今週、やっとのことで少し余裕が出来た。今だ・・・と、土曜日になって、目をつけておいたホテルに「じゃらん」から予約。
今回は、箱根は雪が心配なので、温泉ではないけれど、江ノ島にした。と言っても、江ノ島の中は、高くて無理。江ノ島が対岸に見える、国道沿いのプチホテル。例によって、夕礼拝が終わってから行ったので、到着は、夜9時過ぎ。窓の外が江ノ島の海岸で、向かいに江ノ島。灯台がライトアップされている。一度、泊まってみたかった場所だ。忙しかった日曜日の疲れがいやされていく。
翌日は、二人で江ノ島水族館へ。子どもがいない、二人だけの水族館って、妙な感じだね。もう、自分の世界だ。水槽に見入って動かず・・・ こうして、昼過ぎに帰宅。プチプチ休暇であった。

写真は、窓から見る江ノ島。窓の下は国道だが、視界に入らない。二重サッシで、音も気にならない。海は、いいね。
今、コメントへの返信を書きながら思ったのだが、同じ景色でも道路をせわしく歩きながら見るのと、部屋に入って落ち着いて窓越しに見るのとでは、同じ景色でもずいぶん違うのだ。フレームの中で、まるで、高級絵画のようにも見えてくる。問題が多い日常の「景色」も、そのように客観的に見る見方が、きっとあるのだろう。歩き回って見るのではない、別の方法が。そうしたら、景色はずいぶん違うことだろう。このように数ヶ月に一度のささやかなプチ休暇も、街道を歩く旅も、まさにそういう意味での違う景色を見るためのものである。
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by rev_ushioda | 2012-01-30 22:00 | Comments(2)

「何を聞いているか」

私の住んでいる地域は「谷戸」と言います。小学生の頃、地域ごとで組み分けされる時の名前でしたが、その意味もわからずに、自分の地域は「やと」なんだと受け入れていました。しかし、それは漢字の「谷戸」ではなく、ひらがなによる記憶でした。最近になって気付きました。急に思いついたというか、別に考えていたわけではないのですが、その意味が、ふと、わかったのです。「谷戸」という言葉は、水田などがある湿地帯という意味だということは知っていました。しかし、それが、自分のいる地域の名前だったのだ、と。子どもの頃は、意味も知らず、ひらがなで「やと」と言っていたのが、50年以上も経って、今になって、意味が急に浮上してきたというか、ああ、そうか。ああ、そうか。という感じです。そういえば、子どもの頃、よく水田や川で遊んだものです。私は、水田や川がない土地に行くと妙に落ち着かないのです。やはり、谷戸育ちの人間なのです。そういう生活と、谷戸という言葉が一致した瞬間でした。
意味も知らず、だから、ひらがなでしか言えないようなことがあります。しかし、意味も分からず繰り返し言っていることの意味が、ずっと後になって「ああ、そうか」とうれしく思い出されることがあるのだ、ということです。
聖書の言葉も、教会で繰り返し唱えられる「使徒信条」「主の祈り」も、きっとそうなのだろうと思います。その時はすぐに意味が分からないかも知れません。しかし、ずっと後になって、「ああ、そうか」と思える時が来る。腑に落ちる。それこそ、その時には、人生を支えるほどの意味を持つことにもなる言葉が、ここにあるのです。そう考えると、今、どういう言葉を聞いているかは、とても大事なことなのです。
ある時、遠足に行くバスの中で、子どもたちが遣り取りしていました。「あなたは何のために生きるのですか?」「神さまの栄光をあらわすためです」。教会で教えた言葉でした。意味を知るのは、ずっと後でしょう。しかし、この言葉を口ずさんで生きる子どもは、命ある日々を大事にするでしょう。たとえ何度繰り返されても、またかと思わず、あなたも、「教会の言葉」を聞き続けていただきたいのです。

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by rev_ushioda | 2012-01-28 11:26 | Comments(0)

「不安病」

不安病について、NHKの「あさイチ」で取り上げていた。
朝の忙しい時間であったが、思わず見てしまった。最後は孫のじゃまが入ったが、バンジージャンプに挑戦したときの普通の人と、寺の住職との心拍数の比較が、なるほどと思うところであった。直前の5分間、騒ぐ心を何とか落ち着かせようとしたのが「普通の人」。川の音を聞いていたのが、住職。そこで、話は「客観視」というテーマに移って行った。
状況を客観的に見ることが大事なことだと、認知行動療法に触れられていた。自分自身と川の音(周りの状況)をそのままに受け止める作業が大事なんだと、私自身が今までしてきたこと、時には自分自身が心理的な異常を感じて心理クリニックにも行ったこと(・・・十年前、ごく初期で気づいたので良かったがカウンセリングを受けるのに・・・十万円もかけた)、こうしてここまで何とか無事に来たことを、はからずも振り返る番組であった。

