東海道、今回は全行程約30キロ、知鯉鮒宿(知立)~鳴海宿~宮宿(名古屋)~桑名宿~四日市宿の3日間のコースであった。私が参考にしているガイドブックの著者は、これを1日で踏破している「つわもの」である。

今回のコースには特徴がある。
第一に、三河の国から尾張の国を通って、伊勢の国という、何と、3国をまたいだこと。ついに伊勢の国(三重県)である。
第二に、途中、伊勢湾を渡ったことである。東海道は伊勢湾でたくさんの大河を回避するために海上7里の海を渡るのである。昔は一日がかりであったらしい。今は、伊勢湾岸道路ができているが、この道路がまた、巨大な橋の連続で、実に壮観であった。(標題をここで章分けしたのは、上の二つの理由による)
第三に、四日市、その先の津は、明治時代、私たちカンバーランド長老教会のヘール宣教師が活躍した地域であるということである。今回は四日市教会と、津に近い阿漕教会の二つを訪ねてみた。
第四に、出産のために郷里、津に帰っているY姉を訪ねたこと。

1日目(7月26日) 知鯉鮒(知立)宿~鳴海宿

知鯉鮒(知立)から鳴海まで。家を6時に出て、知立11時20分出発。鳴海に4時30分着。休憩を入れて約5時間。
途中、境川の境橋を渡る。ここから豊明市で、ついに7ヶ国目の尾張の国である。その先の有松は、絞りで有名な町。東海道の両側は、時代を感じる立派な家々が建ち並んでいた。到着した笠寺のホテルは、「湯~とぴあ」という施設を併設、いろいろなお風呂を楽しむことができた。ホテルは、最近はすべて素泊まりにして、宿泊代をかせいでいる。

この写真は三河の国から尾張の国に入ったところ、境川にて。
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2日目(7月27日) 鳴海宿~宮宿(名古屋)~桑名宿~四日市手前

前回から、始発電車を利用しスタート地点まで移動、午前中を有効利用するようにしている。
鳴海を朝6時スタート、名古屋の熱田神宮まで。そこが宮宿で、そこから海上7里、東海道は海を渡ることになる。我々は伊勢湾岸道路を使ったが、巨大な橋の連続で、壮観であった。なるほど、昔は舟で一日かかったというのも、納得する伊勢湾である。
三重に渡って桑名から四日市を目指すも、暑さのために3時、富田でリタイア。しかし今日の9時間は、たくさんの休憩を入れたとしても、あの暑さの中、なかなか立派な記録である。というか、限界である。
途中、休憩で立ち寄った喫茶店での会話は、大阪弁であった。伊勢湾を渡れば、いよいよ大阪、そして京都に近いことを実感。



3日目(7月28日) 四日市手前~四日市宿

ホテルから早朝の「外出」で、6時 富田をスタート、四日市には7時30分に到着。ここでホテルに戻り、シャワーを浴びる。余裕の3日目と言いたいが、脚はもう限界かも。
さて、この日は津に居るY姉を訪ねることになっていて、途中、四日市教会、阿漕教会に立ち寄ってみた。四日市教会は1890年(明治23年)、ヘール宣教師兄弟によって誕生した。阿漕教会もヘール宣教師によって、1909年(明治42)誕生している。残念ながら、両教会とも集会中で、牧師に会うことはできなかった。しかし、この地域を私たちのカンバーランド長老教会から派遣されたヘール宣教師たちが歩き、語り、教会を生み出したかと思うと、感慨ひとしおである。阿漕教会の墓地には、ジョン・ユージン・ヘール夫妻が眠っている。その場所が分からず、今回、ようやくのこと近くまで来ながら、行くことができなかったのが、一番の心残りだ。
その後、津にいるY姉を訪問。田園地帯であるのにカーナビはありがたい。迷わず、一発で畑の中の1軒家まで案内してくれた。ご両親とも親しいお交わりをいただきつつ、ご家庭の祝福と、臨月に入った姉のため、無事の出産をお祈りした。

さて、一路、帰宅の道中。さすがに高速でも7時間の車中は、なかなか辛いものがある。四日市から先、「京」を目指す旅はいよいよ楽しみであるが、ここまでの行き帰りの車中を思うと、途端に気が重くなる。

