朗読劇「塩狩峠」の公演が、祝福のうちに幕を閉じた。午後2時 250人、夜7時 220人の来場者があった。ホールは380人収容できるが、見た感じとしては、昨日の数で満席状態に見えた。
聖書には、漁をすると大漁であったという記事が幾度か書かれているが、こういうことなのかと思う、2度にわたる公演であった。経済的にも総額50万円を超える予算となったが、(まだ収支の詳細は出ていないが)席上献金が目標30万円に対して結果は約36万円で、おそらく収支ぴったりではないかと思う。
今回、三浦綾子さんの作品と、劇団ぶどうの木の皆さんの演劇を通して、明治に生きた長野政雄兄の証しを、現代によみがえらせることができたと信じている。これをきっかけに、一人でも教会につながる人が起こされますように、これが、続けての祈りである。
この企画は、私たちの教会が、地域の諸教会、団体に呼びかけて実施したものであった。地域の諸教会と本当によい協力関係を作ることがでた。チラシ作成、問い合わせ受付、整理券の発送などを劇団ぶどうの木(本郷台キリスト教会)が引き受けてくださり、また2万枚のチラシ配布、800部近いパンフレット作り、会場内誘導など、希望が丘教会や他の教会の方の奉仕に助けられた。感謝。そして、泉教会の皆様の祈りとご奉仕を心から感謝。
私たちの教会は、自ら主イエス・キリストに養われつつ、今後も、外に向けてイエス・キリストを証しし続けていきたいと願う。内にも外にもバランスの取れた伝道する教会となりたいと心から願っている。

それにしても、2時の整理券は380枚、7時は350枚は出ていたはずであるが、それぞれ同数で消えた130枚(130人)はどこに行ったのだろう?

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by rev_ushioda | 2009-08-30 07:11 | Comments(5)

「ウエブ会議に挑戦」

今回、必要があって ooVoo (英語だが click to play ボタンを押すとデモ版で様子が分かる) というソフトを取り入れた。これは自宅のパソコン画面で複数の相手を見ながら同時会話ができるインターネットシステムで、今回これによって、アメリカのW先生と、日本側の委員会とのインターネット会議(ウエブ会議と言うのだろうか)を行なった。
こちらは、夜の10時、向こうは朝の7時?である。W先生の後ろの窓から外の景色が見えて、とてもよいお天気だ。こちらは夜。3人がそれぞれの部屋から、アメリカのW先生と、お互いの顔(顔つき)を見ながら、話した。
skype も日本側の委員で利用したが、容量か何かの問題で声だけであったが、メールを開きながらであっても、いろいろ話せる。こうして、家にいながら、会議ができるのだ。
oovoo を使った感想は、今まで交通費、往復の時間をかけて一箇所に集まる会議をしてきたが、このウエブ会議でも十分ではないか、というものであった。全員の顔を見れる。書類も、メールで配布できる。もちろん、席を立つこともできる。お茶を飲みながらでもいい…これだけは「共有」できないが。欠点は、何だろう… とりあえず、思い浮かばない。
海外との出会い、それに伴う通信が多くなってきた。交通費をかけないで、しかも同じ成果が得られる範囲なら、こうしたウエブ会議の必要性が一気に高まる。
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by rev_ushioda | 2009-08-24 23:46 | Comments(3)

「教会の土地選び」

今日、委員会の仲間と一緒に、市川に行ってきた。そこにある教会が求めている、教会候補地を見るためであった。細い道の突き当たり、袋小路になった土地で、南側が墓地になっているためか単価が特に安くなっている。教会は、この土地を求めている。
私自身、今まで2度、教会の土地選びをしてきた記憶がよみがえる。最善とは思えない土地が、何度もそこに立っていると「ここだ」と思えてくる。そう思えたら、あとは、そこでしていくことで、すべてが最善になっていくものだ。祈って決めた土地であれば、そのあとは主が働いてくださり、神の国の良い畑にしてくださる。
問題は、経済の道筋のつけかたである。
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by rev_ushioda | 2009-08-20 20:13 | Comments(0)

