「私物化しない」

作家の三浦綾子さんは、文学という方法で、日本人にわかりやすくキリスト教、そしてクリスチャンの生き方を紹介した人です。─ さて、その三浦綾子さんのひとつのエピソードが、私には印象深く記憶に残っています。それは、家を新築した時のことでした。秘書がお祈りしてくれた。その祈った言葉が、夫婦を「あっ」と言わせたそうです。その方は「この家が、私物化されませんように」と、こう祈ったそうです。
私物化とは、私のものにしてしまうことです。だいたい、家とか住宅というものは本来「私物」です。「もっともプライベートな場所」であると思います。その家が私物化されませんように、というお祈りに、さすがの三浦綾子さんもびっくりさせられたそうです。しかし、そこで考えみると、やはりその通りだ、とも言っているのです。家も、どのような所有物も、命さえも、神のみこころにかなった使い方がある、そのような気持ち、心構えというものが大事なのだと。
私も思うのです。自分のものを自分でどう使おうと勝手ではないか、と私たちは言うのですが、本当にそうでしょうか。私物があるのは大事です。しかし、それを「私物化する」ことが問題なのです。その結果、自分を破壊し、周りが迷惑することがたくさんあるのです。自分の会社でどう仕事をしようが勝手であると言った結果、放射能漏れを起したり、東日本大震災のあとは、原子力そのものが問題になっています。資源を人間の都合の良いように使い始めた私物化の結果、原発事故が起り、住民は故郷を追われ、帰れる当てもないという状況なのです。資源は正しく管理すべきもので、人間が都合よく使い始めてはならないのです。
私物、自分のものを、しかし私物化しない。三浦綾子さんが言うように、それを与えてくださった、本来の持ち主である神のみこころにかなった、生き方や使い方をすることが大事なのです。

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by rev_ushioda | 2012-07-30 22:24 | Comments(0)

「殉教者の血の上に」

私は、大磯にある「澤田美喜記念館」に6,7回行きましたが、まだ行ったことがない皆さんとも、ぜひ一度、行きたいと思います。そこにはエリザベス・サンダース・ホームの創始者、澤田美喜が集めたキリシタンの遺物、殉教者の歴史を語る貴重な資料847点が、常時展示されています。彼女はキリシタンの遺物の収集家としても知られていて、集められている遺物は、国内最大規模と聞いたことがあります。
さて、私は「キリシタン禁令の高札」というものを、そこで初めて見ました。たとえば次のようなことが書いてあります。
一、切支丹宗門之儀者  ( キリシタン宗門の儀は )
  是迄御制禁之通固く ( これまで御制禁のとおり、固く )
  可相守事       ( あい守るべきこと )
一、邪宗門之儀者固く  ( 邪宗門の儀は固く )
  禁止候事       ( 禁止そうろうのこと )
こういうものが街道筋に立てられ、それを見た人によって隠れキリシタンは密告され、捕まっては拷問にかけられていたのかと、身震いしました。また、襖の取手がありますが、表は普通の襖の取手になっていますが、裏返すと、そこには十字架が浮き彫りにされています。職人に依頼しなければ出来ないものですが、密告の危険があるなかで、こうしたものを作らせたのです。それほど、十字架の前で祈ることはキリシタンにとって命であった、ということなのです。観音像がありましたが、慈母観音と言って、中国発祥の観音菩薩像で、稚児を抱き慈愛に満ちた造形表現となっていますが、よく見ると、知る人は知ると言いますか、それは幼子イエスを抱いたマリア像でした。マリア観音と言うのです。極めつけは、魔鏡というのがあります。何の変哲のない銅鏡、普通の鏡です。しかし、そこに太陽の光を当て、反射光が壁に当たると、何とそこに十字架にかかったキリスト像が浮かび上がるのです。高度な細工を施した礼拝用具でした。
なぜ、危険が伴うのにこれほどまでしたかというと、祈りのためです。礼拝のためです。命の危険を犯してまでも、祈り、礼拝を、守ろうとしたのです。私たちは、このようなキリスト者、殉教者の血の上に立っているのだということを、そこに立つと、思い知らされるのです。
それに引き換え、私たちはどうなのかと思います。ちょっとした自分の都合で、気分で、礼拝をおろそかにするのです。命をかけた殉教者の血の上に、その血がしみこんだこの日本の大地の上に、私たちの礼拝はあるのだ、ということを思いたい。

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by rev_ushioda | 2012-07-27 23:33 | Comments(0)

