12年前、私は泉区に「気持ちの聴き方」講座をスタートさせた。カウンセリングの手法を取り入れた、ちょっとユニークな、コミュニケーション勉強会である。やがてスタッフが与えられ、今はNPO法人格を取得している。講座だけを主眼にして活動している法人である。
展開して12年目。人気があったかどうかは知らないが、任期がないものだから(^^) 口伝えに参加者が与えられて、ここまで続いた。ところが最近、参加者が減っているので、スタッフは気をもんでいる。去年1月スタートの講座は、11名、5月スタート8名、9月スタート7名、今回6名。何か、計画されたように見事だなあ・・・と、私は、そのあたりは至ってのんきなものだから、先生はやる気がなくなったのか?と、とんでもない誤解を受ける始末である。しかし、これは泉区に教会開設時からの私のミッションである。やる気はあるが、しかし無理なく、というのが私の信条であるから、まあ、ゆっくりやりましょう・・・と言っている。スタッフのほうが、きっと一生懸命にしてくれているのだろう。
それにしても、過去11年間で、参加者が300人に迫っている。戸数1万戸の地域である。「戸数」に対して3パーセント。飽和状態なのではないかとスタッフが勘繰るのも無理はない。
しかし、気持ちを聴くといった関心は、飽和状態ということはないはずだ。なぜなら、人間がいれば、その同じ数だけ、このテーマは存在し続けるからだ。そうだ、地域の幼稚園などにも、案内書を送ってみようか。

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by rev_ushioda | 2009-01-30 16:48 | Comments(2)

不思議な再会のこと」

2007年秋、妻は、英会話の仲間と渡米した。カンバーランドの教会を巡り、そして、テネシー州ディクソンにあるカンバーランド長老教会発祥の地(バース・プレイス)に行った時、たまたま、礼拝堂で祈っていたカップルに出会った。日本人一行と知ると、カップルのうち、男性の方が言った。「私は一人の日本人を知っている。ウシオダと言う。私の家に泊まった」。妻が、びっくりしたのは言うまでもない。帰国して、あなたのことを知っているという人がいたといわれても、私は皆目、見当がつかなかった。
後日、写真を見せられても、しばらくは思い出せなかったが、あっと思った。1984年、私は総会代議員に選ばれて、渡米したが、その私を迎えてくれた一人に、このDean Guye 牧師がいた。ディクソン教会の牧師だった。何と、今回渡米して妻が会ったのは、彼だったのだ。手紙を出して確認した。再婚するために、それが神のみこころかどうか祈るため、このバース・プレイスに来ていたのだと言う。
それにしても、彼は一宿の旅人を23年間も覚えていてくれたのに、しかも、とっさに名前が出てきたのに、私は、何と恩知らずなんだろう。恥ずかしくなった。そして、不思議なめぐり合いに、感謝した。それから1年以上も経つが、そのことをふと思い出したので、ここに書いておこうと思った。以下、Dean Guye 牧師からいただいた、私の手紙への返信(抜粋)。
It was a pleasure to have you speak at the Dickson church
and stay at our home. I still have the wall plaque and
picture you gave us as a gift. I remember that my wife
Maryema served you a Southern breakfast, but no rice.
Then I took you to Clarksville Tennessee to meet
another minister.
・・・Yes, I remember your beautiful wife at the Birth Place.
We enjoyed the singing by her and the other ladies
very much.

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by rev_ushioda | 2009-01-29 22:23 | Comments(0)

ある新聞に1枚のカラー写真が載っていました。想像していただきたいのですが、みずみずしい緑色をした、草の新芽の写真です。しかしそこは森の中でしょうか。まだ冷たそうな水の流れの中に、その新芽は出ているのです。その新芽は、その流れの中で流されまいと懸命に頑張っているように見えます。オオウバユリと書かれています。どうしてこんな川の中に芽を出したのかな、と思う写真です。説明がありました。
「雪解けの季節。溢れた水が、森に幾筋もの沢の流れを作る。こんな時に、たまたま流れの筋道に芽を出してしまった草は、ちょっと苦労を強いられることになる。この日も、芽を出して間もないオオウバユリが急な流れに翻弄されていた。揺さぶられ傾きながらも、根を踏ん張ってひたすらこらえている。見ていて気が気ではない。ついつい、流れの向きを変えてやろうかなどという、人間の思いが脳裏をよぎる。いけない、いけない。ほんとにせっかちだ。不都合な事態を力づくでねじ曲げてでも、好転を図ろうという方向に、すぐ考えを走らせてしまう。オオウバユリはおそらくそんなことは願いもしない。ただひたすらあるがままで耐えようとしているに違いない。彼女(?)は、茎の太さから、もう何年かここに根を張って過ごしてきたと見られる。必ずこらえきって、水が引いた後、さらに深く根を伸ばして育っていくことだろう。」
そしてこう言っています。「堤防を作ってあげようとか、流れの向きを変えようとか、これはとりもなおさず、わが身のいかに、じたばたしていることかの証である」
このオオウバユリは、流れの中に根づいてしまったことを運命のいたずらと思ったかも知れない。しかし、そのことで「彼女」はさらに深く根を伸ばして育つことにもなるわけです。私たちは、すぐにでも良い方に、と思う。でもそのままの状況であっても、そこから起こること、始まるドラマもまた、あるのです。キリストは「神の業がこの人に現われるため」と言われて、将来の私たちの姿に注目していることに気付いておきたいと思います。
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by rev_ushioda | 2009-01-27 21:50 | Comments(0)