子どもたちの休暇に合わせてどこかに行こうということになり、急遽、箱根のコンドミニアムタイプのホテルに宿泊した。上の娘一家と、下の娘と、私たちという、このような構成では、こうしたコンドミニアムタイプがよいことが、今回、わかった。
部屋は2LDKで、今回は食事付きにしてみた。初めての体験であったので、食事は何が出るのか、何をどのように用意していったらいいのか、片づけをどうしたらいいのかまで、何もかも分からない。「へー、そうなんだ」の連続で、いろいろ戸惑うこともあったが、このタイプの宿泊、結構、使えることがわかった。
それぞれの仕事でなかなか休暇が合うわけではないが、今回は、強羅でゆっくり過ごすことができて、とても良かったと思う。こういう宿もあるのだから、宿選びからして楽しい。

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by rev_ushioda | 2009-08-18 22:40 | Comments(0)

「幼児洗礼」

今日、幼児洗礼が行われた。
神のしるしがつけられ、共同体に加えられ、その祈りの中で、これから育つことになる。
応答の能力のない幼児に授けられる洗礼こそ、神の恵みをよくあらわしている。

 聖霊のしるしの この水により
 聖なる祝福 この子に宿る

 深い愛により 神の子とされ
 いのちとよろこび あふれる笑顔

 主の手にゆだねる いとしい宝
 主の名に守られ 新たに生きる

 み神の招きに 応えて歩め、
 み神を愛する 子どもに育て
       
 『讃美歌21』70番
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かくて、お昼寝タイム。左の子が、お兄ちゃんである。
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by rev_ushioda | 2009-08-16 21:03 | Comments(2)

「終戦記念日に思う」

アメリカがイラクを攻撃していた時、新聞の夕刊トップに大きな見出しで「祈り 悩む空母兵士」とありました。空母に乗った新聞記者が書いた記事は、戦場でも平和を祈る人々がいるという内容でした。空母には、カトリックの人、プロテスタントの人、イスラムの人、それぞれが、祈る場所や時間がある。ある人が、神父のところに来て、泣きながら訴えました。「キリスト教は平和を説いている。でも自分たちは爆弾を落としている」。祈るゆえに、時代の流れの中で苦しみ、悩んでいるのです。神を知るゆえに、戦争の中でもなお、人間らしい感じ方をしているのです。
野田正彰さんという精神科医が、こういうことを書いています。「第二次世界大戦で米兵は10人に1人が精神障害に陥った。ドイツ軍でもユダヤ人殺戮の命令に耐えられない兵士が10%出た。それが、日本の旧陸軍病院の日記で、虐殺の罪におびえていると記した事例は2000人のうち、わずか2人だった。日本人は、おびえることも、傷つくことも、悲しむこともできない人間なのだろうか」(1998年8月15日 朝日新聞「ひと」)
何が、こうした違いをもたらすのでしょうか。祈る人たちが、悩んでいる。ここが大事なのでしょうね。人を生かし、愛してくださる聖書の神さまを知る人は、神さまを知るゆえに、祈り、戦争の中でもなお、人間らしい感じ方ができるのです。おびえることができる。傷つくことができる。悲しむことができる。これが、戦争などの悲惨を目にした時に感じる、人間らしい感じ方なのです。だから、殺すことができない。
私たちは、正しく神さまを知りたいのです。祈りの生活を、していきたいのです。聖書を読むと、「イエスは涙を流された」とあります。聖書を読みながら、私たちも人間らしく感じ方を育てていきたいと思います。人間らしく感じ、人間らしく自分の行動を選び取っていく者でありたいと思います。

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by rev_ushioda | 2009-08-15 09:17 | Comments(0)

