「キリスト者」

「クリスチャン」を日本語にすると「キリスト者」です。「キリスト者」という言葉は、新共同訳聖書/新改訳聖書などに出てきます。

「アンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになった」(使徒言行録11章26節)。

「キリスト者」は、もともとは、ギリシャ語のクリスチアノス(キリストに属する者)という言葉で、ちなみに口語訳聖書では「クリスチャン」と訳されていますが、これは、英語標記の発音です。英語ではありますが、しかしこちらのほうが馴染んでいる、という人が多いでしょうか。日本では古く「キリシタン」と呼ばれたのですが、聖書のギリシャ語「クリスチアノス」が、ポルトガルに渡って出来た言葉が日本に伝えられ、その発音が日本語化して「キリシタン」となったものです。
ところで、もう一つ、「キリスト教徒」という言い方もあります。「キリスト教」というのは社会学的、宗教学的な分類であり、それに属する人々ということで「キリスト教徒」となります。私の恩師は、しばしば「キリスト教徒」と言っていました。東洋思想の先達でありましたから、いろいろな意味を込めて、そのように言っていたのだろうと思いますが、ともすればキリスト教信仰が社会に埋没してしまいそうな時に、私にとっては非常に挑戦的に響いてきたことを覚えています。
「クリスチャン」/「キリスト者」、または「キリスト教徒」のどれを使うかは、場面によって違うでしょうけれど、あなたは、自分の信仰者としての立場を何と表現しますか。時には、言い方を変えてみると、信仰の輝きが増して、意外や、自分の信仰者としてのアイデンティティを再確認するきっかけになるかも知れません。

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by rev_ushioda | 2011-07-23 21:54 | Comments(0)

昨年、青葉教会(同盟教団)と合同で2泊3日のサマーキャンプを行なった。今年は泉教会の実力不足で、「合同」にすることができず、青葉教会の1泊2日のキャンプ(土~日曜日)に子ども達を「参加させてもらう」という形になった。
泉教会からは、2日目、主日礼拝が終わってから、バーベキュー担当として参加することにした。行き先は、厚木市半原にある「瀬の底小舎」。泉教会からは大人11人、子ども6人が参加したが、青葉教会と合わせて、総勢45人くらいになっただろうか。
娘のつれあいはUr兄。パワーポイント(パソコン)を使った子ども向けのお話や、ギターを手にしての賛美を用いた場面構成など、非常に良い。松原湖キャンプに毎年のように行って奉仕してきたが、さすがにそこで得たスキル、霊的リーダーシップは、違うね。子どもたちは大いに盛り上がっていた。「賜物」というけれど、たいしたものだと感心する。
今日、食事のときに、4歳の孫が、ふと、「さみにも、つみがあるんだ。明日のお昼にイエスさまにとってもらうんだ」と言っていた。罪がある、と言うものだから、どうしたらいい? と訊いた答えが、「あすのお昼」だった。(^o^) わかっても、わからなくても、こういう会話ができて、いつか、自分の「罪」と、それを赦してくれる主イエスに出会うことになるのだ。
瀬の底小舎は、自然に恵まれたところにあって、滝まで散策でき、川遊びもできる。家にはデッキがあり、部屋の内外とつながってプログラムが持てる。デッキは、バーベキューにはとても良い。車も8台くらいはOKということで、とても良い。ただ、来年は、まずデッキの補修に来なければいけないかも・・・ 木のデッキは温もりがあっていい面があるが、さすがに、年数と共に傷んでくるね。場所を提供してくれたNr子姉には、今回も大変、お世話になった。

今日、娘夫婦がビデオを持ってきた。撮った画面がイマイチで、その激しく揺れる画面を見ていたら、船酔い状態になり、半日、寝込むことになった。体が疲れているのかなあ・・・ 結局、一日、回復しなかった。・・・うん? 風邪?
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by rev_ushioda | 2011-07-18 15:34 | Comments(0)

