今回の旅の二日目は、高宮~鳥居本~番場~醒ヶ井という4つの宿を通る。途中、中山道最初の峠「摺針(すりはり)峠」がある。

高宮宿

高宮宿は中山道第二の宿と言うが、あっという間に通り過ぎた感じだ。確かに街道にそびえる高さ11メートルの石作りの大鳥居(1634年築)や、提灯を売る店など、多賀大社のおひざ元らしさは感じたが、あっという間だった。やがて新幹線が右手に迫ってきてガードをくぐると、名神高速道路が目に飛び込んでくる。その隙間の道が中山道だ。現代の高速の2本の道と、昔の徒歩の道との不釣り合いがまた何とも妙な感じである。小野小町の出生地というのが、ここにあった。ここからの鳥居本宿の町並みはすばらしかった。約1.1キロ、直線でずっと続く。ここの名産の一つが、合羽であった。今でも、軒先に合羽形の看板を見かけたが、言うまでもなく合羽は、ビニールに押されて今は製造していない。この直線の宿の突き当りに、「赤玉神教丸」(おなかの薬)を売るおおきな店があった。今も営業している。買って帰ろうと思ったが、富山の薬箱にあったことを思いだして、買わずに通過した。
やがて北国街道との分岐に差し掛かる。中山道はここから右に折れ、摺針峠に向かう。番場宿までの1時間半は、道路は舗装されてはいても、家が何もない。途中から、名神高速と並行する。これから先ずっと、関が原辺りまで、この高速道路の横を歩き続ける。ということは、昔も今もそこしか道を通せない「山間」ということを意味するわけで、夕べから今朝まで降っていた雨に濡れた新緑が美しい。

番場宿

番場宿は、蓮花寺が心に残る。1333年、680年前、鎌倉幕府が滅んだ年、京都出張所(六波羅探題)の役人とその家族が京都を脱出した後、敵に包囲され、ついにこの寺で北条仲時以下430人もの人が自刃した。鎌倉幕府は150年続き、権勢を誇り、各地に「かまくらみち」という権力の道が敷設されたが、人の支配のむなしさを物語っている。

「天地は亡びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」マタイ24章35節
「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。」コリントの信徒への手紙第一 13章13節

写真は 「3本の道」。名神高速道路【左)と東海道新幹線(右)に挟まれた中山道(小野小町塚にて)
f0086426_22235944.jpg


f0086426_22242287.jpg


にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-30 22:31 | Comments(0)

再び、中山道、愛知川。
前回は雪が残っていた愛知川も、4月も終わりともなれば、新緑の季節。まずは、多賀大社のおひざ元、高宮を目指すことにする。
この辺りは、水を張り、田植えを待つ水田が多い。そのためか、農業用の水路の水がどこも濁っている。水田からの帰りのトラクタ―が、わたしたちの横を、大きな音を立てながら、ゆっくりと追い抜いて行った。のどかな田園風景だ。水田の彼方を「東海道新幹線」が走っている。
豊郷という土地に来ると、「又十屋敷」という建物があった。北海道開拓で財を築いた藤野家の屋敷跡で、実は、この家は天保の飢饉のとき、二代目が窮民救済のために(地域経済活性化のために)建築したもの。いわゆる「お助け普請」と言うのだとか。近江商人の多くは、こうした目的のために普請(自宅や寺などの建築)を行ったのだと。
伊藤忠兵衛(伊藤忠商事の創始者)の生家が、また、この土地にあった。この人もまた、近江商人として近江麻布を売り歩き、成功をおさめた人であった。村で顕彰しているのだろうか、屋敷跡の公園に、堂々たる記念碑があった。それはともかく、兄弟会社「丸紅」社長、伊藤長兵衛は、1925年に私財と自宅敷地の大部分を寄付し、この土地に「豊郷病院」を、専務の古川鉄次郎は、彼の私財の3分の2の巨費を投じて豊郷小学校(ヴォ―リス設計)を建設している。街道沿いにあったので見ることが出来たが、立派な建物群であった。
こうしたことが出来たのは、ただ豊かであったから、だけでもないだろう。「お助け普請」という言葉が残った。

写真は、中山道を、「東海道」新幹線が走る田園地帯
f0086426_16491393.jpg


にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-29 21:44 | Comments(0)

