泉教会は、15周年を迎えました。

「自分は15年前を知らない。どのように15周年を祝えばよいのか」と思う人もいるかも知れません。その通りです。しかし、私たちはむしろ、今、ここから、先を見ることが大事なのではないかと思います。節目に際して過去の歴史を振り返ることはもちろん大事ですから、それはしっかりと記録しつつ、先を見て、そのずっと先から、今を振り返る。すると、そこに私たちがいるのです。私たちは、今、ここから、これから先の5年、10年、15年・・・を作っていく大切な仲間だということが、大事なのです。
そういう意味では、ここからがスタートです。スタート地点に、私たちがいるのです。たまたまいる、ということではありません。教会のかしらである主から招かれて、ここにいるのです。これからの教会のために、私たちが必要とされているのです。15周年の節目に立ち合ったということは、そういう招きを受けているということなのです。

はっきり言ってしまえば、泉教会は、めずらしく体力のない教会です。教会員は報告によれば活動会員26人がいますが、小中学生も含まれています。高齢化もあります。事情により転出が続き、事情により教会に来れなくなる人が続き、礼拝人数はぐっと少なくなっています。長老に選出できる人がいないため、小会は何とか必要最少人数を維持している状態です。決して整った状態で、力強く15周年を迎えたわけではないのです。
そう考えると、今、ここからがスタートだという気がします。何もない状態から、始めるのです。そう考えることができるのです。
私たちは、自分で決めてここに来た、自分で礼拝の場所をここに決めたと思っています。しかし、主によって招かれて、だからここで礼拝をまもる者とされた、そのように考えるのがキリスト者ではなかったかと思いなおしたいのです。主が泉教会に必要とされて、あなたをここに置かれたのです。主から招かれたので、ここにいるのです。

出発に当たって聖書のみことば。「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。・・・これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」マタイ18:10~14

先ほど堰姉に「主イエスの歩いた道」という歌をうたって戴きました。

主イエスの歩いた道、なつかし/主が立ち止まった小さい道、今、私は立ち、主をおもえば/主は、今もそこで私を待つ/なつかし貧しいベツレヘムよ/幼い主イエスの歩いた道/ガリラヤの丘よ、ナザレの野よ、カルバリの丘よ、十字架の道よ/主のひざまずいたゲッセマネの丘、私も祈れば、主への思い、胸に溢れ来る/十字架の道、カルバリの丘を私も登れば、主が、私のため死なれた道! 主イエスの歩いた道、なつかし!

主イエスの歩いた道を、私たちもまた、ただひたすら歩いてきた。15年を振り返って、もう少し体力があったら、いろいろ思うところはありますが、しかし主イエス・キリストがここを歩かれたのだ、これでよい・・・、これでよい・・・、という気持ちです。
「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。・・・これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」 ここで「軽んじる」とは、無視したり、上から目線で見下げたり、ということです。あなたはそうしてはいけない、というのです。
そこで、次のように語られるのです。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出たその一匹を何としても捜しに行かないだろうか。どうでしょうか、九十九匹を野原に残して、迷い出た一匹を捜しに出かけて行くということは、常識的なことでしょうか。しかし、これが神のなさることだと言うのです。この一匹とは、主イエスにとってかけがえがない人間一人を意味しているからです。

きょうのたとえ話は、ただの「たとえ話」で終わりませんでした。主イエスという一人の方において、出来事となった。主イエスが十字架の上で死なれたのです。主イエスは、私たちを滅びから救い出すために、十字架に死んでくださったのです。「迷い出た」者を罰したり、見捨てたりすることは簡単です。しかし、神は、主イエスを遣わして、「小さな者」、無理解な者の一人でも滅びてはならないと、「小さな者」の中に永遠の価値を見ておられるのです。神は、主イエスの命を代わりにしても惜しくない、そういう価値を、「小さな者」一人の中に見てくださっているのです。迷い出たその一匹とは、神の御心を知らず、勝手に行動する、私たち自身にほかなりません。

一人を大事にする主イエスの歩いた道を、私たちも歩くように招かれています。私たちの歩く道は、このほかにはないのです。

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by rev_ushioda | 2012-09-30 21:09 | Comments(0)

