過日、15周年記念誌を作るにあたって、長老たちの座談会が記念誌の委員によって開催されました。いずれ記念誌に載せられるのですが、私の述べた部分について、ブログでも載せて行こうと思います。

泉教会の誕生について

◎司会者:
初めに、泉教会はどのようにして誕生したのでしょうか?

◎潮 田:
1996年11月のさがみ野教会教会員総会で、私は開拓伝道のために同教会辞意を表明。その後、1997年2月の中会会議で、私の開拓伝道願いが承認されて、伝道委員会と共に開拓の拠点を探すことになりました。
湘南台、高倉といった小田急線の東側から、横浜市泉区飯田町、及び和泉町までの調査を進めた結果、調査と言っても同時に開拓用のチラシを配布しながらですが、歩き回って、いずみ中央駅周辺にポイントを定め、そして、今の家と出合ったわけです。8月の臨時中会会議で、ここに伝道所設置を承認してもらい、「いずみ伝道所」としました。当時は「いずみ」と、ひらがな標記でした。あとで横浜いずみキリスト教会という教会があるのに気づいて、私たちは漢字にしたのです。だから皆さん、発音するときは、漢字で発音してくださいね(笑)。

ついでに地域選定の理由を言いますと、以下のようなことがありました。
・中会内の複数教会の支援が得られる(可能性のある)地域である。
・潮田牧師の願いである郷里伝道の範囲(同じ地域性)である。
・湘南台には1998年に相鉄いずみ野線(二俣川~湘南台)が、また、1999年には横浜市営地下鉄一号線(あざみ野~横浜~戸塚~湘南台)が接続するため、今後、発展が期待される地域である。
・伝道所が置かれる住宅地(約6000戸/半径1キロ)周辺には農地が広がっているが、通常、チラシ配布などの活動はこの1キロの範囲で行われると思われる。さらにブランチ方式等の伝道形態を組み合わせて、他の住宅密集地域との接点を持つことができ、この地域に合う伝道の形を作ることができる。→ これが今の「心を聴く市民ネットワーク」です。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-30 19:58 | Comments(0)

「牧師の視点」

先日、隣の教会の牧師が訪ねてきて、「先生、泉教会のチラシ、良ければ配ります」と言ってくださった。チラシとは、「ほっとらいん」という4ページものの新型チラシのことです。泉教会のチラシを他教会の牧師が配ってくださる、というのです。感謝して、500部ほどお渡ししました。その教会は、いわゆるグループ/教団に属さない、単立の教会です。教会と地域のために100パーセントの時間を使えますからと、おっしゃるのですが、お申し出はそれだけの理由ではないでしょう。地域での宣教協力を実践される姿勢に、大いに励ましを感じました。

さて私はそこで、自分が教会のほかに使っている時間、中会のために使う時間ということを考えました。

先週の週報に、次のように書きました。「9月23日に臨時中会会議が行われる。田園伝道教会の委任委員会委員長(小会議長の働き)に潮田牧師が推されている。牧師はその他、中会議長、伝道委員会委員長、あさひ伝道所運営委員会委員。かなりの多忙な働きのために皆さんの祈りとご協力を必要としています」。
実際、最近の1週間は中会関係の一つの仕事のために、まったく身動きがとれないことがありました。教会の活動だけ見ている人は、牧師は日曜日以外は何をやっているのだろうと思う人もいるかも知れませんが、中会という、地域にある教会の集まりのための仕事に多くの時間を割いています。
それが、牧師の視点です。一つの教会だけを見て、頑張るのは教会にとって良いことのように思います。しかし、初めに書いた隣の教会の牧師は、教団に属してはいない代わりに、ご自分で泉区民クリスマス実行委員会にも参加し、さらには私たちの教会のチラシ配布まで申し出てくださって、関係性の中に生きようとされています。そこに、牧師の視点、教会の視点があるように思います。自分の教会だけやればいいというのは、どこかで偏ってきます。独善的にもなります。たとえ周りとの関係性によって大幅に時間が制約されたとしても、関係性の中に生きることで、教会は教会としての使命に生きることができるに違いありません。
牧師にはそうしてもらって、教会のことは自分たちでやりましょうと、そういう機運になれば幸いだと思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-25 22:11 | Comments(0)

「健闘を祈る」

娘の連れ合いが抗がん剤治療を始めることになった。心配していたことが、現実になった。最初のときは(結婚以前)放射線治療だった。今度の辛さは、その比ではないだろう。2週間の入院、その後20日間の間をおいてまた同じように繰り返す、ということを3回・・・

主が、検査によってこのことを知らせてくださった。主が手を延べて、病と向き合わせてくださると信じていこう。健闘を祈る。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-24 16:27 | Comments(1)

「無関心になるな」

今、9月のコンサートの案内を家々のポストに配っています。色々なポストがあるものですね。ポストの上から、いきなり、すごい顔をした犬が顔を出したかと思うとワンワンワン。この時には、それこそ腰を抜かしそうになりました。また、ポストに手を挟まれ、血が出ていることを知らずに血がついたチラシを投函したりしたことも ^ ^; そういう「攻撃型」のポストがあります。また、ふたを開けようとすると、バリッとふたが取れてしまった。どうでもいい、勝手にしろと言わんばかりの「厭世型」ポストがありますし、どこを探してもポストが見つからず、仕方なくその家を離れようとすると、柱や植え込みの影にそっと置いてある、「謙遜型」ポストがある。どう見てもポストはポストなのですが、どうやって蓋を開けたらいいのか分からない、新型ポストもあります。どうだと言わんばかりの「自慢型」ポスト。あるマンションに行きましたら、1階にまとまって置いてあるポストの1つや2つは鍵がかかっているものですが、ある所ではポスト全部に鍵がかかっていました。「完全防衛、人間不信型」ポスト。そして、チラシを入れると、後ろの扉がないか開け放しになっているので、スルッと向う側に落ちてしまう、「無関心型」ポストがあります。
人間の心のポストも同じかなあと思いながら、私はコンサートの案内を配っています。攻撃型、厭世型、謙遜型、自慢型、完全防衛・人間不信型、無関心型。今、私たちの心のポストはそのどれにも当てはまらず、福音の言葉、また、仲間の言葉、教会の言葉を、しっかり受け止めることができていると言えたらよいと思います。

