なぜ、こんなに人数が減ったのだろう。
礼拝人数がこの数年間、減る一方で、15年を越えたところで激減。最近は22~3人平均であろうか。さすがに14人の日は、大ショックであった。数年前は、27~8人平均であった。礼拝に集まる人はクリスチャンだけではない。クリスチャンにとっても、人が少ないのはどんなに寂しいことか。

友人、知人の皆さんには、
たとえ「見学」でもいいから日曜日の礼拝に来てください
とお願いしている。クリスチャンではない人が来てくれることで、変なことかも知れないが、クリスチャンたちは励まされるのだ。

高齢化の波を一気に受けた形である。それに加えて、心の荷を持って「一休み」した方々が、元気になって「旅立って」?いくことも。15年を迎えて記念誌を出そうという時に、最大のピンチかも知れない。

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by rev_ushioda | 2012-11-26 17:22 | Comments(2)

「婚約式」

結婚しようとする者は、まず、牧師に相談します。そして結婚準備会を重ね、婚約式をすることになります。

なぜ、婚約式を行うのでしょうか。それは、社会の中にふたりの関係を明らかにするためです。明らかにするということは、これから始まる結婚に責任を持つ、という表明でもあります。何ヶ月かすれば、ふたりは結婚するでしょうが、結婚とは、ふたりが一つになって親族やお互いの関係者に対して、そして社会に対して責任を果たして行くことです。そういう表明をしたふたりに対してこそ、周りの人は誠実にアドバイスし、また、祈ることができるのです。

聖書は結婚について、「父母を離れ」と言います。そうであれば、婚約期間は、離れる訓練の時です。物理的にではありません。親から、家から精神的に離れることができるか、ということです。一つの新しい家庭を作ろうという時に、親に依存せず、独り立ちできるのかが大事です。夫婦は、何より一番大切なものを共有する単位です。今まで親子の間にあった安心感、喜び、悲しみの時の慰め、これらはみな、夫婦の中でこそ育てられ、成長して行くことになります。それができないと、夫婦はいつまでもひとつになれません。婚約期間は、離れる訓練の時です。

聖書はまた、「結ばれ、ふたりは一体となる」と言います。婚約は、結び合う訓練の時です。もともと別個の人格が、結婚によって一体となるのです。だから、この期間で大事なのは、まずお互いの違いを数えること。結婚を目指しているから二人は同じだと思ったら、そこに落とし穴があります。同じ面よりも、違う面のほうがはるかに多いのです。違う生育歴、違う考え方や感じ方、ぺースの取り方があります。まず、二人は違うのだということを肝に銘じなければなりません。それを受け止める訓練を、結婚準備会で、そして婚約期間にしていきます。違うものを受け止めるという、この作業をおろそかにすると、取り返しのつかないことになりかねません。

その上で、「なぜこの人と一緒になるのか」という十分な理解を持つことが大事です。好きだから一緒になるというのでは、だめです。なぜなら、好きだからというのは、好きでなくなった時、あるいは、お互いに嫌なところが見えてきた時、結婚の理由がなくなってしまいます。「なぜこの人と一緒になるのか」、準備期間に考えていくことになります。

婚約は、「式」の準備のときではありません。「父母を離れ」「結ばれ、ふたりは一体となる」という「結婚」の準備の時なのです。準備ができるというのは、大人のすることです。婚約期間を大事にしていきましょう。

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by rev_ushioda | 2012-11-19 20:30 | Comments(0)