最近、ブログ村からの訪問が多いようです。有難うございます。「歩く旅」がランキング1位ということで、のぞいてくださる方が多くなったと思います。
ところで、私はいつも歩き回っているわけではありません。本当のところは、どうしてもデスクワークや、人とのお話の場が多くなり、歩くことが極端に少なすぎると感じたので、歩き始めたのです。最初は、近所の川沿いの道や、雑誌や新聞で紹介されている散歩道などを歩くようになって、やがて、東海道を西に向かって歩いてみたいという思いになったのです。
東海道を西、京都に向かって歩き始めると、いろいろなことを考えます。特に、目指すということは大事なことだ、ということです。途中ですべったり、転んだりするのですが(病気とか、失敗とか)、でも、目標があるという感覚、実感は、とても大事なことです。
これは、私が牧師だから思うのですが、「信仰の生活」に似ているなあと思うのです。私たちは、天国への旅人なんだと。人生、悪いことが起こらなくなるなんていうことはない。起こるべくして起こることは、起こる。しかし、天国への旅人。目標を持っているから、そういう課題や、困難の中でも、それと向き合いながら歩き続けることが出来るのです。京都に向かう歩み。それは、私にとって、キリストを信じる生活に似ているのです。
しかし、当然ながら、絶対、違う点もあります。キリストは私たちのところにおいでになった。それがクリスマスです。私たちが行く前にキリストがもう、私たちのところに来てくださったと言うのです。これは、私たちが自分勝手に持つ目標とは、全然、違う方向を指し示しています。向こうから、道がつけられたのです。ですから、私たちは、その道を行くのです。その道には、愛を産み出す忍耐もあります。平和を生み出す祈りもあります。喜びを産み出す労苦もあります。しかし、目標をもって、自分らしく歩いています。
京都に至ったらどうするか。次は、中仙道で、江戸を目指す、かな??? とにかく、近くてすぐ手が届くものではダメなんです。でも、絶対届かないものでもダメなんです。旧街道を歩きながら、私はまた、キリストを信じる道を歩いています。一緒に歩く人はいませんか? 東海道を、そして、よければキリスト教の道を。
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by rev_ushioda | 2009-01-26 11:20 | Comments(0)

「ランキングを見たら」

ブログランキングに参加しているが、登録している3つのカテゴリーの一つを、最近、「歩く旅」に切り替えた(今までは「夫婦旅行」に登録していた)。 3つの新しいカテゴリーとそれそれの順位は、今日の時点で以下のようになっている。最新はここ
歩く旅(割り振り30%) 26サイト中、1位。
生き方(割り振り50%) 802サイト中29位。
キリスト教(20%) 326サイト中59位。
割り振りと言うのは、どれかボタンを押してくださる方があると、その割合でポイントが配分される、というもの。ランキング上で、私の力の入れ具合がどこにあるかの目安でもある。
1位というのはそう長く続かないだろうから、せっかくだから「記念」に今、記録しておこうかと思った次第。「生き方」でも、かなり頑張っていると思う・・・。おっと、考えてみればランキングボタンを押してくださる方が、頑張って押し続けていてくださる、ということだった q(^^)d  これだけ読んでいてくれる人、応援していてくれる人がいてくれる、ということである。(・・・ですね)

有難う。

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by rev_ushioda | 2009-01-23 00:29 | Comments(5)

「親心」

娘のつれあい U君は、今、横浜にあるキリスト教学校の聖書科の教師をしている。また、属する教会では、時々、日曜日の礼拝説教もしている。そういうときは、娘が奏楽をしているらしい。最近は、礼拝前の賛美について教会に配布する文書を、娘が、何か書いたとか。U君は、現在は学校を非常勤にしてもらって、神学校に通っている。時々、私の持っている神学書を借りに来たり、論文を読んで欲しいと持ってきたり。
娘夫婦がこういう生活になるとは、正直なところ、想像していなかった。牧師の娘であるから、普通に教会生活を送ってくれればいいと、「穏やかに」考えていたのであるが、どうやら神さまのなさることは、私の思いを越えているようだ。当然と言えば、当然であるが。
自分のことは棚に上げて、はらはらしているのは、これを親心というのだろうか。
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by rev_ushioda | 2009-01-22 21:27 | Comments(0)

