「11周年」

泉教会開拓11周年の記念の日を迎えた。もはや「開拓」とは言えない。…「開設」に改めるべきだった。とにかく、1997年の9月第4日曜日が「いずみ伝道所(当時はひらがな)」の開設式であった。会員1名(妻)、いわゆるゼロからのスタートだった。普通の民家を借りて伝道所として開設したので、1階には4畳半の和室があり、礼拝堂として使うには苦労した。説教は当初、オルガンのあるコーナー、次に台所の前。その後、建物を3600万円で購入、400万円で増改築と耐震補強等して(このために4000万円を借入)、3年目に献堂式。2006年9月に組織自立(小会設立)し、組織名は、伝道所から伝道教会に。今年、9月第4日曜日、12年目に向けてのスタートである。
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by rev_ushioda | 2008-09-28 22:05 | Comments(0)

「面白い画像」

ある教会のホームページにあったGIF画像。まず絵心は必要だとは分かりますが、こういうものが、どうやってつくれるのでしょうか・・・(後日、アサハラのようだとか、論争しているようだとかの感想をいただきました。なるほど、ねえ。確かに論争の場面かも知れません。でも、イエスさまはうなずいたままですね…)

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by rev_ushioda | 2008-09-26 11:48 | Comments(0)

「再会」

以前、「植木先生」について、機関紙に書いたことがあった(下記)。1週間前だったか、突然、電話をいただいて、今日、お会いすることができた。この先生は、私の信仰の原点にある方である。うれしい再会であった。以下、機関紙に書いた文章を転載する。

私が初めて教会に行ったのは、高校生の時でした。秋の特別伝道集会でした。残念ながら、その時のお話は、何も覚えていません。講師は、今はなき、吉崎忠雄先生でした。先生には悪いが、「アメリカでヒッチハイクした。手をこうやって挙げると、車が止まってくれるんです…」ということくらいしか、覚えていません。聖書の言葉とは、ほど遠い、聖書との出会いでした。
そんな私が、どうして教会に結びついたかのかというと、帰り際、教会の「おばさんたち」が、玄関先まで見送ってくれた。「潮田君、またおいでね」。これで、決まったのでした。ということで、これもまた、聖書とは関係のない話となってしまうのです。とにかく、最初は、聖書はどうでもいいのかも知れません。(え!? そんなこと言っていいのか…という声が聞こえてきますが、これが、私の現実だったのです)

ところが、教会に通い始めると、植木さんというR大学教育学部に通う学生がいたのですが、「潮田君、ここに座るといいよ」と言って案内されたのは、前から2列目。以後、そこが定席になりました。
話はそこからですが、「ヨハネによる福音書を、来週まで1章読んできて、分からないところを質問してください。なければ、僕のほうから質問するから」と。そういうわけで、初めて、聖書を読み始めたのが、ヨハネによる福音書だったのです。今でも、ヨハネによる福音書を開くと、あの時の礼拝堂が目に浮かびます。礼拝堂の独特な「におい」がしてきます。その光景と、においの中に、ヨハネによる福音書の言葉があるのですから、第一印象というものは不思議なものです。

ところで、その植木さんはR大学の学生だったために、誘われて、大学の聖書研究会の集まりに時々顔を出すようになりました。そこはインマヌエル教会の流れを汲んでいる雰囲気で、「きよめ派」の信仰、聖書は文語訳でした。その影響が強く、当時、私は「きよめ」の本を読んでは傾倒し、また、やたら文語訳を多用していました。そして大学生として最初の夏、その聖書研究会が主催する修養会が伊豆の河津七滝というところで開催され、私も、誘われて参加することになったのです。講師に招かれていたのは後藤牧人という、ナナハンに乗ってやって来た牧師でした。雑学に長けた面白い話に引き込まれていきました。しかし、もっとも引き込まれたのは、いうまでもなく聖書の話です。この河津七滝の修養会で、明確に、私はキリストを信じる者になりました。

植木さんは、やがてインマヌエル教会に転籍、その教団の牧師になり、やがて宣教師としてジャマイカに赴任、以後、30年あまりジャマイカで神学校の校長としてつとめ、昨年、帰国して、現在はインマヌエル総合伝道団の神学校の院長(植木英次先生)となっておられます。海外では「パウロ」と名乗っていましたが、当然と言えば当然の名前でした。学識、聖書への熱心な取り組み方、宣教への力強さ、社会的な影響力、そして個性的である点、風貌、どれをとってもそれほどの力ある人と、最初に出会えたことは私にとって幸いでした。私とは、どれをとっても雲泥の差があります。
たとえば、一緒にアルバイトしたことがありますが、希望が丘から電車に乗ったら、聖書を渡されるのです。ここを見ているようにというので見ていたら、何と暗誦を始めるではありませんか。ピリピ書だったと思います。1章1節から、ずっと…。横浜に着くまで全部、暗誦していました。タマゲマシタ。また、会社でのアルバイト期間が終わるその日、上司の人たちが、アルバイト学生のために送別会を開くと言うのです。私たち二人だけのために。そして、言うには「植木さん、ぜひ、私たちの会社に残ってもらえませんか」と。

