「しみのあるまま」

私が大事にしている一冊の辞書に、かなり目立ったインクの「しみ」があります。昔、牧師になるために勉強していた時、辞書をひきながら、疲れて机で眠ってしまった時があります。その時、手に持っていたのが万年筆で、そのペン先が、たまたま本に当っていたのです。かなりの量のインクが辞書に吸収され、「しみ」になったのです。
いわゆる、汚点です。しかし、私はこの「しみ」が好きです。勉強は大変だったですが、でもあの時は一生懸命だった自分の人生の一こまを、確かに映し出していると思えるからです。「しみ」の後ろに、懸命に生きている自分がいると思うと、「しみ」「汚点」だって、いとおしくなるから不思議です。
皆さんは、「ルビンの杯」という絵をご存知でしょうか。向き合っている二つの顔を想像してください。しかしその顔は真っ黒。つまりシルエットとして描かれています。ある人はこの絵を見て、そのように二人の人の顔だと言います。しかし、別の人がこれを見ると、顔と顔の真ん中、白い部分に壷、もしくは杯が見えると言います。黒を中心に見ると、顔。白を中心に見ると、壷や杯に見えるのです。同じものを見ても、そのように違って見える、というものです。
私たちは、自分をどのように見ているでしょうか。黒(しみや汚点)を中心に見ていると、自分はダメな人間だと思います。しかし、黒の部分の隙間に、別に見えるものがある。すると、同じ自分なのに、絵はがらっと変わって、その同じ自分の中に希望があるのです。そしてその希望を見せてくれるのは、ほかならない、その黒い部分なのです。
私は辞書のインクの「しみ」を見て、頑張ってきた自分、いとおしい自分を発見しました。「しみ」は、大事なのです。自分の失敗や、欠点は、それもまた自分なのであり、そしてもう一つの自分に気付かせてくれる。そこから始めることができるのです。キリストは、しみのない私たちを愛してくれるのではありません。しみのあるまま、愛してくれる神の子なのです。
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by rev_ushioda | 2009-10-27 22:00 | Comments(1)

「帷子川親水緑道へ」

本当は旧東海道に立ちたいところであるが、それができない。少し時間がとれるたびに、近場の散策でがまんしている。
今回は、相鉄が出している「駅からさんぽ」を見ていて気になった場所、「帷子川親水緑道」に行ってみた。コースとしては、相鉄線 鶴ヶ峰駅から西谷駅までの2時間である。
印象としては、鶴ヶ峰に、こんないいところがあるのだと思った。緑に包まれた池や昔なつかしいせせらぎと、その横に続く遊歩道。ある人の記事に「木々に囲まれたせせらぎは500Mぐらいの散歩道です。ここは鶴ヶ峰の奥入瀬です。」とあった。奥入瀬か、大目に見れば、まあ、そんな感じである。吊橋もあった。
そこを抜けてから、16号を渡って、白根不動に行く。おぼろげに、小学校の時に来た記憶があるので、50年ぶりに来たことになる。そこにも、うっそうと茂った森と、川と、滝とがあった。(写真の最後は、白根不動の白糸の滝)
そこから西谷に抜ける途中も、帷子川に沿って歩く。コース案内には、「水辺のマイナスイオンで生まれ変わる」とあった。それはどうか分からないが、散策コースには、とてもよい。旧東海道には年3回くらいしか立てないので (前回の終点に行くまでが遠くなったので)、最近は3年前までそうだったように、時間があれば近くの散歩道を楽しんでいる。
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by rev_ushioda | 2009-10-19 23:04 | Comments(0)

