「八木重吉記念館へ」

今日は、教会の一日旅行であった。行き先は、町田市相原にある八木重吉記念館。八木重吉の生家だ。その詩の素朴さ、信仰の素直な表現に心打たれていたが、ついに生家を訪ねることができて、うれしかった。例によって例のメンバーであるが、今回は初めてのM姉が参加でき、6名で。よく手入れされた庭、美しい花々にも、感動。

八木重吉は、1898年生まれ、神奈川県師範学校(現・横浜国立大学)、東京高等師範学校の英語科を卒業後、各地で英語教員を務めた。学生時代から教会に通うようになり、1919年には駒込基督教会で洗礼を受けた。1926年に結核と診断され、翌年、29歳で亡くなった。登美夫人に桃子・陽二という二人の子どもが残されたが、やはり結核で1937年に桃子が、1940年には陽二が相次いで召された。そういう不幸な時代であったのだ。この子どもたちの書を記念館で見たが、非常に立派な字であった。そういえば重吉の油絵も、立派だった。一人残された登美夫人は、やがて再婚、1999年に亡くなっている。分骨して、今は生家の墓地に重吉、子どもたちと共に葬られている。

八木重吉は、「私の詩(私の詩をよんでくださる方へささぐ)」という未発表詩のなかで、自分の詩は「必ずひとつひとつ十字架を背負ふてゐる」と主張している…そうだ。私は洗礼を受けた友に、次の詩を30年間、贈り続けている。

「ゆきなれた路の なつかしくてたえられぬように わたしの祈りのみちをつくりたい」。

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by rev_ushioda | 2009-04-30 20:07 | Comments(2)

「雀のかあさん」

金子みすずの作品に「雀のかあさん」というのがあります。
子供が/子雀/つかまへた。その子の/かあさん/笑ってた。雀のかあさん/それみてた。お屋根で/鳴かずに/それ見てた。
前半には、私たちが目にする日常的な光景がうたわれています。ほほえましさを感じます。しかし、後半に移って雀のお母さんの視線が入ってきた時、その日常的な風景が一変します。雀のお母さんは、人間の手にある我が子を、かたずを飲んで見ている。たとえ子どもが子雀をかわいがっていたとしても、お母さん雀は自分の手に届かないところにいる我が子を、心配そうに見守っているのです。その視線を感じているか、いないかで、私たちの生活の意味が、生活の仕方が変わってくる。私は、この詩をそのように読みました。
自分たちがいつも見ている視線ではなく、そこに飛び込んでくる第三者の視線でモノを見るということは大事なのではないでしょうか。自分たちが普通に、まったく問題なく営んでいると思っている生活であり、これからも順調に進むと見えた光景も、そこに飛び込んでくる第三者の視線で見て初めて、ああ、そういうことだったのかと本当の意味がわかるのです。
キリストの出来事、またその言葉は、まさに私たちの生活に飛び込んできた出来事であり、言葉であり、視線でした。順調に、うまく人生を作ろうとしていた私たちのそばに、キリストの言葉、その生き方、そして人々との出会いが、置かれたのです。弟子たちを見ると、彼らなりにうまく作ろうとしていた人生があった。しかし、それがキリストとの出会いでひっくり返されていくのです。一度ひっくり返されて、そしてここが大事なのですが、確かなものになっていく。意味を持っていく。私たちは、他の視線を何も感じないで、何もひっくり返されないで、自分なりの人生や考え方をさらに固くしようとしているのではなかったでしょうか。そういう私たちに注がれるキリストの視線に、今、気付きたいと思います。

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by rev_ushioda | 2009-04-28 21:47 | Comments(0)

「逆流性食道炎」

ようやく回復してきたようだ。
4月7日、満腹感があって、食事ができない理由で初診、しかし、薬を処方されただけであった。薬を飲んで1週間経つのによくならない。ずっと胃が膨張したままという感じで、食事ができないのだ。これは重篤な病気ではないか、と頭をよぎる。不安が募り、20日に違う病院に行った。触診もせず、「これを飲んでみてください、きっとよく効きますよ」。「逆流性食道炎でしょう」と。エ、ソウナンデスカ?
1週間経って、だいぶよくなった。ということは、そういうことだったのか。心配のあまり、ちょうど一般健診の申し込みがあったので、今回は内視鏡検査を申し込んだが、2ヶ月先と言われて、それじゃ遅い、というわけで、前述のように駆け回ったわけである。
「重い病気ということは…」おそるおそる訊いてみたら、「胃癌は、自覚症状はないのです。そんな自覚症状だったら、もう死ぬしかない」 触診もせず、そういうようなことを言われた。なるほどと、少し安心したが、回復してきたところをみると、名医だったようである。普通に食べれることは、幸せなことだと実感している。