「要領が悪くても」

世の中どうも、大きいもの、力のあるもの、要領のいいもの、速いもの、そういうものばかりが得するように動いているようです。そうでないものは置いて行かれるような、寂しい気持ちにさせられてしまいます。そんなことでいいのかなあ、なんて考えていると、もう世の中、先に進んでいて、家電のお店なんかに行くと、見たこともないものがあって「何、これ」から始まるのです。
ところが聖書では、たとえば羊100匹の内1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しても、迷い出た1匹を捜しに行くのです。キリストは、迷い出た、要領の悪い、歩みの遅いその一人のために来られたのだと言う。大きいもの、力のあるもの、要領がいいものなどとは無縁に、キリスト教は、小さな一人と共に生きることを大事にしてきたのです。
私が以前いた教会に、役員をつとめた女性がいらっしゃいました。この方が亡くなってからご主人が話してくれたことによると、実はこの方は小学校3年までしか出ていませんでした。字が読めない。教会に行っても、聖書が読めない。それで、ずいぶん努力して勉強を始めたのだそうです。しかし教会の役員になったときは、さすがにご主人、叱りつけたというのです。「字も読めないお前に何ができるか(断りなさい)」と。
その通りです。字が読めないなら役に立たない。これが世の中の常識かも知れません。しかし、キリストの常識ではありませんでした。キリストはまったく違う価値を計られます。彼女は、こうして教会で見事に用いられたのです。何よりも、字が書けないことを一番よく知っているのは彼女自身でした。にもかかわらず、彼女は「私でもお役に立つなら」と、身を乗り出したのです。
教会は、決して何かできるかどうかとか、要領のよさとか、そのようなこの世の基準に支配されないところなのです。

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by rev_ushioda | 2012-09-29 10:11 | Comments(0)

9月24日なのに、まだセミが鳴いていた大山道であった。

昨日の中会会議の疲れを吹っ飛ばそうと、仕事山積中ではあるが、とにかく飛び出した。大山道は、神経痛後の体調の具合をはかるバロメータであり、神経痛で萎えてしまった体のリハビリのためでもある。近辺(県内)の「街道/旧道」は、いい。思いついたら、いつでも道に立つことができる。

用田から、下粕屋(伊勢原)までの3時間。用田辻を出発、目久尻川を渡り、相模線を越え、相模川を戸沢橋で渡る。渡ると戸田、手前が門沢だから、明治以降、橋を架けた時に付けた名であろう。昔、ここは舟渡しで「戸田の渡し」と言った。しばらく大きな道を行き、渋田川にぶつかる。川に沿っていく道が粕屋と言う。宿場だったのか「粕屋下宿」のバス停があった。旧街道らしい趣のあるこの道は、今回の終点、国道246号の「下粕屋」まで続いていた。
ネットで借用した次の地図には始点の「用田」は書いてないが、新幹線の手前(右側)。クリックすると分かる。この地図ではゴールは法眼寺となっているが、私の場合は246まで(下粕屋)である。




出発点に着いて、地図を持って来るのを忘れたことに気づいたが、アトノマツリ。何とかなると思って、出発。帰宅して地図を見たら、何とかなって・・・いなかった。東海道の旧道を京都まで行った自負は大山道で打ち砕かれた。思いがけないところを進んでいるのだ。
旧道と言っても、東海道はさすがに権力が作った道。庶民の道である大山道と比べたら、あれでもまっすぐだったということに気づいた。というわけで、わき道がないので(ないと思って)ずっと車が行き交う大きな道を進んでしまったが、実は、旧道はとんでもなく大回りをしていたのだ(用田を出てしばらく行った辺りから、相模川までの区間)。それに気づかず味気ない道を進んでしまったわけで、旧道を辿るという主旨からは非常に逸脱するが、そこはFCを働かせて今日はそれで良しとした。

国道246号に出たところが「下粕屋」。大山は真正面のはずだが、東海大学病院が立ちふさいでいた。バス停は「粟窪入口」。伊勢原駅発、愛甲石田駅行きのバスに乗った。

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大山への道しるべとなる不動明王も、さすがに現代は車が行き交う道路沿いにひっそりと佇み、そこにあることさえ気づく人もいない。周りを看板やら電柱やらで囲まれて、今、何を思うか。
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by rev_ushioda | 2012-09-24 18:11 | Comments(0)

きょうは、星野富弘さんの詩を紹介したいと思います。

「花が上を向いて/咲いている/私は上を向いてねている/あたりまえのことだけれど/神さまの深い愛を感じる」

人間が上を向くということに深い慰めと安らぎを感じるという詩です。考えて見れば、落ちこんだとき、悲しいとき、途方に暮れたときは、人間、下を向きますね。でも、一日が終わって寝るときは、皆、上を向くわけです。下ばかり見ているから、一日の終わりには上を向かされる、と言ったらよいのでしょうか。星野富弘さんは、そこに神さまの深い愛を感じると言っています。
もう一つの詩です。

