「啓蟄」

「啓蟄(けいちつ)」が過ぎた。
そろそろ、山道を歩かないようにしよう。遠回りでも、車道を歩く。

ところで、桃太郎で有名な岡山(吉備)には、百済からのがれてきた王族の伝説がある。

百済から来た彼らは、吉備に製鉄や造船をつたえ、かの地に、大和朝廷におとらぬ繁栄をもたらした。彼らには、温羅(うら)という王がいて、大柄で目が鋭く、髪はぼうぼうだったそうです。中央アジアの韃靼人系ではないかといわれています。
大和朝廷としては、吉備の繁栄と、製鉄技術がほしい。朝廷から派遣された、吉備津彦命は大軍を率いて吉備に下ります。温羅は岩を投げて応戦するも、最終的には、吉備津彦命が勝ちます。
そこで、桃太郎=大和朝廷から派遣された将軍・吉備津彦。鬼=温羅(うら)とよばれる、百済の王族の長。つまり、鬼退治とは大和朝廷による、吉備の百済勢力への進攻ともとれます。この場合、鬼というのはあくまで、大和朝廷からみた鬼。鬼とは、相対的なもの、ともいえます。(以上、他の方のブログ記事から引用)

「鬼」からしたら、その地の人と仲良くしたいと思っていた。しかしある日、いきなり「桃太郎」はじめ「キジ」「猿」とかがやって来て、散々な目に遭わされるということになる。ナルホド…

蛇が、悪いわけではない。かれらの棲家であるその道を通ろうとする人間に、(蛇は気持ちが悪いなんて言う人間に)問題があるのだろう。蛇にも、「造られた意味」があるのだ。(それでも好きになれないが)

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by rev_ushioda | 2010-03-31 22:57 | Comments(0)

「雪の中で立ち往生」

娘一家が、箱根に行っている。相模原の牧師会で、一泊の交わり会をするそうだ。
ところが、「緊急事態」とメールが入った。どうしたのかと電話を入れたら、雪のために車が動かなくなったと。とりあえず、車はコンビニの駐車場に置かせてもらって、宿から迎えをたのんだので、大丈夫ということらしい。
そういえば、こちらでも空気が冷たい。そう言われて、見れば、丹沢方面の山は白くなって、雪だとすぐ分かる。あの中に入って行ったら、大変だろう。
そんな話をそこにいた人としていたら、映画の話になって、映画の中で、こんなことを言っていたと。「今日はいい天気だ。雨が降っているけどね」。そうだ、すべて「いい天気」なのである。雨が降っているだけなのだ。それは悪くも良くもない。そういう事実なのである。何と信仰的な言葉だろう。
私たちは、雨が降っていると悪い日と考えるが、ある人にとっては雨は必要で、雨は、良いお天気なのだ。自分の都合で、私たちは良いとか悪いとか考えてしまうのだが、それこそ自己中心である。
神が創造された世界は「極めて良い」という世界だった。普段、生活の言葉の中に、自然に信仰が現れるようでありたいと思った。雪じたいが悪いのでも、ましてや「運」が悪いのでもない。雪の中から、無事に帰って来れたらよいだけである。

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by rev_ushioda | 2010-03-29 21:49 | Comments(0)

今日は、小田原散歩。(う~ん、旧東海道は遠くなりにけり、月曜日は、近場でガマン、ガマン)

西海子と書いて「さいかち」と読む。朝日新聞の「私の散歩道」に、この漢字を見て以来、一度、行きたかった。そして今日、いいお天気の休日に、急に「そこ」に行きたくなった。
そこは、その昔、武家屋敷が集まっていた風情のある小路で、かつて、谷崎潤一郎や三好達治など多くの文学者が周辺に居を構え、数々の文学作品を生み出していった、という説明。この小路の辺りから、かつて熱海までトロッコが通り、芥川竜之介の「トロッコ」の舞台となったとか。約400mの桜並木であるが、残念ながら、見ごろには1週間、早かったようだ。ところで、「さいかち」とはマメ科の植物だった。実にサポニンが含まれていて、石鹸の代りとか薬として使われていたらしい。
小路を歩き、国道1号(東海道)に出ると、3年前「通過」して行ったときを思い出し、もう、懐かしい。あの時はどうだった、こうだったと言いながら歩くと、東海道が、私たちの生活のスケールになっている。

目の前にあった構えの立派なお店の、名物「ういろう」を買った。

小田原城は、いたるところで改修工事が行なわれて、復元の精度が高まっているように感じた。

あと1週間で、桜が満開になるだろう。

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by rev_ushioda | 2010-03-22 22:53 | Comments(0)