ヨハネ4:7-15 「泉になる人」 

和泉短期大学のモットーは、一言で言えば、「学生たち、愛の泉となれ」ということでしょう。しかし、愛というものは、そう簡単に湧き出るものなのでしょうか。
日本で大震災が起こると、皆、頑張れと言いますが、当事者はすべてを失って何を頑張れるのかと言います。親を失った子どもたちは、頑張ろうと言われても、涙が出て来る。だから、自分は親を悲しませているダメな子なんだと、自分を責めるのです。そのような子どもの心を受け止めるために「レインボーハウス」が建てられます。「ここだったら誰も頑張れと言わない。あなたでいていいよ」と。ですから、励まそうとして言う「頑張れ」は、必ずしも「愛の言葉」なんかではないのです。愛は、そう簡単に湧き出るものではない。
愛の泉になるというのは、子どもたちの気持ちに丁寧に向き合うことを言います。しかしそのためにはまず、愛の泉が、まず自分に向かって湧き出ているでしょうか。自分の気持ちがよく聞かれているでしょうか。今日の聖書の言葉は、キリストが一人の女性の心を解いていく物語です。彼女は、過去の様々なことによって、心を閉ざしていました。しかし、「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」というキリストの言葉に出会って、この女性はついに「渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」と言ったのです。
「その水をください」と言って、帰る所があるのです。私たちは、子どもに仕える前に、まず、自分をしっかり受け止める人として立ち上がって行きたいと思います。子どもに仕える時、もし、自分を愛することなく、人の目に真実を隠し、水源すらなかったとしたら、そのようではいい仕事が出来ません。子どもの溢れる感情を聞くことは出来ません。
私が出会ったA子さんは、福祉関係の施設に勤めましたが、不安が募り、その仕事を続けられなくなりました。お母さんの話では、A子さんが子どものとき、何気なく部屋をのぞくと、「A子ちゃん」が、壁に向かって頭をごんごんとぶつけていた、と。その頃、お母さんは病弱な弟のために一生懸命だったそうで、「A子ちゃん」は、周りから「いい子」と言われていたそうです。小さな子どもは、そのように家庭の問題を一身に背負っている。皆さんは、そういう子どもの気持ちを聞く人なのです。今日、ここで一人の女性と話しているイエス・キリストのように、です。皆さんは、これから出会う子どもにとっては、小さなキリストになるはずなのです。
そのような皆さん自身が、重荷を背負っていてはいけないのです。この女性のように、皆さんは、キリストの言葉を聞き、キリストの愛で、まず自分が満たされてください。次に、それを子どもたちに分け与える、そのような「泉の人」になってほしいと、心から願います。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-24 00:49 | Comments(0)

 「教会に行かないクリスチャンは信用しない。」
 
某キリスト教団体につとめておられる一人のキリスト者の言葉でした。この方は、キリスト教保育の現場で、「なぜ、さんびかを歌うの?」という基本的なことに疑問を持つ先生方と向き合うことから始めました。「日曜日は園の行事を入れないで礼拝を大事にしよう」と言うと、キリスト者からさえも「熱心だなあ」という情けない(体たらくな)言葉を聞きながら、今は、その園の主任として、団体の生命線を維持しておられます。その団体の上司から、こう言われたと言います。「とにかくキリスト教保育を進めてください。最初に変えなければ、何も変わらない。」 それで自分の立ち位置を確信したそうです。
私は、以前、あるキリスト教学校のPTA会長をつとめ、キリスト者である校長のもと、後援会にも喜んで役員として残ったのです。ところが、あるとき校長が替わり、新しく校長に赴任した人は、信仰のない人でした。入学式では、聖書の言葉を適当に引用して、持論を語る態度に我慢しきれず、ついに役員辞任を申し出たのです。
「教会の礼拝に出席していない校長先生が、聖書の言葉を引用して生徒たちに語る言葉というものはいったい、どういう言葉なのでしょうか・・。そこで行なわれるキリスト教教育とは、どういう教育なのでしょうか。聖書の言葉は、そんなに軽かったのでしょうか。聖書の言葉を命がけで語って来たものとして、キリスト教教育を掲げる学校において、キリスト者でないばかりか、教会にも通っていない校長先生が軽々と聖書の言葉を引用することに、いえ、理事会がそのような人を校長に選任したことに、大変な危機感を覚えました。
入学式に出席させていただいて、私は学校の創設者が最も大事にして来たことが、いとも簡単に上辺だけのものになっていることを感じ、憂慮の念を禁じえませんでした。
今、私が置かれている立場は、目立たず、学校に対して何の影響力も持たない立場です。しかし、私の唯一の意思表示の仕方は、いただいている役目を辞することしかありません。創設者が培って来られた大切なものが崩れていくことに憂慮を覚え、隅のほうで、一つの役目に対して辞意をあらわした人間があったことが意味を持つ学校であるなら、幸いと思います。2007年イースターに。後援会相談役  潮田健治」