今回の行程は以下の通り。知鯉鮒(知立)から、鳴海、宮の二つの宿を経て伊勢湾を渡り、桑名を経て四日市までの30キロ(海上部分は伊勢湾岸道路)。こうして地図を見ると、ものすごく距離を延ばした感じがする。

鳴海宿から宮宿(名古屋) http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=bad3fde4e70c90110dfcbc14c18264b0
桑名宿から四日市宿 http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=b3907b69809e71bcd4b44f03f4e6f665

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by rev_ushioda | 2010-07-29 15:27 | 生き方 | Comments(0)

「神学校懇談会」

今日、日本聖書神学校で、神学生の研修教会と神学校との懇談会があって、目白まで行ってきた。
滅多に出ない東京方面でもあり、案の定、帰りは渋谷駅と横浜駅で道に迷った。横浜は地元じゃないかと思うのだが、東横線で帰って来た横浜駅は、とたんに自分の位置がわからなくなる。
それはともかく、神学校では「実習教会の手引書」を作り、学生と研修教会に配布、教会実習(研修)を積極的にとらえていることをうれしく思った。
特に
「教会実習によって獲得を目指す『理解の領域』」
「教会実習によって獲得を目指す『教会の領域』」
「教会実習によって獲得を目指す『自己の領域』」
「教会実習によって獲得を目指す『体験の領域』」
というところは、よく考えられていて、感心したところである。
これから牧師になろうとする者が、自己の領域とどのように向き合い、理解していくかは、極めて大切であると私は思っている。「手引き」は、その点にきちんと触れていて、研修教会に対してはそこで助言がほしいと言っている点で、とても共感した。

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by rev_ushioda | 2010-07-22 21:56 | Comments(0)

青葉教会と泉教会の、合同サマーキャンプが行なわれた。会場は、県立三浦ふれあいの村。
泉教会としては毎年、1泊で継続してきた「交わり」中心のキャンプを、今回、一歩前進させて、2泊3日の子どもサマーキャンプとした。また、意欲的に他教会との合同の形にした。
結果は予想通り、たくさんの恵みを受けることができた。子どもたちは、U兄から、よく準備されたイエス・キリストのメッセージを聞き、何人かがイエスさまを信じると意思を示し、さらに何人かは、洗礼を受けたいと自分の意思を示した。一般のキャンプの目指すところとの決定的な違いは、ここにある。子どもたちがイエスを信じ、これからの人生を歩んで行ってほしい。このために、すべての労力を傾けた。大人たちは、エネルギッシュな子どもたちと一緒に駆け回り、海に入り、バーベキューの準備をし、集会の準備をし、へとへとになったが、報われて余りある結果であった。こうして、恵みをたくさん受けて、3日間が終わった。
私がもっとも感動したのは、U兄と結婚して何年かたち、青葉教会の中で生き生きと奉仕する娘の姿であった。妻は、娘からあれこれと指示を出されて、こうして親が動くようになったかと(世代交代を感じたと)言っていたが、私もそういう娘の姿に感心した今回のキャンプであった。娘には、「よくやったね賞」を。

YouTube → http://www.youtube.com/watch?v=tSqd0WuvmmA
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by rev_ushioda | 2010-07-19 23:21 | Comments(1)

「掴み取られる」

私が初めて飛行機に乗ったのは、アメリカのチャタヌガというところに行った時でした。エンジンの音が高まり、小刻みの振動があったかと思うと、急に、何か上からつかみ取られたというような感じで浮き上がり、かなりの上向きの角度で上昇していくのですね。何から何までめずらしいので、離陸してからずっと窓の外を見ているのですが、気付くと、ほとんどの人は窓の外など見ていない。新聞を読んだり、隣の人と話したりしているわけです。
あの飛行機の中の人たちは新聞を読んだり、人と話したりして、つまりまったく普通の生活の営みをしているわけですが、その人たちがまるごと上からつかみ取られるようにして、飛行機は、上昇していくのです。
私は、そこで大事なことに気付きました。なるほど、私たちは一生懸命にこの問題、あの問題を何とかしようと走りまわる。あるいは、日常生活を当たり前のように生きているのですが、自分の力ではない、他の力で人生が支えられているというか、掴(つか)まれているわけです。当たり前のことを当たり前のようにして生活している私たちですが、しかし、その私たちは、もう神さまから、掴(つか)み取られているということなのです。
このような見方、考え方を養っていくことが、教会に行くということなのです。毎日の生活がいかに大変であろうとも、逆にいかに平凡であろうとも、いずれにしてもそれは当たり前ではない力に支えられている、神の恵みの中にある、ということです。そのことを知る人は、人生、変わります。気持ちの持ち方、世界の見方、病気や苦しみへの対処の仕方、そして人間関係も、変わります。
聖書の言葉「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲(わし)のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(イザヤ40:31)。泉教会では日曜日朝10時30分に、初めてのあなたもお迎えしています。一緒に心を高く上げましょう。