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by rev_ushioda | 2009-04-27 22:22 | Comments(0)

「一日旅行のご案内」

 ゆきなれた路の
 なつかしくてたえられぬように
 わたしの祈りのみちをつくりたい
 
今度、教会の一日旅行で、この詩を作った、キリスト者詩人 八木重吉の生家(記念館)を訪問します。
以前、八木重吉が療養したという茅ヶ崎の南湖院を一日旅行で訪れたことがありますが、今回は、生家に行くことにしました。津久井湖と高尾駅の中間あたりです。八木重吉の生家の庭にある土蔵を改造して、私設の記念館としており、愛用の聖書、筆書きの詩の原稿、手紙など、重吉の遺品3,000点余を収蔵・展示してあります。ぜひ、多くの方とご一緒できればと願っています。

日時 4月30日(木) 時間は、申込者によって調整。
お申し込みは、izumi@kyokai.org  まで。
(8人乗りの車1台で行きますが、あと2人募集。朝9時に駅に集合できる方なら、どなたでも可)


作品の例 http://www.aozora.gr.jp/cards/000013/files/542.html
記念館  http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10285814/

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by rev_ushioda | 2009-04-24 22:20 | Comments(0)

「牧師の祝福」

N兄の緊急入院、緊急手術が行われた。認知症が合併すると痛みを感じなくなったり、不調を隠してしまったりするようだ。家族が気づいて病院に連れて行き、緊急入院。1週間後には、これも緊急手術となったが無事、患部を摘出。所見では転移も今のところないようで、回復を待つばかりとなった。まずはほっとした。
私たちは、礼拝から「では、また来週」と言って出発する。しかし、その1週間に起こることは、予想できない。K姉も今は礼拝に出て来れるようになったが、ある朝、突然倒れてその後大変な状況になった。いつ、どこで倒れ、次の礼拝に来れなくなるかわからない。そのまま天に旅立つこともある。S兄がそうだった。S兄も召されて、そろそろ2年になる。
だからこそ、1回1回の礼拝を大事にしていきたい。礼拝の最後に、「祝福」がある。私は、その礼拝にたとえ年配の説教者、著名なゲストを迎えても、祝福は、私がする。牧会者として、一人ひとりへの祝福はこれが最後になるかも知れないと思うからだ。祝福のためにこそ、牧師はその群れに派遣されているのではないかと思っている。
「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなた方一同と共にあるように。今、そして、明日も」
「明日も」というひと言は、永遠の明日を意識して言う言葉である。

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by rev_ushioda | 2009-04-21 09:38 | Comments(0)

「教会は屋台だ」

私は、かつて20年間、座間市というところにいましたが、桜の季節になると、そこに住んだことを思い出します。教会の近くに、なかなか立派な桜並木がありました。毎年、桜の時期になると、そこで「桜まつり」が行われ、屋台が出たり、カラオケ大会があったりで、大変なにぎわいになるのです。さて、そのにぎわいなのですが、どうも花を見るというよりも、いろいろなグループで輪になって、食べたり飲んだり、そこに並んでいるたくさんのお店を覗き込んだりしていく人が多いのですね。花より団子とはよく言ったものです。
さて、通りがかりの、いろいろな人がそこに並ぶお店を覗いているのを見て、私は、そうだ、教会とはこういうところだ、と思っていました。つまり、形式的な、レストランとは違う。レストランは、ステテコでは入れないでしょう。ナイフとフォークも使えないといけません。カタカナで書かれたメニューもわかっていないと、注文も出来ません。ある程度の身なり、マナーが求められるのです。ところが、お祭りの屋台はどうでしょうか。まさかステテコの人は見かけませんでしたが、屋台のまわりにはいろいろな人が何の制約も受けずに集まり、思い思いに楽しんでいるのです。教会もそうだ、と思いました。教会は、誰でも、何の制約もなく、そこで人生を楽しむことができるところです。本当の意味で、自分らしくなれるところです。
他方、世の中はどうでしょうか。学歴、経験、一定の身分がないと、受け入れてもらえません。誰も皆、格好をつけ、多少背伸びしているのです。そうしないとダメだからです。居場所がないのです。だから、疲れます。そういう社会にあって、キリストは言われます。「疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」。
多少乱暴な言い方をすれば、教会は、屋台なのです。桜の花ビラならぬ、神の恵みが降り注いでいる中で、人が本当に自分らしく生きることができるところなのです。