「ひとは空に向かって寝る/寂しくて空に向かい/疲れきって空に向かい/勝利して空に向かう/病気の時も/一日を終えて床につくときも/あなたがひとを無限の空に向けるのは/永遠を見つめよと/いっているのでしょうか/ひとは/空に向かって寝る」

あなた ─ この呼び掛けは、クリスチャンである星野富弘さんにとって神さまですが、「あなたがひとを無限の空に向けるのは/永遠を見つめよと/いっているのでしょうか」。─ 私たちは、永遠に向かって目を上げるようにと招かれた者だと言っています。そのとおりだと思います。私たちの思いは小さくなっているのです。神さまはもちろん、神さまの働きも、その力も、栄光も、広さも高さも深さも、見えていないのです。だから、当然の結果として人生を狭くしか見ることが出来ません。自分も小さく、つまらないものにしてしまい、生きている実感がつかめないままなのです。永遠に向かって目を上げることが出来ないとき、思いは、地に落ちるしかないでしょう。あなたの思いは永遠なる神さまに向かっているでしょうか。ぜひ、そうであってほしいと思います。
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by rev_ushioda | 2012-09-22 20:42 | Comments(0)

神経痛は、結局、鍼灸治療によって(あるいは「痛散湯」によって)すっかり良くなった。少なくとも、7月後半に鍼灸治療を受け始めた翌日から、この1ヵ月半は痛みがまったくない。普通に歩けることのうれしさを、実感している。というわけで、本当に治ったのだろうか、歩いても大丈夫なのだろうか、ためしに前回も試しに歩いた「柏尾通り大山道」の続き(2回目)となった。前回はためし歩きの後が大変だったが、今回はどうだろうか。
さて、行程としては前回の終点、教会のある和泉町から「用田」までの2時間40分。結果は、疲れはしたが、とりあえず痛みはなく、良好である。中山道への出発も、当初の期待が回復してきた。

以下、何枚か写真を添付しておこう。

まず、これは和泉町の大山道。教会のすぐ近くを通る、いずみ中央駅に向かう道である。この道が教会のそばを通っていたので、大山道を歩こうと思い至った、その道である。
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旧道は、最近拡幅工事で片道2車線の大きな通りに変身した長後街道とぶつかった後、いずみ中央駅を過ぎて、再び、このような風景となる(上飯田町)。
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境川にて。
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一般道から右手に入る道が旧道。まっすぐに伸びる新しい道路が、くねくねと延びる旧道を至る所で寸断している。あるいは、旧道のその細い道を飲み込んで、昔の面影をなくしている。実は、長後に向う左手の一般道自体も、今は旧道となって、街中を避けるように作られたもう一つの道(バイパス)を、ひっきりなしに車が走り抜けている。
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旧道に入って振り返ると、藤沢湘南台病院が見える。
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小田急線長後駅の踏切を渡り、果樹園の中を抜け、引地川を渡る。写真は、両脇に新しい道が出来て車が頻繁に行き交い、今は取り残された橋。生活圏ともつながっておらず、ほとんど不要になったように見える。
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上土棚南。旧道を歩いて行くと、だいたい道幅は同じである。
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久しぶりに歩いて疲れたが、大山に詣でる人々は疲れもものともせず、この道を歩いたのだと思う。私たちの信仰の道はどうなのか。勝手気ままに歩いていたのでは、このような道を作ることはできないだろう。

ゆきなれた路の
なつかしくて耐えられぬように
わたしの祈りのみちをつくりたい
(八木重吉)

自分が
この着物さえも脱(ぬ)いで
乞食(こじき)のようになって
神の道にしたがわなくてもよいのか
かんがえの末は必ずここへくる
(同)

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by rev_ushioda | 2012-09-17 20:50 | Comments(0)

第三は、伝道教会の設立式です。しかし、それをするにはここでは場所が狭いということがあって、隣のカトリック教会をお借りして、そこで「伝道教会設立式」というのをしました。100人を超える人が集まりました。いわゆる、組織自立です。それまで8年間、他の教会の長老たちにずっと来て戴いていた。その人たちも大変だったと思いますから、長老たちを自分たちで選んで「小会」(長老会)が出来るということは、本当に嬉しいことでした。