改めて、私たちはキリスト者としての生命線を守りたいと思う。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-23 22:38 | Comments(2)

「世界への関心」

私たちの教会は、「このように信じます」という内容を綴った『カンバーランド長老教会 信仰告白』を持っています。
信仰告白が、神、人間、イエス・キリスト、聖霊、教会と進むのは当然でしょう。そして『信仰告白』は、次に「キリスト者はこの世で生活し証しする」という項目になります。
そこで何が書かれているかというと、キリスト者はいかなる政府、国家からも自由だということ/恵みへの応答としての良い行いをすること/(天然資源までを含めて)預けられたものを管理すること/契約関係としての結婚/主の日のこと/宣誓・誓約/この世の政治は神の委託だということ/選挙権行使の義務/資格がある時には公務に就き正義と平和と公共の福祉のために働くのはキリスト者の務めであること/教会としても個人としても暴力の犠牲にさらされているすべての人を擁護する/教会は和解と愛と正義が拡大されることを求める/…というようなことが書かれています。信仰を内面のことだと考える人にとっては、驚きかもしれません。しかし、これがまさにカンバーランド長老教会、つまり長老教会・改革派教会に属する教会の特徴なのです。

WCRC(改革教会 世界共同体)という世界的組織があり、カンバーランド長老教会はそのメンバーです(日本中会は地域部会のオブザーバー)。先日、その総幹事(ガーナ福音教会に属するニオミ牧師)の来日に合わせ、歓迎と懇談のために私と関伝道師が中会から派遣されて行ってきました。集まった人たちは「在日大韓基督教会」の総会長、総幹事、「日本キリスト教会」の大会議長、書記といったメンバーでした。
そこでニオミ牧師は「WCRCは環境とか、正義ばかり言っていると指摘されることがあるが、WCRCはこれこそ大事にしてきたことである。1877年、真っ先に植民地問題を取り上げ、またナチズムに対抗し、改革派に属するバルトは「バルメン宣言」を起草し「宣言」はWCRCと近い立場を持ったものであった。ジェンダー、経済格差、気候変動、その他、とくに正義の問題は信仰、神学的問題である。」といったことを話されました。

それらは個人的な信仰の問題ではないかもしれません。『信仰告白』でも、ずっと後ろの方、「キリスト者はこの世で生活し証しする」という項目です。しかし、私たちは必ず、たとえば地震災害、原発、基地の問題など、密接にこの世界とかかわるのです。そこで起こっている世界的問題に向き合って、どういう態度、言葉を持つのか。それを主観で勝手に言うのではなく、信仰に裏打ちされた、どういう言葉を持つのか。そのことに長老教会、改革派教会は関心があるのです。『信仰告白』は、そのように非常にバランスのとれたキリスト者の生き方を示しています。

『カンバーランド長老教会 信仰告白』を、一度でも目を通されることをお勧めします。
f0086426_21412029.jpg

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-18 21:42 | Comments(2)

映画「ひまわり」を再度、観た。
この映画は、1959年(私が8歳の時…)、沖縄の宮森小学校に米軍ジェット戦闘機が墜落、200人を超える死傷者を出した事件を軸に、今も変わらない沖縄の現実を描いた、沖縄復帰40年を記念する人間ドラマである。 前半は50数年前の子どもの生活、後半は現代の大学生の生活、基地問題ではあるが、基地で働く人の葛藤も描きながら、押しつけでもなく自然に基地の問題や、「ヌチ ドゥ タカラ」のテーマを貫いた、感動作。2月に試写会で観たのに、再び涙があふれた。近くでこの映画会があったら、ぜひ観てほしい。