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by rev_ushioda | 2012-01-25 09:39 | Comments(0)

「ブログを本に」

今年も、ブログを1年分まとめて「本」にした。225ページで、送料込み2,300円。世界で1冊だけの本なので、これが私の1年日記帳になる。

日記をつける試みは幾度かしたことがあるが、すべて三日坊主だった。しかし、ブログにしてからは、もう5年以上、このような本を作り続けている。今回は、コメントも含めてみた。自分だけが楽しめる貴重な1冊が、また増えた。
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そしてもう1冊。下の写真は、東海道を歩いて5年、その時々に書いたブログをまとめたもの。これもまた、自分だけのいい旅行記ができたと思っている。139ページで送料込み1,500円。思いがけず、3人の方々から「注文」が入った。
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by rev_ushioda | 2012-01-16 15:54 | Comments(2)

「幸せなら手をたたこう」という歌がありました。歌手の坂本九(故人)が歌ったこの歌は、東京オリンピックを契機に、世界中で歌われるようになりました。
さて、この歌の作詞者は早稲田大学の木村利人さんで、クリスチャンです。大学生であった頃、日本のYMCAを代表してフィリピンの農村でワークキャンプに参加しました。その村は、しかし、戦争中、半日ゲリラがいるということで日本軍が村民を教会に押し込め、火を放って皆殺しにしたという村だったそうです。現地の人から次々、同じような話を聞かされた。いまだに激しい反日感情があったのです。そういう中でも、しかし聖書を読み合う仲間が与えられ、やがて、赦しの言葉を聞くようになっていったのです。すさまじい半日感情を持っていた村の人たちが、次第に心を開き、親切を態度で示してくれるようになったことに本当に感動したのです。
そして思ったのは、我々はキリストにあって一つ。現在の平和の幸せに感謝し、二度と戦争を起こしてはならないということでした。たまたま、村で子どもたちが歌っていたスペイン民謡が心に残り、その曲に、詞をつけた。聖書の言葉「すべての民よ、手を打ち鳴らせ」(詩編47:1)がヒントになり、態度で示してくれた村の人たちに感謝をこめ、「幸せなら手をたたこう、幸せなら態度でしめそうよ」という詞になったのです。初めは「幸せなら祈りましょう、アーメン」という言葉もあったそうです。早稲田の学生たちが歌っていたこの歌を、新宿の歌声喫茶で坂本九のディレクターが聞きつけ、レコード化、東京オリンピックではソ連の体操チームが入場歌として使った。世界的な流行歌になったのです。
平和の喜びを、態度に示すことが、いよいよ大事な時代になったと思います。キリストの言葉に「平和を実現する人々は、幸いである」とあります。木村さんやフィリピンの人たちのように、私たちも共に聖書を読み、和解に導かれ、そして、共に平和のために力を合わせる世界を作りたいと思います。
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by rev_ushioda | 2012-01-15 21:35 | Comments(0)

「受験する友へ」

あなたが、今、人生の節目に際して、努力を惜しまずチャレンジしている姿に感動をおぼえます。どうか、希望がかないますように心から応援します。
しかし私たちの希望は、必ず、その通りに実現するものではありません。私も、受験したところすべてに道が開かれ、そしてその道に進んでいたとしたら、今、牧師ではなかったのです。あのパウロ先生だって、行こうとした旅先を、幾度も変更したことが聖書に書かれています(使徒言行録16章6節以下)。行こうとしていた行き先を変更させられて、どんなに不甲斐なく思ったことでしょうか。肩を落としたことでしょうか。士気を喪失したでしょうか。私たちだったら、怒りや、不平、悲しみや将来への不安、いろいろな気持ちが噴出してくるでしょう。しかし、そうしたことの結果、パウロ先生はトロアスという港町に立つことになり、何とそこで思わぬ出会いをし、予期しなかった働きに立ち上がることになったのでした。そこから、「キリスト教」は、ヨーロッパに渡ることになったのです。自分がそのように用いられることになろうとは、挫折感で満たされていた時、いったい誰が予測できたでしょうか。
道を開くのは、人生の主である神さまです。私たちが受験勉強という形で十分な準備をしていさえすれば、その人のためにもう、神さまは先手を打たれているのです。私たちにはなかなかその道が見えないので、とりあえず、自分の希望するところを目指しますが、神さまの思いと一致していれば、その通りになるでしょう。しかし、あなたに対する神さまの思いが違うところにある場合は、違う道が開かれます。
自分が行こうとした道と違った場合は、頭が真っ白になり、頑張った人は、涙が止まらず、今まで感じたことがないような悔しい思いが沸き起こり、気持ちは極端に落ち込むでしょう。それだけ頑張ったから、当然です。しかし、離れたところからあなたを見れば、神さまが用意した別の道があって、そこに進むスタートラインに立っていることが分かるのです。
いろいろな道があるのです。一生懸命チャレンジして、そして開かれたその道に、正々堂々と進んでいくことができるよう、心から祈ります。