相模鉄道㈱の元副社長 岡幸男氏は、相模鉄道と共に人生を歩んで来られた方です。もう亡くなられましたが、横浜駅西口の開発はもとより、沿線の開発にかかわる大きな事業をこなして来られました。この岡さんが、講演会で言われていた言葉を、初めにご紹介します。
「相鉄の不動産部門で宅地を開発すると、多くの人が安住の地を求めてやって来るのです。しかし、宅地を開発しただけでは決して人が安住できる土地にはならないと私は思っているのです。最後に教会がなければ、だめだと思っています」。
岡さんは、クリスチャンです。相鉄がいずみ野線の緑園都市に「町」を作ることになった時も、彼はその町を見下ろす高台にはどうしても精神的な場所を設けたいと思い、駅の片方には大学を、もう片方にはキリスト教会を誘致するために尽力したのです。今、緑園都市の駅を降りると、左にフェリス女学院の十字架が、右に教会の十字架が立っているのです。
やっと安住の地に立ったと思った途端、─ 夫婦の意見の食違い、親子の断絶、嫁・姑の問題、隣近所の人間関係、自分自身の老化の悩み…、次々と問題が襲ってくるのではないでしょうか。子育てで追われていたり、会社の仕事で頭が一杯の時には気付かなかったことですが、このような問題を抱えたままでは、いくら新しい家に住んでも、生きる喜びも力も湧いてきません。人は生きることができないのです。
聖書は言っています。「神の家が廃虚のままであるのに、あなたたちはそれぞれ自分の家のために走り回っている」。家を建てても、廃虚のままである部分がある、というのです。あなたの人生の中で、神の家はどうなっていたでしょうか。私は、あなたとご一緒に聖書を開きながら、私たちが置いてきぼりにしてきたものを、見つめてみたいと思っています。
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by rev_ushioda | 2009-10-14 22:50 | Comments(0)

教会への1時間の道。思い立ってから1年半、今も(まだ?)、時々(1ヶ月に1、2度であるが)片道は歩くことにしている。途中の景色がいい。今は失われた40年前の景色に出会える場所が、何個所かある。それに魅せられていると言ってもいいのかも知れない。
遠くに、一瞬ではあるが、小高い山の連なりが見える場所。季節ごとに植えてあるものが変わる畑の中の道。柿の実が鈴なりの家の傍を通る。山の傍を通れば、下の写真のように草の実が艶やかに輝いている。(残念ながら蛇が出た小路は、それ以来通っていないので、気に入っていた景色が一つ、失われてしまった)
急ぐのは、よくない。ゆっくりがいい。見える景色が違う。人間らしいものが見えてくる。
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by rev_ushioda | 2009-10-13 21:19 | Comments(0)

「なかわだ9条の会」

今日、9条の会連絡会 「結成記念のつどい」が開催された。
同時に「なかわだ9条の会」準備会が、立ち上げられた。私も、平和を実現する足跡をわずかでも残せたらと、連絡先として、名前を連ねることにした。
呼びかけのコピーは、「子どもたちに平和な明日を」。これは、「9条の会」のアピール文にある「日本と世界の平和な未来のために」を、分かりやすく言い換えたものだ。

     ― 子どもたちに平和な明日を ―
        『なかわだ9条の会』にご賛同・ご参加ください

 
     私たちは、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」を
     阻止しようという「9条の会」のアピールに応えて、泉区の中和田
     地域に 『なかわだ9条の会』 (準備会)をスタートさせました。
     戦争をしないと誓った日本国憲法9条は、私たちの命を守ってくれ
     る大切なものです。
     “子どもたちに平和な明日を”と希(ねが)うすべての方、力を合わ
     せてご一緒に憲法を守りましょう。
     2009年10月12日

さて、この結成記念のつどいで、神田香織さんの講談「悲しみの母子像」が演じられた。32年前、横浜での米軍機墜落事故で母子3人の命が奪われたが、それを講談化したものである。

余りにも悲惨なかたちで一家が引き裂かれていったとき、役人はそれを「犠牲」と言った。何のための犠牲かと問うと、「国民の平和と安全のための」、という答えが返ってきた。「一家の平和な生活を奪っておいて、何が、平和と安全か!」 口をついて出た言葉だった。
国家の平和と安全を守るために、もっとはっきり言えば、軍隊を守るために、市井の人が犠牲になる。この構図は戦時中のものではなく、現代において起こることなのである。思い出した。座間にいたとき、教会員の弟が米軍車両にひき殺された。深夜の事故だった。家族に連絡が入ったのは、朝、米軍と警察で事故処理がすべて終わり、適当な理由をつけた文書まで作られたあとだった。遺族の言い分は、裁判で相手にもされなかった。「治外法権」と言う言葉が、頭をよぎった。明治時代のことではない。軍隊を守るために、市民は犠牲にされているのだ。
9条を、守り抜こうと思う。政治によって妥協を繰り返し、ついに骨抜きにされた9条の言葉を、確かに実現したいと思う。