→ YouTube で 「宮森小米軍機墜落事故」の実際の映像を観ることができる。

f0086426_17471173.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-11 17:23 | Comments(0)

8~9日、心を聴く市民ネットワークで、箱根に旅行。
実は、色々立て込んでいて、ここで旅行を入れるのはきついなという週であった。計画した後から次々と他の予定が入ってきて「しまった」と思ったが、結果的には、ここで一旦、体を休める意味で、良かったのかもしれない。参加者は私たち夫婦を入れて、6名。
土日の嵐が去って、快晴の二日間、以下のコースをドライブした。1日目は、熱海までの海岸線を走り、熱海から箱根峠を越えて芦ノ湖スカイラインでの富士山、沼津・三島、芦ノ湖と仙石原などの眺望を楽しむ。2日目は、湿生花園の散策や、箱根プリンスホテルの庭で芦ノ湖畔の散策などを楽しむ。これが私の定番のコース。そして、あちらこちらで食事を堪能するという、気分的にリフレッシュできる旅であった。
泊まった場所は、仙石原の「ホワイエ箱根」 (四季倶楽部の一つの宿)で、全館貸切りのプチホテル。和室、洋室、和洋室など、全6室。10人まで5万円、朝食付きで全館貸切というのは、めったにないオリジナルプラン、快適環境を皆で楽しむことが出来た。
f0086426_20511687.jpg


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-09 19:43 | Comments(0)

「牧師就任の誓約」

F牧師の引越しの日、何人かで、お手伝いに行きました。玄関前の道路は坂道になっているのですが、そこに止めた車(荷台に囲いがある車)から荷物を下ろし、運びました。その車の荷台に入ったとたん、私は、中で気分が悪くなった。斜めの閉鎖的空間が、体のバランス感覚と、合わなかったようです。なるほど、そこに立って見ないと分からない世界が、感じ方があるのです。就任して初めて見えてくるものがある。パウロがテサロニケの町に行った時、「激しい苦闘」があったのです。そこにいるからこその戦い、苦闘というものがある。平然としてはいられないものがある。そこに、遣わされた者の言葉があるのです。
牧師就任式は、「お披露目」の式ではありません。そこで、就任する牧師と、迎える教会員の双方が、神の前で「誓約」するのです。しなくてもよいというものではないし、就任する牧師を紹介するためのセレモニーでもないのです。就任式では、誓約を、牧師、教会員双方が共にします。そこから歩み出すのです。共に立って、そこから見える世界がある。そこに向けて出発するのです。すると、今まではどうということもなかった世界が、牧師が苦闘しながら語る言葉を聞いているうちに、その風景が変だと思い始めるかもしれない。そういうところが大事。みことばに照らしてみて、見えてくる風景は大事なことです。そのように語る者を迎える。契約する。それが、就任の誓約なのです。
パウロはテサロニケの町に行った(口語訳聖書「入って行った」)時、それは「むだではなかった」と言っています。よい実りがない、そのことが何の実りも生み出さない、むしろ無駄になってしまう、という「入り方」も起こり得るのです。しかしそうではなかった。無駄になってしまわないように誓約して、双方が、自分たちが今、どこに立とうとしているか確認するのです。
牧師が教会に入っていくことが無駄になってしまわないためにまず問われるのは、牧師のあり方であることは言うまでもないことです。牧師は、教会の人々を喜ばせるようなことを語り、教会の人々の顔色を伺うようになってしまうという誘惑の下にあります。しかし「人間の誉れを求めませんでした」と言わなければなりません。このために牧師自身の戦いがあるのは当然です。他方、教会の人々は牧師をどのような者と考え、また何を期待しているか、求めているか。牧師を迎える誓約をするということは、自分が喜ぶことを語ってほしい、という誘惑を放棄することも含んでいます。献身が求められます。牧師を迎えるということは、献身です。今、人に喜ばれる方向を選び取らない、という献身をするのです。この献身の上に、祝福がありますように。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
[PR]
by rev_ushioda | 2013-04-06 10:34 | Comments(2)