「オバマ大統領就任」

オバマ大統領の就任演説の最後は、次のようだった。

「将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。」

この目標を政治にあらわすのは、誰が考えても今の世界の中で至難のわざだと思う。しかし、全世界、全民族、全人類に注がれる神の愛を見つめる限り、希望は失望に終わることはないであろう。
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by rev_ushioda | 2009-01-21 17:23 | Comments(0)

「恵みのコックを開け」

先日、会議室にあった石油ストーブをつけようと思いました。ところが、スイッチを入れて、しばらく経つとカチッといって消えてしまうのです。皆で、変だなあと言いながら、何度か繰り返しましたが、やはり点火しません。念のため、傍にあった石油タンクを確認しましたが、タンクに石油は十分あります。何度も繰り返すうち、あっと気付きました。タンクの出口にある、コックが開かれていなかった。それが原因でした。
私は思うのです。意外と、そういう思いがけないところのコックが開かれていなかったりするのです。たとえば、何か問題を持っている、とします。相談できる場所がないわけではないのです。しかし、どうせ、どこに行っても同じだ。今度もダメだろう。こう言って、もし何もしないなら、社会資源という豊富な宝を使わないなら、コックを開かないなら・・自分に流れ込むものがない、ということになるのです。どんなに豊かな宝があっても、自分で堰止めていたのでは、何にもなりません。
ある家族がありました。弟がしたい放題のことをしているのに、兄は、決まったことをきちんとそつなくこなし、じっと耐えていました。ある日、例のごとくしたい放題のことをして、あげくの果てボロボロになって帰ってきた弟を優しく迎え入れる親を見た兄は、ついに切れてしまった。「なぜ、あんな奴に優しくするんだ、自分にはそうしてくれなかったじゃないか」と。親は言いました「あなたにも、同じようにしてきた」。そうだったのです。兄は、ただ一人コックを閉め、親との交わりを楽しむことを知らず、それをせず、じっと耐えていた。その結果、弟をうらやましく思い、ねたみ、怒りを爆発させたのです。
神さまの豊かな愛と富の前で、しかし、私たちはコックを閉めている。この話はそういうことを考えさせてくれます。自分で勝手に、恵みのタンクである神さまとのパイプを切っている。そうであるなら、豊かに人生を燃焼させることは、期待できないのです。日曜日朝10時30分からの泉教会の礼拝に、あなたもぜひおいでください。
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by rev_ushioda | 2009-01-20 20:27 | Comments(0)

私は、もちつき一式を持ち合わせているので、希望があれば、仲間に貸し出している。特に、うすは、60年物だ。父が、結婚して農業を始めたばかりで多分、生活も大変だっただろう時に、他の農家の手伝いに出かけ、その労働報酬として手にしたもの。いわば、父の遺品である。
中学生くらいから、もちつきを手伝った記憶がある。そして覚えたのは、もちつきは、腰の使い方が大事ということ。腰を使わないと、腕に力が入る。腕でつくようなそんなつき方をしていたら、力も入らず、疲れるばかりだ。
中学、高校、大学生のときに軟式テニス部に入っていたが、面白いことに、やはり、徹底して言われ続けたのが腰を下げろということであった。
高校は工業高校であったので、当時は鏨(たがね)の実習があった。鏨を左手に持ち、切ろうとする鉄の板に当て、右手に持った鉄のハンマーを鏨の頭に勢いよく打ち下ろす。はずれたら、手に当たる。言わずもがな、とんでもない痛さである。しかし加減していたら、鉄の板は切れない。その時も、腰だと言われた。
教会に行くようになって、聖歌隊などで歌う時も、腰の入れ方が大事だと言われた。
すべて腰が大事だということは、思うと、このもちつきから始まった。
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by rev_ushioda | 2009-01-19 20:46 | Comments(2)

「去年のブログを本に」

去年1年間のブログの書き込みを、例によって、今回も本にした。世界で1冊だけの出版である。普通に考えると、1冊だけの出版など高額で考えられないが、ネット上では、こうしたサービス を廉価に提供している(欧文印刷株式会社)。ちなみに、今回は200ページで、送料込み2800円。上等の日記帳を買ったと思えばいいわけである。しかも、書き直し自由、写真OK。製本は、他の本と比べて見劣りしない、立派なものである。
日記を書くということでは何度も挫折したが、ブログになってからは、もう何年も、楽しみながら書き続けている。どんなツールを持っているか、あるいは、それによって何が期待できるかで、結果はずいぶん変ってくるようだ。

日記だけに限らず。
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by rev_ushioda | 2009-01-17 08:27 | Comments(0)