道歩きだが)ここは、その旧街道のような町の光景があった。ここで開拓するには、相当の決断が必要であったことをあとから伺った。
玄関前に立って、あっと驚く。私の顔写真が入ったポスターがでかでかと掲げられていた。(下の写真はグーグルのもので、今回の写真ではないから写ってない)選挙用のポスターかと見間違うような、私の大きな写真の横を、下を向いて礼拝堂に入る。(笑)
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この教会で、土曜日から日曜日にかけて計3回のご奉仕となった。テーマは、講演1「自分と出会う」、説教「聴く力」、講演2「体験・聴く力」。内容は下記、レジュメ参照。(「聴く力」は礼拝説教のため、レジュメなし)
たくさんのお金と時間を使って遠くから講師を招くというのは、大きな冒険であったに違いない。それに応えられたかどうかはわからないが、少なくとも、事前に1冊の本を紹介、読んでいただけたということで、それだけでも、責任を果たすことはできたかと思う。今回は、聞きっぱなしではなく、その本の内容を、実践的に学ぶ、ということに焦点を絞ってみた。

レジュメ:

こころを聴く(1)


序.いい話には「ウラ」がある

 ・弱さというテーマ
 ・受容と共感

1.受容・共感(確認として)

 (1)立場、環境、事実を受け止める
   ・うなずき/あいづち
   ・内容の繰り返し
   ・評価しない

 (2)感情を受け止める/内側からの理解を
   ・感情の反射
   ・感情を開く質問
   ・感情の明確化

2.外側/内側の理解
   ・コミュニケーションを阻む遣り取り

3.自分と出会う


まとめ


こころを聴く(2)

序.何が起ったのか

1.受容・共感(復習)

2.体験・聴く力(百万円の値打ち)

3.会話事例

まとめ「奉仕とは」(ボンヘッファー『共に生きる生活』より)(『こころを聴く』P52)

   ・言葉を慎む (物理的態度)
   ・謙虚    (心の態度、心の姿勢)
   (1)聞く                  
   (2)助ける (計画の変更)                 
   (3)重荷を負う(共感=他者の苦しみを引受ける、受容=他者の自由を守る/罪を担う)          
   (4)言葉  (宗教的、究極にして最高の奉仕)          
   (5)権威  (人間的依存関係を作らない)

説教は 宮崎南教会のホームページに、音声が入っている。(あれ、50分? 賛美歌も入っての時間だが、これはイカン。調子に乗ってしゃべりすぎた…猛省である。S先生、「特別礼拝」ということでご容赦を…)


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by rev_ushioda | 2014-11-10 15:58 | Comments(2)

少年サムエルは、エリ先生から呼ばれたと思って、行って、言いました。「お呼びになったので参りました。」すると「わたしは呼んでいない。」そういうことが3回繰り返されました。そしてついにエリ先生は、サムエルを呼んだのは神であると悟り、戻って神の言葉に聞くようにと、サムエルに言うのです。

神が呼んでいてくださるのに、どこかに行って、あるいは誰かのところに行って、そこで「呼ばれた」と思う子どもが出て来ないでしょうか。
そこで「わたしは呼んでいない。」と親切に言ってくれるならいいのです。しかし、現実は果たしてどうかと言えば、子どもの魂を支配して無気力、無責任、怠惰に陥れようと誘惑する者がいるのです。親が、神に呼ばれる声がどういう声かを「幼い日から」知らせていないと、子どもは、どこか、とんでもない所に行って、言うのです。「お呼びになったので参りました。」そこに行ったばかりに、神ならぬものに支配され、現代社会においてはくやしい思いに打ちのめされ、涙することになるだけでなく、人生を台なしにしてしまうことも起こるのではありませんか。
その人の人生を召命する(招く)方の前にしっかり立たなければいけない時に、違う場所に立ってはいけないのです。だから、親は、神に呼ばれる声がどういう声かを「幼い日から」知らせる責任があります。それは、毎週、親子で礼拝に一緒に行く以外にありません。親の都合で行ったり行かなかったりするうちに、子どもは、すでにいろいろな声を聞いているのです。すでに、そこに呼ばれていると思っているのです。そのように成長しているのです。
来週は、成長感謝礼拝です。思い直して、ここから始めましょう。親子で神の言葉を聞くという、礼拝生活を。

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
苦しみの日々が来ないうちに。
「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。
コヘレトの言葉12章1節

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by rev_ushioda | 2014-11-07 20:48 | Comments(0)

「教会の庭」

この絵を見て、「ネクタイをした人がミカンの収穫…ミスマッチ。」と言われた(汗)。
日曜日の礼拝後、教会の庭に1本ある、しかも「ひょろひょろと」伸びる小さなミカンの木からの、ささやかな収穫である。ネクタイなんかしていられない大収穫が期待できる日を迎えたいものだ。



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by rev_ushioda | 2014-11-02 23:54 | Comments(0)

「へび騒動」

自宅前のアパートの、2階辺りの雨どいに、何と、へび(アオダイショウ)がいた。え~、自宅前である。住宅地に囲まれた、こんなところでへびを見たのは、20年ぶり。しかもアパートの壁である。驚いた。
辞書によると、
「アオダイショウ」人家や倉庫で生活することもあり、ネズミを捕食することから重宝されることもあった。一方で飼い鳥やその卵を食べることから敬遠されることもある。本種は人とともに暮らすヘビと言われ、人のいない深山などでこのヘビが観察されることは少ない。人との関わりが深く、都市部でも緑の多い公園や河川敷などに生息している。民家の庭先に現れることも多い。樹上に上るときには枝や幹に巻きついて登っていくのではなく、腹盤の両端には強い側稜(キール)があり、これを幹や枝に引っかけることでそのまま垂直に登ることができ、樹上を移動する。壁をよじ登ることもでき、その習性が他のヘビがいなくなった都市部でも、本種が生息できる原動力となっている。

なるほど、これを読めば2階の壁にいたのも納得、か。近所の人が大騒ぎし、警察に電話する人がいて、かけつけたおまわりさん、棒で落として、尻尾と頭を手掴みにして、ビニール袋の中に。いとも簡単に捕獲してしまった。このあと、「自然のものだから、どこか安全な自然に戻します。」と言って持って行った。写真は、へびが2階辺りの雨樋から落ちるところ。

それにしても、住宅地にへびの出没には確かに驚くが、へびを見たから警察に電話‥ それ自体が驚きである。また、へびのために警察が補虫網を持って来てくれることも、さらには、おまわりさんが平気でへびを手掴みできることも、一つ一つが驚きであった。おまわりさんって、日ごろ、へびを捕まえる訓練をしていたのだろうか、まさか、ね。まあ、日ごろ向き合っている人間よりは怖くない、ということなのだろうか。

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by rev_ushioda | 2014-11-01 16:25 | Comments(0)