昨日、I総合伝道団の神学校で院長をつとめるU先生宅に招きをいただき、娘夫婦と共に昼食をいただいた。広大な敷地の一番奥、神学校の校舎の後ろ、森の中に(神学校全体が森の中という感じである)院長宅がある。バーベキューコンロでお肉、野菜を手ずから焼いてくださった。
私が高校生で初めて希望が丘教会に行ったとき、この先生は大学(他校)の先輩で、私を信仰に導いてくれた方である。その後、I総合伝道団に籍を移された。姫路で7年、牧師をされた後、長くジャマイカに宣教師(神学校校長)として派遣されていた。帰国してから、たびたび、こうして声をかけてくださる。
大学生のとき、一緒にアルバイトした。その期間が終わる日、驚くことに会社がバイトの私たちにお茶会をしてくれた。さらに驚いたのは、部長が出てきて「ぜひ、我が社に残ってくれませんか」と、この先輩に願うのであった。断ったからこそ、この先生の今があるのであるが、社会からも信頼を得、教会からも必要とされた人に、私は導かれて、信仰を得たのであった。今は教団も違い、いただいている賜物もまったく違うが、もとを辿ると、同じ教会の門をたたいた者であり、その教会で、同じ牧師の手によって洗礼を受け、キリスト者になったのである。
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by rev_ushioda | 2009-08-11 00:38 | Comments(0)

「キリスト教」は、何を一番大事なこととしているかというと、私たちが神さまのところに行かなければ神さまに会えないというのではなく、その反対に神さまが私たちのところに来てくださった。だから平安であり、平安だから、心を高く上げて生きることができる、ということを言っているわけです。
私はある時、富士山の裾野にあるキャンプ場に行きましたが、用事があったものですから一足先に帰ることにしました。ところが、エンジンの調子が悪く、何と牧場の真中で車が止まってしまったのです。見ると、そばに結構長い坂道があったので、いつも通る道ではありませんでしたが、そちらに向かって車を押して、坂道をスーッと走らせて、エンジンがかかるか、やってみました。しかし、結局だめでした。富士山の裾野の牧場の中です。しかも道をはずれています。周りは牛しかいません。まったく途方に暮れてしまいました。ところが、しばらくすると、1台の車が脇に止まったのです。見ると、あとからキャンプに参加することになっているA牧師です。「こんなとこで、何やってるの?」「先生こそどうしてここに?」 どうも、道を間違えてその脇道に入ってきたらしいのです。私は仲間と出会い、落ち着きを取戻すことができ、もう一度エンジンをかけてみると、(あれっ…)どういうわけか、普通に動くではありませんか!? こうして、無事、危機を脱することができたのです。
聖書には、神さまが私たちのところに来てくださったのだと書かれています。それが、キリストです。道を間違えて、ではありません! 私たち目掛けて、来てくださったのです。道をはずれ、身動きできず、人間の機能にも支障を来した私たちは、この方によって道を見つけ出し、人間らしい生活に立ち上がることできるのです。
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by rev_ushioda | 2009-08-09 17:31 | Comments(0)

1日目
今回は、まず、取り残していた磐田駅前から浜松宿まで。
とんでもなく暑い日であった。もの好きだねえ、という声がどこからか聞こえてきた気がしたが、(読者のあなた、言わなかった?)
この日は特に見るべきところはないコースだったが、途中に天竜川があった。
この川を渡るためには、パンフレットによると、バスを利用すべしとなっている。別の案内書には「川越の恐怖」「路側帯しかない…肩をかすめるの距離をビュんンビュンと車が飛ばしまくっている。暴れ天竜と言われているが、現在では暴れているのは橋上を走る自動車であった」。
これでは危ないということで、私たちはバスを待ち、40分、バスの遅れでさらに10分待った。しかし、いよいよバスが来ようかというとき、バス待ちの人から聞いた話は、天竜川を渡る1キロ半の橋は、去年、歩いて渡れるように拡幅されました、と… 
他の人のブログを見た。「この天竜川もかなり川幅が広い。橋の長さでは大井川の1026m、約15分には及ばないが、919mもある。水がきれいでたいへん気持が良い。それに、幅が広くて立派な歩道は、とうとう最後まで歩いている人や自転車を見かけることがなかった。大きな美しい天竜川を独り占めである。」
うらやましいと思ったが、しかしバスを待っていた1時間は、暑い日だったので、休んで体力を回復するためにはちょうど良い1時間だった。
写真は、明治時代、天竜川治水のため私財を投じたという、金原明善の生家の前。治水のために上流に植林もして、水害を根源から絶とうとしたという。
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宿泊は、5月に続いて二度目のBENTENKAN。このホテルは、浜名湖に来たら、絶対、お勧めのホテルである。この夜は、ちょうど浜松に来ていたY兄の訪問を受け、しばらく歓談できたことがうれしかった。

