「妻がいない日曜日」

妻がいない日曜日、司式、説教(子ども説教も)、そしてヒムプレイヤーの演奏、礼拝後は、子どもたちの洗礼準備会、そして区民クリスマスの聖歌隊練習で難しい歌に挑戦して2時間、うわー疲れた。
ブラジルのほうはどうなんだろう、考える間なく、1日が終わった。そういうことなのだが、同じことを同じようにしているにもかかわらず、妻がいないと、調子が変だよね。孫が来たので、地球儀を持ってきて、今、ヒデコはここにいるんだよと説明した。今日、月曜日に、ヒデコは? って聞いたら、地面を指差して、下、下…って。
そうそう、変だといえば、第4日曜日、夜は運営委員会があるのに、「龍馬伝」最終回を観ていた。3年以上つとめた人は次の年は免責、というわけで運営委員に選ばれなかったからだ。これも、また変な感じだ… 「龍馬伝」を観ながら、数日前に届いた、クローゼットハンガーを組み立てた。これはパイプであるにもかかわらず、なかなか頑丈なつくりで、中も機能的にできている。天井までの高さも、収容力があっていい。散らかっていた洋服を全部収納。以下、何の関係もない写真、ふたつ…

→ http://www.kawako.net/closet-dx.html
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by rev_ushioda | 2010-11-29 20:59 | Comments(0)

「ブラジルに無事到着」

今、妻から電話があった。

ブラジルのバイア州ジョタカ村、マッタ・デ・サン・ジョアンからである。5時間ほど前に無事に着いたとのこと。

水曜日午後3時に成田を発って、5時間前というと、金曜日の早朝4時・・・日本からブラジルまで、一日半の行程だ!う~ん、遠い。というか、今、妻がいるところはこの地面の下だなんて、今までの海外旅行とは違う、不思議な感覚である。一行4人はといえば、時差のために数日、かなり眠いことだろう。そのまま、夢心地のブラジル滞在にならないようにと、思う。来週の土曜日に帰宅するが、石塚先生ご夫妻、そして教会の皆さんとも、良い交わりができるといい。
電話は、いつも使っている携帯電話からだ。すごいな、便利だな、でも、通信費は高いだろうな。なんて。

今居るところ → グーグル地図 (左上のマイナス記号を押していくと、ブラジル全体が見えてきます。写真モードにするとイメージがわかります)

このブログも参照 → ブラジル・バイア・ジョタカ村からボンジーヤ

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by rev_ushioda | 2010-11-26 09:25 | Comments(2)

「中会会議」

明日、泉教会で定期中会会議がある。

出席36人と聞いている。

いつもと椅子の並べ方を変え、礼拝はこれで大丈夫だろうか、会議と、そのあとの食事をどうしようかとか、狭い礼拝堂なので、いろいろ工夫しなければならない。あれこれ考えて手配していたら、けっこう疲れてしまった。妻は、昼食やら、お茶菓子の手配、駐車場の手配などで飛び回っていた。会場教会はけっこう、気を遣う。狭いから、余計、気を遣う。狭いながらも、皆さんには、ここでよい一日を過ごしていただきたいと思えば。

ところで、毎年、重い責任のある運営委員の選出がある。しかし、任期制があって、それによると私は今回は選ばれることがないことが分かっている。ずいぶん前になるが、中会会議の朝、体が妙に重くなって、妻に会場まで送ってもらったことがある。この運営委員に選ばれ、さらに議長にも選ばれる可能性があったからだ。体は正直だなあ、と思ったりした。責任を引き受けるのは、大変なことだ。気づいたら、現役牧師では最高齢。えっ、うそでしょう、って感じだが、議長に選ばれなくともずっしりと何かが乗っかってくる現実がある。

会議の翌日掲載:当日写真
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昼食は、近所の I さんがリビングを貸してくださり、そこに10人が移動できて、本当に助かった。有難いのは良き隣人である。残りの皆さんは、1階と2階に分かれて、不自由はあったかも知れないが、よい交わりのときとなった。感謝。

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by rev_ushioda | 2010-11-22 19:50 | Comments(1)

教会には、いろいろな人がやって来ます。大人も子どもも来ます。ある時、教会の近所の「さっちゃん」(仮名)が、泣きながら教会にやってきました。
見ると、さっちゃんは、はだしでした。お父さんとお母さんが家でけんかをしていたので、悲しくてたまらない気持ちになって、そのまま家を飛び出してしまったのだそうです。教会に来るまで、ほかに友達の家とか行く所はたくさんあったと思いますが、さっちゃんは、以前通っていた教会を思い出し、いつの間にか教会に来ていたのだそうです。
お話を聞いたあと、私は「イエスさまは、さっちゃんの辛い気持ちをよく分かっていてくださるよ」と言って、一緒にお祈りをしました。さっちゃんの辛い気持ちが和らぐように、また、お父さんとお母さんが仲良しになるように、祈リました。しばらくすると、さっちゃんには前のような笑顔が戻ってきたのでした。やがてお母さんが迎えに来てくれて、さっちゃんは明るい顔で帰っていきました。