そのような強烈な個性を持った人と出会って、だから聖書に導かれて、私は、変えられたのだと思います。その初めに、ヨハネによる福音書があります。わけがわからず読んだ聖書の言葉が、今も記憶に新しい。「初めに言があった…」。わけのわからない言葉であったにもかかわらず、それが私を生かす言葉になったのは、それを一緒に読んでくれたこの人、「植木さん」がいたからです。
聖書の言葉との出会いは、人との出会いと重なるのだと思います。その場の景色、においも必要です。聖書の言葉だけを自分の家で読んでいたのでは、何も起こらなかったのではないでしょうか。聖書の言葉は、特定の人がいて、特定の場所があって、そこに受肉していくのです。そのようにして、人は変えられてきたのです。これからも、そうでしょう。

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by rev_ushioda | 2008-09-24 17:25 | Comments(0)

「Kさんのお見舞い」

今日、K子さんの新しい病院(脳血管センターという、リハビリ施設)にお見舞いに行ったが、脳血管センターという場所が、ナビではどうしてもわからない。同じところをぐるぐる回ること1時間以上。あきらめて帰ろうか、と言っているところ、ご主人に迎えに来てもらった。電話して情報を知らせたとはいえ、迷っている場所に、よく来ることができたと感心。とにもかくにも、こうしてK子さんに会うことができた。
K子さんに折り紙を教えてもらったり(K子さん、鶴を折るのが早い!)、逆に、娘がトトロの折り方を教えたりして、ひとときを過ごした。言葉の回復も、体を動かせるようになるのも、一日も早いことを祈る。
蜘蛛膜下出血で倒れてからここまで、不安、痛みの中を通って来られた御家族も、ここにきて、やっと笑顔を出せるようになったと思う。ここまでの経緯から、家族というものの大切さ、そして、改めて祈りの大切さを教えていただいた3ヶ月半である。
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by rev_ushioda | 2008-09-23 21:51 | Comments(0)

「断念」

火曜日がお休み。数少ないチャンス到来と、月曜日、火曜日で(東海道ウオークに)出かけたい気持ちがあった。これを逃すと、あとはお正月の休みしかない。しかし、この1週間、風邪気味である。断念せざるを得ない。雨が降っているのが、逆に気休めになる。遠くになると、健康に気を遣う。「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」という芭蕉さんの二の舞?になりたくない(旅に病で…は、確か、辞世の句)。私の場合は、「枯野」ではなく「御国」ではあるが。
それにしても、最近は結構歩いて、健康には気を遣ってきたが、秋口に風邪をひきやすい体質?は、変らないようだ。

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by rev_ushioda | 2008-09-22 08:17 | Comments(2)

大豊作のはずだったが、現実は、そう甘くはない。
今年初めて教会の庭で実が成った10房ほどのぶどうは、実のつき方がまばらの上、粒が割れている。そして、隣はみかんだが、これも今年は40個ほど実をつけたが、よく見ると半分は割れている。なぜ、割れるのだろうか。まあ、ぶどうにしても、みかんにしても、育て方の本の1冊も読まないし、肥料もやらない。何もやらないで、期待だけして、この結果は当然といえば当然なのだが。
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by rev_ushioda | 2008-09-19 22:26 | Comments(0)

「自宅でバーベキュー」

あれ?

今日は、何でこんなに疲れているのだろう。朝、床から起き上がれない。腰も痛い。

そういえば、きのう、自宅でバーベキューの楽しい時を過ごした。準備のために駆け回ったし…意外と気を遣っていたのかも、そういうことか…午後、予定していた「プロテスタント宣教150年」大会のための決起大会には、どうも、この疲れ方だと、行けそうにない感じだ。(後日の書き込み:夜になって熱が出た。風邪をひいていたのだった…)
写真:一番上は、特製のバーベキューコンロ。某大学で使っていたシンクを加工したもので、大きさは十分。大型の網にちょうど合う大きさである。隅にあるのあるのは、石のプレート。海老を焼くのに最高であった。これ、バザーの残り物であるが、ここで大活躍する結果になった。聖書には残りのものの思想があるが、まさに、という感じである。総勢17人、子ども7人。ギターで歌うのは賛美歌「も」あったが、懐メロであった。
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by rev_ushioda | 2008-09-15 11:13 | Comments(0)