「希望色の絵」

皆さん、“希望色”という色をご存知でしょうか。私の手元に、その“希望色”で描かれた絵があります。タイトルが、「希望色の絵」です。今日は、その絵をご紹介しましょう。
1975年、アルゼンチンでのことです。ロドリゲスさん夫婦は、ある日突然、当局から拘束され、秘密収容所に送られました。職場で労働組合運動をした、考え方が合わない、というのが理由でした。収容所は、悲惨でした。仲間が次々、拷問を受け、殺害されていくのです。考えただけでもぞっとする恐怖の中に投げ込まれました。生きた心地がしないとは、このことです。次は、確実に自分の番なのです。
妻のマリサさんは国外追放となりましたが、アメリカで人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」に救済を求めました。こうして救援活動が展開されるようになると、その勢いの中で拘束が軟化し、収容所にも手紙が届けられるようになりました。最初の手紙を受け取った時のことをロドリゲスさんは、「さわやかな風が獄中を吹き抜けたようだった」と言っています。ほかの人は「3日間、笑いがとまらなかった」と。自分からも手紙を出すことが許されるようになりました。ロドリゲスさんは、食べ物の汁を使って絵の具にし、自分の子どもに絵を描きました。子どもたちが釣をする絵です。何と湖に映っている“太陽”を釣り上げて、楽しそうに帰っていく。そんな絵をたくさん描きました。これが、私の手元にある「希望色の絵」なのです。
私が今日、皆さんにお伝えしたいのは、私たちは体こそ自由であっても、悩みや悲しみによって、ひょっとしたら牢獄にいるような気持ちになるかも知れないと思うからです。その時に、しかしキリストは「私はあなたと共にいる」と約束してくださっているのです。聖書の言葉─「私は、あなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負っていこう。…私が担い、背負い、救い出す」。八方塞がりに見えても、天は開けているのです。そう気づいた時、あなたにも「希望色の絵」が描けるのです。
「希望色の絵」を描きに、泉教会においでになりませんか。

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by rev_ushioda | 2010-03-18 15:30 | Comments(2)

「土曜日の荷物運び」

アメリカから、主に英会話の先生として、また、そのほかの働きのために日本にやって来る人の住まいの準備を進めている。

来日は4月であるが、一昨日、アパートを契約をした。そうしたら今日、急遽、家具類を運ぶことになり、契約はグッドタイミングとなった。S牧師にもお手伝いいただき、Y兄と一緒に家具類を運んだ。冷蔵庫、ダイニングテーブル、食器棚、ベッド、ライディングデスク、ふとんなど、調達したものをアパートに運び込んだ。ちょうど、家を人に貸すので家具類一切を処分するという家があり、これもグッドタイミング。必要なものが一気に揃ったわけだ。
明日、たまたま神学生の奨励の日で、私はきょうは説教準備はない。というわけで、いつもは礼拝準備、説教準備で、とても引越しなどできない土曜日でありながら、これもまたグッドタイミングであった。
そして今日、タイミングが重なれば重なるもので、入国のための「在留資格認定証明書」が届いた。申請後、順調に許可がおり、ほっとした。

この姉妹の立場は、「友好宣教者」と言う。英会話が主な仕事になるとしても、彼女の賜物を用いて、何でもすることができる立場である。教師ではないので、宣教師とは言わない。キリスト者が、外国に出かけ、国籍を超えて、働きを共有する。きっと、良い実を生み出すに違いない。アパートは、我が家の目の前である。出会いを心から楽しみにしている。
 
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by rev_ushioda | 2010-03-13 21:24 | Comments(0)

病院にお見舞いに行くことが多いが、一つの病院から、もう一つの病院に、つまり二つの病院を一日にまわることは、30年の牧師生活の中でなかったことである。しかも、夫婦でそれぞれの病院に入院しているというのは、こういうことは今後、まず、ありえないだろう。
しかし、K姉は今週末に退院。M兄は木曜日に手術はするが、順調であれば来週早々にでも退院の見通しとなった。K姉は大きな手術をされ、それだけでなく、その間にパートナーも入院。M兄はパートナー入院中に、自分も思わぬことで長期入院となったが、今、こうして退院の見通しが立って、本当に感謝である。
そのM兄の枕元に、聖書と、ジョン・ベイリーの「朝の祈り 夜の祈り」があった。主に委ね、平安のうちに過ごされている姿に、私は慰めを見出した。

追伸(後日の加筆)

このように書いたら、M姉は枕元に以下のものを置いていると言われた。
『ハイデルベルク信仰問答』 『キリスト教概論』 『信徒の友』(雑誌) 『神の民の礼拝』 『わたしは信じます-使徒信条』 
驚いたのは言うまでもない。『神の民の礼拝』は、中会が発行した礼拝書であり、『わたしは信じます-使徒信条』は、私の説教集である。それはそれとしても、礼拝書、『ハイデルベルク信仰問答』 『キリスト教概論』といった本をを枕元に置く。入院したら、聖書や祈りの本を枕元に置く。そういうキリスト者の姿に、心から感心した。