皆さんは、つらい時、さびしい時、困った時、子どものようになって飛び込んでいける所がありますか。もちろん、うれしい時には一緒に喜んでもらえる所がおありでしょうか。あれば、幸いです。
あなたは、以前、教会に行っていたけれども、今はもうずっと教会に行っていない人であるかも知れません。あるいは、まだ一度も教会というところに行ったことがないかも知れません。たとえそうであったとしても、教会では、いつでもあなたに来てほしいと思っています。飛び込んで来てほしいと思っています。そのつらい事情や状況を変えることはできないかも知れません。しかし、一緒にお祈りすることはできます。あなたが祈れないなら、牧師が代わって祈ります。

私が初めて教会に行った時、帰りに玄関で見送ってくれた教会の人たちから「行ってらっしゃい」といわれました。その時、教会は帰るところなのだ、いつでも帰れる「祈りの家」なのだと知って、うれしくなったのを思い出します。あなたも、教会にお帰りなさい。

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by rev_ushioda | 2010-11-12 09:03 | Comments(0)

私は日曜日のために参加できないが、下記のような集会がある。

  タイトル : 「泉区9条の会連絡会」結成1周年記念講演会 
  日時/場所 :12月5日(日)、13:30~15:30、泉公会堂第一会議室
  講師 :小花和史弁護士(横浜みなみ法律事務所)
  テーマ : 「今こそ憲法9条を活かすとき!~沖縄基地問題はどうなっているの?~」

昨年、「泉区9条の会連絡会」を結成、同時に「なかわが9条の会」を立ち上げたが、後者の方の記念集会を計画しながら、結局、 「泉区9条の会連絡会」結成1周年記念講演会となった。 
沖縄基地問題は、まず関東の人間には遠い話、そして、政治の話として敬遠されがちであるが、9条との関係で見たら、どうなのか。今回は弁護士が講演するというのも面白い視点ではないだろうか。
行くことができる人にはお勧めである。以下、教会で出している「週報」に掲載した、「牧会のはなし」からの引用。

すべて正しいこと
2010.10.17

「兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いことを、また、徳や、称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい」(新約聖書 フィリピの信徒への手紙4章8節)

昨年、泉教会の周辺に「なかわだ9条の会」が発足、私も請われて、発起人の一人になりました。戦争は嫌です、平和憲法を変えてほしくないという共通の思いを抱いて、細々とはしていますが、確実にその歴史を刻み始めました。
ところで、このような(憲法9条とか、平和の)話をすると「政治のことはどうも」と言われる人が多いのはどうしたことでしょうか。憲法9条に書かれている戦争放棄は、いったい政治の話なのでしょうか。『あたらしい憲法のはなし』(1947年、文部省が中学生のために出した社会科の教科書)には、つぎのように書かれています。
「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、決して心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国より先に行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。
「世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」。聖書に通じる内容です。聖書は、初めに引用したように、内面の世界だけ大事にしなさいとか、この世のことは関係がないとは、決して言っていないからです。
私たちが平和のうちに礼拝をまもることができるのは、平和憲法を大事にしたいという一般の人たちの努力の賜物なのです。平和憲法の歯止めがなくなった日、私たちが安心して礼拝できる場を失う事は、歴史が証明しています。そして今は、いつ平和憲法が変えられるか分らない現実になっています。一般の人たちが平和のために活動している時、私たちはどのような関心を示したら良いのでしょうか。

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by rev_ushioda | 2010-11-08 10:52 | Comments(0)

田舎の道を歩いていて、必ず見かける黒地に白い文字の看板。「死後裁きにあう」とか、書いてある。ここ  おそらく、全国どこにもあるので、気になっていたので調べてみたところ、宮城県伊具郡丸森町にある 「聖書配布協力会」 という団体だった。パンフレットに、「本会は、聖書の配布を唯一の目的としており、宗教団体や聖書研究会への勧誘、献金の要求、本・雑誌・物品の販売等は、一切行なっておりません。」とあるように、団体として、教会との関係・交流を持たない独自の宣教団体である。無神論、唯物論、進化論、偶像崇拝、妊娠中絶、同性愛、不倫、ポルノ、ローマカトリック、イスラムや、性的不道徳への、激しい反対・非難を特色とする。聖書的原理主義。