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by rev_ushioda | 2010-07-12 18:04 | 生き方 | Comments(0)

埼玉県ふじみ野市にある、日本キリスト改革派・上福岡教会を訪ねた。神学校の同窓会のためである。
この同窓会は、神学校を卒業後12年目に初めて開催されるようになって以来、今回が20回目になると思う(卒業後、32年になる)。毎年、持ち回りで、今年は上記のK先生のところが会場であった。一般道で2時間半。
3年前に献堂した教会堂である。3つの子教会を生み出した、名実共に大きな教会であり、建物は隅々までよく気配りが行き届いた設計がされていた。新しい町並みの中にそびえる「勇姿」に、思わずため息が出る。日曜日に与えられたフィリピの信徒への手紙の説教箇所(ねたみ)がちらちら・・・ああ、私のために与えられたテキストだったのだった。
最若年者も次々60歳を迎えるときになり、近況報告も、健康のことが多くなった。これからの生活設計をどうするかなど、夢を語る域ではなくなった現実を、ひしひしと感じた。しかし、気持ちは昔と変わらない。あと10年はまだまだ現役でいられるだろう。同窓の仲間に励まされ、これからも一歩一歩だ。
「夫は、私より先に逝くと思っている。だから、残された私のことを考えてくれている。」そう言われたK夫人の言葉が心に残る。

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by rev_ushioda | 2010-07-06 09:16 | Comments(0)

「善意とは何か」

「地獄への道は善意で舗装されている」

ふむ。

(ちなみに、この言葉は誰のものかは特定できないらしい)

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by rev_ushioda | 2010-07-03 08:35 | Comments(9)

座間市に、「行幸道路」という名前の道路があります。行幸というのは、天皇が外出することを言うのだそうですが、戦争中、天皇が国鉄相模原駅から座間市にあった陸軍士官学校、現在のキャンプ座間に来ることになった。ところが、道は曲がりくねっている上に舗装もしていない。これではいけないということで、急遽、工事をして道幅を広げ、真っ直にしたのです。

大事な人物が来られるというので落ち度がないようにきちんとやるのは、それはそれでいいのですが、そうすることは人々に相当の緊張を強いることになります。

考えてみると、私たちはいつもそのような、狭い道は広く、曲がった道は真っ直に、でこぼこの道は平らに、というようなしかたで人生を生きるように期待されているのではないでしょうか。あとから来る「良い地位」「収入」や「名誉」「名声」時には「メンツ」のために、狭い道は広く、曲がった道は真っ直に、でこぼこの道は平らにしようとする、いわばそういう「洗礼」を、誰も受けていると言えないでしょうか。こうしなければならない、こうしてはいけないという「行いの洗礼」を、いつの間にか、私たちは自分の意志とは無関係に受けているのです。けれども〔家では親から、学校では先生から、会社では上司から〕期待されればされるほど、そうできない現実の自分とのギャップを感じるようになり、だから苦しくなるのではないでしょうか。辛くなるのです。
それに対してキリスト教の洗礼というものはどういうものかと言うと、神さまに愛されているという洗礼です。狭い道も、曲がった道も、でこぼこの道も、そのままで愛されている。神さまに受け止められている。そこにはきっと意味がある。そこから、すべてのドラマが始まる。だから、心を高く上げよう。そのように呼び掛けるのが、キリスト教なのです。そこに希望のドラマがあります。ここに、まだお会いしたことのないあなたがおいでくださるのを楽しみにしています。
みんなのキリスト教・泉教会は、相鉄線いずみ中央駅、または市営地下鉄立場駅で下車、どちらからも歩13分。電話番号は、045-803-1749。
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by rev_ushioda | 2010-07-02 10:53 | 生き方 | Comments(0)