第四に、その記念として「マリー・マグダレ―ン」(一人芝居)をテアトルフォンテでしました。小さな教会ですが、あのホールで自分たちの集会が出来たということもまた、本当に嬉しかったです。「ホールを借りて出来るんだ!」と気を良くして、一年おいて、今度は「朗読劇・塩狩峠」、そしてラニー・ラッカーの「ゴスペル・コンサート」をしました。私が、ラッカーさんに「こういう風にして欲しい。ああいう風にして欲しい」と色々お願いしていたら、舞台監督をお願いした人から、「プロにそんなこと言っては駄目ですよ!」と怒られたりしました。知らなかったから出来たということです。私は舞台を準備するのは素人ですから、それはものすごく大変でした。そして今年、中会の「女性の集い」を、泉教会が担当教会だったので、やはりテアトルフォンテを借りてしました。こうして、私たちは小さな教会で教会の広さは限られていますが、地域のホールを借りて、幾らでも教会の枠を超えていけることを学びました。

第五は、「NPO法人 心を聴く市民ネットワーク」のことです。教会の開拓と同時に私が始めたものです。傾聴の講座をしていますが、全10回がワンセットで、その都度、受講生を募集して、15年間続けて来れました。それによって地域に知り合いとか、幅広いネットワークを作ることが出来ました。教会が地域に出ていく接点を、教会が作ることが出来たということでは、非常に印象深い出来事です。

第六、子どもとの出合いです。泉教会に増田伝道師(当時)がいた2年間、地域の子どもたちが普段の日にどんどん来るのです。和泉小学校で子どもたちに聞くわけです。「午後は何をやっているの?」すると「教会に行っている」と言う子どもがいて、「教会で何をやっているのか」ということでPTAの人が、聞きに来ました。また、夜、教会に忍び込むような中学生が、来るようになりました。だから、中学校の補導の担当の先生が、修学旅行のお土産を持ってきてくれたりしました。彼らは礼拝には結び付きませんでしたが、クリスマスのとき、ただ一回だけ、ページェントが出来たんです。15年間でページェントが出来たのは、その時一回だけです。「幻のページェント」です。

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by rev_ushioda | 2012-09-16 23:34 | Comments(0)

友人の牧師を、川越に訪ねた。

日本基督神学校(東京・東久留米)で3年間一緒に学び、1975年3月に卒業したクラスメイトである。この3年間の同窓の仲間は、その後の牧師の生活を支えてきた、私にはいなくてはならない仲間である。彼は、欠席されたことのないクラス会に、今年は欠席された。今までも、教会には何度も辞任願いを出してきたようであるが、今回はさすがに出さざるを得ないだろうと思ったが、しかし、先は分からないと言われて、受取ってもらえていないと。
いつもと変わらない夫婦の掛け合いのような会話に、こちらが心をなごませてもらって、帰宅した。疲れてはいけないからと30分の予定が、2時間近くに及んでしまい、疲れさせてしまったと申し訳ないと思いつつ。
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by rev_ushioda | 2012-09-10 23:52 | Comments(3)

泉教会15周年記念として、コンサートを企画した。柳瀬洋さんのクラリネットだ。14年前にも来ていただいたが、その演奏と証しがいいので、再度、お呼びすることにした。
40人弱の方々が集い、間近に迫る演奏。そしてお話(証し)に耳を傾けた。「ふるさと」「赤とんぼ」になつかしさが溢れ、「アメイジング・グレイス」に信仰が動き、めずらしい曲(インマー・クライナー)の演奏に目を見張り、ご自身が体験した証しには、共感する人がたくさんいたのではないか。こうして、感謝のうちに終了することができた。
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コンサートの中で、「次の曲は皆さん、よくご存知の曲です」と言われて演奏が始まったが、まったく分からない。音楽音痴だなあと思っていたら、それは、イントロだった・・・^^; 曲は「ふるさと」「赤とんぼ」であった。
「インマー・クライナー」という曲は、だんだん小さくなる、という曲。これは演奏を聞かないと(見ないと)分からないが、楽器がだんだん小さくなるのだ。最後はマウスピースだけになる。そして中から、音の源、何と言うのだったか、1枚の振動板を見せてくださった。この小さな1枚が、あれだけの音を作り出すのか、といろいろ思いめぐらした。
後日、「イマー・クライナー」という(今暗いな、みたいな)面白い曲を聞きました、と知人に話したら、「曲は知りませんが、インマー・クライナーですね」。ドイツ語を知っているその方から、訂正された。^^; 知ったかぶりするものではない。
演奏しながら分解した楽器を組み立てる間、お連れ合いの佐和子さんがお話された。「ご夫婦、息があっていますね、と言われますが、私のほうが合わせているのです」。 ^^; 私たち夫婦も、かな。