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by rev_ushioda | 2012-01-13 00:27 | Comments(0)

「兄弟・姉妹」

以前、教会に始めて来られた方が、週報等に書かれてある信徒の名前の後に「姉」「兄」という敬称が付けられているのを見て、「教会には家族で来ている人が多いんだなあ」と本気で思われたそうです。言うまでもなく、それは、キリスト者同士、互いを呼ぶときの「敬称」です。
ところで、なぜ教会で兄弟・姉妹という敬称を用いるようになったか、その起源は、主イエスが言われたからです。すなわち「家族の者」(マタイ10:25)、「ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟・・・」(マルコ3:31以下)、「イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥としない・・」(ヘブライ2:11)。
また、パウロも異邦人キリスト者を指して「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり・・・」(エフェソ2:19)と言っているからです。
こういうところから分かるのは、兄弟・姉妹、また、家族というのは、信仰における関係性である、ということです。神の御心を行うから、迫害を受けるから、「罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じように」なったイエス(ヘブライ2:17)を信じるから、だから、信じる者たちのことを兄弟・姉妹、また、家族と言うのです。
主イエスがそのように関係付けて下さったから、私たちは、兄弟・姉妹なのであって、つまり、ほかの理由や目的があるのではありません。普通私たちが考えるのは、血肉関係にあって、お互いに訪問しあい、物品の遣り取りをして励ましあう、そこに兄弟・姉妹を見ています。しかし主イエスは、だから兄弟・姉妹だと言われたのではなかったのです。もちろん、そういうことを必要とする人にそれをすべきことは、言うまでもありません。逆にそれを嫌う人もいるのです。すると、嫌っているうちはまだ本当の兄弟・姉妹ではないと屁理屈を言い出すかもしれません。また、ここまでしてくれたら兄弟・姉妹を感じるけれど、それをしてくれないと兄弟・姉妹とは感じられないとなれば、その人が満足できるため、いったいどこまでしたらいいのかという線引き、程度の問題が出てきます。そういうことを議論し始めたら、私たちはきっと、それだけで焦燥しきってしまうでしょう。
兄弟・姉妹という意味は、罪を償ってくださった主イエスを信じる仲間という意味においてなのです。迫害さえ共に受ける仲間、という意味なのです。聖書を共に読むことにおいて、礼拝に共に集うことにおいて、そこで信仰を励ましあうから、その関係に生きることを「兄弟・姉妹」「神の家族」と言うのです。

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by rev_ushioda | 2012-01-08 23:52 | Comments(0)

「年賀状」

「年賀」とは、新年の祝いである。
元旦礼拝までは良かった。夕方から下降気味となり、2日、3日は寝正月となった。「黒ニンニク」の効果は、この1年間、確かに手ごたえはあったのに、ここに来てダウンとなった。
中山道歩き始めであるが、ホテルを予約はしておいたが滋賀県下の雪情報からやはり止めておいた方がよさそうだと思い、2日~4日の近江行きを取り消しておいて良かった。まさかの風邪による寝正月となった。いや、ブログを読み返していて、「黒ニンニク」を食べ始めた去年を除いてはずっと、正月は風邪をひいていたのだから、予想通りだったか。
そんなこともあって、いつもは10日過ぎに準備していた年賀状を、今年は、自分の誕生日前に無事、投函できた。

いただいた欠礼通知の中に、「・・・は、3月11日に永眠いたしました」という葉書が1件あった。宮城県からであった。

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by rev_ushioda | 2012-01-04 11:11 | Comments(0)