「孤独死するな」

最近、孤独死という言葉を聞きます。しかも、家の中で、複数人がなくなっていた、ということです。どうしてそういうことが起こるのかと驚いていたら、何と、その後、そういうケースが後を絶たないのです。いったいどうしたことでしょうか。
行政としては、支援制度があっても本人が言ってくれない限り情報を得られなかった、ということですが、では、なぜ本人は助けをもとめないのでしょうか。自尊心があるからでしょうか。反対に生きることに意欲がなくなったからでしょうか。申し出たら、あれこれ質問攻めにあったとか、人からあれこれ後ろ指差されたとかで、嫌になったという人も、いるでしょう。それにしても、孤独死はどうにも辛い話です。
さて、この話を聞いて思ったのは、信仰的な孤独死というのは、ないだろうかということでした。牧師に、たくさんの祈りを伝えてくれる人がいますが、反面、一度も、祈って欲しいと聞いたことがない人もいます。祈りの課題がないのでしょうか。そんなことはないと思います。どんな節目にしろ、祝福を求めたり、献身の祈りは、必要だと思います。前に、車を買ったので祈ってください、と言われたことをしました。そういうことなのです。こんなことで牧師の手をわずらわせてはいけないと思ってはいけません。牧師の手は、どんな小さなことのためであっても、祈るためにあったのではないでしょうか。課題が大きすぎて、祈ってもらってもどうにもならないと、最初から、あきらめているのでしょうか。祈らなくてもいいと、祈りを捨てたのでしょうか。
自分で祈って自己完結しているのかもしれません。自立することは大事です。しかし、牧師が知った時には、もうすべてが終わったあとの「結果」だけだった、ということがないように、ぜひ、していただきたいのです。牧師の手は、祈るためにあるのですから。
皆さんは、教会(牧師)への119番通報は、していますか? 謙虚であるのは大事なことですが、知らせるべきは知らせ、祈るべきは祈ってもらうのです。信仰が死んでしまう前に、孤独死してしまう前に。

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by rev_ushioda | 2012-07-19 17:53 | Comments(0)

「母入院」

土曜日(7月14日)の朝、母が苦しそうに、病院に連れて行ってほしいと。

朝3時頃から胸が苦しかったと言うので、すぐ、かかりつけの病院に電話。案の定、大きな病院に行って欲しいということで、もう一つの病院に電話。車で連れて行った結果、即、集中治療室に入院となった。「心不全」の発作であった。医師は、最悪のパターンをいくつか話した。そう言わなければいけないのだろうと思いながら、事態は楽観的でないことは察しがついた。

翌、日曜日。礼拝が終わったあと、病院から電話があった。ひやっとしたが、状態が安定しているので、一般病室に移します、とのこと。

今日、火曜日(17日)医師による病状説明があった。兄弟3人で説明を聞く。心臓の血管の複数個所に血管壁の詰まりがあると見られる。レントゲン写真は、発作のときと平常時のものであったが、写真を比較してみると明らかに違うことが分かった。検査をして、詰まっている個所を特定し、手術が出来ないわけではない。しかし、年齢からして、負担が大きいでしょう。本人からも、手術を望んでいないと聞いていますとのこと。それは、私も母から聞いていた。いずれにしても、一般病室に移ったのは、ICUは後がつかえているから、差しあたって安定したら一般病室に移るという、いわゆる押し出し。決して良くなったわけではない。医師からは、いつ次の発作が起ってもおかしくないと言われている。

この後どうなりますかと問うと、改善はないこと、むしろ、いつ最悪の発作が起るか分からないので、その覚悟を持っておいたほうがよいこと、1週間も入院していると、年齢からして立てなくなること、そういう意味で、1ヵ月後に移る施設を探し始めたほうがよいことなど、説明をしていただいた。その後、兄弟で、葬儀の話もせざるを得なくなった。思いがけない展開である。

その日まで普通の生活をしていた母である。発作で入院したら、もう家に帰れないでしょうという説明に、いつかこういう日は来ると思ってはいたが、そして病状はとてもよく理解できても、しかし、気持ちがついて行かない。複雑な思いである。家に戻れば、部屋は、そのままである。昨日まで庭の草取りもしていた。もう、ここに戻れないのか。そんな…という気持ちが巡る。 
手術はしないでと言いながら、本人は1週間も入院したら家に帰れるつもりでいる。母には何と言ったらよいのか…
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(妹たちと一緒に病室で撮った写真。携帯のカメラで撮ったら、写真加工したわけでもないのに画質がひどく悪い。夢の中みたいに…)


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by rev_ushioda | 2012-07-17 22:19 | Comments(2)

「湯治物語」

夕礼拝が終わってから、8時30分に教会を出て、向う先は箱根の強羅。再び、半日の休養をとった。神経痛のために、どうしても温泉に入りたかったが、ついに時間がとれないまま、今日になってしまっていた。実は、地域のスーパー銭湯に行って、毎日のようにあの黒い温泉につかっていたが、独特な、あのにおいが鼻について、ついに行かなくなっていたのだ。やはり温泉は箱根だと、チャンスをねらっていた。

しかし、その痛みであるが、先週の水曜日辺りから、不思議にひいている。6日経つが、今のところ、何も痛みがない。普通に歩けるっていうのは、こんなにすばらしいことだったのだ、と30分ほど歩いてみる。飛び跳ねてみる。大丈夫だ。
いや、痛みは走る痛みから脚をひきずる痛みに変化もしたのだから、そう簡単には騙されないぞ、と思ってきたが、6日にもなると、本物かなと。痛みが急にひいた理由は、不明。「十字式」(大船)に通ったからか、漢方薬の「痛散湯」か。特定できるものはない。とにかく、リリカとは今は別れている…