「悔い改めよ」など、防犯になっていい、というインターネット上に書き込みがあるのは笑えるが、どちらかと言うと裁きが強調され、福音が語られていない、偏った傾向に疑問を感じる。黒地に白抜き文字という色彩感覚にも福音が感じられない。街頭で大きなスピーカーで聖書の話をして立ち去る、あの団体と同じとなると、地域教会と交流せず、相手を問わず一方的に、かつ聖書の言葉を断片的に語る言葉の伝達方法に、私自身は疑問を感じる。

もう一つ、 「世界人類が平和でありますように」というポールも、どこでも見かける。
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これは、 静岡県富士宮市に拠点を置く 「宗教法人 白光真宏会」のもの。生長の家を背景にもつ宗教のようだ。彼らの教義では、原罪を否定している。妻に言わせると、メンフィス神学校にも置いてあるそうだが、ほかに見た人、いるだろうか? 平和と言っても、独自の教義で定義しているとしたら、そもそも神学する場である学校に、平和の文字があればいいという感覚で (かどうか分からないが)、他宗教のもの (宗教宣伝にもなっていると思う)を置く理由を知りたいと思う。

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by rev_ushioda | 2010-11-05 15:58 | Comments(0)

11月1~3日、再び、東海道に立つことができた。秋に3日間の休暇は、初めてである。秋は健康の問題がついてまわるから、直前まで宿の予約はとらなかったが、幸いに風邪もひかず、実現した秋の休暇。

四日市宿

今回は、四日市宿から坂下宿までの約35キロとなった。伊勢湾を渡って、桑名から四日市まではほとんど旧道の雰囲気はなかったが、四日市を過ぎると、連子格子の家が多く見られ、街道を歩いているという情緒がある。



関宿

今回の旅で最高の収穫は、関宿の町並みであった。ここは、国指定の「重要伝統的建造物群保存地域」である。今まで、町並み保存がされているところはあったが(静岡県蒲原など)、これほどのところはなかった。ここは、東海道随一の宿場の景観を今に保存しており、電柱はすべて撤去され、江戸時代さながらの景観である。70%以上が戦前の建物で、中に入って観ることができる建物も多い。まるでタイムスリップしたかのような雰囲気だ。すごかった・・・ 次の写真は、朝早かったので人や車が写っていないが、日中ともなればかなりの観光客が来る。しかも、地元の人にとっては、ここが生活の場である。実際、ここに人が住んでいる。今まで街道を歩いてきて古い建物がいくつもあったが、あと10年もすれば崩れるのではないかというように手入れをしない家も多い中、町の意気込みでここまで保存できるのだと思った。東海道一の景観である。
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坂下宿

関宿から、鈴鹿峠下の、坂下宿まで足を延ばした。帰りは1日3本しかないバスに合わせて、その時間までに峠下の坂下宿に着き、バスで帰って来るつもりでいた。行きは良い良い、しかし、何と帰りのバスは、休日は走ってないことが分かった! バスで戻るはずだった5キロの道を、再びテクテク、1時間半をかけて、(車を停めた)関駅まで戻ることになった。
そういえば、関からのJR関西本線のディーゼル車は、1時間に1本しかない。乗り換え駅では、待ち時間も1時間もある。なるほど、鈴鹿峠は東の箱根に対して西の箱根と言われるが、峠自体はまったくたいしたことはなさそうであるが、バスの時間のやりくりは、たいそう難しく、現地に行ってみれば、「交通の」難所、陸の孤島であった。

関宿は歴史的建造物郡保存地域ということで、20年前から保存の取り組みがされて、今は観光名所となっているが、他方、坂下宿は往時、街道有数のにぎわいを見せたと言うが、明治時代に鉄道からはずれ、人通りが絶えたのをきっかけとして建物はすべて取り壊され、今は、茶畑になっている。写真は、大竹屋本陣跡。宿場であったことをしのぶものは、何もない。歴史とは、そんなものか。
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坂下宿を過ぎると、もう鈴鹿峠で、そこが伊勢国(三重県)と近江の国(滋賀県)の境である。今回は、伊勢国のはずれまでとなった。写真は、坂下宿少し手前、小学校跡地にて。
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今回のルート → 今回のルート(地図表示)

この地図を拡大、写真モードにすると、「関」の家並みがよくわかる。そして、その先のゴール地点の山間の様子も手に取るようだ… 次に来たときは、鈴鹿峠を越えて、いよいよ近江の国(滋賀県)に入る。すでに周りの人たちが話す言葉は関西弁であるが、鈴鹿峠を越えたら、そこは関東の人間には、別世界である。

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by rev_ushioda | 2010-11-04 16:33 | Comments(0)