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by rev_ushioda | 2009-04-17 12:19 | Comments(2)

「朋あり遠方より来る」

ブラジル(サンパウロ)から来日されたN姉親子が、滞在先の京都から、「今から行きます」という連絡。自宅に泊まっていただいたが、一泊二日の横浜滞在のすべてが私たちに会うためであったと、後から、知った。
N姉は、親とともにブラジルに移住した方である。18年前、1年間、ブラジルから故国日本に出稼ぎで来日されていた。キリスト者である彼女は、私の前任地、さがみ野教会の礼拝に出席された。帰国後、もう日本には行くことはないと思っておられたが、お嬢さんの1ヶ月休暇を機に、再び来日され、18年ぶりの再会となった。「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」
しかし私は、ちょうどこの日に色々なこと重なり、一つはキャンセルしたものの、入院された方のお見舞い、牧会上の訪問、教会の集会(二つ)などが重なり、十分なお話ができなかったことが申し訳なく、心残りのまま、お別れした。
お嬢さんはブラジル国内線スチュワーデス。N姉にとって頼もしい同伴者で、今回の旅行は安心であろう。故郷高知に帰られたが、故国滞在を親子で十分楽しんでいってほしい。
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by rev_ushioda | 2009-04-16 19:33 | Comments(0)

「イースターその後」

昨日は、I 短大のイースター礼拝。今日は、I 保育園のイースター礼拝。対象のギャップを埋めるのに大変であった。短大から帰って、すぐ、子どものために使う視覚教材を作ったところ、これが4時間かかった。子どもには、やはり教材があるとないとでは全然違う。苦労が功を奏して、今日は子どもたちを2000年前のイエス・キリスト復活の世界に (^^)v
それにしても、おしゃべりが好きな、今どきの大学生を静かにさせるのは、先生方、たいへんである。この学生たちも、保育士になって卒業し、やがて子どもたちの前で「静かにしなさい」なんて言うのだろう。説教中、ちらほら、隣の人と話している姿を見つけてしまうと、こちらの力が削がれてしまう。挑発されて、負けてはいられない、という心理状態になると、説教が「お説教」になる。聖霊に委ねなければ。

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by rev_ushioda | 2009-04-14 17:26 | Comments(0)

「イースターの朝」

イースターをお祝いした。朝7時、文化の森で、お隣の日本ホーリネス教団横浜いずみキリスト教会の皆さんと一緒の「イースター早天礼拝」は、今年2度目。
この1週間、ずっと初夏並みの暖かさ(暑さ)だったのに、今朝に限って曇りで、肌寒く感じたが、しかし早朝の礼拝に泉教会から大人13人と子ども5人、ホーリネスから大人9人、カトリックから1人。計28人の礼拝だった。そのあと、おにぎり、豚汁の朝食。体が温まったら、子どもたちは、森を駆け回ってエッグハンティングを楽しんだ。教会に戻って、子どもたちを公園に送り出し、いつもの礼拝まで、時間がゆっくり流れる。1年に1度の特別な日曜日の時間の過ごし方だ。
それにしても、イースターは世界で公民権を得ているのに(→世界の祭)、日本ではなかなか広まらない。イースターを案内しても、それで来る人は、いない。
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by rev_ushioda | 2009-04-12 22:13 | Comments(0)

「イースターエッグ」

今年もやってきた。イースターエッグ作り。
・・・と言っても、人手がない。私は、7個に絵を描いて、力尽きる。妻は、I 姉がお土産で買ってきてくれたキット(色を塗る方法)を、I 姉と一緒に試みている。どうみても、おしゃべりの方が進んでいるとしか見えなかったが、案の定、10個ほど作って、時間いっぱいとなってしまった。
ところが、最近は便利なものがあって、シールを巻き、お湯につけると、シールが卵にピタッと張り付いて、立派に完成するというものがある。結果的には、この方法で、あっと言う間に、全部、出来上がってしまった。こういう保険があるということで、人手がない小さな教会も、安心出来るのだ。ありがたいことである。
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さて、40個のイースターエッグを準備したが、その中に、私の絵が描いてある卵は、いくつだったでしょうか。写真を撮り損ねてしまったので、この写真は、去年のもの。
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by rev_ushioda | 2009-04-11 17:31 | Comments(0)