「被災地訪問」

気後れする旅行だった。和泉短大講演会の被災地一日訪問旅行。
以前、多賀城の友人を訪ねたが、今回は尋ねる人はなく、被災地を巡るだけである。そんなふうに通り抜けていいのか、という思いが抜けないまま17日の朝、東京駅から新幹線で一関に向った。一関から気仙沼に行き、そこからタクシーで気仙沼~陸前高田~南三陸の被災地を巡り、石巻線、東北線を乗り継ぎ、仙台から新幹線で東京へ。
私たちは、何かしなければいけないのではないかと思うが、現地の人は、今ではそんなふうに思っていないことが分かった。「今は慣れました」その上で、とにかく見て欲しいと、自分も仮設住宅に住むという運転手の方が言うのを聞いて、やや、ほっとしたのが正直なところである。
被災地は、2年近くになろうとするのに復興がまったく進んでいないことにショックを受けた。いや、気仙沼にしろ、陸前高田にしろ、南三陸にしろ、復興は難しいのではないかという印象をもった。陸前高田の「廃墟」となった町の跡地に立った時、私のようなまったくのよそ者でさえ、呆然とした。写真のような建物があるのはまだいいほうで、この建物だって4階まで津波でぶち抜かれている。津波が、町をさらって行ったという光景である。その一つの土地に、家族であろうか、数人が集まって潮干狩りのようにして何かをほじくり返していた。ああ、あそこに自分たちの家が、そして日常の生活があったのだと思ったら、目頭が熱くなった。
「防災センター」に立ち寄り、帰ろうとしたとき、水が道路に流れ込んできたのをみた。満潮であろうか、川の水が溢れている。地盤沈下を起こしたため、町のあちこちで道路が冠水している。たったそれだけを見て、私には恐怖心がよぎった。地盤沈下した町に、人は戻れないだろうと思った。
気仙沼線に沿った道路を南下したが、橋桁は、いたるところで崩壊、寸断されている。国道で山間を抜けるたびに平地に出るが、ことごとく、そこにあった町はすべてなくなっている。
自分も被災したというタクシーの運転手さんが言った。「あのときは、自衛隊の人、ボランティアの皆さんが来てくれて、本当に、助かりましたね。」
「そうですか・・・ それは、うれしかったでしょうね」
「・・・」
運転しながら目をぬぐっているのが見えた。
横浜にいたら、ニュースの話。やはり、ここに来て、見えるものがある。どういうふうにしてでもいい、現場なしには語れないと、去年の多賀城訪問以来、再び、強く思った。

帰宅して、グーグルの地図で見たら、航空写真は被災後の写真になっていた。訪問して見た光景が、上空からの写真で、見える。

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by rev_ushioda | 2012-11-17 23:59 | Comments(0)

「親は子どもの牧師」

今度の礼拝は、成長感謝礼拝だ。教会では毎年、オリジナルカレンダーを作って子どもたちにプレゼントしている。写真を6枚預かって、2ヶ月ごとのカレンダーを作る。スキャナで読み込んで貼り付ける作業は、トリミング、色調整もするので、簡単なようでなかなか手間がかかる。今年は、4家庭分だった。そこで、以下のように思いを馳せている。

牧師は、病院にお見舞に行くことがよくあります。駆け出しの頃ですが、小さな男の子が喘息で病院に運ばれ、私もすぐに行ったのですが、処置がきついらしく「痛いよ、痛いよ」と泣いているのです。それを聞いているうちに、どうも感情が伝わってきてしまい、クラクラ・・と。貧血を起こしやすい私は、とっさに外に出て座り込んでしまいました。何ともなさけない牧師なのです。
一方、その子のお母さんですが、別の時、お子さんがまた入院し、今度は熱性けいれん。普段とは違ううつろな眼差しのために、危機感を募らせ、もう、どうしてよいかわからなくなったそうです。けれどもそこで気をとり直して、とにかくベッドの脇でこう言いました。「まーくん(その子はまーくんと呼ばれていました)、かみさまにおいのりしようね」。すると、今までうつろだったまーくんが「かみさま?」と言って、ベッドの上にちょこんと座り、お母さんの顔を、しっかり見つめたのです。
お祈りしよう、という呼び掛けで自分を取り戻してくれたことが、途方に暮れていた母親として、何よりもうれしかったと、このお母さんは話してくれました。

子どもが病気の時、また、苦しむ時、その時にこそ「いつものようにお祈りしよう」と言うことができる親は、また、そう言ってもらえる子どもは、何と幸いかと思わされました。祈りは、このように確かに人を現実に引き戻すのです。親もまた、途方に暮れず、つまらぬ迷信にも走らず、冷静に看病し、医師に信頼して、正しく治療を受けることができるのです。
子どもが入院すると、牧師に来てもらい、祈ってもらいたくても、場合によっては親だけしか入れないということもあります。家であっても、夜中とかとっさの場合は、そこでは親がしっかりしなければなりません。その時に「さあ、神さまに祈ろうね」と言うことができる親は幸いです。その時、親は子どもの牧師になるのです。親のもっとも光栄あるつとめではありませんか。