9条、と言うと、「あ、政治のことはちょっと」と言う人の何と多いことか。政治ではない。平和を守ろうとしない、この無知、無関心が、子どもたちに再び、軍人を、戦争を、その悲惨を、見せることになる。
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by rev_ushioda | 2009-10-12 18:03 | Comments(4)

「日曜日、再創造の日」

テレビを見ていたら、イスラエルの映像が映っていました。サバト、安息日の映像でしたが、町の、店という店はみなシャッターが閉められていて、通りには一人もいません。なるほど、これが安息日なのかと思いました。安息日について、イスラエル人が次のように説明していました。
「もし、安息日がなかったら、私は1週間に7日働くでしょう。旧約聖書では、これは奴隷という意味なのです。かつて自分たちがエジプトで奴隷であった時、休みはなかったからです。休まないということは、つまり奴隷なのです。1週間に7日働いて、もし100万円もらったとしても、私は、奴隷にすぎない。働くことを止めないからです。」
・・・安息日は、聖書を読む人々にとって祈りの一日、礼拝の日、神と向き合う日です。この日は、人が奴隷をやめて、人間を取り戻す日だったのです。
なるほど、私たちは「豊かな奴隷」なのかも知れない。経済力もあるし、自分で何かを選択する能力もある。休日もないわけではない。しかし、神を礼拝することがない。あらゆることをしながら、神を礼拝しない(できない)なら、それがすでに何かに支配されている奴隷なのかも知れません。
私たちはよく「余暇」(余った暇な時間)と言って、仕事をして、余った暇な時間があったら何かしよう、教会にだって行こうと思うのですが、実は、「余暇」ということ自体、何かに支配されている言い方なのではないでしょうか。むしろ、その時間こそ、人間を取り戻し、仕事の質を決める時間なのです。
レクリエーションと言いますが、リ・クリエーション。即ち「再創造」という意味です。日曜日を祈りの日、礼拝の日としていく時、そこで、再創造が起こる。新しく造られる。キリストは言われました。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。・・それを取り上げてはならない。」

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by rev_ushioda | 2009-10-06 09:40 | Comments(0)

今日は、和泉短期大学後援会として企画された「和泉短期大学のルーツをたどる旅」に参加し、次の3個所を訪問した。
1.バットホーム(児童養護施設/町田市)
2.日本体育大学女子短期大学部「和泉校舎」
  (和泉短大、及びバットホームの前身校舎/世田谷区)
3.チャイルド・ファンド・ジャパン(旧CCWA、和泉短期大学設立母体
  CCF・キリスト教児童基金の日本事務所/杉並区)

和泉短期大学沿革によると、
1932年 J.C.クラークが、バージニア州に CCF(Christian Children's Fund 
       キリスト教児童基金)を創設
1948年 日本において戦災孤児支援開始(日本委員長:G.E.バット)
1952年 日本事務所としてCCWA(キリスト教児童福祉会)発足
       →現、チャイルド・ファンド・ジャパン(杉並区)/フィリピンの精神里親運動を展開
1955年 CCF直営施設として、世田谷に児童擁護施設「バットホーム」
       を開設→現、バットホーム(町田市)/児童擁護施設
1957年 バットホームで働く職員養成研修施設を建設(八角形の珍しい
       建物)→のちに玉川保母専門学院。
       → 現、和泉短期大学(相模原市)/保育士、介護福祉士養成
       今回のツアーは、この「後援会」主催であった。私も後援会役員である。
        
       上記二つの建物は、現、日本体育大学の女子短期大学部
       「和泉校舎」として使われている。

1975年 世田谷から相模原に移転

今回訪問したのは、現在も活動が続く、上記1~3の三個所であった。
下の写真は、世田谷にあった児童擁護施設および職員養成研修施設の現在。日本体育大学の女子短期大学部「和泉校舎」。「和泉」もそのままに、幼児教育保育科の施設として現役で使用されている。
同じ場所にある児童擁護施設のほうは、老朽化し、物置とされていたが、内部を見ると欄間に障子が使われており、子どもたちの情操に配慮した施設であったことが伺われた。
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by rev_ushioda | 2009-10-03 21:46 | Comments(0)