「雀の母さん」

テレビCMに金子みすずの詩が流れました。
子供が/子雀/つかまへた。その子の/かあさん/笑ってた。雀のかあさん/それみてた。お屋根で/鳴かずに/それ見てた。
前半には、私たちが目にする日常的な光景がうたわれています。ほほえましさを感じます。しかし、後半に移って雀のお母さんの視線が入ってきた時、その日常的な風景が一変します。雀のお母さんは、人間の手にある我が子を、かたずを飲んで見ている。たとえ子どもが子雀をかわいがっていたとしても、お母さん雀は自分の手に届かないところにいる我が子を、心配そうに見守っているのです。その視線を感じているか、いないかで、私たちの生活の意味が、生活の仕方が変わってくる。私は、この詩をそのように読みました。(CMは、おそらく間違った理解の仕方をしていると、私は思います)
自分たちがいつも見ている視線ではなく、そこに飛び込んでくる第三者の視線でモノを見るということは大事なのではないでしょうか。自分たちが普通に、まったく問題なく営んでいると思っている生活であり、これからも順調に進むと見えた光景も、そこに飛び込んでくる第三者の視線で見て初めて、ああ、そういうことだったのかと本当の意味がわかるのです。
キリストの出来事、またその言葉は、まさに私たちの生活に飛び込んできた出来事であり、言葉であり、視線でした。順調に、うまく人生を作ろうとしていた私たちのそばに、キリストの言葉、その生き方、そして人々との出会いが、置かれたのです。弟子たちを見ると、彼らなりにうまく作ろうとしていた人生があった。しかし、それがキリストとの出会いでひっくり返されていくのです。一度ひっくり返されて、そしてここが大事なのですが、確かなものになっていく。意味を持っていく。私たちは、他の視線を何も感じないで、何もひっくり返されないで、自分なりの人生や考え方をさらに固くしようとしているのではなかったでしょうか。そういう私たちに注がれるキリストの視線に、今、気付きたいと思います。

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by rev_ushioda | 2011-07-17 16:39 | Comments(0)

葬儀が終わり、気づいたら7月半ば。こんなに暑いのに、どうしてセミが一匹も鳴いていないのだろう、と思った。疲れて、私に何か時間感覚がなくなってしまったのだろうか。(いや、確かに今年は、セミが鳴いていない。どうしたのだろう。これから、うるさく鳴き始めるのだろうか・・・)
とにかく、葬儀の後は、疲れを覚える。日曜日の説教から続いたので、なおさらか。パソコンの前に座ると、もう、こっくりこっくり。そんな1、2日を過ごして、ようやく、動き始めたかな・・・ 前夜礼拝の説教を掲載しておこう。

ヨハネによる福音書11:1-5、32-35、43

K子さんは、1950年10月14日、北海道で、3人兄弟の次女として誕生されました。そして小学校3年生のときに、北海道から、神奈川県に移って来られました。
1979年(29歳)、看護学校に入学し、卒業後、南大和病院に勤務、以後、29年間そこでお勤めになった・・・ ということは、看護学校に入学するまでの29年間と、その道に進んで看護師として働かれた29年間とは、ちょうど同じなのです。
2008年暮れに大腸がんを発症され、2年間で何と4回の手術を繰り返してきました。職場復帰を強く望んでいましたが、その後の体調が整わないまま、昨年8月、1年前に病院を退社されています。今、申し上げたように、29年間の看護師さんとしての勤務でした。
教会との関係は、お姉さんが教会員であったことや、その前にお孫さんの葬儀に私が関わったことなどがあり、時々、おいでになっていました。
手術を繰り返していた頃、1昨年の2009年9月でしたが、教会の礼拝にご夫妻でおいでになりました。そういえば、教会に来られたとき、最初にお聞ききした言葉は、「お葬式をお願いします」ということだったと思います。そういうことを考えていたのです。
以後、ずっとお休みされないで、毎週日曜日、ご夫妻で礼拝に来られていました。おいでになったその年(一昨年)のクリスマスに、夫婦そろって洗礼を受けられ、夫婦で、クリスチャンとしての新しい生活が始まりました。
K子さんにとって本当にびっくりしたことがあるとすれば、夫のYさんが、一緒に洗礼を受けたことではなかったでしょうか。「あなたは救われないわ」と言っていましたが、その気持ちに偽りのないことが分かって、後から、謝っていました。
昨年6月の4回目の手術を最後に、その後、K子さんは、治療を一切拒否されて来られました。 ・・・治療をしないということは、何の検査もしない、ということです。病気がどのように進行しているか、誰もわからないまま、しかし本人はきっぱりとそれでよしとして、時間が流れました。最後は、ご自宅で緩和ケアを受けてこられましたが、点滴も、酸素吸入さえも、お受けにならなかったのです。
どこかで、気持ちをスパッと切り替えたのです。しかし、ご家族がその気持ちを受け止めるのに、相当の苦しみ、葛藤がおありだったことを、私も記憶しています。
治療は一切しませんから、当然、良くなることはあり得ず、私たちも、「良くなりますようにお祈りします」とも言えません。ただ、その日、「死の時」に、向かっていくしかありませんでした。そういう、命が限られた日々、何よりも礼拝を大切にされて来たのです。一人の人が「命をかけた」礼拝を、私たちも、ずっと共にさせていただいてきました。
それでも3月までは動くことが出来ていて、日曜日の礼拝と、木曜日の聖書会は、とても楽しみにされて、おいでになっていましたが、4月の第一週の聖書会でしたか、足が動かず、私たちは急速な変化に驚きました。そんな状態でよく教会まで来たと言いましたら、「《実家》に寄って行きたかった」と言っておられました。
それ以降、もうおいでになることはできず、今も申し上げましたが、ご自宅で緩和ケアを受けながら、天に帰る日をそれこそ心待ちしておられました。緩和ケアの専門の先生が「あと1~2週間」と言われた時もあり、ご家族も覚悟されたのですが、不思議にその後、普通にお話できる状態が戻って、(本人は辛さがありますから不本意だったと思いますが)しかし、ご家族にとっては結果的には3ヶ月間というお別れの時がプレゼントされることになりました。