治った原因が分からないので、念のため温泉で仕上げようと思った次第。夜10時に着。B&Bで、二人で1万円。安いところを見つければ見つかるものだ。しかも、たまたま部屋は40平米近くはあるだろうか、広い。2面が全面ガラスで、周囲を囲む林の緑が部屋に飛び込むようなすばらしい角部屋。温泉は白濁湯。かなり満足して翌、今日の午後1時には帰宅。ひさしぶりの半日休養となった。

十字式、痛散湯は、両方とももうしばらく続けていこうと思っている。

1週間後:
 やはり痛みが抜けていないようだ… 前ほどではないが、うずいている。久々に牧師会を欠席、大船に。火曜日の先生が私には効くようなので。

後日談:
7月後半に鍼灸治療に切り替えたとたん、治った!かどうか分からないが、少なくとも9月17日現在、1ヵ月半以上は痛みが止まっている。十字式ではなく鍼灸が、私の神経痛には効いたようである。

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by rev_ushioda | 2012-07-09 22:22 | Comments(3)

「キリ神同窓会」

「日本基督神学校」(キリ神)の同窓会が、今回は、あきる野市で行われた。車で八王子、拝島を通って、秋川渓谷に向う。片道2時間。
神学校を1978年3月に卒業して、その後しばらくしてから開始された同窓会は、以後、毎年休まず行われてきた。同窓7人に、その連れ合いも参加して、だいたい10人になる。会場は、持ち回りである。
最近は、健康の話が大半をしめるようになった。特に、昨年は I 先生が大きな手術をされ、その後、幸いに落ち着いていたときでもあり、たまたま、会場も I 先生の教会であったということで同窓会には参加されたが、今年は、欠席された。次の手術のための検査の結果を聞く日と重なったという理由ではあったが、健康の理由で欠席者が出たのは、記憶する限り、たぶん、初めてのことであった。同窓の友たちは、それぞれ、健康に不安を抱えるようになった。一回一回こうして集まることを大事にしようと、昨年はその思いを新たにし、再会を感謝したが、今年はその友を欠いて非常に寂しい思いをした。
そういう中で、お昼の時間、今年の会場担当となった H 姉が、秋川渓谷にある食事処に案内してくださった。今は会社の社長である彼女は、私たちのために特別なもてなしをしてくださったのだ。その場所といい、食事といい、とてもここに書けるようなものではない。普段の生活からはかけ離れた環境と、もてなしに、ただただ感謝。日ごろの心労もいやされ、ゆっくりと時間が流れ、気づけば4時。渓谷に下りて、散策し、景色をもっと楽しみたかったが、遅くなるので、そこで散会。
同窓会は、当然のことだが、いずれ誰が欠けるかという話にもなる。しかし、若い日に東久留米の神学校で出会い、そこからそれぞれの場に遣わされ、今、こうして年に一度の出会いがゆるされていることは、これもまた、天に通じる道の一里塚だと思う。東久留米から出発し、今ここに立って先を見れば、必ず、天に通じるのである。病と向き合う、I 先生の健闘、平安を祈る。

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by rev_ushioda | 2012-07-02 22:40 | Comments(6)

「かみともにいまして」

神ともにいまして/ゆく道をまもり、/日ごとの糧もて/つねに支えたまえ。/また会う日まで、/また会う日まで、/神の恵み/たえせず共にあれ。(『讃美歌21』465番)


人を送り出す時、この歌を歌います。そういえば今までに何度、仲間の出発に際して、この歌を歌ってきただろうか、と思います。思い起こせば、自分自身の出発の際にも、教会の仲間によってこの歌を歌ってもらったこともあるのではないでしょうか。送別は寂しくもあり、悲しくもあり、不安でもあり、特別な思いが湧いて来る時ですが、その時に、キリスト者は、この歌を歌います。
そうだ、不安はある。解決しなければならない課題もある。しかし、心配したらきりがないのです。キリスト者は、心配に支配されず、どの道を行くにしても、主はきっと良くしてくださる。そのように信じて自分自身が出発したり、教会は、仲間を出発させてきたのです。
そして何よりも、教会はこの歌を歌うことで、自分自身がこの世の旅人であることに思いを馳せます。旅立つ仲間によって、私たちは自分自身もまた、旅人であると知るのです。この世に執着せず、だからと言って責任を投げ出しもせず、キリスト者としての歩みを、主に守られて歩む。この世と同化せず、遊離もせず、だからこそ天の国を証しする者としての責任を引き受ける。旅人であるというのは、そういう者であることを自覚して歩む、ということなのです。
「神ともにいまして/ゆく道をまもり、/日ごとの糧もて/つねに支えたまえ。」 私たちは、今日もキリスト者として、この信仰の歌を歌います。このように歌って、姉妹たちを主の御手に委ね、送り出します。



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by rev_ushioda | 2012-07-01 10:30 | Comments(3)