2日目
いよいよ先に進むが、前回の最前線、二川(愛知県、いや三河国に入った最初の宿)からの出発である。
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予定ではこの日、豊橋(吉田宿)を越えて、その先の御油宿、赤坂宿まで行かれるのではないかと目論んだが、とんでもない暑さのためか、または道を間違えたショックと疲れのためか、足を引きづることになり、そこにあった駅(飯田線小坂井駅)に飛び込み、あえなく10キロでリタイア。
道の間違いはよくあるが、妻と話しながら歩いているため、地図のチェックをうっかりして、曲がるべきところを直進、はるか先で道を間違えたのに気付いた次第。この修正のために、かなり体力、気力を消耗してしまった。
それでも豊橋市内に入って、何と路面電車を見つけたときには、感動して、シャッターをぱちぱち。市内の道は、車でも通ったが、車の隣を路面電車が走るのには、横浜の40年前を見る思いであった。昔は東京、横浜、名古屋、京都をはじめ、小田原、三島、静岡、岡崎など東海道沿いの多くの町に路面電車が走っていたようだが、今はこの豊橋が東海道沿いに路面電車が残る唯一の町だそうだ。写真は、今も路面電車が走る町、豊橋(吉田宿)。
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この吉田宿を越えた辺りで、足が重くなった。結果は、上に書いたとおりである。
途中、小坂井町に「子だが橋」という橋があった。この先にある菟足(うたり)神社には1000年ほど前には人身御供の習慣があって、春の祭の初日にこの街道を最初に通った若い女性を生贄として捧げていたんだとか。ある年、贄狩りをする人が橋を見ていると、1人の若い女性が通りかかったのであるが、何と祭のために帰ってきたわが子であった。しかし、「子だが仕方なし」と結局、生贄にしてしまった。それからこの橋を「子だが橋」と呼ぶようになったという… 現在、菟足神社では12羽の雀を生け贄として神に捧げているとか。
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そういえば、天竜川治水も、自分の私財を投じた人の話。菟足神社では(何にささげるかは別として)わが子をささげたという献身の話。そういえば、ウイクリフの福田先生は、どうか誰か宣教師を与えてください、と祈る祈りをしていると、ついに自分が召命を受けるような祈りだと言っていたが結局、献身とは、誰か与えてください、ではなく、自分をささげることなのである。
宿は、豊橋駅前の新設のホテル「アークリッシュ」。いつも7~8千円のホテルしか泊まらないが、このホテルは本格派ホテルで、その値段。去年9月にできたそうで、案内された部屋は11階、すばらしい景色である。かつ15階にはワンフロアー全部が図書室兼リラクゼーションフロアーとなっていて、立派なソファーがそこかしこにおいてあり、マッサージ機もある。ドリンクフリー。景色を堪能しながらリッチ気分に感動。

3日目
12時まで滞在OKというホテルに後ろ髪引かれる思いで出発。昨日リタイアした小坂井から歩き始めた。これからの道は、名鉄線沿いなので、比較的近い距離間隔で駅もたくさんある。十分保険のある道だけに、気分が楽。結局、御油(ごゆ)宿を超えて赤坂宿まで、二つの宿を踏破。と言っても、御油、赤坂は、600メートルくらいの松並木を挟んで二つの宿というめずらしい宿場である。(下の写真上が御油、下が御油の松並木)最終日なので、今日は、1時過ぎには、赤坂の無人駅に立っていた。
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実際の歩行コース詳細:
→ ここ

写真動画:
http://www.storyz.jp/view/_3854a7ae34e53fd1

YouTube で 「二川から赤坂」:
http://www.youtube.com/watch?v=Vpy1EyMFeWM

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by rev_ushioda | 2009-08-05 23:29 | Comments(0)