経費は、30日にお呼びする賛美ゲストの分も含めて、すべて献金でまかなわれた。捧げられた献金は134,500円。感謝であった。それにしても、チラシ5,000枚を新聞折込み、戸別配布などで配布したが、それによって来会された方は、2名(親子)にとどまったようだ。あとの新来者は、知り合いから誘われて、という方々であった。次の礼拝はいつもと変わらず、23名の礼拝であったから、教会に関心を持ってくれる人を見いだすのは、針の穴をらくだが通るようなもの、か。

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by rev_ushioda | 2012-09-09 23:23 | Comments(0)

「国際航空旅客法」

賀来周一先生が、NPO法人心を聴く市民ネットワークの一般講演会でお話された中に、以下のお話があった。面白いので、そのまま書いておこう。

皆さんは海外旅行をされたことがおありでしょうが、陸地から720キロ離れる飛行機には、必ず積まなくてはならないものがあります。救命胴衣、水、照明弾などのほか、聖書があります。これは、国際航空旅客法で決められています。ジャンボジェット機には、緊急用のセットが十五セット積まれているそうなので、聖書も、十五冊は積まれているわけです。コーランとか仏典ではないです。ですから、イスラム圏の飛行機も聖書を積んでいます。法律で決まっています。なぜでしょうか。不時着をして死ぬかもしれないという時に、死の向こう側に自分を受け入れるサムシング・グレート(筆者注:絶対他者、神)がある、ということを象徴するものが、聖書なのです。海外旅行をされる時は否応なく聖書といっしょに飛んでいるのですね。
にっちもさっちもいかなくなった、死ぬかもしれないという時には、役に立ったとか立たなかったとかいうことは通用しなくなる。すっかりお任せしなければならなくなる、死の向こう側の何か偉大なもの、サムシング・グレート(絶対他者、神)に委ねなければならないのです。

(現在、講演をリライトした講演録を準備中です。欲しい方は、300円でお分けできます)

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by rev_ushioda | 2012-09-07 09:21 | Comments(1)

泉教会の15年間を振り返って思い出に残る出来事

◎司会者:
泉教会の15年間を振り返って思い出に残る出来事を伺っていきたいと思います。

◎潮 田:
泉教会の15年間を振り返って思い出に残る出来事は、たくさんあります。

まず、この家との出合いです。当初、湘南台からいずみ野辺りまで、貸してくれる家がないかと歩き回って探したのです。不動産屋から回って来る情報だけでは、駄目です。歩き回って「これだ」という所を見つけないといけない。とりあえず、大きな道路沿いの、目立つ所に欲しいと思ったのですが、願いを満たす物は、なかなか、ありませんでした。不動産屋から貰ったいくつかの情報の中に、この家の情報は早くからありましたが、住宅地の中で駄目だと思っていたのです。あまりにも物件が出てこないから、「しょうがない。一度、見に行こうか」と来てみたら、意外と、玄関がそれほど狭くない。「これだったら、何とか使えるかな」と思いました。家主さんがその時、色々荷物を整理していたのです。「是非、ここを借りたい」というお話をして、ただ、自分たちは宗教法人なので、会議を通すまで、すぐには決断できない。しかし、私としては借りたいと言って帰ったんです。そうしたら電話が掛かって来て「今すぐに借りたいという人が出て来たんです。どうしますか?」と言うのです。そちらは普通の家族です。かたや宗教法人で、家を借りても誰が集まるか分かりません。決まるのも1カ月位先です、と言ったのです。皆さん、普通だったら、どちらに貸しますか?今すぐと言っている普通の家族に貸すのが、無難なところです。でも、家主さんは言うのです。「3日前に潮田さんと会ってましたから、どうしますか?」「是非、借りたいです」「分りました。じゃあ、1か月待ちましょう」と言うのです。普通の人に貸すのではなく、訳の分らない(笑)宗教法人に貸す方を、この大家さんは選んだのです。不思議でしょう? そういう方との出合いが、記憶に残ることの第一です。

第二に、家の改築のことがあります。当初は和室とリビングとがL字型になっていました。柳瀬さんの最初のコンサートの時は、そういう状態でした。それが、借り始めてから2年後、今度は購入することになって、だから、改築できるようになったのです。改築後、今のような状態になって、それはもう大感動でした。改築が終わったあとの土曜日、今のように椅子を並べて、そこにずっと座っていました。「明日、ここで礼拝が出来るんだ」と、すごく嬉しかったです。(続く)

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by rev_ushioda | 2012-09-05 21:28 | Comments(0)