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by rev_ushioda | 2010-03-09 22:52 | Comments(2)

星野富弘という人の詩に、次のようなものがあります。その詩は、桜の花の絵と一緒に書かれています。

「花がきれいですねえ/誰かがそういって/うしろを過ぎて行った/気がつくと目の前に/花が咲いていた/私は何を見ていたのだろう/この華やかな/春の前で/いったい何を/考えていたのだろう」
何か、ボーっとしていたのです。そういうことは、私にもあります。ボーっとしているとき、誰かの声がかかる。ハッとして我に返るのです。
しかし、私たちは、けっこう一生懸命やっているのであって、ボーっとなんかしていない、と言われる方も多いかも知れません。そうなのでしょうね… でも、ボーっとしているのとは正反対の「一生懸命」というのも、やはり、見なければならないものが、見えなくなるのです。

朝日新聞に、三井物産の元社員が牧師の道へ、という内容の記事が載っていました。商社マンとして、バリバリ仕事をしていた。勝った負けた、だましだまされ、の世界で生きてきた。ある日、お連れ合いと一緒に、たまたま教会の集まりに出た。参加して驚いた、と言うのです。参加者の会話はすべて、自分の事ではなく、ほかの誰かの幸せを思い遣る内容だった。「あの人、どうしてる?」「この不況で大変なんですよ」「じゃ、手紙書こう」「祈ろう」。こんな体験は初めてだった、と言うのです。この人は、ボーっとどころか、一生懸命やってきたために、だからこそ見るべき人間、人間の優しさが見えなくなっていたことに、気付いたのです。
聖書の言葉は、とんでもない方向を見ていた私たちの後ろからそっと呼び掛ける言葉です。「あなたはキリストに愛された人間だ。あなたは愛されている」。そこで「私は何を見ていたのだろう」「この華やかな/春の前で/いったい何を考えていたのだろう」と気付くことができれば、幸いです。

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by rev_ushioda | 2010-03-05 23:39 | Comments(0)

「世界祈祷日2010」

今日、世界祈祷日の礼拝が行なわれた。

会場は、あさひ伝道所。デイサービスを行なっている稀有の教会であるが、今日はそちらがお休みということで、本来3月最初の金曜日に行なわれる祈祷日礼拝を、「木曜日」に合わせたのである。泉教会からは、5名の参加であった。
今年は「息あるものはこぞって主を賛美せよ」というテーマで、カメルーンのために祈る内容であった。完全式文で進める礼拝である。私たちは、こういうタイプの礼拝に、ぎこちないといえばぎこちないが、しかし、ようやく慣れてきただろうか。1年に一度くらい、このような形式の礼拝も、良いものだと思う。参加者は新鮮な思いで、礼拝の豊かさを感じるのではないだろうか。
さて、カメルーンという国について、ほとんど知らなかったが、知る、良い機会であった。そして提供された資料と、福音のメッセージによって、世界に起こる神の救いの物語に、改めて目を開かれる時となった。福音の言葉こそ、人を抑圧から解放して自由にする源泉である。悪が世に満ちようとも、「われ、ここに立つ」という思いであった。

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動画はこちらです You Tube

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by rev_ushioda | 2010-03-04 22:11 | Comments(2)

「う~ん、難しい」

 中会会議が行なわれた。

 今回は、いつもより議題が少ない。早めに終わると考えたのがいけなかった。議論に収拾つかず、このままでは深夜に至ると判断し、1ヶ月の休会となった。会議は、開けてみなければわからないというのは、分かっていたはずだったが…
 それにしても、人事の件、事業の件、事柄の難しさに閉口した。人事の件は規定の理解、適用をどうするかという、難しさであった。議場は、暗礁に乗り上げてしまった。この件で、1ヶ月の休会になったのである。

 もう一つは、事業に絡む課題で、会計面と事業面に関して難解な専門知識が要求されるものであった。私は、この件では該当する委員会に二つも関わっているにもかかわらず、難しくて、まったく歯が立たないというのは、こういうことである。分からないまま、推移している。理解できないことというのは多くあるが、こんなにわからないことはなかったように思う。分からない、あまりに苦しいので、ついに、当該委員会を辞したいとそれとなく申し出たことがあったが、説得されてしまった。
 教会の働きが前進し、この世の必要に答えようとすればするほど、専門的な知識が要求される。当事者である牧師は、さすがによく勉強されている。しかし、私など、どう、ついていったらいいのだろうか。関係委員会の一人として責任を負っているのに、ついていけない、歯が立たないという、こんなに困ったことはいままでにない。う~ん、どうしよう ´~`;
 …今日は、つぶやきで終わってしまった。

 写真は会議の冒頭で。来日された総会議長と共に。
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by rev_ushioda | 2010-03-01 22:28 | Comments(0)