そして、先週の金曜日のことでした。ついに、この時が来た、という思いがいたします。

ご本人が、今述べたような、死を覚悟しての日々でしたので、私もお見舞いのたびごとに聖書を読むのですが、天国の約束の箇所を必ず開いて、祈るのです。亡くなる3日前、敬子姉のために私が最後に開いた聖書の言葉は、次の言葉です。ご一緒にお聴きください。
「わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。」「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」
(以下、「続きは、こちら」をクリックしてください。)

続きは、こちら
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by rev_ushioda | 2011-07-14 16:54 | Comments(0)

「畏れるべきを知らず」

いったい、大津波を人間の構造物で防げるのでしょうか。原発は安全だという人間の英知は、自然を越えることができるのでしょうか。
ある年のこと、丹沢でキャンプ中、大雨のため増水した沢に家族も、仲間も押し流されたという痛ましい遭難が起きました。キャンプ用品が手軽に揃うようになったし、車でどこにも行けるという気安さから、いわゆるキャンプ・ブームになっていますが、問題は、自然との付き合い方です。こちらは気軽な感覚になっていますが、自然は昔から何も変わっていないというところに、落とし穴があるのです。町の中にいるようにしてキャンプに行くと、自然の力に驚かされる。こわい目にも遭う。自然とは何か、感覚が麻痺しているのです。町の中であっても、コンクリートに固められた川、下水での急な増水による事故が起こっています。人間は何でも思い通りやってきたのですが、思いのままにならないものがある、ということに気付かなければなりません。つまり、そういうものを正しく畏れる、正しい関係を作るということが大事なのです。
もう一つ、人間が畏れることを知らなくなったものがある。神への畏れです。私たちはキャンプしてはいけないところ、丹沢ではあの中州でしたが、そこにキャンプしているのではないでしょうか。神なしの、神を畏れない生活をしているのです。
丹沢の中州にいた人たちは、「危ない」と何度も注意されていたと聞きます。しかし目の前の楽しさが優先していたように、実は私たちが、そうなのです。「聖書を読まなくたって大丈夫。祈らなくても、教会に行かなくても、大丈夫。関係ない」と言って、自分の生活スタイルを変えないのではないでしょうか。今の自分の生活、つまり中州に張ったテントという生活、神なしの人生を動かさず、神を畏れる人生を作ろうとしないのです。
自然と正しく付き合えばすばらしい体験ができるように、神を正しく畏れ、良い関係を持つ人生に、あなたのテントを少し移動してみませんか。

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by rev_ushioda | 2011-07-11 12:54 | Comments(0)