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by rev_ushioda | 2012-11-15 21:58 | Comments(0)

聴くという尊い奉仕

序.いい話には「裏」がある

1.受容・共感(確認として)

(1)立場、環境、事実を受け止める
    ・うなずき、あいづち
    ・内容の繰り返し
    ・評価しない

(2)感情を受け止める/内側からの理解を 
    ・感情の反射
    ・開かれた質問
    ・感情の明確化

     参考:コミュニケーションを阻む障害

2.多義性について


3.百万円の値打ち!


4.会話事例


まとめ


午前中は、あさひ伝道所で、初めての主日礼拝をまもることができた。「明日を良い日に」という題でみことばの説教、午後、上のような内容で、2時間の講演「聴くという尊い奉仕」をさせていただいた。
躍動的なあさひ伝道所を体験させていただいて感謝であった。

帰宅したら、妻が「今日は14人だったよ」一瞬、何のことか分からなかったが、今日の礼拝人数であった。最初の数年を除き、この15年間で最低の人数を記録していたのだった。にわかに信じがたく、かなりショックを感じた日であった。礼拝人数が減少している中で、今、仲間と共に泉教会の体力回復をどうするか、最大の課題である。ほかの教会で講演してる場合じゃない、中会議長とか伝道委員長やってる場合ではない(いずれも請われてそういう立場にいるのだが)、足元はどうなってる・・・どこかから聞こえた気がする(これは、苦しい胸の内、ナイショの話)。

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by rev_ushioda | 2012-11-11 23:40 | Comments(0)

10日前(10月30日)に大山道を歩いた。(忙しかったり、風邪をひいたりで、なかなか書くことができなかった)。
今回は、母の病気のために屋久島から帰っている妹も連れて、3人で出かけた。
大山もいよいよ目前にした石倉(前回、終点)からの出発。こんなところでバスを降りるのは、二度とないだろう。コスモス、菊などが咲き、柿、カラスウリが生る田舎の景色を堪能しながら、今回はバスの終点まで歩く。この道を車では何度も通ったが、歩くのは初めてで、風景といい、老舗の店や旅館といい、へえ~という連続、とにかく忘れ去られた景色が歩いてみると飛び込んでくる。戸塚から歩いてきてさえ感動するからには、「江戸」から来た昔の人々は、ここに来て、一気に感慨を新たにしたに違いない。ここは、ぜひ、仲間の皆さんと歩きたいコースであった。

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これが前回と今回の「2回分」のコース。ネットから借用。私たちが歩いた2回分を合わせた行程にほぼ一致している。私たちの始点は国道246号、終点は「大山ケーブル(バス終点)」なので、全体を右に移動させれば一致する。

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by rev_ushioda | 2012-11-08 18:40 | Comments(0)

「花は咲く」

被災地復興のために祈っているが、このような歌もきっと励みになるのだろうと思う。
被災地に、そして被災された方々一人ひとりに、明日を生きるという、よい花が咲いてほしい。
改めて、祈りをもってここに載せておこう。


作曲:菅野よう子
作詞︰岩井俊二

真白な 雪道に 春風香る
わたしは なつかしい/あの街を 思い出す

叶えたい 夢もあった/変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい/あの人を 思い出す

誰かの歌が聞こえる/誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える/悲しみの向こう側に

花は 花は 花は咲く/いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く/わたしは何を残しただろう


夜空の 向こうの 朝の気配に
わたしは なつかしい/あの日々を 思い出す

傷ついて 傷つけて/報われず 泣いたりして
今はただ 愛おしい/あの人を 思い出す

誰かの想いが見える/誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える/悲しみの向こう側に

花は 花は 花は咲く/いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く/わたしは何を残しただろう

花は 花は 花は咲く/いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く/わたしは何を残しただろう

花は 花は 花は咲く/いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く/いつか恋する君のために



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by rev_ushioda | 2012-11-02 17:54 | Comments(0)