少し前に、孫が「じいじ」「じいじ」と言って、呼びかけてくる。そんな風に呼びかけられるつもりはなかったが、季節は確実に・・・と書いた。
今、娘が1週間ほど研修会に行くので、日中、妻が孫を預かっている。家の中をとことこ歩き回り、最近よやく言葉になり始めた言葉を話していると、もう、何ともいえない妙な気分だ。時間の倒錯が起こる。25、6年前、そして21、2年前(二人の子どもが産まれた時)に引き込まれていくような、不思議な感覚。孫が生まれた時、ふっと、喜びのずっと後ろのほうで悲しみがよぎったこととか、本当に、これから先を含めての時間の流れを、気持ちの中でどうやって受け止めたらいいのだろう。
50歳を迎えたとき、これをひっくり返せば世紀を生きるということだと、人間の大きさを思った。孫が生まれてみて、ひとつの世代は、こういうふうに代わっていくのかと、人間の小ささを思った。「四十而不惑」。還暦を2年後に控えても、そうではないところが、人間らしいところではないか。

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by rev_ushioda | 2008-09-12 11:06 | Comments(0)

旧東海道ウオークで、静岡を過ぎると、道の見当がまったくつかなくなる。初めて聞く地名ばかりだ。なので、これから歩く道を調べるのだが、実は、結構それだけでも楽しい。本を読んで道を確認、そこで、歴史にも触れる。ネットの地図では、写真まで表示されるから、山間なのか、家があるのか、どういう地域なのか、行く前から、よくわかる。冒険心をくすぐられる。
ところで、旧東海道は、国道1号線を入ったり出たりしている。地図上にはいくつかの「直線」が引かれているが、まず一番が新幹線で、次に東名高速、東海道線、そして国道1号線だ。そういう直線が延びている。その陰に隠れて、旧東海道が国道を入ったり出たりしているのだ。いや、もともとは、この街道しかなかったのだ。街道は山を避け、谷を避け、くねくねと延びていた。しかし、やがて道も、また、新たに敷かれた鉄道も、どんどん直線化していったのだ。今では、最初の、あの「くねくね道」を見付けるのに、苦労する所も多くなった。
歴史、人の動きは、「真直ぐ」な方に動く。少しでも速い方に、動いてきたのだ。そして、最初の道は、忘れ去られる。くねくね曲がったもの、遅い道(もの)は、忘れ去られていく…
しかし、旧東海道を歩きながら発見するのは、そこに生きた人々であり、そこに生み出された歴史である。直線と、速さの中では、決して見ることのない、生活の営みが、そこに見えてくる。
旅でおせわになっている、岡本永義著『歩いて見て楽しむ 平成東海道五十三次』の最後にある言葉は、次のようになっている。

「東海道が敷設されて400年。人は文明を発展させ、便利な世の中にすることで多くのものを手に入れた。しかし、私はこの旅を終えて気がついた。多くのものを得るということは、同時に多くのものを失うということではあるまいか。旧東海道を歩いていると、実に多くのものが目に飛び込んでくる。古い家並み、一里塚、道端の石仏、道祖神。しかし新幹線に乗る、または自動車で走りすぎると、これらのものは一切視界の外である。さらには、これらの鉄道を通す、自動車用の道路を敷くのは、これら多くのものを押し潰すことによってしか、なしえないのだ。新たなものを得るために、人は便利さを追及した。しかしこれは、多くのものを失った上に成り立っているのである。この旧東海道のひとり旅で、私は様々な知識を得たが、たとえそれらの知識を得ることがなくとも、この一事に気づいただけでも大きな収穫である。私は今後も、文明社会の中を生きていくことになるだろう。これからも発展は続き、便利さは増していくことであろう。私たちは、この便利さによって多くのものを得たとき、同時に多くのものを失っているかも知れないことに、心をめぐらすべきであろう。」

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by rev_ushioda | 2008-09-09 23:01 | Comments(4)

手元に「田舎伝道」というコピーがある。これは、明治時代に活躍した私たちのカンバーランド長老教会のA.D.へール宣教師が、日本開教五十年記念講演で話したものの要約である。
今から150年前(1859年)幕末期動乱の日本に、宣教師へボンによるプロテスタント伝道が始まった。切支丹(キリシタン)禁教の高札が撤去されたのが1873年、その前のことだ。近代日本の夜明けに、彼らは日本人の魂を愛し、迫害をも恐れず、福音を携えて来た。以来、キリストの福音が広められ、教会、キリスト教主義学校、病院等が設立され、その結果、教育、人権、社会福祉、女性の地位改善、倫理の高揚など多くの感化がもたらされた。そして1909年(明治42年)10月5日から10日まで、東京基督教青年会館で開催されたのが「日本開教五十年記念大会」。集会数15回、講師90人!会衆は毎回5~600人。1200~1300人を越えたとも言われる。このときの講演のひとつが、上記、「田舎伝道」だった。
さて、来年は日本のプロテスタント宣教150周年を記念して、7月に、横浜で大会が計画されている。5000人収容可能なパシフィコ横浜国立大ホールが会場だ。私たちの教会のA・D・へール宣教師が熱く語った宣教のビジョンが、私たちの中にどのように息づいているか、振り返るときにしたいと思う。

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by rev_ushioda | 2008-09-04 18:02 | Comments(0)