「不活動会員」

不活動会員とは、1)礼拝に少なくとも3ヶ月に一度も出席することのない者、2)何らかの方法で教会との連絡を保つことをしない者、3)所属する教会の財政的な重荷を分担しない者を指します(カンバーランド長老教会の場合)。
現在、泉教会には7人の不活動会員、ボーダーで1~2人がいます。理由は、遠隔地在住(学生2、生活問題1、認知症1)、その他、離婚(1)、神学的問題(1)、教会に馴染めない(1)、不活動のまま転入受け入れ(2)等、いろいろあります。不活動と言っても会員ですから、折に触れて祈りに覚え、連絡を保ちつつ、泉教会では難しかったのであれば、何とかどこかの教会に繋がってほしいと、心から願っています。
ところで、かつて私は、不活動会員が1人でもいれば、自分の無力と大きな責任を感じて、それこそ、牧師失格と思っていました。
しかし、そうなると牧師の命がいくつあっても、足りません。どこかで、ハッと気づきました。そのような課題を抱える人を、この教会は、受け入れることができたのだ、と。不活動になりそうな人を恐れて、最初から受け入れることをしない、という方法を選ばなかったのです。多少、心配がある人も、(いえ、元気な人もいつ落ちてしまうかわかりません)どの人も、受け入れたのです。その人のためにキリスト者として居場所を作ったのです。つまり、祈りに覚える場所を作ったのです。その結果、案の定、不活動会員となったとしても、私たちはあなたの名を覚える、と言い続けるのです。それが泉教会であれば、喜んで不活動会員がいることを誇ろうと思うのです。今は教会から離れているけれども、この人も、あの人も、キリスト者として名前を覚える場所は、教会しかないのです。その教会が、泉教会であったのです。
不活動会員が多い教会は、それだけ魂に重荷を感じ、魂に対して祈ることに熱心であった証しだとさえ、思っています。喜んで不活動会員を数えたい。そして、それにも増して、彼らにふさわしい道が開かれることを、祈り続けたい。
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by rev_ushioda | 2011-07-07 21:26 | Comments(0)

「神学校クラス会2011」

今年は、全員揃わないかもしれないと思った。なぜなら、去年12月、癌の手術をした友がいた。その回復が大変そうだと聞いていたからである。直前に、転倒により、膝蓋骨骨折のために入院した友もいたことが分かった。しかし、神学校で教授を勤める1人を除き、ほか全員が参加した。毎年しているクラス会であるが、いつになく、うれしい思いがした今回のクラス会であった。
皆、還暦を越えた。これから色々なことが起こってくるだろう。そんなことを思うと、1回1回の集いが大事に思えてくる。すでに何年も前にお連れ合いを亡くされている姉妹もいる。今回、癌の手術をされた I 兄が言われた。「術後の苦しみの中で、思わず娘に言った。何でこんなに苦しいんだろう・・・」。娘さんは、即座に言い返したそうである。「お父さん1人が苦しいんじゃない、家族皆が苦しいんだよ」。家族皆が苦しんでいると聞いて、はっとしたそうです。そして、その話を聞きながら、私は心に迫るものを感じた。ああ、本当に愛されているとは、そういうことだと。自分が苦しいとき、辛いとき、家族は皆、同じように苦しみ、辛さを味わっている。愛し、愛される家族がそこにあるのだと。その家族の祈りに支えられて、I 兄は、今日、クラス会に参加できるほどに、駅まで仲間を迎えに出られるまでに回復された。
家族の祈りが満ちているその教会が、会場持ち回りでたまたま彼の教会であったのだが、今回の会場教会であったことは、幸いだった。今までにも増して、幸いな時であった。
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by rev_ushioda | 2011-07-04 21:07 | Comments(4)

