「キリスト教の免許」

あなたは、車の免許をお持ちでしょうか? では、キリスト教の免許はいかがですか? あなたはキリスト教の免許を、お持ちでしょうか。キリスト教の運転 ─ キリスト教による生活は、あなたが思っているよりはるかに楽しいのです。もしこの免許を持っていなければ、さっそくお取りになったらいかがでしょうか。いろいろと資格を持っている人がいますが、私は真っ先にキリスト教の免許取りをお勧めしたいのです。
加賀乙彦という精神科の先生がいますが、この人は作家でもあります。キリスト教信仰を主題とした小説をずっと書いてきました。だから、当然ですが、聖書も読んできました。しかし、聖書を繰り返し読みながら、彼は、あるところまでで理解が止まってしまう感じがあって、戸惑っていたのです。そんなある時、遠藤周作さんから冗談で言われた。「君はキリスト教を無免許運転しているね」
この言葉は、無免許運転であるからどこか遠慮がちで煮えきらず、おそるおそるしか進めない自分の気持ちを言い当てていたのです。加賀さんは思った。「よし、それならば免許を取ってやろう」。洗礼を受けよう、ということです。
洗礼の決心をしてみると、大きな変化を感じたそうです。次のように言っています。─「聖書の読み方がすっかり変わってしまった。読んでいて渇く人が水を与えられたような“喜び”が起こってきたのだ。福音書がこんなに楽しい文書だとは、今までついぞ知らなかった。おそらくわずかな一歩なのである。…このわずかな一歩は、しかし、無限に大きな一歩でもあった」。
私は、この電話を聞いているあなたにも、この「わずかな一歩」を踏み出してほしいと思っています。必ず、「後の日の無限に大きな一歩」になります。あなたにも、キリスト教の免許を取ってほしいのです。そのために私は喜んで、できる限りお手伝いさせていただきます。あなたが私たちの教会をお訪ねくださるのをお待ちしています。

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by rev_ushioda | 2009-04-09 21:42 | Comments(0)

「オリエンテーション」

オリエンテーションは、教会堂を東に向けて建てること。主イエスさまの復活の方向を意味する。
しかし、学校などでのオリエンテーションは、「説明会」の意味である。以下、私がうっかり「オリエンテーション」を「オリエンテーリング」と間違えて使ったために突っ込まれてしまって、苦し紛れの言葉遊びとなった。

O氏 今日から3日間、研究室に寝泊りしてオリエンテーション等にあたります。

私  新入生のオリエンテーリング、新鮮でいいですね。

O氏 オリエンテーリング、ならいいのですが・・・。

私  失礼、かくなる上は、いっそ、わたしの名でそうしてしまったら?
   春のうららのキャンパスに主を賛美することの原点を見るとか。・・・ q(^^)d 

O氏 うーむ、かくなる上は、潮田先生を副校長としてお迎えしようと、
   Y校長に提案してみます。東海道を夫婦で歩いている、稀有なアウトドア派ですと。

私  そうそう、「東海道の神学」です。
   イエスさまも道を歩かれ、多くの人と出あい、そこで、人は神の国を知った・・・
   もう、ぜったい、オリエンテーリングにしましょう。

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↑ イースター前のお笑いでした。今日も押してくださいね。あ、コメントも。
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by rev_ushioda | 2009-04-08 15:05 | Comments(0)

「スーパー銭湯もいい」

今年になって初めて、スーパー銭湯に行くようになった。私が行くようになったのは、「ざぶん」である。
一度行くと、これが結構、病み付きになるみたいで、ここは、本当に地下800メートルからくみ上げている、源泉掛け流しの本物の温泉なのだ。横浜の温泉は、どこも黒い温泉らしい。黒いお湯で、ぬめりがある。これが何ともいい。箱根に行くのもいいが、近くで本格温泉があるなら、1週間に1度、こういうところでリラックスしてみるのもいいな・・・と思ったら、オーナーが変わるらしい。5月から2ヶ月くらい、改装のため休業だそうだ。

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by rev_ushioda | 2009-04-07 23:58 | Comments(0)

車の調子が悪くなったので、修理か買い替えか迷ったが、ここで、買い替えることになった。
エアコンの効き方が違うということで、娘の連れ合いが「濃色ガラス」にするよう営業の人と交渉、サービスでそのようにしてくれることになった。良かったと思いつつも、窓ガラスが黒っぽいといえば、そういえば暴走族の車がそうだった、牧師が暴走族の車ではまずいなあと気になって、どういうものなのか、道路を走る車を見て驚いた。新しい車は、みな、そうなっているではないか。そんなことに少しも気づかなかった。車を見ていても、車には興味も関心もない私は、今の車がみな、濃色ガラスに変っていたということに、少しも気づかなかったということになる。
そこで思った。ここからが大事だ。興味も関心もないうちに世の中が一つの色に染まっていたという話は、かつて日本が軍事国家になってしまった時の悪夢ではないか。そして今、自分には憲法9条なんて興味はない、関心もないなんて言っているうちに、世の中はすっかり「茶色の朝」(フランク・パブロフ著、大月書店)に変ってしまうだろう。

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by rev_ushioda | 2009-04-04 00:10 | Comments(0)

「親しんでいると」

牧師は、印刷やら、紙を折る仕事が、いきおい、多くなる。ニ十数枚を、0.1~2ミリの誤差で、一度に折れたりする。ところで先日、枚数ぴったり印刷したはずの紙が、製本段階で一枚少ないのに仲間たちが気付いて、もう一度見直していたが見付からなかったようで、私が足りない1枚をコピーした。
今日、製本されたものを手にしていた時、たくさんの中の1部に、違和感(厚さ)を感じた。見ると、同じものが2枚。ここに重なっていた。いつも手にしていると、紙1枚の厚さが分かるようになる。

ここに真実がある。

いつも礼拝に出ていると、だれでも神さまという方が分かるのものだ。何が真実で、何がまやかしか、分かるようになる。たとえ紙1枚の違いであったとしても。

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by rev_ushioda | 2009-04-03 14:12 | Comments(0)