ところで、色々な種類の受け止め方の中で、きついのは、無関心というところかなと思います。それは、キリスト者にも起ります。誰でも相手から何かの関心を示してほしいものですが、呼びかけても関心を示してくれないときは悲しくなります。教会として、何々しましょうと呼びかけられても、心が動かない。自分とは関係ない、そのように思ってしまうことは、ないでしょうか。週報箱(トレー)の中に、配られたものを溜め込んでいないでしょうか。教会の情報は、しっかりあなたの中に入っていますか。祈りになっていますか。それとも、適当に放置してありますか。無関心から教会の士気をくじき、キリストの体である教会を腑抜けにすることは、悪魔の常套手段であると思います。その手に乗ってはなりません。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-19 13:11 | Comments(0)

「チラシ配布」

今年一番という暑さという予報の中、聖書会のあと、9月9日のコンサートのチラシを配布。30分に限定して配ったが、それでも5人の手があればこそ300枚は配れた。5000枚を配ろうとしているが、現在までに700枚。力尽きたところで、無理せず新聞折込みにする。
会場をホールにすれば、目標は200人とかいうことになるが、教会を会場にした催しは目標40人だ。礼拝堂の広さもあるが、どう案内しても、教会にはその程度しか集まらない。壁がある。この壁をどう越えたらいいのか。ここに100人集まっても、実際、困るが…
人が集まらないといって途方に暮れてはいられない。旧態依然とした戸別配布(ポスティング)に、9月まで、もう暫くは汗を流すことにしよう。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-16 16:39 | Comments(0)

「ぶどうの収穫」

教会の庭には、ぶどう、みかん、ゆずの木がある。
実がなる木があるというのは、楽しみがあっていい。ぶどうは、植えてもう5年くらい前になるだろうか、実がなるようにはなったものの、収穫はいまひとつである。日照の問題もあるが、手入れの問題もある。とても、房での収穫はできない。たべられそうな一粒一粒を集めるのである。それでも今年は、この数年の中では一番多く採れた(写真はその一部)。こうなってくると、来年が楽しみになってくる。来年は、1回分くらいの聖餐式には使えるようになるだろうか。

f0086426_2034819.jpg


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-12 20:43 | Comments(0)

「キリストの関心は」

私たちの教会は、カンバーランド長老教会と言う群れに属しています。ある時、静岡県富士市と清水市の間に蒲原郡というところがあることを知り、カンバーランドとカンバラ、何か似ているなあということで、以後、私には何かと気になる地名になりました。自分に関係のある名前に、私たちは興味や関心を持ちます。
ある牧師が「聖書の中にカナガワがある」と言っていましたので、見ると、なるほどカタカナで「カナ」という川「カナ川」(ヨシュア記16:8)があるのです。そうなると、発音が似ているというだけで、不思議にそこに関心が向かっていきます。それはどこにあって、どういういう川かなど、ここでも自分と関係のある名前に興味を持つのです。そしてそのような興味や関心がある一点から、ぐっと視野が広がっていくから不思議です。それまで漠然と読んでいた聖書も、身近に感じられるに違いありません。
私は、思い立って、泉教会の会員になった人に「クリスチャン・ネーム」を差し上げることにしました。聖書の中の人物を選び、会員になった人にプレゼントするのです。そうすると、聖書の人物は自分に関係のある名前になります。自分に関係するその人物に興味が湧いてくれば、聖書は、ぐっと身近になるに違いありません。
さて、そのように私たちは自分に関係があるものに対しては興味や関心を持ちますが、ここで話が少し飛ぶことを許していただいて、キリストという方は、では何に関心を示しておられるのでしょうか。ここが今日のお話なのです。キリストは、この私たちに最大限の関心を払っていてくださるのです! 私たちが無関心の時さえ、キリストはすでにご自分とこの私たちとを関係付けて見ていてくださっているのです。聖書に、こう書いてあります。「わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない」。「囲いに入っていないほかの羊」(私たち一人一人)を、もう、見つけているのです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-07 17:06 | Comments(0)

「母、退院」

先週金曜日、無事、母は退院した。
3週間の入院だった。緊急外来で診断を受けたとき、そういえば、医師からは最悪のことを言われたが、よく考えれば、こうして感謝して退院の日を迎えるわけだ。逆だったら、大丈夫と言ったのに…とうらまれることになる。最悪から立ち上がって、良い日を迎え、感謝されるにこしたことはない。
それにしても94歳を考えれば、心臓が若返るわけでもない。後の日々を上手に生きていくように、送り出されたときでもあった。子どもたちはもとより、孫が来る、ひ孫たちを連れてくる。一緒に写真を撮っている。考えてみれば、賑やかな日々であった。母は、新たな人生のひとふしをこうして作った。私は、自分の歳を改めて思った。この3週間、病院通いで疲れはしたが、まずは、いい日々であった。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2012-08-06 17:07 | Comments(2)