「礼拝の服装の話」

暑いですが、節電のためエアコンは28度設定です。こうなると、さすがに牧師、司式者であっても、上着を脱がせていただいています。そこで思いました。礼拝の服装は、どういうものが適当なのでしょうか。
先日の礼拝で、「サンデーベスト(日曜日の晴れ着)」という言葉があることを紹介しました。つまり、伝統的な礼拝では、服装を大事にするのです。礼拝には「招きの言葉」がありますが、神の招きを受けて、神の御前に出るのです。それはまさに、光栄に満ちた晴れがましいこととして、それを服装で現わし、つまり、正装して出かけるという伝統的な礼拝があるのです。
それに対して、現代の礼拝に多く見られるのですが、それほど服装を気にかけず、神との関係も、親しい友達関係のような気安さで、普段着で出かけます。
私たちの教会では、服装のことは、何も決まりはありません。神は私たちを服装で判断されることなどありませんから、それぞれの思いに従って礼拝の装いも違ってきます。ましてや、神は私たちの心を見通しておられるのですから、うわべだけ正装しても、それは意味のないものになってしまいます。
しかし、そこで改めて考えたいのは、たとえば、暑いからといって、「ウルトラ・クールビズ」? でもいいかと言うと、それが周りの人に不快な思いをさせたり、礼拝の心を乱してしまうかもしれないとなれば、それはよく考えなければならないことです。私たちは、一人で礼拝しているわけではありません。民族によって、地域によって、教会によって、それぞれふさわしい服装があると思います。自分の礼拝共同体を意識した服装があるのでしょう。
大事なことは、服装は、心が表れるものだということです。洗礼の日には、皆さん、改まった服装をされる。心が、そこに表れているのです。では、神礼拝の心を、服装ではどう表したらよいのでしょうか・・・

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by rev_ushioda | 2011-07-03 22:39 | Comments(0)

「転倒の傷」

ある時、私は年がいもなく、子どもが乗って遊ぶキックボードに乗っていて転倒し、アスファルトの路面に頭を打ちつけて目の上を切り、数センチ縫うことになってしまいました。すぐ病院に行って手当をしたためか、傷の直りは思ったより早く、1週間くらいですっかり癒りました。けれども、気付けば両方の手や肘には何の傷もありませんでした。倒れる体を支えるはずの腕は、その時、まったく動いていなかったのです! 気持ちは二十歳でいたのに、何か厳しい現実を突き付けられたような感じがしました。「お前の体は、もう若くない」という宣告を受けたような感じは、どうにも情けないです。体よりも心に傷を負ったような感じです。
事故についてはいろいろ励ましてくれる人もいたのですが、私は、事故を起こしたというよりも、とっさに反応できない反応の鈍い、そういう年齢になったのかという自分に失望していたのです。
表には現れない、その人にしか分からない、いえ、場合によっては自分でも気付かないかも知れないような感情のところで、人は傷を持ち、癒やしを必要としているのかも知れません。その感情を抑えているから、どこかで無理が来るのです。カウンセリングにおいでになる皆さん、多くの場合は、傷がある気持ちを言葉にして言えなかったということです。感じていることを感じてよいのだと自分に許可を与えることができなかった… その時は、言えるような状況でもなかった。もしそうしていたら、ずいぶん違った結果になっていたのです。
旧約聖書のヨブという人は、理論や知恵を持ち出す友人たちの前で、その理論とか知恵の枠組みで考えることを拒否して、思い切り、神に向かって叫びます。そして、悲しみや怒りに奪われそうになる心を、人間を、取り戻していくのです。思い切り叫ぶことができる対象として、神、人間の造り主である方と向き合える人は、幸いです。
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by rev_ushioda | 2011-07-03 22:36 | Comments(0)

「M夫妻」

癌の末期のために教会においでになれなくなったM姉宅で、過日、家庭集会を開いた。
M姉は、自宅で緩和ケアを受けながら、ご主人、ご兄弟、ご家族に囲まれて最期の日々を過ごされているが、この日も、家庭集会を心待ちにされていた。
お連れ合いが、讃美歌のコピーを見せておられる。彼女が洗礼を受けると言われたとき、「じゃあ、俺も」と言われた方である。1年半前、ふたり一緒に、洗礼をお受けになられた。それまでも、それ以後も、しっかり彼女に寄り添い、歩んで来られた。
彼女は、4度も入院、手術しているが、直近3回の入院の時、何と、まったく違う理由であるが、彼もまた、3回とも、時をまったく同じくして入院したという、嘘のような本当の話である。1度は、彼女は看護師なので病院はよく知った場所、さっさと入院してしまった。そこに彼が入院することになり、病院で出会ったお互いは、「あら、あなた何で入院しているの?」 これもまた、本当の話。
4度目の時は、彼女の苦しみを替わってあげたいと祈っていたそうだ。そして、何と、またまた同時入院となったのである。
こんなにも愛によって結ばれているお二人に、地上で残された時間は、もうほとんどなくなっている。
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by rev_ushioda | 2011-07-02 20:12 | Comments(0)